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本編

38.和

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「律花様、お疲れではありませんか?」


そう言って手渡された水は冷たくてとても美味しかった。
·······いや、それよりも·······ここが近道って本当か?

目の前に広がる雑木林。地面は岩場と苔。
建物らしい影も全くもって見当たらない·······。



「あと少し先ですね」

「······二時間前もそう言ってなかったっけ?」


不知火さんは無言で笑う。
はい、すみません···俺のせいなんでした。



家を出てから数時間後。
俺たちは出発時に色々とあったものの、無事に転移陣から蓮本家のある雑木林の前に着いた。その無造作に生い茂る雑木林の中央部、一番奥に蓮本家の屋敷があると不知火さんに聞き一歩踏み出した次の瞬間·······転移ワープの罠に嵌り、今現在俺たちは迷子だ。


「鳴き声は聞こえますので、そろそろだとは思いますが···」
「鳴き声?」
「はい、先程も説明させて頂きましたが、現在地は把握しましたので暁を告げる大鳥──ククリコッコを移動手段としてお屋敷に向かう事が最短かと···」


ククリコッコ···?
聞いたことの無い名称だ。ただ、前後の話だと恐らく魔物やモンスターの類でないかと思う。それに乗って(?)本家の屋敷まで向かうと·······。


「·······噛まない?」
「優しい子なので恐らく」


不知火さんはそのモンスターを知っているのだろうか?
時々懐かしそうに辺りを見渡している。
他人の家のことをは勿論、蓮家の実態が分かってないから何とも言えないけど、分家筋と言っていたが関係的にどんな感じなんだろう。
美園の家の親戚は生まれてから一度も会ったことがない。事実、父さんと母さんの訃報を受け兄貴が調べてようやく分かったくらいだ。···前世も親戚いなかったし···そういう関係ってちょっと分からないんだよな·······。


「ん·······律花様、来ます」
「···え?」


ドドドドドドドドドッッッッ!!
大地を震わせるような激しい音が近づいてくる。



キュエーーーッ!!ギーギー!!



「·················マジか」




















「········律花様、、」


···ん、、不知火さん?
どこかで俺を呼ぶ声が聞こえる。

········あぁ、確か俺ククリコッコに乗ってから気絶したんだっけ···。
ハッキリ言って乗ってからの記憶が全く無い。


俺はゆっくりと瞼を開けると差し込む光に目を細めた。



「·······ここ、どこ?」

「あぁ···良かった·······!」


最初に目に入ったのは俺を覗き込みいつもは少し固めな表情を今は崩して本気で心配してる不知火さんの顔だ。···なんか····前にもこんなことあったな·······。あの時は楼透だったけど。楼透の生家だからかより既視感を覚える。

·······ん、何で不知火さんは白い着物を着て···。



「·······良かった···。これで私は安心してあの世へ行けます···」


そう言う不知火さんの手にはキラリと光る短刀が···て、は?


「!??ちょ、待って!!?」

「···申し訳ありませんでした。従者として、律花様を気絶させてしまうなど有るまじきことです······今この場で腹を掻き切って──」

「切腹は求めてない!!」

「いえ!死なせて下さい!!」 

「命を無駄にするなぁああ!!」


一度死んでる(?)俺からしたら切腹なんてふざけんなって話だ。命は大事、人間いつ病んだイケメン共に監禁されて死ぬか分からないんだ。今の一瞬一瞬を真剣に生きなくてはいけない。·······何考えてんだ?俺···。

その後も短刀を手に自暴する不知火さんをなんとか宥めて落ち着かせ、二人して畳の上に正座で向き合う。···そして何故か俺もラヴィランの制服から着物に変わってるんだが···。



「···不知火さん」

「·······はい」


肩をびくりと震わせ視線を下げたまま返事が聞こえた。 
何をそこまで怯えることがあるのだろうか···。俺が何かした覚えはないし、もし何かしたなら言って欲しい········んだけど。···んー、先ずは現状確認と言うか、今の状況は何があってどうなってそうなったのかを聞かないと話しにくいか。


「切腹の前に俺に話すことないか?」
「·······は」
「今不知火さんに死なれたら、俺どうやって楼透を説得して美園の家に帰ればいい?と言うか、ここは楼透の実家に着いた訳?俺はククリコッコに乗って気絶したみたいだけどここどこ?何で服が変わってる?今何時何分?楼透はどこ?」


