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2.星を吸い込む瞳
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あの衝撃的な夜から一週間。
来る日も来る日もいつ顔を出すのが一番良いのか悩み、同じ時間か?それとも周期か?決まった日だけとか?と考え抜いた結果とりあえず同じ曜日と時間にしてみようと結論を出した。酒美味かったし、いなくてもバーで時間潰せばいっかと思ったのもある。
普段は歩かないシャッター街。そこは変わらず静けさと冷たさを保っていて俺の足音だけが響いている。冷たい風の中、あの火照った顔を忘れられないまま俺はまた路地裏を覗いた。
「あぁ、来たの?」
そこには先週と変わらない千弦の姿。口元のタバコの短さからするに、ここがお気に入りの一服スポットなのかもしれない。
「なんか会えそうな気がしてさ。行く?」
「そうね。ちょうど吸い終わるから付き合ってあげるわ」
千弦は前回と同じ灰皿を取り出して葉をざらりと押し付けた。もう少し嫌がられると思っていたのに先週の好感度が高かったのかすんなりと歩き出す。
ま、その背中は不機嫌にもご機嫌にも見えないけど。
そうしてその日を境に週一回か二回、夕方五時から俺達はバーで呑むようになった。相変わらず仕事がどうとか趣味がどうとかなんて話はしないけど、当たり障りのない会話でも千弦と話せるなら大抵は楽しかった。
だからかな、会えない時間の心の靄が濃くなったのは。
何となく、千弦にだけはがっつきたくなかった。そんなことしたら二度と関わってくれなさそうだからそれだけは避けていた。そうすれば他の女を求めるのは当然で、今日はあの子の家に泊まって、明日は別の子とホテルの近くの店で待ち合わせて……なんて自堕落な生活になり始める。分かっていても止められないあたりがクズたる所以なんだろうとは思うけど。
「ねぇ雪くん、最近は連絡早いね?」
「ん? そう?」
「そうだよ、前まで一日とかあいてたもん」
心底どうでもいいと思いながらてきとうに相槌を打つ。しかし耐え切れずに服も着ないままベッドの端に腰掛けて葉に火をつけた。煙たい苦さが身に染みるようだった。
所謂ピロートーク、的なものなんだろう。いつもなら付き合ってやれるそれを受け流すだけの余裕もない。あの凛々しく咲く花をどうすれば手折らずに手に入れられるのか、頭の中はそれだけでいっぱいだから。
煙を肺の中に回して、吐き出すと同時に新しい煙と入れ替える。苦味で癒される訳もなく、ただ胸の奥の錘が少し軽くなる程度の安らぎ。それでも、静かに登っていく煙を見ると荒んだ心は落ち着きを取り戻していった。
「ねぇ~、雪くんまだ時間あるでしょ?」
「えぇ? あるけど……なに、甘えたいの?」
ベタベタとくっついてくる女を軽くいなし、仕方ないから付き合ってやる。甘い味のするそれに唇を合わせてさっきまでと同じことを繰り返す。
でも、どれだけ女と一緒にいようと、どれだけ酒やタバコに縋ろうと、俺の真ん中の凹んだところが埋まることはなかった。
そんなダラけた生活の隙間に路地裏を覗く。アネモネは変わらず咲いていて、そっと撫でるような時間を過ごす。
それでも結局、近付きたいと声を掛けたくせに連絡先も好みの話題や好きな物も掴めないまま季節は巡って……マフラーを巻くか悩む時期から、服の厚さで悩む時期になってしまった。会った回数で言えば、両手を二回は越しただろうか……俺は、数えるのをやめたあたりで一つ決心をした。
「なぁ、ゲーセン行かない?」
そう。それは千弦をバーの外に連れ出してみるという一大決心。あくまで酒のために付き合ってくれていそうな千弦に、もう少しだけ俺の割合を増やしたいがための自己中な作戦だ。
「嫌。人多いし煩い。何か欲しいものでもあるの?」
うーん、想定内の反応。ゲーセンは嫌いだよな、流石に。目の前の酒はまだお互いに半分ほど残ってる。あと数回のチャンスでなんとか成功させたいところだ。
「ないけど。じゃあ、映画とか」
「私アンタとそんなに仲良かった? 嫌よ、音も大きいし。人に興味ないの」
どうやら騒がしくて人が多いところは嫌らしい。どこなら許されるんだ……と考えていたその時、そこで一つ閃く。
「じゃあプラネタリウム。この前ちょうど本で読んで久々行きたいんだよね」
「本?」
「小説な。星の描写がキレイだったから見たくなって」
そう言うと千弦は俺から視線をカウンターの向こうに戻し、何か考えているようだった。さっき上げた二つよりは可能性が高いのかもしれない。
「……ふぅん。まぁ、そこなら付き合ってもいいわ。案内して奢ってくれるならね」
「もちろん。千弦に金出させたことないだろ」
「マスター、お会計良い?」
「ハァ、はいはい……」
自分が世界の中心と言わんばかりに動き出す千弦。まぁ、そこまでしても構わないというある種信頼の形なのかもしれないけど……俺も何だかんだ、千弦に振り回されるこの時間を気に入っていた。
「それで? プラネタリウムってこの辺だとどこにあるの?」
「あー、近いとこだと……ほら、向こう行ったら大通りあるだろ?そこ渡って中に数本入ったとこ。綺麗な建物なんだけど、アクセス悪いからか人少なくて穴場らしいんだよね」
早く歩きなさい、と言わんばかりの圧を受けながら歩き出す。たまに当たり障りのない会話を投げては撃ち落とされてを繰り返していた時、個人経営らしい小さな花屋が目に入った。
「こんな所に花屋あったんだな」
「そうね、ここの花はいつも綺麗に手入れされていて癒されるの。店主も明るくて素敵な人よ」
「へぇ……」
花の話題になった途端、千弦の纏う空気がふわりと明るくなった。まるで可愛いものを愛でる乙女のように柔らかいその目元は数ヶ月の付き合いで初めて見るような優しさだ。
通り過ぎようとした瞬間、ちょうど店内にいた店主らしき人と目が合う。ぺこりと会釈をしで終わりかと思いきや、千弦を見つけた店主っぽい人は眩しい笑顔で店の中からこちらに歩いてきた。
「千弦ちゃんじゃない! 久しぶりね、仕事は順調?」
どうやら少し親しいらしい店主っぽい人は物怖じせずに千弦に話しかけている。千弦も、見る限り嫌ではないみたいだ。
「えぇ、順調よ。優子さんのお花、いつ見ても素敵よね。癒されるのよってこの男に話してたの」
「あら嬉しい! 千弦ちゃんにそう言ってもらえるなら私もお世話した甲斐があるわ」
太陽みたいに眩しい優子さんの笑顔と、月みたいに静かに降り注ぐ千弦の微笑み。どうも暖かくてこの中には混じれないな、と思った。
二人が話し終わって少し。「少しだけ眺めていってもいいかしら」という千弦のオーダーにより、俺達はその花をそっと眺めていた。
