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まだ知らない想い
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王都騎士団本部の訓練場は、朝の冷たい空気に満ちていた。
木剣が打ち合う乾いた音が響く中、アレクシスは額の汗を拭い、息を整える。周囲から向けられる期待の視線には、もう慣れていた。
騎士団長の嫡男。
高魔力の直系。
次代の剣。
それが彼の肩書きだった。
「……アレクシス、少し時間をいいか」
父――現騎士団長が声をかけてきたのは、訓練が終わった直後だった。
重厚な鎧を纏った姿は、戦場の獅子そのものだが、今の表情はどこか柔らかい。
「見合いの話だ」
来たか、とアレクシスは内心で呟いた。
貴族の子として生まれた以上、避けられない話題だ。むしろ遅いくらいだった。
「伯爵家の令嬢だ。魔力値も申し分ない。家格も問題ない」
父の声は淡々としているが、その裏にある切実さをアレクシスは理解していた。
高魔力の血統を守るためには、母胎となる女性もまた高魔力でなければならない。
それは騎士団の未来に関わる問題だった。
「今年の社交界は……難しい令嬢が多くてな」
父が小さく息をつく。
今年の他の令嬢は相手に対する条件が限定的らしい。
アレクシスは口下手な方のため、褒め称えられたい公爵令嬢とは合わないし、金髪碧眼ではないため、侯爵家の令嬢もダメだ。
「だからこそ、お前にはこの縁を大事にしてほしい」
まっすぐな視線だった。
命令ではない。
だが、父がどれだけこの話に期待しているかは痛いほど伝わってくる。
アレクシスは少しだけ目を伏せた。
「……家のため、ですか」
「もちろんだ。だが――」
父は一瞬言葉を選び、静かに続けた。
「できれば、お前が心から認められる相手であってほしい」
その言葉に、アレクシスは驚いた。
騎士団長は誰よりも実利を重んじる人だと思っていたからだ。
「伯爵令嬢は、控えめで穏やかな性格だと聞いている。お前のように……少々不器用な男には、合うかもしれんぞ」
「……余計なお世話です」
反射的にそう返しながらも、胸の奥がわずかに揺れた。
強気で気位の高い令嬢たちは苦手だった。
剣ならば迷わないのに、人の感情となると途端にぎこちなくなる。
(控えめで穏やか、か……)
父の話を聞き終え、アレクシスは訓練場を後にした。
廊下の窓から差し込む光が、白い石床に反射する。
見合い。
政略。
未来の血統。
理解はしている。騎士としても、貴族としても。
けれど――
「……できれば」
思わず、独り言がこぼれた。
「条件だけじゃなくて、ちゃんと……」
言葉は最後まで続かなかった。
彼は恋というものをよく知らない。
だが、心で通じ合うような信頼を、いつか誰かと築けたら――そんな漠然とした願いはあった。
伯爵令嬢の名は、まだ心に馴染まない。
けれど、少しだけ気になっている自分がいる。
父が珍しく背中を押した相手。
そして、自分に似合うかもしれないと言われた女性。
「……まぁ、会ってみないことにはな」
小さく呟き、アレクシスは空を見上げた。
騎士としての誇りも、家の責務も捨てる気はない。
それでも。
もし許されるなら――
条件から始まる出会いが、いつか本物の想いに変わることを。
彼はまだ知らない未来に、ほんの少しだけ期待していた。
木剣が打ち合う乾いた音が響く中、アレクシスは額の汗を拭い、息を整える。周囲から向けられる期待の視線には、もう慣れていた。
騎士団長の嫡男。
高魔力の直系。
次代の剣。
それが彼の肩書きだった。
「……アレクシス、少し時間をいいか」
父――現騎士団長が声をかけてきたのは、訓練が終わった直後だった。
重厚な鎧を纏った姿は、戦場の獅子そのものだが、今の表情はどこか柔らかい。
「見合いの話だ」
来たか、とアレクシスは内心で呟いた。
貴族の子として生まれた以上、避けられない話題だ。むしろ遅いくらいだった。
「伯爵家の令嬢だ。魔力値も申し分ない。家格も問題ない」
父の声は淡々としているが、その裏にある切実さをアレクシスは理解していた。
高魔力の血統を守るためには、母胎となる女性もまた高魔力でなければならない。
それは騎士団の未来に関わる問題だった。
「今年の社交界は……難しい令嬢が多くてな」
父が小さく息をつく。
今年の他の令嬢は相手に対する条件が限定的らしい。
アレクシスは口下手な方のため、褒め称えられたい公爵令嬢とは合わないし、金髪碧眼ではないため、侯爵家の令嬢もダメだ。
「だからこそ、お前にはこの縁を大事にしてほしい」
まっすぐな視線だった。
命令ではない。
だが、父がどれだけこの話に期待しているかは痛いほど伝わってくる。
アレクシスは少しだけ目を伏せた。
「……家のため、ですか」
「もちろんだ。だが――」
父は一瞬言葉を選び、静かに続けた。
「できれば、お前が心から認められる相手であってほしい」
その言葉に、アレクシスは驚いた。
騎士団長は誰よりも実利を重んじる人だと思っていたからだ。
「伯爵令嬢は、控えめで穏やかな性格だと聞いている。お前のように……少々不器用な男には、合うかもしれんぞ」
「……余計なお世話です」
反射的にそう返しながらも、胸の奥がわずかに揺れた。
強気で気位の高い令嬢たちは苦手だった。
剣ならば迷わないのに、人の感情となると途端にぎこちなくなる。
(控えめで穏やか、か……)
父の話を聞き終え、アレクシスは訓練場を後にした。
廊下の窓から差し込む光が、白い石床に反射する。
見合い。
政略。
未来の血統。
理解はしている。騎士としても、貴族としても。
けれど――
「……できれば」
思わず、独り言がこぼれた。
「条件だけじゃなくて、ちゃんと……」
言葉は最後まで続かなかった。
彼は恋というものをよく知らない。
だが、心で通じ合うような信頼を、いつか誰かと築けたら――そんな漠然とした願いはあった。
伯爵令嬢の名は、まだ心に馴染まない。
けれど、少しだけ気になっている自分がいる。
父が珍しく背中を押した相手。
そして、自分に似合うかもしれないと言われた女性。
「……まぁ、会ってみないことにはな」
小さく呟き、アレクシスは空を見上げた。
騎士としての誇りも、家の責務も捨てる気はない。
それでも。
もし許されるなら――
条件から始まる出会いが、いつか本物の想いに変わることを。
彼はまだ知らない未来に、ほんの少しだけ期待していた。
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