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21. 静かな決意
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春の空は穏やかだった。
けれど、エリシアの胸は落ち着かない。
リュシアンが出立して三日。
彼が去り際に言った言葉が、何度も思い出される。
――時期も規模も、整いすぎている。
「違和感があるのです」
あの静かな声音。
ただの魔物の増加ではないかもしれない。
「……私は」
窓辺で小さく息を吐く。
「何もできないのでしょうか」
家の中の本をいろいろ見たが、そもそも普通の伯爵家に魔物についての本は無かった。
昨日は社交会に参加して、情報を集めようとしたが、魔物の話題なんて社交会には全く無かった。
さらに、先日男爵令嬢に絡まれた件を気にしてくれているのか、セドリック様が常に横にいてくれて、歩き回れずに差し出されるケーキやお茶をいただきながら会話していたら、終わっていた。
こうなったら、軍関係のアレクシス様に直接聞いてみようかしら……でも、他の方を頼るなど、不誠実かしら。
なんだかリュシアン様にもアレクシス様にも悪い気が……。
まだ見合いを一度しただけ。
けれどその事実は、社交界ではすでに知られている。
当然、アレクシス様も知っているはずだ。
それでも——
“隣に立っていただいているような気がして、嬉しいのです”
あの言葉が背を押す。
「調べてみると言ったのは、私ですもの」
静かに決意する。
◇◇◇
騎士団長家の門は重厚だった。
門番の視線に、一瞬だけ胸が揺れる。
けれど、引き返さない。
「アレクシス様に、お目通りを願えますか」
通された応接室。
ほどなくして、足音が急ぎ足で近づく。
扉が開いた。
「……エリシア嬢?」
訓練帰りなのか、騎士服姿のアレクシスが立っている。
額に汗。
呼吸がわずかに速い。
急いで来てくれたのだと分かる。
「どうかしましたか」
視線は真っ直ぐで、迷いがない。
その真剣さに、胸が少し痛む。
目の前の彼からは探るような色は感じられない。
ただ、心配だけがある。
「辺境の魔物の件について……お話が」
その瞬間、彼の瞳が変わる。
すぐに思考の色に染まる。
「討伐隊のことですね」
「はい」
エリシアは続ける。
「出立前に、あるお方が……違和感があると仰っていました」
ほんのわずか。
アレクシス様の視線が静かに揺れた。
だが、それだけだ。
問いは来ない。
代わりに、ゆっくりと言う。
「……その討伐隊に、英雄騎士がいますね」
心臓が跳ねる。
名前は出ない。
けれど、きっと分かっている。
分かっていて、言わない。
「はい」
小さく肯定する。
沈黙。
けれど重苦しくはない。
むしろ——
何かを飲み込んだような静けさ。
「街道沿いに、風向きに沿うように群れが出ていると」
「報告は騎士団にも来ていました」
「その方は、それが整いすぎていると」
言葉を選ぶ。
「私は詳しくは分かりません」
視線を落とす。
「ですが……軽々しく疑う方ではないと思います」
そこまで言って、はっとする。
言い過ぎたかもしれない。
だが。
アレクシス様は、否定しなかった。
むしろ静かに頷く。
「なるほど」
低い声。
怒りも、皮肉もない。
ただ考えている。
そして、エリシアは気づく。
この方はきっと、最初から察していたのだ。
“ある方”が誰か。
見合いをした相手が討伐隊にいることも。
それでも聞かない。
代わりに——
「エリシア嬢は、その違和感を信じたのですね」
と、核心だけを問う。
「はい」
迷いはない。
アレクシス様は一瞬、目を伏せる。
その睫毛が影を落とす。
ほんのわずか、胸が締めつけられたような表情。
けれどすぐに顔を上げる。
そこにあるのは、騎士の眼差しだ。
「分かりました」
短く言う。
「俺も、その違和感を追います」
驚きに目を上げる。
「エリシア嬢が信じた相手だから——」
そこまで言って、言葉が止まる。
言い直す。
「……いや」
少しだけ不器用に。
「エリシア嬢がそこまで動いた。その事実を、俺は軽く見ません」
胸が熱くなる。
「騎士団の報告を再精査します」
迷いなく続ける。
「風向き、地形、高低差、それらを過去の報告と照合します」
「魔術師団にも観測記録を照会します。魔力残滓の偏りがあれば、人為的要因の可能性もあります」
有能さが滲む。
そして。
ほんの少しだけ、声が柔らぐ。
「……俺にも手伝わせてください」
その一言は、静かだった。
願いに近い。
エリシアは、息を呑む。
「君が一人で抱える必要はない」
真っ直ぐな視線。
そこには競う色はない。
ただ——
あなたの力になりたい
という、ひたむきな気持ちが伝わってくる。
この方は、私の味方であろうとしてくださる。
「……ありがとうございます」
深く頭を下げる。
アレクシスは少しだけ困ったように笑う。
「お礼は、結果が出てからです」
けれどその横顔は、どこか覚悟を帯びていた。
君が誰を想っていようと構わない。
それでも、俺は隣に立てるだけの男でいたい。
そんな決意が、言葉にせずとも伝わる。
