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エンリケ

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4.輝く思い出

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4.輝く思い出

ズイとリエンが行動を共にしてからおよそ60日。二人は今日もせっせと生活のために「セリフォン」の周辺の狩り場でモンスターを倒していた。モンスターを倒せば経験値に加えてお金が手に入る。これが生活資金になる。ズイもリエンも、これまでよりも確実に討伐効率が上がっていることを実感していた。
二人はパーティを組んでいるが、戦闘を担うのはズイである。モンスターとエンカウントしたら、まずはリエンがズイに「ロット」をかける。これを圧倒的な魔法防御力が攻撃力と入れ替わるまで続ける。かなり運任せではあるが、リエンの驚異的な量の「MP」が幸いし、何度も入れ替えることができる。攻撃力と入れ替われば、あとは魔王討伐部隊も涙目の攻撃力であたりのモンスターをオーバーキルすれば完了である。狩り場を少しずつ変えながらこれを繰り返し、生活に困らない程度の資金繰りはできるようになっていた。
二人の装備も、少しずつだがしっかりしてきた。リエンは、胸元の赤い大きなリボンは据え置きに、薄いがしっかりした素材のチェストシールドがついた黒いトップス、赤いスカートには控えめだがフリルがついている。対するズイはというと、少し防具に厚みは増したが、まだぺらぺらだ。しかし、「ロット」の効果で攻撃力が上がったときに確実に、一瞬で敵を仕留められるよう、刀身が長く、切れ味の良い立派な得物を携えている。
 ある日の昼休憩。
「しかしまあ、ここらのモンスターがこんなに弱かったとはな」
「もう、調子いいんだから。私の魔法がなかったら最弱のくせに」
出会った当初は二人とも同世代の異性ということもあり緊張が見られたが、今では、休憩の際に冗談を言い合えるくらいには打ち解けていた。
「今日は卵のサンドイッチか、肉がないと物足りないな」
「贅沢言わない。そんなお金ないし」
ふわふわのパンに、程よく塩味がかった卵。ズイは文句を垂れてはいるが、このサンドイッチがお気に入りだった。
昼ご飯はリエンが作ってきて、ズイが食費を出す。二人は家、財布こそ違えど、まるで夫婦のように、生活のほとんどを共にするようになっていた。
「それにしても、リエンは何でもできるな。料理はうまいし、部屋はいつも綺麗にしてるって言ってたよな。それでいて、イカツイおっちゃん店員にも臆さず値切り交渉を持ちかけられる。うーん、はっ、もしかしてリエンってバツイチなのか?」
「バツイチなわけないでしょ!私まだ17なんですけど。そういうズイは何にもできないよね。何か得意なことでもあるの?その軽口以外で」
「おい、バカにするなよ。俺は神に選ばれし男だ。俺の特技は、・・・え、軽口以外?」
「ほら、ないじゃない。その軽口がエスカレートして、会話過多で死ぬんじゃない?」
「え、なんでそんなひどいこと言うの?普通に傷つくんだけど」
「人のことバツイチって言うからでしょ」
リエンは、ズイといる時間がとても心地良かった。ズイに影響され、自分がどんどん外向的になっていることも実感していた。
「なんか、リエンって変わったよな。出会った時と比べて」
「そうかな、まあ、あんまり人と喋ってなかったからね」
「そうなのか?だって、リエンって実家暮らしだろ?両親と喋ったりとかはするだろ」
少しリエンの顔が曇った。
「・・・私、両親いないんだよね」
「そ、そうだったのか・・・」
ズイは、さすがに自分の軽口が暴走しすぎた、と反省し、謝ろうとすると、
「ううん、大丈夫だよ。いつか言おうと思ってたから。むしろ、タイミングくれて、ありがと」
「ま、まあな。リエンのことだから、こうでもしねえと言わないよな!」
しおらしい彼女にどぎまぎしながら、平静を保とうとおちゃらけてみせる。対するリエンは、曇った表情だが、それでもはっきりとした口調でこう続けた。
「・・・私、ズイには感謝してるんだ。・・・私、『シュズ村』っていう小さな村で生まれ育ったの。物心ついたときには、父親はいなかった。お母さんは、『お父さんは、リエンが生まれた時くらいに戦場で致命的な傷を負って命を落としたのよ』って言ってた。私は、生まれてからお母さんとの時間を大切に生きてきた。・・・そんなお母さんも、4年前にいなくなっちゃった。ある日突然、いなくなっちゃったんだよ?信じられなくて、何日も何日も探し回った。でも、目撃情報どころか、私のお母さんのことをちゃんと覚えている人もいなかった。そんな私も、今ではお母さんのこと、ちゃんと思い出せない。唯一の心の支えも失って、どうしたらいいか分からなかった。幸い、貯金はあったから、しばらくはそれを切り崩して生活していたけど、それも底をつきてきて、いよいよ自分で稼がなくちゃいけなくなった。でも、私は一人で戦えない。そんな時、ズイに出会った。だから、今もこうして生きられてるの。私、すっごく感謝してる。ありがとう、ズイ」
ズイは話の途中から、リエンと目を合わせることができなかった。こんな健気でいい子が、そんな辛い過去を抱えて生きてきたなんて・・・。自分の軽率さが腹立たしかった。でも、自分への感謝を聞いた時、そんなリエンの力になりたいと強く思った。
「俺、頑張るよ。リエンのためにできること、なんだってやるさ」
「また出た、得意の軽口」
リエンの口元には、いつもの優しい笑顔が戻っていた。

