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ジークフリートの後悔
しおりを挟む目の前の酒杯を、何杯目かわからないほど空けた。
それでも、胸の奥の虚しさは少しも消えてくれなかった。
「……なぜ、あの時、リリアーヌを手放したのだろうな」
呟いたところで、答えてくれる者はいない。目を伏せた侍従たちは、気まずそうに視線を逸らすばかりだった。
かつて、私は王国の王太子として、誰よりも尊敬され、称えられていた。
そして、側には完璧な婚約者がいた。侯爵令嬢リリアーヌ・フォン・エルディア。
美しく、知性に富み、王太子妃として申し分ないと誰もが認めた女性。
……それなのに、私はなぜ、彼女を捨てたのか。
セレナ――子爵家の娘で、何かと甘え上手で可愛らしい女だった。私の話に目を輝かせて聞き、リリアーヌにはなかった“従順さ”があった。
その柔らかさに、私は慢心した。自分の選択は常に正しいと、信じて疑わなかった。
リリアーヌが涙一つ見せず、婚約破棄を受け入れた時、私はどこかで「勝った」と思っていたのだ。
――それが間違いだったのだと、気づいたのは皮肉にも、あの夜だった。
ユリウス・フォン・クラウゼン公爵家の婚約発表。公爵家は王家と並び立つ名門、そしてユリウスは貴族派・軍部・財政界から絶大な支持を得る次期公爵だ。
その公爵が選んだのが――リリアーヌだった。
舞踏会でふたりが並び立つ姿は、まさに理想の夫妻。
周囲の視線が、私ではなく彼女に向けられていることを、はっきりと感じた。
王太子である私より、公爵夫人となったリリアーヌの方が、称賛を集めていた。
セレナが私の袖を引き、甘えるように言った。
「ねえ、あの女のどこが良いのかしら。私たちの方がずっとお似合いなのに」
その言葉に、私は笑えなかった。
わかっていた。リリアーヌは“飾り”ではなかった。彼女は、私を支え、導き、王太子としての務めを共に果たしてくれる――真の伴侶だった。
それを、私は――。
ふと、耳に届いた笑い声。
振り返れば、ユリウスの隣で微笑むリリアーヌがいた。凛として美しく、誇り高く、そして幸せそうだった。
私は、その笑顔を二度と自分に向けられることはないのだと、思い知った。
今、セレナとの関係も冷え切っている。
宮廷内では、リリアーヌを手放した無能として囁かれ、王太子の立場すら危うくなっている。
――すべて、自らの選択の結果だ。
彼女を捨てたあの日、私は王国の未来をも手放したのかもしれない。
今さら悔やんでも、もう遅い。
リリアーヌはもう、誰よりも幸せな未来へと歩き出しているのだから。
私はただ、ひとり、静かに酒をあおった。
胸に残るのは、取り返しのつかない後悔と、喪失の痛みだけだった。
*終*
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