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14. 待ち続けた男
「エリシアが社交界に出たら――」
静かな声が、伯爵の書斎に落ちた。
「そのとき、正式に見合いの席をいただけませんか」
数年前。
隣領を治めるアルヴァレイン侯爵家の嫡男、
セドリックは、すでに社交界で名を知られる青年だった。
年はエリシアよりいくつか上。
若き当主候補として、家を背負う立場にある。
対するエリシアは、まだデビュー前の少女。
伯爵はゆっくりと彼を見つめた。
「ずいぶん早い申し出だね」
「承知しております」
落ち着いた声。
だが、そこに迷いはない。
「彼女が社交界に立ち、自ら選べる立場になるまで待ちます」
打算ではない。
焦りもない。
ただ、静かな決意。
伯爵は目を細める。
「他家からの話も来るだろうし……」
「ええ。それでも」
わずかに微笑む。
「私は急ぎません」
その言葉に嘘はなかった。
しばらくの沈黙ののち、
伯爵は頷いた。
「……わかった。デビューの折、君とも席を設けよう」
「ありがとうございます」
深く頭を下げる。
その横顔は、
若き貴公子らしい端正さを備えていた。
華やかさを誇るというより、
静かに整っている。
深い緑の瞳が、決意を湛えていた。
――あとは、待つだけ。
⸻
そして現在。
応接室。
エリシアは父の隣に座り、
向かいの人物を見て、わずかに目を見開いた。
「……セドリック様?」
隣領の侯爵嫡男。
幼い頃、季節の祝宴で数度顔を合わせた。
庭園で花の話をしたこともある。
けれど今、目の前にいる青年は――
あの頃より、ずっと洗練されていた。
艶のあるダークブラウンの髪。
光に当たるとほのかに赤みを帯びる。
深い緑の瞳は穏やかで、
視線を受けると自然と背筋が伸びる。
派手ではない。
だが、確かに美しい。
均整の取れた輪郭。
無駄のない立ち姿。
上質な品格をまとった、若き侯爵嫡男。
アレクシスやレオンハルトなど、先日からお見合いしていた人達と並んでも決して見劣りしない。
ただ、光り方が違うだけだ。
「お久しぶりです、エリシア」
やわらかな声。
昔と変わらない響き。
父が口を開いた。
「セドリック殿はね、以前から申し出ていたんだよ」
「え?」
「エリシアが社交界に出たら、見合いをしたいと」
心臓が小さく跳ねる。
「……ずっと、前から?」
セドリックは穏やかに頷いた。
「ええ。あなたが選べる立場になるまで待つと決めていました」
さらりと言う。
重くもなく、誇らしげでもなく。
ただ、当たり前のように。
「急ぎません」
視線はまっすぐ。
「あなたがゆっくり考えてくだされば、それで十分です」
競わない。
焦らない。
けれど、退くつもりもない。
その静かな強さに、
エリシアの胸が、そっと揺れる。
ずっと前から、
自分のこれからの隣に、私を思い描いていた人。
その事実が、思いのほか静かに胸へ落ちてくる。
「……驚きました」
正直な言葉に、
セドリックはほんの少しだけ、
年相応の青年らしく笑った。
「そうでしょうね。ですが、本気です」
その声は穏やかで、
だからこそ、胸に残る。
まだ答えは出せない。
けれど。
嫌じゃない……嬉しいかも。
エリシアは、はっきりとそう感じていた。
――待ち続けた男は、
ようやく彼女の前に立ったのだった。
静かな声が、伯爵の書斎に落ちた。
「そのとき、正式に見合いの席をいただけませんか」
数年前。
隣領を治めるアルヴァレイン侯爵家の嫡男、
セドリックは、すでに社交界で名を知られる青年だった。
年はエリシアよりいくつか上。
若き当主候補として、家を背負う立場にある。
対するエリシアは、まだデビュー前の少女。
伯爵はゆっくりと彼を見つめた。
「ずいぶん早い申し出だね」
「承知しております」
落ち着いた声。
だが、そこに迷いはない。
「彼女が社交界に立ち、自ら選べる立場になるまで待ちます」
打算ではない。
焦りもない。
ただ、静かな決意。
伯爵は目を細める。
「他家からの話も来るだろうし……」
「ええ。それでも」
わずかに微笑む。
「私は急ぎません」
その言葉に嘘はなかった。
しばらくの沈黙ののち、
伯爵は頷いた。
「……わかった。デビューの折、君とも席を設けよう」
「ありがとうございます」
深く頭を下げる。
その横顔は、
若き貴公子らしい端正さを備えていた。
華やかさを誇るというより、
静かに整っている。
深い緑の瞳が、決意を湛えていた。
――あとは、待つだけ。
⸻
そして現在。
応接室。
エリシアは父の隣に座り、
向かいの人物を見て、わずかに目を見開いた。
「……セドリック様?」
隣領の侯爵嫡男。
幼い頃、季節の祝宴で数度顔を合わせた。
庭園で花の話をしたこともある。
けれど今、目の前にいる青年は――
あの頃より、ずっと洗練されていた。
艶のあるダークブラウンの髪。
光に当たるとほのかに赤みを帯びる。
深い緑の瞳は穏やかで、
視線を受けると自然と背筋が伸びる。
派手ではない。
だが、確かに美しい。
均整の取れた輪郭。
無駄のない立ち姿。
上質な品格をまとった、若き侯爵嫡男。
アレクシスやレオンハルトなど、先日からお見合いしていた人達と並んでも決して見劣りしない。
ただ、光り方が違うだけだ。
「お久しぶりです、エリシア」
やわらかな声。
昔と変わらない響き。
父が口を開いた。
「セドリック殿はね、以前から申し出ていたんだよ」
「え?」
「エリシアが社交界に出たら、見合いをしたいと」
心臓が小さく跳ねる。
「……ずっと、前から?」
セドリックは穏やかに頷いた。
「ええ。あなたが選べる立場になるまで待つと決めていました」
さらりと言う。
重くもなく、誇らしげでもなく。
ただ、当たり前のように。
「急ぎません」
視線はまっすぐ。
「あなたがゆっくり考えてくだされば、それで十分です」
競わない。
焦らない。
けれど、退くつもりもない。
その静かな強さに、
エリシアの胸が、そっと揺れる。
ずっと前から、
自分のこれからの隣に、私を思い描いていた人。
その事実が、思いのほか静かに胸へ落ちてくる。
「……驚きました」
正直な言葉に、
セドリックはほんの少しだけ、
年相応の青年らしく笑った。
「そうでしょうね。ですが、本気です」
その声は穏やかで、
だからこそ、胸に残る。
まだ答えは出せない。
けれど。
嫌じゃない……嬉しいかも。
エリシアは、はっきりとそう感じていた。
――待ち続けた男は、
ようやく彼女の前に立ったのだった。
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