「……花、好きなの?」
「もちろん。自然って素敵じゃない。花は自然から生まれるものでしょう?」
「へぇ……初対面では花とか嫌いなのかと思ってた」
「どうして?」
「『花なんてもらっても困るでしょ』とか言いそうだなって」
「まぁお世話するにも手間はかかるけど……でも、こんな素敵なものもらったら嬉しいわよ、私は」
「……ふーん」
自然が素敵、ねぇ。どうやら千弦は花とかそういう自然のものが好きらしい。ここ数ヶ月でやっと得た初めての情報だった。そう思うと、だからプラネタリウムも受け入れてもらえたのかもな。
花を見る横顔は柔らかくて優しい。人間が嫌いな分、自然への愛が他よりも大きいのかも。そんな風にじっと横顔を観察していれば、花に満足したのか千弦はすくっと立ち上がった。
「待たせたわね。行きましょう」
「癒された?」
「アンタの顔見るよりは余程ね」
「酷くない?」
軽口の応酬を続けながら人気のある大通りを抜けて細道へと入っていく。奥に進めば進むほど人は疎らで、見たところこの辺に住んでそうな人ばかりが行き交っていた。
「ほら、ここ」
目の前にはプラネタリウムの入った大きめの施設。閉館時刻を確認すればあと数時間はあった。
「へぇ、いろんな展示があるのね」
「みたいだな。次のプラネタリウムは30分後だからプラネタリウムが先の方がいいかも」
「そうね。ほら、受付してきて?」
「はいはい。勝手に席選ぶからな」
「……それなら一緒に行くわ、変な席選ばれたら堪らないもの」
後ろから着いてきた千弦を気にせず受付に進めば、どうやら券売機で買うタイプの施設らしかった。
「お、シートタイプある。どうせなら寝転んで見る?」
「アンタの横で?」
「流石にシートも広いでしょ。椅子座って見るよりは楽じゃね?」
「…………そうね」
今回は上手く丸め込めたみたいだ。シートタイプの席券を購入して受付に渡せば、丁寧にもシートまで案内してくれた。
「靴を脱いで寝転んでくださいね。ごゆっくりお楽しみください」
言われた通りに靴を脱いでシートに上がる。思ったよりは狭いけどお互いのスペースは確保できるくらいの広さがあって、俺的には問題ない範疇だった。
「どう?千弦的には許せる広さ?」
「……アンタが変なことしなければ許せるかしらね」
「しねぇよ。千弦、そういうの嫌がるじゃん」
「今まで嫌がってなければ違ったのね」
「お前ってそういうとこあるよな、すぐ俺を悪者にしてさぁ」
「満更でもないって顔しておいて言える立場じゃないわよ」
「……酷い言われようだな」
そんなやり取りをしている間にどんどん照明が暗くなっていく。千弦も気付いたのか、自然と会話はなくなった。
『星空の旅へようこそ。今夜は、宙に浮かぶ物語に思いを馳せながらその美しさを眺めましょう』
その声と共に天井の空色が移ろっていく。黄昏に染まっていた数秒後、グラデーションを描きながら紺へと染まっていく。その頃には、星の輝きで目の前が埋め尽くされていた。
『北斗七星から東を見ると、うしかい座のアークトゥルスが見えます。そして、さらに南東の方までその線を伸ばすと白い一等星、スピカが見つかります。これらを結ぶことで生まれるのが有名な春の星座、【春の大曲線】です』
へぇ、夏と冬以外にもそういうのあるんだ。それは初めて知ったな。眠くなるようなナビゲーションを聴きながらちらりと横に並ぶ顔を見れば、その瞳には無数の星が浮かんでいた。吸い込んでいる、と言ってもいいかもしれない。きらきらと輝いて、それはどの星よりも一等美しかった。
『そのスピカを含む星座が乙女座です。ギリシャ神話では農業の女神デーメーテールまたは正義の女神アストレアをイメージした星座とされていて、古代メソポタミアでは「麦の穂」や「豊穣の女神」として知られていたんですよ』
女神、ねぇ。そういや一目惚れした時そういう見え方したな。今では懐かしいと思うほどに時間を重ねたけど、女神より乙女の方がまだ近いな、という印象。そもそも、女神だって女である以上乙女と言えば乙女だもんな。
ぼーっとそんなことを考えながらゆるやかな時間が流れて、人工の星空は一時間ほど輝いていた。終わってからじんわりと明るくなっていく館内。隣に目を向ければ何か言いたげにじっと俺の顔を見つめていた。
「何?お気に召さなかった?」
「いいえ?プラネタリウムは綺麗だったわ。ただアンタが寝なかったのが意外だっただけ」
「そんなに寝そうなイメージなの? 俺」
もう興味はないと言わんばかりに話しながら立ち上がる千弦。追いかけて立ち上がる間にすたすたと歩き始めてしまった。
「え、何? なんか怒ってる?」
「は?」
「いや、あまりに早足だから」
「……他の展示が気になるだけよ、閉館時間が近いでしょ」
目の前の女はそう言って顔を背けた。確かに、入る前に他の展示を気にしてたな。まさか早足になるほど興味があったとは思ってなかったけど……。
「なるほどね。どこ回りたいの? どこでもいいよ」
「言われなくても連れ回すわよ」
千弦は俺の反応を気にすることもなくまた歩き出した。でもまぁ、そこまで楽しんでくれてんならいいか。
そうしてそこから一時間。そこそこ広い館内を隅から隅まで回った俺達は、夜更けには少し早いくらいの時間に月明かりを浴びた。
「楽しかったわ、ありがとね」
「喜んでくれて何より、付き合ってくれてありがとな」
珍しく上機嫌な様子の千弦は、余程展示が面白かったのかいつもよりもテンションが高い。心做しか頬も少し赤い、気がする。恐らく見間違いだが。
あれほど攻め入りたくないと思っていたはずなのに、いざ目の前の女がご馳走になると脳は際限なく『食べ頃だ』と信号を発してくる。
そのアネモネを赤く染められたら。額に張り付く髪を横に流してその赤く熟した果実を味わうことが出来たなら。黒の下に潜む花の蕾を愛でることが出来たなら。俺はもう、その誤った信号に抗うことが出来なかった。
「……千弦、帰したくない」
「……何か企んでるの?」
「違う。ただ千弦と別れんのが寂しいだけ」
自分でも驚くほど素直に言葉が出た。それは小さく、けれどハッキリと千弦に届いたらしい。
「……アンタ、素直におねだりとかできたのね」
「……できるよ。俺のおねだり、聞いてくれる?」
「嫌って言ったら?」
「飲みだけでも付き合って」
「……まぁ、私も振り回したものね」
その言葉に思わず目を見開く。千弦が俺に対して譲歩するなんて、今までなら考えられなかったから。俺の意気地ない数十回はちゃんと意味があったんだと今更ながらに胸が熱くなった。
そして、それに続く言葉で胸から脳、全身にまでその熱が回る。
「それなら私の家にでも来る? 今なら気分がいいから入れてあげてもいいわよ」
信じられない。この女が、家に?