・・・

昼休憩のあと、いつもの狩り場でノルマをこなしていたところ、リエンがあることに気が付いた。
「ズイ、そのきらきらしたの、何?」
「えっ、うわっ、なんだこれ」
見ると、5mmくらいだろうか、ズイの額にきらきらした小さな結晶のようなものが付着していた。
「ズイ、私の美意識の高さにならってラメ覚えたの?」
「そんなわけねえだろ!マジでなんなんだこれ。さっき倒したモンスターから飛んできたのか?」
よく見ると、ズイが立っていた辺りの地面にも小結晶が散らばっていた。
「おい!もしかしてこれ、モンスターのレアドロップなんじゃねえの⁉ めちゃめちゃ高く売れたりして!」
「え、そうなのかなあ。帰りに行きつけの売店、寄ってみようか」
そう言いながらリエンはその結晶を拾ってはバッグに詰めた。小結晶が散らばったのはこの一度ではなく、以降戦闘のたびに一定量見られた。
 日が落ちてきて、「セリフォン」に戻った二人は、小結晶を詰め込んだバッグを抱えて、行きつけの売店「ダダ」に顔を出した。
「おーい、ダダ!元気してるかー!」
「相変わらずうるせえ奴だな、ズイ、お前のおかげで元気だよ」
「あっ、ドリムステルダドバインセンさん、ご無沙汰しております」
「リエンは律儀なんだよ。こんな長い名前覚えて呼んでくる奴、リエンぐらいだ」
ポーションや食料、生活用品などを手広く扱う売店「ダダ」の店主、「ドリムステルダドバインセン」は、見知った二人の来訪を快く受け入れた。ドリムステルダドバインセンは本名で、長男のドリムステル、次男のドバインセンを兄弟に持つ。ドリムステルダドバインセンの両親は長男、次男に交際当初から温めていた渾身の名前を付けた後、満を持して三男を産んだが、もう温めていた名前のストックは女の子向けのものしかなく、頭を抱えた末、兄弟二人の名前をガッチャンコした。そう、つまり、ドリムステルダドバインセンのアイデンティティは真ん中の「ダ」のみということになる。
「まさか自分のアイデンティティを前面に押し出した店を構えることになるとはね」
「毎回思うけどダダはなんでそんなに誇らしげなんだ」
店主の名前が長すぎて、常連はそろって店主のことを店名の「ダダ」で呼ぶ。リエンを除いて。
「そういえばさ、ダダに買ってほしい代物があるんだ」
「俺がモノを買うだと?相当のレアものでなきゃあ、見向きもしないぜ」
「これなのですが」
リエンはバッグに右手を突っ込み、数個の小結晶を握ってダダの前に出した。
「本日、モンスターを倒した際、辺りに散らばっていたんです。こんな結晶、見たことなくて。ドリムステルダドバインセンさんは、見たことがありますか」
「うん、改めて聞くと俺の名前って長いな。どうにかならんのか」
「俺、自分の名前の長さに文句つけてる奴、はじめて見たわ」
そんなことを言いながら店主のダダは結晶に手を伸ばした。すると次の瞬間――、
「熱ッ‼」
ダダは手を抑えたまま小さくなってしまった。結晶に触れた手は真っ赤になって腫れている。
「おい!ダダ、どうした!大丈夫か!」
「熱い・・・?全く温度は感じなかったのですが・・・」
「すまん、今日はもう帰ってくれ、それは買い取れない。商品に触れられなきゃどうにもならん」
ダダは消え入りそうな声でそう訴えた。まるで、こんなことは初めてというように。
「すまん、ダダ、俺らは温度なんて全く感じなかったから・・・」
「すみません、ドリムステルダドバインセンさん。何もしてあげられなくて心苦しいですが、どうかお大事にしてください」
「おう、幸いここは物売り屋だ、薬なんざいくらでもある。心配するな、さっさと帰った」
申し訳なさそうにズイとリエンが店を出た後、ダダは一人呟いた。
「こんなもんに効く薬でもあったら、それこそレアもんだな」
ダダの手は、腫れが引くまで三日かかり、その間激痛は治まらなかったという。

・・・

「なあ、どうする、この結晶」
帰路についた二人は、歩きながら結晶の処遇について話し合っていた。
「うーん」
リエンは少し考えた後、
「これ、私が持っておくよ」
「持っておく?いやいや、何の役にも立たないだろ」
「ふふっ、思い出や記念なんて、そんなものじゃない?」
「?」
「この結晶は、ズイと一緒に頑張った思い出。私には、それで十分かな」
「そ、そっか」
ズイはなんだかくすぐったい気持ちになったが、それはすぐに締め付けるような痛みに変わった。
リエンがうっとりした目で見つめながら、指先で結晶を転がす。結晶は夕日を乱反射して、ズイとリエンをまばゆく照らした。

4.輝く思い出 終
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