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20. 約束
午後の陽射しが、伯爵邸の応接室をやわらかく照らしていた。
「突然の訪問をお許しください」
濃紺の騎士服姿のリュシアンは、少しだけ緊張した様子で頭を下げた。
「いえ……お越しいただけて嬉しいです」
言ってから、頬が熱くなる。
彼は一瞬驚いたように瞬きをし、それから困ったように笑った。
「そう言っていただけると……来る前に三度ほど引き返そうか迷った甲斐がありました」
「え?」
「いえ、英雄騎士と呼ばれておりますが、女性のお屋敷を突然訪ねるのは少し勇気が要りまして」
真顔で言うものだから、思わず笑ってしまう。
「勇気、ですか?」
「ええ。魔物より難敵かもしれません」
「まあ」
ふたりの間に、やわらかな空気が流れる。
けれど、彼はやがて姿勢を正した。
「本日は、ご報告があり参りました」
声が少し落ち着く。
「辺境方面で、魔物が大規模に発生しております」
「春、ですのに……?」
「ええ。本来なら鎮静期です」
静かに頷く。
「ですが今回は、街道沿いに沿うように群れが出ています。不自然と言わざるを得ません」
胸がひやりとする。
「討伐隊が編成されました。俺も参加します」
指先がわずかに冷える。
「数日中に出立の予定です」
すぐではない。
けれど遠くもない。
私はゆっくり息を吸った。
「……無事で、帰って来てくださいね」
それだけは、どうしても伝えたかった。
彼はやわらかく目を細める。
「はい。必ず戻ります」
まっすぐな声。
「まだ、あなたとゆっくりお話もできていませんから」
胸が跳ねる。
「私も……もっとお話ししたいと思っておりました」
彼の耳がほんのり赤くなる。
「それは、嬉しいですね」
少し間を置いてから、
「もしお許しいただけるなら」
「はい?」
「戻った折に、改めてお時間を頂戴できませんでしょうか」
胸が小さく跳ねる。
「次は……どこかに出掛けたりしませんか」
視線を逸らしながら言うその様子が、どこか不器用で。
「もちろんです」
思わず頷く。
彼はほっとしたように微笑む。
「ありがとうございます」
ほんの少しだけ照れた声で、
「次は、突然伺わぬよう事前に書状を送ります」
「……待っていますね」
彼は目を瞬き、そしてやわらかく笑った。
「では全力で帰ってまいります」
その言い方が、どこか少年のようで。
胸がやわらかく温まる。
「先程の、不自然というお話ですが……」
「そうなんです」
ふと、真剣な瞳になる。
「時期も規模も整いすぎている」
「原因があるかもしれないのですか」
「はい」
私は勇気を出して言った。
「でしたら……私も何か調べてみます」
彼が目を見開く。
「エリシア嬢が?」
「戦うことはできません。でも、何かしたいのです」
少しだけ声が震える。
「ただ待つだけではなく……お力になりたいのです」
沈黙。
彼はしばらく私を見つめていた。
「……あなたは、本当に」
言葉を探すように微笑む。
「強くて、優しい方ですね」
そして少しだけ照れたように視線を逸らす。
「正直に申し上げますと」
「はい?」
「俺は、守る側であることに慣れております」
静かな声。
「ですが今、少しだけ——」
目を戻す。
「隣に立っていただいているような気がして、嬉しいです」
胸が、ぎゅっと締まる。
「ありがとうございます」
「いえ。こちらこそ」
彼はそっと手を差し出す。
「戻りましたら、あなたの調査結果を聞かせてください」
「はい」
触れた指先が温かい。
「約束ですね」
「約束です」
彼はやわらかく笑う。
「では私は、あなたとの出掛ける約束を守るために戦ってまいります」
「そんな理由で戦ってはいけません」
「いえ、とても重要な理由です」
真顔で言われて、また笑ってしまう。
春の光の中。
まだ始まったばかりの関係。
けれど確かに、小さな約束が結ばれた。
——必ず帰る。