それは食べてもいいというサインなのか、ただ飲むくらいなら帰って休みたいのか、俺には分からない。ただ、チャンスであるということだけは確かだった。
「……ならそれで。ありがとね」
まだ賑わっている夜の街を二人で歩く。静かに、けれど穏やかに。この瞬間、確実に俺は人生で一番幸福だったと思う。
少し歩いた先、千弦が住むのは綺麗なマンションの一室。そこそこ高い階に住む辺り、案外稼ぎはいいらしい。ガチャリと千弦が鍵を開けて中に入っていく。続いて俺も入り、ドアを閉めた。
「鍵、どっちも閉めといていいの」
「……まぁ、いいわよ。アンタが何もしないならね」
それは俺への信頼か、諦めか。まぁ、気を許してくれてるだけ良いとしよう。
カシャン。鍵の音が響いた気がしたのはきっと俺が意識しているからなんだろうな。千弦は手を洗い終えたのか俺を何も気にせずに冷蔵庫から飲み物を取り出している。
「洗面台はあっち。手洗ってからでないと何も許さないわよ」
「はいはい。お借りしますよ」
言われた通りに向かえば電気のついた部屋に鏡付きの独立洗面台があった。どうやら自分が手を洗う時から洗面所の電気をつけていてくれたみたいだ。
手を洗って戻れば千弦は開け放たれた扉の先、リビングで既に酒を並べて待っていた。
「こっちよ。アンタ何でもいけるんでしょ? 残ってた酒でよければ飲ませてあげるわ」
「お、甘いのもキツいのもあるじゃん。せんきゅ」
レモンサワー、甘めの缶チューハイ、ウイスキー。残っていた分でこれだけあるなら普段から相当飲むんだろうな。
有難くレモンサワーをいただけば千弦は苺のチューハイを手に取る。どうやら今日は甘めの気分らしい。
「苺、美味い?」
「美味しいわよ」
「ふーん」
「……あげないわよ、飲みたいなら自分で買いなさい」
「バレた? なら仕方ねぇな。どこ売ってんの」
他愛ない会話を重ねる。砂時計があったら何度ひっくり返したか分からないくらいにはその密かで甘い時間を共有して、空いた缶の数と引き換えに千弦の頬は緩やかに熟していく。
ベランダに面した大きなガラス戸から薄い光が差し込んできてその花を照らす。あの時と同じ、誘惑的な甘ったるい顔。少し開いているからか静かに風が吹き込んできてふわついたアネモネを揺らした。
また俺の脳はその果実をいつ齧るのかと危険な信号で焦らせるんだ。千弦にだけは焦らないと決めていたのに、目の前に果実をぶら下げられた俺が……どうしようもない堕落した俺が、耐えられるはずもなかった。
「……なぁ、千弦」
「……なに?」
俺から発した言葉で場の空気が変わったのを、千弦も気付いたらしい。きっと力でなら千弦と俺の差は歴然。でも、残った理性はそんな風に貪るのを許さなかった。
「……手、貸して」
訝しげに差し出された手をそっと握る。反対の手に握られた缶をさらっと奪い取り机に置いた。もっと嫌そうな顔をするかと思ったのに何故か千弦の表情はそこまで変わらない。先の展開が見えているはずなのに、おかしいな。
そのまま立たせて傍にあったベッドに誘導する。滑る布の上に寝かせても尚、暴れるわけでもなく俺の動きに従順だ。さらりと広がる髪に心臓がバクバクと音を立てる。全身に広がる赤があまりにも蠱惑的で今にも脳がオーバーヒートを起こそうとしていた。
俺の影が千弦の全身を覆う。影に包まれてもその紅は艶めかしく輝いていて俺の身体は今にも爆発してしまうんじゃないかという錯覚すら覚えた。
その花をさら、と撫でたその時。
「所詮、アンタも他の男と変わらないのね」
ぴしゃり。
そんな音が聞こえた気がした。冷たい風がさぁっと吹いて、そこでようやく自分が大切なアネモネを手折ろうとしていたことに気付く。
「……っ」
あぁ、くらくらする。先程までの熱が一瞬にして消えて、頭の中が真っ白になっている。なにか言葉を返さなきゃいけないのに、こんな時に限って何も出てきやしない。いつもなら薄っぺらい言葉がいくらでも出てくるのに。きっとこの動揺は目の前の女にも筒抜けなんだろう。だって、その瞳が全てを物語っているから。
回らない頭で必死に考えて、考えて。でも結局、眉間が痛くなってきた辺りで全てを捨てた。
「……やめた。そんなこと言われてまで食おうと思わないし」
ぼふん。俺がマットレスに沈むのと同時に千弦が少しだけ宙に浮く。何だか、女と一緒にいるのに食わない夜ってのは胸がザワザワして落ち着かないな。
確かに感じる暖かな感触。でも怖くて隣を見ようとも思わなかった。もしその先に耐えられないような冷たくて鋭い瞳があったら俺は一生夢に見るだろうから。
やっぱり俺は、救いようのないクズなんだよな。自己中で、傷付けて花を手折ることしかできない能無し。きっとどれだけ真面目ぶろうとしても透けて見えるくらいにはどうしよもないやつだよ。
窓からは相変わらず柔らかい光が差し込んでいる。花を美しく照らしていた淡いそれが俺の左側に降り注ぐ。ただ眩しいだけだと思っていたそれは案外暖かいものらしい。鬱陶しいだろうと感じていた光が騒がしく回る頭をそっと撫でて、心地良さに全て委ねた俺は気付けば目を閉じていた。
ぱち。
いつもなら感じない眩しさが俺の瞼を焼いて、珍しく自然と目が覚めた。
鳥の囀りがうっすらと聞こえて眩しい方へ顔を向ければ、一人分の影が少し離れた先にできている。視線をずらして確認した時計は六時過ぎを指していた。昨日それなりに遅かったはずなのに、まぁ元気なもんだ。
かしゃり。
昔ながらというほど古い機種でもないだろうけど、そんな言葉が似合う音がした。視線の先、背を向けるアイツにはどんな景色が見えているのか気になってむくりと起き上がる。
