追憶の空

忠犬

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春の訪れ

五話【ただ純粋に恋する女の子なのに】

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二年二組の担任が【丘華】のメインキャラクターであったことに私は驚きすぎて椅子から転げ落ちてしまった、注目を浴びるのは当然のことで担任の古槐(ふるえんじゅ)先生には「大丈夫ですか?」と心配される始末。私は素早く座席に座り、何もなかったように澄まし顔をして「大丈夫です」と言い切ったが、新学期初日にやらかしてしまったことに冷や汗をだらだらと流しまくっていた。

私が澄まし顔をしていたことに、なんだコイツみたいな視線を大勢もらった気がしたが気にしない。こういうのは気にしたら終わりなのだよ。私は周りの視線をシャットアウトして、前を向くことだけを考えた。

私は脳内で頭を抱えた、いやいや担任もメインキャラクターなのか、これは想定外だよ。確かに私は優しい先生を願った、けれど古槐先生は……、いや古槐先生は優しいよ、漫画の中でヒロインちゃんと主人公くんの担任の先生であったキャラクターだ。でも、でもね……、古槐先生はドジなんだよ。すんごいドジなんだよ、とても言葉に表せないくらいドジなの、誰がなんと言おうとドジなんだよ。ドジのせいで古槐先生にはやらかしが沢山あったんだ、例えば体育倉庫にいるヒロインちゃんと主人公くんを閉じ込めちゃったり、あれは本当に古槐先生の一番のやらかしだよ。主人公くんが初心じゃなかったら本当に危なかったよ。少女漫画の筈なのに規制がかかるところだったしね。ハプニングの要には必ずといっていいほど古槐先生が関わってくる、だから何が言いたいかというと、お願いだから、この一年はドジんないでくれ……。

私がそう思っている間に古槐先生の説明は進んでいき、明日からの授業の流れ方の話も終わっていた。古槐先生が「質問はあるかい?」と生徒たちに問いかけていたけど、手を挙げる子はいなかった。恐らくみんなは早く帰りたいんだと思う、まぁ今日はほぼクラス表を確認して終わり、みたいな感じだしね。一年生はまだ入学式があるから学校に残るみたいだけど、在校生は入学式には出ないのでもう少しで帰る時間だ。

一時間目が終わるまであと三十分、それまで教科書に名前を書くことを古槐先生から命じられた。私は全ての教科書に名前を書くの少し時間がかかりそうだな、なんて呑気に思いながら筆箱からマッキーペンを取り出した。

静まり返っていた教室には生徒たちの呼吸の音以外にキュッキュッとマッキーペンの独特な音が響く。私マッキーペンの書く音好きなんだよね、マッキーペンでしかとれない栄養があるっていうか。まぁそれは置いといて、クラス全体に聞こえるマッキーペンの音なのに、私の隣からはその音が聞こえなかった。

もしや隣の子はボールペン派なのか……?、と思ったが流石にボールペンはないだろう。いやあるのかもしれいけど、私は教科書の名前をボールペンで書く人は有り得ないと思う。そこは小学生の頃から長年愛用しているマッキーペンだろ、と思うのはマッキーペンガチ勢にしか分からないことだと思うのでスルーしてほしい。

でも隣からはボールペンで書く音も聞こえなかった。ではまさかの鉛筆派なのか、隣の子は教科書に鉛筆で書く子なのかもしれない、という予想が私の頭の中で広がった。教科書の名前を鉛筆で書くのはボールペン以上に有り得ないと思う、なんならその子は頭がおかしいと私は思う。鉛筆なんて教科書に書いても薄々になっちゃうよね、名前が薄々で読めるか読めないかの境目なのに本当にこの子は鉛筆で書くのか……?、これはあくまで私の予想だ、たまたまその子はまだ教科書に名前を書くのに手をつけていない可能性だってある。だから私は隣の子が鉛筆派なのか確かめたくて、隣の子を見た。













『園山美亜(そのやまみあ)ー!?』

まさかの本日二度目の吃驚である。なんなら昇天しかけた、危ない本当に危ない。なんと私の隣の席の子は園山美亜ちゃん【丘華】のメインキャラクターであった。なんで私は今まで気づかなかったのか……、なんでた、隣にいるのに何故気づかない。

園山美亜ちゃんとは【丘華】に出てくる所謂脇役キャラであった。主人公くんのことが好きで、けれど主人公くんの近くにいるのはいつもヒロインちゃんだった。だから園山美亜ちゃんはヒロインちゃんに嫉妬して少しヒロインちゃんに酷いことをしてしまったんだ。結局ヒロインちゃんに酷いことをしてしまった園山美亜ちゃんは主人公くんにボロクソ言われてしまうし挙句の果てには嫌いと好きな人から突き放されてしまう。園山美亜ちゃんは最後に自分がやったことの罪の重さに気づいてしまい泣きながら謝罪を繰り返し、それから園山美亜ちゃんの登場する回は来なかった。

