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公爵令嬢は褒められたい
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令嬢のお茶会――それは、社交界では小さな戦場と呼ばれていた。
通常、この世界の令嬢が会うとバチバチのバトルになってしまうため、複数人では会わないらしい。
貴族とは、小さい頃から社交に励むものと勝手に想像していたエリシアには、それも不思議だった。
少なくとも、私の侍女であるマリアは朝から落ち着かない。
「お嬢様、本当に大丈夫でしょうか……」
「大丈夫、だと思います」
そう答えながらも、内心は少しだけ緊張していた。
相手は、今年社交界デビューする三人の高位令嬢の中でも、最も気位が高いと噂されている人。
――普通なら、怖いと思うところだ。
でも私は、少しだけ考え方を変えていた。
(営業先のお客様、営業先のお客様……)
前世で働いていた頃、難しい相手ほど「大切なお客様」だと思えば、自然と優しく接することができた。
だから今日も、それでいこうと決めている。
公爵邸の庭園は、息を呑むほど美しかった。
白い石のテラスに並べられたティーテーブル。
風に揺れる薔薇の香り。
そして、そこに座る彼女。
濃い色のドレスを完璧に着こなし、顎を少しだけ上げてこちらを見る姿は、まさに“高位令嬢”そのものだった。
「……遅くはないわね。合格よ」
最初の一言がそれだった。
普通なら、きっとこれで相手の令嬢も一言言い返すだろう。
けれど私は微笑んで頭を下げた。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます。
お庭、とても素敵ですね。薔薇の色合わせが上品で……」
ほんの一瞬、公爵令嬢の眉が動いた。
侍従たちの空気がわずかに張り詰める。
「……当然でしょう。私が選んだのだから」
「さすがです。季節の光まで計算されているみたいで、座っているだけで気持ちが明るくなります」
無理に褒めているわけではない。
本当に綺麗だと思ったことを、そのまま言葉にしているだけ。
公爵令嬢は紅茶を一口飲み、じっと私を見つめた。
「あなた……私に媚びているの?」
試すような声。
普通ならここで言葉に詰まるのかもしれない。
けれど私は、少し首を傾げて答えた。
「いいえ。素敵だと思ったので」
その瞬間、周囲の侍従たちの視線が揺れた気がした。
沈黙が数秒流れる。
……怒らせてしまっただろうか。
そう思った時。
「……ふふ」
公爵令嬢が、小さく笑った。
「面白いわね、あなた」
空気が一気に和らぐ。
「普通の令嬢なら、もっと必死に張り合ってくるものよ」
「私は、争うのがあまり得意ではなくて……」
「知っているわ。だから呼んだのよ」
え?
思わず目を瞬かせる。
「あなた、最近噂になっているでしょう。
どんな相手とも穏やかに話すって」
知らなかった。
そんなふうに見られているなんて。
その後のお茶会は、思っていたよりもずっと和やかだった。
公爵令嬢は自分のドレスの話、音楽の話、旅行の話を楽しそうに語り、私はそれを聞きながら時々質問を返した。
ただそれだけなのに。
いつの間にか、彼女の表情は最初より柔らかくなっていた。
「……あなた、悪くないわ」
帰り際、公爵令嬢はそう言った。
「またお茶をしてあげてもいい」
言い方が、なんだか少し可愛く思える。
「ありがとうございます。ぜひ」
頭を下げると、彼女は満足そうに頷いた。
馬車に戻った瞬間、侍女が小声で叫ぶ。
「お、お嬢様……!