「おはよう……」
「あぁ、起きたの。昼まで寝てそうなイメージなのに案外朝早いのね」
「こんだけ眩しけりゃ目も覚めるだろ……」
からら。
タバコ片手に隣を陣取れば、千弦の手には音の出処が居座っていた。綺麗に手入れされた、レンズの大きいカメラ。
「それフィルム?」
「デジタル。一眼レフもいいけど、持ち運ぶには重いから」
「へぇ。じゃあどんな時に一眼レフ使うの」
「動くものがある時とか、一瞬を逃したくない時」
ふぅん、なんて返しながら葉の先に火をつける。そっと目線をその横顔にやれば、いつもの涼しい顔に熱がひと匙乗っていた。
ぼぉっとその表情を見つめてから、眩しい光に視線を移す。
その世界は、青だった。
「私、自然が好きなの。こんなに綺麗なもの、嫌いになる理由がないでしょう?」
芯のある声だった。間違いなんてない、それが世界の全てだと言わんばかりの明るい色だ。
その視線がなんだかむず痒くて、青を見つめながら言葉を考えた。
「……そうかも。嫌われんのってだいたい俺らの勝手な都合だもんな」
「そう。期待しなければ期待されないものよ、彼らはね」
軽いような重いような、さらりとした口触りのそれに千弦の全てが乗っている気がした。
期待しなければされない。確かに、期待しなくても期待してくるような奴とは違うんだろう。俺らのことなんて構わずに、青は白になって赤く染まって回っていくだろうから。
タバコの灰を灰皿に滑らせる。短くなったそれを口につける。一口吸ったその味はいつもよりスッキリとしていて、軽い口当たりが身体に沁みていった。
「期待されないってのは、いいかもね」
久しぶりに心の奥底から出た言葉だった。俺、期待されるのが嫌だったんだ。言葉が出て初めて腑に落ちた気がした。
青は変わらず青いままだ。でも、心の蟠りが少しだけ溶けて、さっきよりも煌めいて見える。確かに、いつだって自分勝手なのは俺らだよな。空はただそこにあるだけなのに。
肺で回した濁った空気を煙として吐き出す。やっぱりそれが昇っていく様を見るのは好きだった。でも、今日はほんの少し、寄り添われている感覚。
穏やかな時間が流れている。雲が風で流れて空が白んでいくのを見るのは悪くない気分だ。
隣からまた一枚記録に収めた音。こんな時間がずっと続けばいいのに、なんて柄にもないことを考えていたら千弦が言葉を紡いだ。
「私、人が嫌いなの。期待されるのもするのも嫌い。勝手に人のどうしようもない要素で笑ったり怖がったり、自分勝手に構ったかと思えば放り出したり。それに振り回されるのに疲れてね」
タバコの先が赤く光ってまた消える。吐き出した煙を見上げたりはしなかった。
「私、小さい頃から背が高くて。人と違うって幼い子供には効くのよね、いつでもどこからかクスクス笑い声がした。私には、どこが面白いのか皆目見当もつかないけれど」
明るいのに冷めたその声と内容から察する千弦の感情がミスマッチすぎて反応に困る。ちらりと横目で見たアネモネはいつもより萎れていた。だからと言って、水なんて持ち合わせていないけど。俺と同じように光を見つめている千弦は、俺の反応には興味が薄いようだった。
「でも、自然なら私に勝手な期待なんてしないでしょ。私だって、変な期待をしなくて済む。だから、自然が好きなの」
「……変な期待って?」
聞くか迷って結局吐き出した疑問は思ったより千弦の機嫌を損ねなかったようで、俺たちの間に温い風が吹くこともなくその続きの言葉が聞けた。
「……そうね、私はきっと話がしたかった。惜しみなく愛を注いでくれた両親が、私が小学生になってすぐ忙しいからと私に時間を割かなくなってね。ショックだったのは確かに覚えてる。それから数年後に学校にも居場所がなくなって気付いたの。『期待するから悪いんだ』って」
「だから『期待しないしされない』、ね」
少しだけ千弦の中を覗いた気分だった。今まで人を知ろうとしなかった俺にとって、言ってしまえば初めての感覚。煩わしいだろうと思っていたそれは案外心地いい。
涼しい風が吹いて俺らの髪とピアスを揺らす。そういえば、もしかして俺らの髪も耳も傷の痛みを誤魔化したかったのかな。
「俺たちって別に悪いことしてないじゃん。なのにこんなに嫌なもん抱えてさ、生きてるだけマジで偉いと思うんだよね」
「……そうね」
「俺には千弦の全部は分かんないけどさ、期待ってするとかどうとかじゃなくて信頼の形だと思う」
そう言った時、千弦の目は少しだけ大きく開かれた。こんな俺の薄っぺらい言葉に刺さるところがあったかは分からないけど。
「俺なら千弦より背も高いし都合の良い言葉だっていくらでもあげられる。それをクズって言うんだろうけど、俺には期待してもいいよ」
何かが伝わればいいと思った。いや、ただ拒否されなければそれでいい。その上で沢山の中の何か一つでも伝われば満足だったのかもしれない。酷く惨めな俺でも人を大事にすることが出来るんだと思いたかった。
千弦は何も言わない。俯いて、カメラをじっと見つめている。
俺も何も言わない。見られちゃウザいかとまた光を見つめて、ただ葉に赤を点していた。
その時間が、俺にしては穏やかな安心できる時間だった。
「……ねぇ」
「何?」
「……なんで、昨日やめたの」
聞くんだ、それ。まぁいっか。
「ただ大事にしたいと思った、それだけ」
今日は素直に言葉が出る。千弦に対してならそれも嬉しかった。きっと千弦は綺麗なものが好きだから、言葉くらいは偽らないものを渡したかったし。
「何それ。アンタらしくない」
「それは俺も思うけど」
でも、千弦好みにはなってきてるでしょ?