本当にこの少女漫画はヒロインちゃんと主人公くん以外には冷たいし酷いことをすると思う。別に【丘華】が嫌いなわけじゃない、なんならTOPクラスに好きだ。ヒロインちゃんと主人公くん以外には残酷なのもこの少女漫画の魅力なのかもしれない。

園山美亜ちゃんはただ主人公くんが好きなだけだった、恋する少女らしく好きな人の周りにいる女の子に嫉妬して、少し酷いことをしてしまった、本当にそれだけなんだ。ヒロインちゃんに酷いことをしなければ、主人公くんに嫌いと突き放されることはなかったと思う。でも、少女漫画には脇役が必要だ、その脇役に園山美亜ちゃんがなってしまっただけ。園山美亜ちゃんが主人公くんじゃなくて、違う男の子を好きになればいい未来があったかもしれない。本当に可哀想な子だよ。一つの過ちでこんなにどん底に落ちるなんて誰が思うことか、だからね私は園山美亜ちゃんは可哀想な子だと思ってる。脇役で悪役になってしまった子、本当はただの当たり前のように純粋に恋する子なのに。ストーリーというのは残酷なものだね。


そんな園山美亜ちゃんは筆箱の中身を漁っていて、何かに焦っているようだった。園山美亜ちゃんの自慢のツインテールがゆらゆらと揺れている。

もしやマッキーペン忘れてしまったとか?、まさかそんなピンポイントでマッキーペンを忘れるなんて……、まさかね……、

「……ボールペンで書くしか…」

聞こえてしまってはいけない台詞が聞こえてしまったよ。今の言葉は聞き逃せないかな、マッキーペンガチ勢として。

駄目だよ園山ちゃん、教科書にボールペンで書くなんて有り得ないことだ。世の中のマッキーペンガチ勢がキレ始めるよ。

私は仕方なく今まさにボールペンで名前を書き始めようとしていた園山ちゃんに話しかけた。

「マッキーペンないなら貸そうか?」

「え…………、っ羽井さん」

どうやら園山ちゃんは前の私のことを覚えているようであった。まぁヒロインちゃんの親友だしね、そりゃ覚えているよね。園山ちゃんは去年ヒロインちゃんに酷いことをしたのをまだ後悔していたのか、私の顔を見ただけで顔が青ざめた。

別に私は前の羽井涼梨ちゃんじゃないし、園山ちゃんに腹が立つこともないし今更怒る気にもなれない。だからそんなに怯えなくてもいいんだけどな、私は君が普通な女の子なのは知っているし折角同じクラスになれたんだから仲良くしたいんだけどね。

「あの去年は、ごめんなさい」

「私に謝る必要は無いよ、確かに園山ちゃんは過ちを犯したけど ちゃんと改心しているから君はもう既に普通な女の子だ、だからそんなに自分を責めない方がいいと思うよ」

「…………羽井さんは優しいのね」

「私はお世辞で言っているわけじゃないんだけどな、ただ私の思ったことを言っただけだよ」

「……それでも羽井さんは優しいわ」

「そう、でマッキーペンいる?私四本持ってるから何本でも貸せるよ」

「四本……??一本貸してもらえる?」

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

早速園山ちゃんは私に謝ってきた。どうしてだろう、園山ちゃんからは前の羽井涼梨ちゃんと同じ匂いがする。本当に匂いがするわけじゃない、この報われない恋をして何も出来なかった自分に後悔している感じが似ているのだ。

私はただ謝ってきた園山ちゃんに自分の思ったことを言っただけなのに、園山ちゃんは曖昧な笑みを浮かべて直ぐに視線が俯いてしまっていた。私はとりあえず筆箱の中に何本も入っているマッキーペンの一本を貸して自分の机に向き直った。


全ての教科書に名前を書くのは案外直ぐに終わった。園山ちゃんからもマッキーペンを返してもらったし、少し暇になったね。

教室を見渡してみたら、退屈で寝ている人や小説を読んで暇を潰していた人もいたから、私はとりあえず寝ることにした。小説は家に置いてきてしまったから、私の選択には寝るしかないのだ。

寝る体勢に入り、腕を曲げ机に頭を乗っける。隣の園山ちゃんをチラ見する、相変わらず視線は俯いていた。私はその何かに悔いている園山ちゃんの顔だけが気になってあまり眠れなかった。

そうして新学期初日は幕を閉じた。


羽井涼梨(はねいすずり)

隣の席の子がまたもや【丘華】のメインキャラクターの園山美亜ちゃんで驚愕した人。園山ちゃんのことは作品の悪役の立場になってしまった可哀想な女の子だと思っている。園山ちゃんの浮かない顔が気になって家に帰ってもあまり眠れなかった。


園山美亜(そのやまみあ)

【丘華】のメインキャラクター。【丘華】では脇役で悪役の立場になっていた。ヒロインちゃんに嫉妬して酷いことをしたのは本当、それで主人公くんに嫌いと突き放されたのも事実。羽井涼梨ちゃんのことはヒロインちゃんの親友だから、嫌われていると思っている。どこか浮かない顔をしている。


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