あの公爵令嬢様が笑っていらっしゃいました……!」
「え?」
「今まで、穏やかに終わったお茶会は一度もないと聞いていたのですが……」
私はきょとんとしてしまう。
ただ、相手を素敵だと思ったから、それを伝えただけなのに。
(……私、何か特別なことしたのかな)
分からない。
でも、ひとつだけ確かなことがあった。
怖いと思っていたお茶会が、思っていたよりも温かい時間だったこと。
そして――
社交界の噂は、静かに広がり始めていた。
伯爵令嬢エリシアは、あの公爵令嬢と和やかにお茶会をした。
次に待っているのは。
金髪碧眼しか認めない、もう一人の令嬢とのお茶会。
私はまだ知らない。
その出会いもまた、少し不思議で優しい時間になることを。
通常、この世界の令嬢が会うとバチバチのバトルになってしまうため、複数人では会わないらしい。
貴族とは、小さい頃から社交に励むものと勝手に想像していたエリシアには、それも不思議だった。
少なくとも、私の侍女であるマリアは朝から落ち着かない。
「お嬢様、本当に大丈夫でしょうか……」
「大丈夫、だと思います」
そう答えながらも、内心は少しだけ緊張していた。
相手は、今年社交界デビューする三人の高位令嬢の中でも、最も気位が高いと噂されている人。
――普通なら、怖いと思うところだ。
でも私は、少しだけ考え方を変えていた。
(営業先のお客様、営業先のお客様……)
前世で働いていた頃、難しい相手ほど「大切なお客様」だと思えば、自然と優しく接することができた。
だから今日も、それでいこうと決めている。
公爵邸の庭園は、息を呑むほど美しかった。
白い石のテラスに並べられたティーテーブル。
風に揺れる薔薇の香り。
そして、そこに座る彼女。
濃い色のドレスを完璧に着こなし、顎を少しだけ上げてこちらを見る姿は、まさに“高位令嬢”そのものだった。
「……遅くはないわね。合格よ」
最初の一言がそれだった。
普通なら、きっとこれで相手の令嬢も一言言い返すだろう。
けれど私は微笑んで頭を下げた。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます。
お庭、とても素敵ですね。薔薇の色合わせが上品で……」
ほんの一瞬、公爵令嬢の眉が動いた。
侍従たちの空気がわずかに張り詰める。
「……当然でしょう。私が選んだのだから」
「さすがです。季節の光まで計算されているみたいで、座っているだけで気持ちが明るくなります」
無理に褒めているわけではない。
本当に綺麗だと思ったことを、そのまま言葉にしているだけ。
公爵令嬢は紅茶を一口飲み、じっと私を見つめた。
「あなた……私に媚びているの?」
試すような声。
普通ならここで言葉に詰まるのかもしれない。
けれど私は、少し首を傾げて答えた。
「いいえ。素敵だと思ったので」
その瞬間、周囲の侍従たちの視線が揺れた気がした。
沈黙が数秒流れる。
……怒らせてしまっただろうか。
そう思った時。
「……ふふ」
公爵令嬢が、小さく笑った。
「面白いわね、あなた」
空気が一気に和らぐ。
「普通の令嬢なら、もっと必死に張り合ってくるものよ」
「私は、争うのがあまり得意ではなくて……」
「知っているわ。だから呼んだのよ」
え?
思わず目を瞬かせる。
「あなた、最近噂になっているでしょう。
どんな相手とも穏やかに話すって」
知らなかった。
そんなふうに見られているなんて。
その後のお茶会は、思っていたよりもずっと和やかだった。
公爵令嬢は自分のドレスの話、音楽の話、旅行の話を楽しそうに語り、私はそれを聞きながら時々質問を返した。
ただそれだけなのに。
いつの間にか、彼女の表情は最初より柔らかくなっていた。
「……あなた、悪くないわ」
帰り際、公爵令嬢はそう言った。
「またお茶をしてあげてもいい」
言い方が、なんだか少し可愛く思える。
「ありがとうございます。ぜひ」
頭を下げると、彼女は満足そうに頷いた。
馬車に戻った瞬間、侍女が小声で叫ぶ。
「お、お嬢様……!
あの公爵令嬢様が笑っていらっしゃいました……!」
「え?」
「今まで、穏やかに終わったお茶会は一度もないと聞いていたのですが……」
私はきょとんとしてしまう。
ただ、相手を素敵だと思ったから、それを伝えただけなのに。
(……私、何か特別なことしたのかな)
分からない。
でも、ひとつだけ確かなことがあった。
怖いと思っていたお茶会が、思っていたよりも温かい時間だったこと。
そして――
社交界の噂は、静かに広がり始めていた。
伯爵令嬢エリシアは、あの公爵令嬢と和やかにお茶会をした。
次に待っているのは。
金髪碧眼しか認めない、もう一人の令嬢とのお茶会。
私はまだ知らない。
その出会いもまた、少し不思議で優しい時間になることを。
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