飲み込めなかった言葉は千弦まで届いてしまったらしく、また表情が強ばってしまった。でもそれもすぐに解ける辺り、それなりに認めてもらえているのかもな。
くだらないことを考えながらまた煙を吐き出す。うん、やっぱり今日は気分がいい。
「ほら、俺ばっか見てるとシャッターチャンス逃すんじゃない?」
「……そうね。同じ瞬間は二度と来ないもの、大切にしないと」
そう言ってまた前を向く千弦。真剣な横顔を見ながら吸うそれは、あと数センチだった。
来る日も来る日もいつ顔を出すのが一番良いのか悩み、同じ時間か?それとも周期か?決まった日だけとか?と考え抜いた結果とりあえず同じ曜日と時間にしてみようと結論を出した。酒美味かったし、いなくてもバーで時間潰せばいっかと思ったのもある。
普段は歩かないシャッター街。そこは変わらず静けさと冷たさを保っていて俺の足音だけが響いている。冷たい風の中、あの火照った顔を忘れられないまま俺はまた路地裏を覗いた。
「あぁ、来たの?」
そこには先週と変わらない千弦の姿。口元のタバコの短さからするに、ここがお気に入りの一服スポットなのかもしれない。
「なんか会えそうな気がしてさ。行く?」
「そうね。ちょうど吸い終わるから付き合ってあげるわ」
千弦は前回と同じ灰皿を取り出して葉をざらりと押し付けた。もう少し嫌がられると思っていたのに先週の好感度が高かったのかすんなりと歩き出す。
ま、その背中は不機嫌にもご機嫌にも見えないけど。
そうしてその日を境に週一回か二回、夕方五時から俺達はバーで呑むようになった。相変わらず仕事がどうとか趣味がどうとかなんて話はしないけど、当たり障りのない会話でも千弦と話せるなら大抵は楽しかった。
だからかな、会えない時間の心の靄が濃くなったのは。
何となく、千弦にだけはがっつきたくなかった。そんなことしたら二度と関わってくれなさそうだからそれだけは避けていた。そうすれば他の女を求めるのは当然で、今日はあの子の家に泊まって、明日は別の子とホテルの近くの店で待ち合わせて……なんて自堕落な生活になり始める。分かっていても止められないあたりがクズたる所以なんだろうとは思うけど。
「ねぇ雪くん、最近は連絡早いね?」
「ん? そう?」
「そうだよ、前まで一日とかあいてたもん」
心底どうでもいいと思いながらてきとうに相槌を打つ。しかし耐え切れずに服も着ないままベッドの端に腰掛けて葉に火をつけた。煙たい苦さが身に染みるようだった。
所謂ピロートーク、的なものなんだろう。いつもなら付き合ってやれるそれを受け流すだけの余裕もない。あの凛々しく咲く花をどうすれば手折らずに手に入れられるのか、頭の中はそれだけでいっぱいだから。
煙を肺の中に回して、吐き出すと同時に新しい煙と入れ替える。苦味で癒される訳もなく、ただ胸の奥の錘が少し軽くなる程度の安らぎ。それでも、静かに登っていく煙を見ると荒んだ心は落ち着きを取り戻していった。
「ねぇ~、雪くんまだ時間あるでしょ?」
「えぇ? あるけど……なに、甘えたいの?」
ベタベタとくっついてくる女を軽くいなし、仕方ないから付き合ってやる。甘い味のするそれに唇を合わせてさっきまでと同じことを繰り返す。
でも、どれだけ女と一緒にいようと、どれだけ酒やタバコに縋ろうと、俺の真ん中の凹んだところが埋まることはなかった。
そんなダラけた生活の隙間に路地裏を覗く。アネモネは変わらず咲いていて、そっと撫でるような時間を過ごす。
それでも結局、近付きたいと声を掛けたくせに連絡先も好みの話題や好きな物も掴めないまま季節は巡って……マフラーを巻くか悩む時期から、服の厚さで悩む時期になってしまった。会った回数で言えば、両手を二回は越しただろうか……俺は、数えるのをやめたあたりで一つ決心をした。
「なぁ、ゲーセン行かない?」
そう。それは千弦をバーの外に連れ出してみるという一大決心。あくまで酒のために付き合ってくれていそうな千弦に、もう少しだけ俺の割合を増やしたいがための自己中な作戦だ。
「嫌。人多いし煩い。何か欲しいものでもあるの?」
うーん、想定内の反応。ゲーセンは嫌いだよな、流石に。目の前の酒はまだお互いに半分ほど残ってる。あと数回のチャンスでなんとか成功させたいところだ。
「ないけど。じゃあ、映画とか」
「私アンタとそんなに仲良かった? 嫌よ、音も大きいし。人に興味ないの」
どうやら騒がしくて人が多いところは嫌らしい。どこなら許されるんだ……と考えていたその時、そこで一つ閃く。
「じゃあプラネタリウム。この前ちょうど本で読んで久々行きたいんだよね」
「本?」
「小説な。星の描写がキレイだったから見たくなって」
そう言うと千弦は俺から視線をカウンターの向こうに戻し、何か考えているようだった。さっき上げた二つよりは可能性が高いのかもしれない。
「……ふぅん。まぁ、そこなら付き合ってもいいわ。案内して奢ってくれるならね」
「もちろん。千弦に金出させたことないだろ」
「マスター、お会計良い?」
「ハァ、はいはい……」
自分が世界の中心と言わんばかりに動き出す千弦。まぁ、そこまでしても構わないというある種信頼の形なのかもしれないけど……俺も何だかんだ、千弦に振り回されるこの時間を気に入っていた。
「それで? プラネタリウムってこの辺だとどこにあるの?」
「あー、近いとこだと……ほら、向こう行ったら大通りあるだろ?そこ渡って中に数本入ったとこ。綺麗な建物なんだけど、アクセス悪いからか人少なくて穴場らしいんだよね」
早く歩きなさい、と言わんばかりの圧を受けながら歩き出す。たまに当たり障りのない会話を投げては撃ち落とされてを繰り返していた時、個人経営らしい小さな花屋が目に入った。
「こんな所に花屋あったんだな」
「そうね、ここの花はいつも綺麗に手入れされていて癒されるの。店主も明るくて素敵な人よ」
「へぇ……」
花の話題になった途端、千弦の纏う空気がふわりと明るくなった。まるで可愛いものを愛でる乙女のように柔らかいその目元は数ヶ月の付き合いで初めて見るような優しさだ。
通り過ぎようとした瞬間、ちょうど店内にいた店主らしき人と目が合う。ぺこりと会釈をしで終わりかと思いきや、千弦を見つけた店主っぽい人は眩しい笑顔で店の中からこちらに歩いてきた。
「千弦ちゃんじゃない! 久しぶりね、仕事は順調?」
どうやら少し親しいらしい店主っぽい人は物怖じせずに千弦に話しかけている。千弦も、見る限り嫌ではないみたいだ。
「えぇ、順調よ。優子さんのお花、いつ見ても素敵よね。癒されるのよってこの男に話してたの」
「あら嬉しい! 千弦ちゃんにそう言ってもらえるなら私もお世話した甲斐があるわ」
太陽みたいに眩しい優子さんの笑顔と、月みたいに静かに降り注ぐ千弦の微笑み。どうも暖かくてこの中には混じれないな、と思った。