とりあえず質問攻めの刑だ。
流石は不知火さんと言うべきか、一瞬戸惑ったものの落ち着いて説明し始めてくれた。
ここが楼透の生家である蓮本家の離れにある別邸の一室であること。ククリコッコに乗り込み、屋敷に着くまでがほんの数分······着いてから気絶した俺に気づきこの部屋に運んだのが2、30分程前だと言うこと。つまり1時間は経っていない。服が変わってるのは·······察して欲しい。


「制服は本家の使用人の方が今洗濯して下さっております。又、蓮家当主の蓮 蔵之条くらのじょう様は昨夜からご不在との事です。ですので、御隠居様が応対して下さると言うお話です。·······律花様のご不明な点はこの辺りでしょうか?」
「·······ん、大丈夫」
「でしたら、私はこれにて──」


そう言って不知火さんは短刀を構えた。
·······はぁ。


「何言ってんですか···もうその危険なものは下げてくれます?」
「···いいえ、これは私のケジメであり償いです」
「なら、不知火さんはもう償ったよな?」
「···はい?」
「罰は質問攻めの刑で終わり」


ぽかーんと擬音が付きそうな表情になる不知火さん。
なんか不知火くらい表情筋の少ない人もいないから、今日は珍しい表情ばっか見れてる。不知火さんの表情ベストセレクションが出来そうだ。


「で、不知火さん。ケジメってんなら、ちゃんと仕事しよう!って俺も美園の次男として子爵家の蓮様のお屋敷でいつまでもぐーたら寝てる訳にもいかないから、御隠居様に取り次ぎお願い出来る?」
「·······私は」


それでも困惑したように返事に迷っている様子。


「じゃあ、主としての命令な。死ぬな」
「···っ!······我が主の意のままに」
 


え、ちょ·······。
片膝をついて頭を下げられてしまった···。
格好つけて主っぽい態度取ったらこの様子だ。
まぁ、俺がこんな偉そうに言えた玉じゃないけどなんとか不知火さんの自死は避けられたようだ。心做しか不知火さんもさっきより堂々としてて(?)嬉しそう(??)に見える。


「律花様、それでは今暫くお待ちを」


そう一言残し、不知火さんは部屋を出ていった。




·······思ったんだけど、この世界って和風な所多くないか?
スイレンといい、蓮家といい·······?あれ、蓮って漢字···スイレンの名前を漢字に変換したら睡蓮?だしなんか関係あるのか···?色々と気になる所もあるが。

着物も驚いたけど、この部屋も。
畳に襖·······本当に前世で見た日本の古き良き和室の景色。
··········これで朝食が焼き魚と味噌汁とかあったら最高だ。


早朝早くに家を出たとは言え、恐らく今はお昼よりも夕方に近い時刻じゃないだろうか。はっきりした時間は分からないがタイムリミットは迫ってる。


明日、明後日には父さんと母さんの······。

分かってしまう。そうだと決まってしまえば楼透を説得する為のきっかけが一つ無くなる···。そうなれば口の達者な楼透の事だ、何を言っても逃げ回るだろう。長い時間、心は通わせていなかったとはいえ近くにいた···それくらいのことは予想出来る。


「············駄目だ。これ以上は頭が回んない」


胃の中の物を全て出してしまったからだろう···。
お腹も空いたし、変な筋肉を使ったのかやや筋肉痛気味だ。俺としては頑張った方だが、つくづく鍛錬不足の過去の俺を恨む。···男にモテるフェロモンが出る加護よりチート能力が欲しかった。




















「この度は御足労頂いてすまなんだ。今は隠居の身だが、蓮家前当主であった蓮 剛之助ごうのすけと申す。孫の楼透の件、承知しておりますだ」



結局、俺の体の具合から御隠居様は挨拶は明日でいいと仰ってくれたらしい。あのあと、不知火さんが着替えとか食事とか全部補助してくれた。俺自身、介助させる程では無かったんだけどいつにも増して不知火さんがやる気(?)だったから甘えてしまったこともある。

そして今、蓮家の御隠居様と面会中だ。
御隠居様も少し体調を崩しているらしい。布団の中からで申し訳ないと最初に謝られた。



「···律花様に折り入って、お願いがござりまする」

「何でしょうか?お···私に出来ることでしたら······」

「有難う存じまする。···では、簡潔に申し上げると·······」





「孫を。····楼透をどうか殺してやって欲しい」
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