春の風が、窓を揺らす。
春の光の中で、三人の運命は、静かに交差していた。
けれど、エリシアの胸は落ち着かない。
リュシアンが出立して三日。
彼が去り際に言った言葉が、何度も思い出される。
――時期も規模も、整いすぎている。
「違和感があるのです」
あの静かな声音。
ただの魔物の増加ではないかもしれない。
「……私は」
窓辺で小さく息を吐く。
「何もできないのでしょうか」
家の中の本をいろいろ見たが、そもそも普通の伯爵家に魔物についての本は無かった。
昨日は社交会に参加して、情報を集めようとしたが、魔物の話題なんて社交会には全く無かった。
さらに、先日男爵令嬢に絡まれた件を気にしてくれているのか、セドリック様が常に横にいてくれて、歩き回れずに差し出されるケーキやお茶をいただきながら会話していたら、終わっていた。
こうなったら、軍関係のアレクシス様に直接聞いてみようかしら……でも、他の方を頼るなど、不誠実かしら。
なんだかリュシアン様にもアレクシス様にも悪い気が……。
まだ見合いを一度しただけ。
けれどその事実は、社交界ではすでに知られている。
当然、アレクシス様も知っているはずだ。
それでも——
“隣に立っていただいているような気がして、嬉しいのです”
あの言葉が背を押す。
「調べてみると言ったのは、私ですもの」
静かに決意する。
◇◇◇
騎士団長家の門は重厚だった。
門番の視線に、一瞬だけ胸が揺れる。
けれど、引き返さない。
「アレクシス様に、お目通りを願えますか」
通された応接室。
ほどなくして、足音が急ぎ足で近づく。
扉が開いた。
「……エリシア嬢?」
訓練帰りなのか、騎士服姿のアレクシスが立っている。
額に汗。
呼吸がわずかに速い。
急いで来てくれたのだと分かる。
「どうかしましたか」
視線は真っ直ぐで、迷いがない。
その真剣さに、胸が少し痛む。
目の前の彼からは探るような色は感じられない。
ただ、心配だけがある。
「辺境の魔物の件について……お話が」
その瞬間、彼の瞳が変わる。
すぐに思考の色に染まる。
「討伐隊のことですね」
「はい」
エリシアは続ける。
「出立前に、あるお方が……違和感があると仰っていました」
ほんのわずか。
アレクシス様の視線が静かに揺れた。
だが、それだけだ。
問いは来ない。
代わりに、ゆっくりと言う。
「……その討伐隊に、英雄騎士がいますね」
心臓が跳ねる。
名前は出ない。
けれど、きっと分かっている。
分かっていて、言わない。
「はい」
小さく肯定する。
沈黙。
けれど重苦しくはない。
むしろ——
何かを飲み込んだような静けさ。
「街道沿いに、風向きに沿うように群れが出ていると」
「報告は騎士団にも来ていました」
「その方は、それが整いすぎていると」
言葉を選ぶ。
「私は詳しくは分かりません」
視線を落とす。
「ですが……軽々しく疑う方ではないと思います」
そこまで言って、はっとする。
言い過ぎたかもしれない。
だが。
アレクシス様は、否定しなかった。
むしろ静かに頷く。
「なるほど」
低い声。
怒りも、皮肉もない。
ただ考えている。
そして、エリシアは気づく。
この方はきっと、最初から察していたのだ。
“ある方”が誰か。
見合いをした相手が討伐隊にいることも。
それでも聞かない。
代わりに——
「エリシア嬢は、その違和感を信じたのですね」
と、核心だけを問う。
「はい」
迷いはない。
アレクシス様は一瞬、目を伏せる。
その睫毛が影を落とす。
ほんのわずか、胸が締めつけられたような表情。
けれどすぐに顔を上げる。
そこにあるのは、騎士の眼差しだ。
「分かりました」
短く言う。
「俺も、その違和感を追います」
驚きに目を上げる。
「エリシア嬢が信じた相手だから——」
そこまで言って、言葉が止まる。
言い直す。
「……いや」
少しだけ不器用に。
「エリシア嬢がそこまで動いた。その事実を、俺は軽く見ません」
胸が熱くなる。
「騎士団の報告を再精査します」
迷いなく続ける。
「風向き、地形、高低差、それらを過去の報告と照合します」
「魔術師団にも観測記録を照会します。魔力残滓の偏りがあれば、人為的要因の可能性もあります」
有能さが滲む。
そして。
ほんの少しだけ、声が柔らぐ。
「……俺にも手伝わせてください」
その一言は、静かだった。
願いに近い。
エリシアは、息を呑む。
「君が一人で抱える必要はない」
真っ直ぐな視線。
そこには競う色はない。
ただ——
あなたの力になりたい
という、ひたむきな気持ちが伝わってくる。
この方は、私の味方であろうとしてくださる。
「……ありがとうございます」
深く頭を下げる。
アレクシスは少しだけ困ったように笑う。
「お礼は、結果が出てからです」
けれどその横顔は、どこか覚悟を帯びていた。
君が誰を想っていようと構わない。
それでも、俺は隣に立てるだけの男でいたい。
そんな決意が、言葉にせずとも伝わる。
春の風が、窓を揺らす。
春の光の中で、三人の運命は、静かに交差していた。
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