二人が話し終わって少し。「少しだけ眺めていってもいいかしら」という千弦のオーダーにより、俺達はその花をそっと眺めていた。
「……花、好きなの?」
「もちろん。自然って素敵じゃない。花は自然から生まれるものでしょう?」
「へぇ……初対面では花とか嫌いなのかと思ってた」
「どうして?」
「『花なんてもらっても困るでしょ』とか言いそうだなって」
「まぁお世話するにも手間はかかるけど……でも、こんな素敵なものもらったら嬉しいわよ、私は」
「……ふーん」
自然が素敵、ねぇ。どうやら千弦は花とかそういう自然のものが好きらしい。ここ数ヶ月でやっと得た初めての情報だった。そう思うと、だからプラネタリウムも受け入れてもらえたのかもな。
花を見る横顔は柔らかくて優しい。人間が嫌いな分、自然への愛が他よりも大きいのかも。そんな風にじっと横顔を観察していれば、花に満足したのか千弦はすくっと立ち上がった。
「待たせたわね。行きましょう」
「癒された?」
「アンタの顔見るよりは余程ね」
「酷くない?」
軽口の応酬を続けながら人気のある大通りを抜けて細道へと入っていく。奥に進めば進むほど人は疎らで、見たところこの辺に住んでそうな人ばかりが行き交っていた。
「ほら、ここ」
目の前にはプラネタリウムの入った大きめの施設。閉館時刻を確認すればあと数時間はあった。
「へぇ、いろんな展示があるのね」
「みたいだな。次のプラネタリウムは30分後だからプラネタリウムが先の方がいいかも」
「そうね。ほら、受付してきて?」
「はいはい。勝手に席選ぶからな」
「……それなら一緒に行くわ、変な席選ばれたら堪らないもの」
後ろから着いてきた千弦を気にせず受付に進めば、どうやら券売機で買うタイプの施設らしかった。
「お、シートタイプある。どうせなら寝転んで見る?」
「アンタの横で?」
「流石にシートも広いでしょ。椅子座って見るよりは楽じゃね?」
「…………そうね」
今回は上手く丸め込めたみたいだ。シートタイプの席券を購入して受付に渡せば、丁寧にもシートまで案内してくれた。
「靴を脱いで寝転んでくださいね。ごゆっくりお楽しみください」
言われた通りに靴を脱いでシートに上がる。思ったよりは狭いけどお互いのスペースは確保できるくらいの広さがあって、俺的には問題ない範疇だった。
「どう?千弦的には許せる広さ?」
「……アンタが変なことしなければ許せるかしらね」
「しねぇよ。千弦、そういうの嫌がるじゃん」
「今まで嫌がってなければ違ったのね」
「お前ってそういうとこあるよな、すぐ俺を悪者にしてさぁ」
「満更でもないって顔しておいて言える立場じゃないわよ」
「……酷い言われようだな」
そんなやり取りをしている間にどんどん照明が暗くなっていく。千弦も気付いたのか、自然と会話はなくなった。
『星空の旅へようこそ。今夜は、宙に浮かぶ物語に思いを馳せながらその美しさを眺めましょう』
その声と共に天井の空色が移ろっていく。黄昏に染まっていた数秒後、グラデーションを描きながら紺へと染まっていく。その頃には、星の輝きで目の前が埋め尽くされていた。
『北斗七星から東を見ると、うしかい座のアークトゥルスが見えます。そして、さらに南東の方までその線を伸ばすと白い一等星、スピカが見つかります。これらを結ぶことで生まれるのが有名な春の星座、【春の大曲線】です』
へぇ、夏と冬以外にもそういうのあるんだ。それは初めて知ったな。眠くなるようなナビゲーションを聴きながらちらりと横に並ぶ顔を見れば、その瞳には無数の星が浮かんでいた。吸い込んでいる、と言ってもいいかもしれない。きらきらと輝いて、それはどの星よりも一等美しかった。
『そのスピカを含む星座が乙女座です。ギリシャ神話では農業の女神デーメーテールまたは正義の女神アストレアをイメージした星座とされていて、古代メソポタミアでは「麦の穂」や「豊穣の女神」として知られていたんですよ』
女神、ねぇ。そういや一目惚れした時そういう見え方したな。今では懐かしいと思うほどに時間を重ねたけど、女神より乙女の方がまだ近いな、という印象。そもそも、女神だって女である以上乙女と言えば乙女だもんな。
ぼーっとそんなことを考えながらゆるやかな時間が流れて、人工の星空は一時間ほど輝いていた。終わってからじんわりと明るくなっていく館内。隣に目を向ければ何か言いたげにじっと俺の顔を見つめていた。
「何?お気に召さなかった?」
「いいえ?プラネタリウムは綺麗だったわ。ただアンタが寝なかったのが意外だっただけ」
「そんなに寝そうなイメージなの? 俺」
もう興味はないと言わんばかりに話しながら立ち上がる千弦。追いかけて立ち上がる間にすたすたと歩き始めてしまった。
「え、何? なんか怒ってる?」
「は?」
「いや、あまりに早足だから」
「……他の展示が気になるだけよ、閉館時間が近いでしょ」
目の前の女はそう言って顔を背けた。確かに、入る前に他の展示を気にしてたな。まさか早足になるほど興味があったとは思ってなかったけど……。
「なるほどね。どこ回りたいの? どこでもいいよ」
「言われなくても連れ回すわよ」
千弦は俺の反応を気にすることもなくまた歩き出した。でもまぁ、そこまで楽しんでくれてんならいいか。
そうしてそこから一時間。そこそこ広い館内を隅から隅まで回った俺達は、夜更けには少し早いくらいの時間に月明かりを浴びた。
「楽しかったわ、ありがとね」
「喜んでくれて何より、付き合ってくれてありがとな」
珍しく上機嫌な様子の千弦は、余程展示が面白かったのかいつもよりもテンションが高い。心做しか頬も少し赤い、気がする。恐らく見間違いだが。
あれほど攻め入りたくないと思っていたはずなのに、いざ目の前の女がご馳走になると脳は際限なく『食べ頃だ』と信号を発してくる。
そのアネモネを赤く染められたら。額に張り付く髪を横に流してその赤く熟した果実を味わうことが出来たなら。黒の下に潜む花の蕾を愛でることが出来たなら。俺はもう、その誤った信号に抗うことが出来なかった。
「……千弦、帰したくない」
「……何か企んでるの?」
「違う。ただ千弦と別れんのが寂しいだけ」
自分でも驚くほど素直に言葉が出た。それは小さく、けれどハッキリと千弦に届いたらしい。
「……アンタ、素直におねだりとかできたのね」
「……できるよ。俺のおねだり、聞いてくれる?」
「嫌って言ったら?」
「飲みだけでも付き合って」
「……まぁ、私も振り回したものね」
その言葉に思わず目を見開く。千弦が俺に対して譲歩するなんて、今までなら考えられなかったから。俺の意気地ない数十回はちゃんと意味があったんだと今更ながらに胸が熱くなった。
そして、それに続く言葉で胸から脳、全身にまでその熱が回る。
「それなら私の家にでも来る? 今なら気分がいいから入れてあげてもいいわよ」
信じられない。この女が、家に?