その言葉が、今は何より心強かった。
「突然の訪問をお許しください」
濃紺の騎士服姿のリュシアンは、少しだけ緊張した様子で頭を下げた。
「いえ……お越しいただけて嬉しいです」
言ってから、頬が熱くなる。
彼は一瞬驚いたように瞬きをし、それから困ったように笑った。
「そう言っていただけると……来る前に三度ほど引き返そうか迷った甲斐がありました」
「え?」
「いえ、英雄騎士と呼ばれておりますが、女性のお屋敷を突然訪ねるのは少し勇気が要りまして」
真顔で言うものだから、思わず笑ってしまう。
「勇気、ですか?」
「ええ。魔物より難敵かもしれません」
「まあ」
ふたりの間に、やわらかな空気が流れる。
けれど、彼はやがて姿勢を正した。
「本日は、ご報告があり参りました」
声が少し落ち着く。
「辺境方面で、魔物が大規模に発生しております」
「春、ですのに……?」
「ええ。本来なら鎮静期です」
静かに頷く。
「ですが今回は、街道沿いに沿うように群れが出ています。不自然と言わざるを得ません」
胸がひやりとする。
「討伐隊が編成されました。俺も参加します」
指先がわずかに冷える。
「数日中に出立の予定です」
すぐではない。
けれど遠くもない。
私はゆっくり息を吸った。
「……無事で、帰って来てくださいね」
それだけは、どうしても伝えたかった。
彼はやわらかく目を細める。
「はい。必ず戻ります」
まっすぐな声。
「まだ、あなたとゆっくりお話もできていませんから」
胸が跳ねる。
「私も……もっとお話ししたいと思っておりました」
彼の耳がほんのり赤くなる。
「それは、嬉しいですね」
少し間を置いてから、
「もしお許しいただけるなら」
「はい?」
「戻った折に、改めてお時間を頂戴できませんでしょうか」
胸が小さく跳ねる。
「次は……どこかに出掛けたりしませんか」
視線を逸らしながら言うその様子が、どこか不器用で。
「もちろんです」
思わず頷く。
彼はほっとしたように微笑む。
「ありがとうございます」
ほんの少しだけ照れた声で、
「次は、突然伺わぬよう事前に書状を送ります」
「……待っていますね」
彼は目を瞬き、そしてやわらかく笑った。
「では全力で帰ってまいります」
その言い方が、どこか少年のようで。
胸がやわらかく温まる。
「先程の、不自然というお話ですが……」
「そうなんです」
ふと、真剣な瞳になる。
「時期も規模も整いすぎている」
「原因があるかもしれないのですか」
「はい」
私は勇気を出して言った。
「でしたら……私も何か調べてみます」
彼が目を見開く。
「エリシア嬢が?」
「戦うことはできません。でも、何かしたいのです」
少しだけ声が震える。
「ただ待つだけではなく……お力になりたいのです」
沈黙。
彼はしばらく私を見つめていた。
「……あなたは、本当に」
言葉を探すように微笑む。
「強くて、優しい方ですね」
そして少しだけ照れたように視線を逸らす。
「正直に申し上げますと」
「はい?」
「俺は、守る側であることに慣れております」
静かな声。
「ですが今、少しだけ——」
目を戻す。
「隣に立っていただいているような気がして、嬉しいです」
胸が、ぎゅっと締まる。
「ありがとうございます」
「いえ。こちらこそ」
彼はそっと手を差し出す。
「戻りましたら、あなたの調査結果を聞かせてください」
「はい」
触れた指先が温かい。
「約束ですね」
「約束です」
彼はやわらかく笑う。
「では私は、あなたとの出掛ける約束を守るために戦ってまいります」
「そんな理由で戦ってはいけません」
「いえ、とても重要な理由です」
真顔で言われて、また笑ってしまう。
春の光の中。
まだ始まったばかりの関係。
けれど確かに、小さな約束が結ばれた。
——必ず帰る。
その言葉が、今は何より心強かった。
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