4 / 6
父は頭が痛い
しおりを挟む
伯爵邸・執務室。
机の上には、見事なほどに積み上がった封蠟付きの手紙。
「……増えている」
伯爵――つまり私の父は、遠い目でそれを見つめていた。
数日前までは平穏だったはずだ。
それが、娘が社交界デビューの年齢になった途端。
「婚姻の打診」「面会希望」。
しかも送り主の名前が、いちいち重たい。
騎士団長家。
宰相家。
魔術師団長家。
そして侯爵家。
(……うち、ただの伯爵家なんだが?)
父は額を押さえた。
そこへ、ノック。
「伯爵、宰相閣下と騎士団長殿がご到着です」
「……来たか」
嫌な予感しかしない。
◇
応接室。
宰相は穏やかな笑みを浮かべ、騎士団長は腕を組んで堂々と座っている。
そして二人とも――妙に機嫌がいい。
「いやあ伯爵殿、娘御が大変評判でしてな」
宰相が紅茶を一口。
父は内心ため息をついた。
(始まった……)
「最近の若者には珍しく、空気を読めるそうですね。文官向きだ」
「いや、あの落ち着きは騎士団長夫人の器だろう」
さっそく火花が散る。
父は笑みを浮かべたまま思う。
(なぜうちの娘を巡って張り合っているんだ)
「まだデビューしたばかりですよ。焦る話では」
控えめに返すと、二人は同時に身を乗り出した。
「いやいや、良い娘は早く決まるものだ」
「周囲が放っておかない」
完全に同意している。
父は苦笑した。
「……本人の意思を尊重したいと思っております」
その一言で、二人は少しだけ表情を緩めた。
「ほう、良い父親だ」
騎士団長が豪快に笑う。
宰相もうなずいた。
「だからこそ紹介したいのです。我が息子レオンハルトを」
「いや、まずはうちの息子だろう。剣の腕も人柄も保証する」
机の下で、父の拳が小さく震えた。
(だから、なぜ今ここでプレゼン大会が始まるんだ)
◇
さらに後日。
今度は魔術師団長が訪ねてきた。
「伯爵殿、娘君は魔術への理解もあると聞いた。ぜひ我が息子シリウスと」
父は書類を抱えながら天井を見上げた。
(娘よ……なぜそんなに好かれる)
幼い頃から、少し不思議な子だった。
控えめで、でも人の心を捉える。
誰かを否定せず、自然と周囲を和ませる。
父にとってはただの可愛い娘だ。
だが社交界では――
「宝石のような令嬢」らしい。
(……いや、可愛いのは分かる。分かるが)
正直、複雑だった。
早く良縁に恵まれてほしい気持ちと。
まだ家にいてほしい気持ち。
両方が胸の中でせめぎ合う。
その時、窓の外から笑い声が聞こえた。
庭を歩く娘の姿。
柔らかな笑顔で、侍女に何か話している。
父の表情が自然と緩む。
「……あの子が幸せなら、それでいい」
ぽつりと呟く。
すると執事が静かに言った。
「旦那様、また新しい手紙が届いております」
差し出された封筒。
見慣れない紋章だった。
――英雄騎士リュシアン。
父は思わず椅子に寄りかかった。
「……増えるのか、まだ」
執事が小さく笑う。
「お嬢様は大人気でございますから」
父は深く息を吐き、しかしどこか誇らしげに目を細めた。
「……あの子が、自分で選べばいい」
そう言いながらも、心の中では。
(でも……結婚は、もう少し先でいいんじゃないか?)
今日も伯爵家の父は、嬉しい頭痛に悩まされているのだった。
机の上には、見事なほどに積み上がった封蠟付きの手紙。
「……増えている」
伯爵――つまり私の父は、遠い目でそれを見つめていた。
数日前までは平穏だったはずだ。
それが、娘が社交界デビューの年齢になった途端。
「婚姻の打診」「面会希望」。
しかも送り主の名前が、いちいち重たい。
騎士団長家。
宰相家。
魔術師団長家。
そして侯爵家。
(……うち、ただの伯爵家なんだが?)