それは食べてもいいというサインなのか、ただ飲むくらいなら帰って休みたいのか、俺には分からない。ただ、チャンスであるということだけは確かだった。
「……ならそれで。ありがとね」
まだ賑わっている夜の街を二人で歩く。静かに、けれど穏やかに。この瞬間、確実に俺は人生で一番幸福だったと思う。
少し歩いた先、千弦が住むのは綺麗なマンションの一室。そこそこ高い階に住む辺り、案外稼ぎはいいらしい。ガチャリと千弦が鍵を開けて中に入っていく。続いて俺も入り、ドアを閉めた。
「鍵、どっちも閉めといていいの」
「……まぁ、いいわよ。アンタが何もしないならね」
それは俺への信頼か、諦めか。まぁ、気を許してくれてるだけ良いとしよう。
カシャン。鍵の音が響いた気がしたのはきっと俺が意識しているからなんだろうな。千弦は手を洗い終えたのか俺を何も気にせずに冷蔵庫から飲み物を取り出している。
「洗面台はあっち。手洗ってからでないと何も許さないわよ」
「はいはい。お借りしますよ」
言われた通りに向かえば電気のついた部屋に鏡付きの独立洗面台があった。どうやら自分が手を洗う時から洗面所の電気をつけていてくれたみたいだ。
手を洗って戻れば千弦は開け放たれた扉の先、リビングで既に酒を並べて待っていた。
「こっちよ。アンタ何でもいけるんでしょ? 残ってた酒でよければ飲ませてあげるわ」
「お、甘いのもキツいのもあるじゃん。せんきゅ」
レモンサワー、甘めの缶チューハイ、ウイスキー。残っていた分でこれだけあるなら普段から相当飲むんだろうな。
有難くレモンサワーをいただけば千弦は苺のチューハイを手に取る。どうやら今日は甘めの気分らしい。
「苺、美味い?」
「美味しいわよ」
「ふーん」
「……あげないわよ、飲みたいなら自分で買いなさい」
「バレた? なら仕方ねぇな。どこ売ってんの」
他愛ない会話を重ねる。砂時計があったら何度ひっくり返したか分からないくらいにはその密かで甘い時間を共有して、空いた缶の数と引き換えに千弦の頬は緩やかに熟していく。
ベランダに面した大きなガラス戸から薄い光が差し込んできてその花を照らす。あの時と同じ、誘惑的な甘ったるい顔。少し開いているからか静かに風が吹き込んできてふわついたアネモネを揺らした。
また俺の脳はその果実をいつ齧るのかと危険な信号で焦らせるんだ。千弦にだけは焦らないと決めていたのに、目の前に果実をぶら下げられた俺が……どうしようもない堕落した俺が、耐えられるはずもなかった。
「……なぁ、千弦」
「……なに?」
俺から発した言葉で場の空気が変わったのを、千弦も気付いたらしい。きっと力でなら千弦と俺の差は歴然。でも、残った理性はそんな風に貪るのを許さなかった。
「……手、貸して」
訝しげに差し出された手をそっと握る。反対の手に握られた缶をさらっと奪い取り机に置いた。もっと嫌そうな顔をするかと思ったのに何故か千弦の表情はそこまで変わらない。先の展開が見えているはずなのに、おかしいな。
そのまま立たせて傍にあったベッドに誘導する。滑る布の上に寝かせても尚、暴れるわけでもなく俺の動きに従順だ。さらりと広がる髪に心臓がバクバクと音を立てる。全身に広がる赤があまりにも蠱惑的で今にも脳がオーバーヒートを起こそうとしていた。
俺の影が千弦の全身を覆う。影に包まれてもその紅は艶めかしく輝いていて俺の身体は今にも爆発してしまうんじゃないかという錯覚すら覚えた。
その花をさら、と撫でたその時。
「所詮、アンタも他の男と変わらないのね」
ぴしゃり。
そんな音が聞こえた気がした。冷たい風がさぁっと吹いて、そこでようやく自分が大切なアネモネを手折ろうとしていたことに気付く。
「……っ」
あぁ、くらくらする。先程までの熱が一瞬にして消えて、頭の中が真っ白になっている。なにか言葉を返さなきゃいけないのに、こんな時に限って何も出てきやしない。いつもなら薄っぺらい言葉がいくらでも出てくるのに。きっとこの動揺は目の前の女にも筒抜けなんだろう。だって、その瞳が全てを物語っているから。
回らない頭で必死に考えて、考えて。でも結局、眉間が痛くなってきた辺りで全てを捨てた。
「……やめた。そんなこと言われてまで食おうと思わないし」
ぼふん。俺がマットレスに沈むのと同時に千弦が少しだけ宙に浮く。何だか、女と一緒にいるのに食わない夜ってのは胸がザワザワして落ち着かないな。
確かに感じる暖かな感触。でも怖くて隣を見ようとも思わなかった。もしその先に耐えられないような冷たくて鋭い瞳があったら俺は一生夢に見るだろうから。
やっぱり俺は、救いようのないクズなんだよな。自己中で、傷付けて花を手折ることしかできない能無し。きっとどれだけ真面目ぶろうとしても透けて見えるくらいにはどうしよもないやつだよ。
窓からは相変わらず柔らかい光が差し込んでいる。花を美しく照らしていた淡いそれが俺の左側に降り注ぐ。ただ眩しいだけだと思っていたそれは案外暖かいものらしい。鬱陶しいだろうと感じていた光が騒がしく回る頭をそっと撫でて、心地良さに全て委ねた俺は気付けば目を閉じていた。
ぱち。
いつもなら感じない眩しさが俺の瞼を焼いて、珍しく自然と目が覚めた。
鳥の囀りがうっすらと聞こえて眩しい方へ顔を向ければ、一人分の影が少し離れた先にできている。視線をずらして確認した時計は六時過ぎを指していた。昨日それなりに遅かったはずなのに、まぁ元気なもんだ。
かしゃり。
昔ながらというほど古い機種でもないだろうけど、そんな言葉が似合う音がした。視線の先、背を向けるアイツにはどんな景色が見えているのか気になってむくりと起き上がる。
「おはよう……」
「あぁ、起きたの。昼まで寝てそうなイメージなのに案外朝早いのね」
「こんだけ眩しけりゃ目も覚めるだろ……」
からら。
タバコ片手に隣を陣取れば、千弦の手には音の出処が居座っていた。綺麗に手入れされた、レンズの大きいカメラ。
「それフィルム?」
「デジタル。一眼レフもいいけど、持ち運ぶには重いから」
「へぇ。じゃあどんな時に一眼レフ使うの」
「動くものがある時とか、一瞬を逃したくない時」
ふぅん、なんて返しながら葉の先に火をつける。そっと目線をその横顔にやれば、いつもの涼しい顔に熱がひと匙乗っていた。
ぼぉっとその表情を見つめてから、眩しい光に視線を移す。
その世界は、青だった。
「私、自然が好きなの。こんなに綺麗なもの、嫌いになる理由がないでしょう?」
芯のある声だった。間違いなんてない、それが世界の全てだと言わんばかりの明るい色だ。
その視線がなんだかむず痒くて、青を見つめながら言葉を考えた。
「……そうかも。嫌われんのってだいたい俺らの勝手な都合だもんな」
「そう。期待しなければ期待されないものよ、彼らはね」
軽いような重いような、さらりとした口触りのそれに千弦の全てが乗っている気がした。
期待しなければされない。確かに、期待しなくても期待してくるような奴とは違うんだろう。俺らのことなんて構わずに、青は白になって赤く染まって回っていくだろうから。
タバコの灰を灰皿に滑らせる。短くなったそれを口につける。一口吸ったその味はいつもよりスッキリとしていて、軽い口当たりが身体に沁みていった。
「期待されないってのは、いいかもね」
久しぶりに心の奥底から出た言葉だった。俺、期待されるのが嫌だったんだ。言葉が出て初めて腑に落ちた気がした。
青は変わらず青いままだ。でも、心の蟠りが少しだけ溶けて、さっきよりも煌めいて見える。確かに、いつだって自分勝手なのは俺らだよな。空はただそこにあるだけなのに。
肺で回した濁った空気を煙として吐き出す。やっぱりそれが昇っていく様を見るのは好きだった。でも、今日はほんの少し、寄り添われている感覚。
穏やかな時間が流れている。雲が風で流れて空が白んでいくのを見るのは悪くない気分だ。
隣からまた一枚記録に収めた音。こんな時間がずっと続けばいいのに、なんて柄にもないことを考えていたら千弦が言葉を紡いだ。
「私、人が嫌いなの。期待されるのもするのも嫌い。勝手に人のどうしようもない要素で笑ったり怖がったり、自分勝手に構ったかと思えば放り出したり。それに振り回されるのに疲れてね」
タバコの先が赤く光ってまた消える。吐き出した煙を見上げたりはしなかった。
「私、小さい頃から背が高くて。人と違うって幼い子供には効くのよね、いつでもどこからかクスクス笑い声がした。私には、どこが面白いのか皆目見当もつかないけれど」
明るいのに冷めたその声と内容から察する千弦の感情がミスマッチすぎて反応に困る。ちらりと横目で見たアネモネはいつもより萎れていた。だからと言って、水なんて持ち合わせていないけど。俺と同じように光を見つめている千弦は、俺の反応には興味が薄いようだった。
「でも、自然なら私に勝手な期待なんてしないでしょ。私だって、変な期待をしなくて済む。だから、自然が好きなの」
「……変な期待って?」
聞くか迷って結局吐き出した疑問は思ったより千弦の機嫌を損ねなかったようで、俺たちの間に温い風が吹くこともなくその続きの言葉が聞けた。
「……そうね、私はきっと話がしたかった。惜しみなく愛を注いでくれた両親が、私が小学生になってすぐ忙しいからと私に時間を割かなくなってね。ショックだったのは確かに覚えてる。それから数年後に学校にも居場所がなくなって気付いたの。『期待するから悪いんだ』って」
「だから『期待しないしされない』、ね」
少しだけ千弦の中を覗いた気分だった。今まで人を知ろうとしなかった俺にとって、言ってしまえば初めての感覚。煩わしいだろうと思っていたそれは案外心地いい。
涼しい風が吹いて俺らの髪とピアスを揺らす。そういえば、もしかして俺らの髪も耳も傷の痛みを誤魔化したかったのかな。
「俺たちって別に悪いことしてないじゃん。なのにこんなに嫌なもん抱えてさ、生きてるだけマジで偉いと思うんだよね」
「……そうね」
「俺には千弦の全部は分かんないけどさ、期待ってするとかどうとかじゃなくて信頼の形だと思う」
そう言った時、千弦の目は少しだけ大きく開かれた。こんな俺の薄っぺらい言葉に刺さるところがあったかは分からないけど。
「俺なら千弦より背も高いし都合の良い言葉だっていくらでもあげられる。それをクズって言うんだろうけど、俺には期待してもいいよ」
何かが伝わればいいと思った。いや、ただ拒否されなければそれでいい。その上で沢山の中の何か一つでも伝われば満足だったのかもしれない。酷く惨めな俺でも人を大事にすることが出来るんだと思いたかった。
千弦は何も言わない。俯いて、カメラをじっと見つめている。
俺も何も言わない。見られちゃウザいかとまた光を見つめて、ただ葉に赤を点していた。
その時間が、俺にしては穏やかな安心できる時間だった。
「……ねぇ」
「何?」
「……なんで、昨日やめたの」
聞くんだ、それ。まぁいっか。
「ただ大事にしたいと思った、それだけ」
今日は素直に言葉が出る。千弦に対してならそれも嬉しかった。きっと千弦は綺麗なものが好きだから、言葉くらいは偽らないものを渡したかったし。
「何それ。アンタらしくない」
「それは俺も思うけど」
でも、千弦好みにはなってきてるでしょ?
飲み込めなかった言葉は千弦まで届いてしまったらしく、また表情が強ばってしまった。でもそれもすぐに解ける辺り、それなりに認めてもらえているのかもな。
くだらないことを考えながらまた煙を吐き出す。うん、やっぱり今日は気分がいい。
「ほら、俺ばっか見てるとシャッターチャンス逃すんじゃない?」
「……そうね。同じ瞬間は二度と来ないもの、大切にしないと」
そう言ってまた前を向く千弦。真剣な横顔を見ながら吸うそれは、あと数センチだった。
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