父は額を押さえた。
そこへ、ノック。
「伯爵、宰相閣下と騎士団長殿がご到着です」
「……来たか」
嫌な予感しかしない。
◇
応接室。
宰相は穏やかな笑みを浮かべ、騎士団長は腕を組んで堂々と座っている。
そして二人とも――妙に機嫌がいい。
「いやあ伯爵殿、娘御が大変評判でしてな」
宰相が紅茶を一口。
父は内心ため息をついた。
(始まった……)
「最近の若者には珍しく、空気を読めるそうですね。文官向きだ」
「いや、あの落ち着きは騎士団長夫人の器だろう」
さっそく火花が散る。
父は笑みを浮かべたまま思う。
(なぜうちの娘を巡って張り合っているんだ)
「まだデビューしたばかりですよ。焦る話では」
控えめに返すと、二人は同時に身を乗り出した。
「いやいや、良い娘は早く決まるものだ」
「周囲が放っておかない」
完全に同意している。
父は苦笑した。
「……本人の意思を尊重したいと思っております」
その一言で、二人は少しだけ表情を緩めた。
「ほう、良い父親だ」
騎士団長が豪快に笑う。
宰相もうなずいた。
「だからこそ紹介したいのです。我が息子レオンハルトを」
「いや、まずはうちの息子だろう。剣の腕も人柄も保証する」
机の下で、父の拳が小さく震えた。
(だから、なぜ今ここでプレゼン大会が始まるんだ)
◇
さらに後日。
今度は魔術師団長が訪ねてきた。
「伯爵殿、娘君は魔術への理解もあると聞いた。ぜひ我が息子シリウスと」
父は書類を抱えながら天井を見上げた。
(娘よ……なぜそんなに好かれる)
幼い頃から、少し不思議な子だった。
控えめで、でも人の心を捉える。
誰かを否定せず、自然と周囲を和ませる。
父にとってはただの可愛い娘だ。
だが社交界では――
「宝石のような令嬢」らしい。
(……いや、可愛いのは分かる。分かるが)
正直、複雑だった。
早く良縁に恵まれてほしい気持ちと。
まだ家にいてほしい気持ち。
両方が胸の中でせめぎ合う。
その時、窓の外から笑い声が聞こえた。
庭を歩く娘の姿。
柔らかな笑顔で、侍女に何か話している。
父の表情が自然と緩む。
「……あの子が幸せなら、それでいい」
ぽつりと呟く。
すると執事が静かに言った。
「旦那様、また新しい手紙が届いております」
差し出された封筒。
見慣れない紋章だった。
――英雄騎士リュシアン。
父は思わず椅子に寄りかかった。
「……増えるのか、まだ」
執事が小さく笑う。
「お嬢様は大人気でございますから」
父は深く息を吐き、しかしどこか誇らしげに目を細めた。
「……あの子が、自分で選べばいい」
そう言いながらも、心の中では。
(でも……結婚は、もう少し先でいいんじゃないか?)
今日も伯爵家の父は、嬉しい頭痛に悩まされているのだった。
15
あなたにおすすめの小説
【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました
雨宮羽那
恋愛
結婚して5年。リディアは悩んでいた。
夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。
ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。
どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。
そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。
すると、あら不思議。
いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。
「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」
(誰ですかあなた)
◇◇◇◇
※全3話。
※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
魅了魔法に対抗する方法
碧井 汐桜香
恋愛
ある王国の第一王子は、素晴らしい婚約者に恵まれている。彼女は魔法のマッドサイエンティスト……いや、天才だ。
最近流行りの魅了魔法。隣国でも騒ぎになり、心配した婚約者が第一王子に防御魔法をかけたネックレスをプレゼントした。
次々と現れる魅了魔法の使い手。
天才が防御魔法をかけたネックレスは強大な力で……。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
気配消し令嬢の失敗
かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。
15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。
※王子は曾祖母コンです。
※ユリアは悪役令嬢ではありません。
※タグを少し修正しました。
初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
猫なので、もう働きません。
具なっしー
恋愛
不老不死が実現した日本。600歳まで社畜として働き続けた私、佐々木ひまり。
やっと安楽死できると思ったら――普通に苦しいし、目が覚めたら猫になっていた!?
しかもここは女性が極端に少ない世界。
イケオジ貴族に拾われ、猫幼女として溺愛される日々が始まる。
「もう頑張らない」って決めたのに、また頑張っちゃう私……。
これは、社畜上がりの猫幼女が“だらだらしながら溺愛される”物語。
※表紙はAI画像です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる