冒険者になったことは正解なのか?!

しき

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第一章 ハイエナ冒険者

第21話 見てる人

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 モンスターの死骸を一匹だけ担いでダンジョンを出たときには、既に日が暮れていた。
 半日以上ダンジョンにいたせいで、いつも以上に服は汚れ、体力も限界だった。欲張ってモンスターを持って帰るのは止めていた方が良かったかもしれない。しかし、持ち帰って来たものは仕方がない。町までは遠くないので、根性で辿り着こう。
 僕は今日の成果を少しでも目に見える形に残すべく、六階層のモンスターを担いで街に向かった。
 
 五階層に挑んでから二週間が経った。僕は五階層を踏破し、六階層に挑戦していた。
 初日こそ、七階層のモンスターであるワーラットが五階層に来るという不測の事態があったものの、あの日以降は順調に五階層を攻略できていた。
 五階層のモンスターも手強かったが、ワーラット程ではない。早く鋭い攻撃を仕掛けてくるが、盾で十分対応できる程度の速さのため、悠々と対処できた。僕の攻撃が効かないというほどの頑丈さもなかったため、討伐に苦労することもなかった。その結果、五階層はそれほど苦労もせず、五日で踏破した。
 
 問題は六階層だった。動きは遅いが、敵の攻撃手段が厄介なのだ。重い攻撃や、手数の多い攻撃を仕掛けてくるモンスターが多く生息しており、盾を使って身を守れても反撃する余裕が無い。手数の多い相手には、攻撃後に披露した隙を狙って反撃できるが、重い攻撃を繰り出す相手に対しては、碌に反撃が出来なかった。

 盾で受ければ、受けたときの衝撃に耐えきれず後退してしまう。耐え切っても身体が痺れてすぐに反撃が出来ずに、反撃を試みようとしたときにはモンスターはすでに防御の姿勢をとっている。避けてから反撃することも試みたが、僕のリーチではすぐに動いても腕や足にしか届かない。胴体を狙おうとしたが、そのためには懐に入る必要がある。
 僕の足では近づくことはできても、攻撃後に逃げるのが難しい。逃げようとしたときに捕まえられるのが、簡単に予想が出来る。
 盾を持っているのなら、接近して攻撃を盾で受けた後に反撃し、また次の攻撃を受ける、という行動が比較的安全だ。僕の場合、攻撃を受けたあとに反撃するというのが難しかった。
 
 課題を抱えたまま六階層に挑んで九日目、今日も手応えが無いままダンジョンを出た。六階層のモンスターは、まだ一日に一匹程度しか倒せない。それ以上のモンスターと戦おうとするもんなら、すぐに僕の体力が尽きてしまう。何とか解決策を見出したかったが、何も思い浮かばなかった。
 
 冒険者ギルドに戻ったときには、食堂内は人で賑わっていた。この時間帯はいつもそうだ。仕事を終えた冒険者達が、食事をしながら自分や仲間を労い、今日の疲れを癒している。
 僕はその賑わいのなかに入らず、受付でモンスターを買い取って貰った。最近は節約のため、食堂で食事をとることが無くなった。量が多いうえに美味しいのが特徴だが、その分値段は張る。だから量が少なくても、値段が安い食料を買って食事をとっていた。当然、腹が膨れるわけがなかった。
 
 腹一杯食べたい欲求を我慢し、お金を財布に入れる。用件を終えて、僕はギルドを出ようとした。

「ヴィックさん、待ってください」
 
 聞き慣れた声に呼び止められる。振り返るとフィネさんが僕の方に歩いて来ている。
 ただ、いつもと様子がおかしかった。
 周囲の様子を窺いながら歩き、手を伸ばしたら届く距離にまで来て止まる。いつも話す時よりも近かった。
 
「今日はもう終わりですか?」
 
 しかも声が小さい。大声で話す普段との差に戸惑った。
 
「そうだけど……どうしたの?」
「じゃあ一緒に食事をしませんか?」
 
 突然の誘いだった。同年代の女性に食事に誘われるのは初めてだ。嬉しい気持ちがこみ上げてくる。
 しかし、
 
「ありがとう。けど、僕と一緒だと何言われるか分かったもんじゃないから……」
 
 僕は誘いを断った。
 
 本当は是非とも一緒に食事をしたい。だが今の僕はハイエナと呼ばれている冒険者で、フィネさんは冒険者ギルドの職員だ。特定の冒険者、しかも評判の悪い僕と一緒にいると、フィネさんの評判が下がってしまう恐れがある。僕に良くしてくれているフィネさんに、迷惑をかけたくなかった。

 しかしフィネさんは「大丈夫です」と言って僕の断りを断った。
 
「ばれない場所での食事ですから問題ありません。というわけで北門の近くで先に待っていてください」
 
 そう言ってフィネさんは僕に断る時間すら与えず、職員用の部屋に入った。突然の事態に僕は頭を抱えた。
 あの様子だと僕と食事をする気満々だ。一緒にいれば変な噂を立てられるが、待ち合わせ場所に行かずフィネさんを待ちぼうけにさせるのは心が痛む。改めて断れば、フィネさんを悲しませることになる。フィネさんの悲しむ顔なんて、想像するだけで罪悪感で死にたくなる。

 悩みに悩んだ結果、なるようになれと思い、僕はギルドを出て待ち合わせ場所に向かった。
 北門付近に着いてから周囲を見渡す。陽が落ちた時間帯では北門は閉まっており、そのため周辺に人は少ない。僕は北門から少し離れた場所で、フィネさんを待った。
 
 しばらく待っていると、ギルドの方向からフィネさんが歩いて来る姿が見えた。彼女は僕に気付くと、笑顔を浮かべて近づいて来る。
 
「お待たせしましたー」
 
 フィネさんの服装は、ギルドで見ているものとは違っていた。茶色の上着と黒いズボンの地味な色合いの服だ。目立たなくて済むので有り難いことだ。
 
「えっと……ホントに行くの?」
「もちろんです。何か用事でもありましたか?」
 
 フィネさんに向かってに嘘を吐くのは気が引ける。もし言ったとしても、問い質されたら嘘がばれる可能性がある。
 僕は正直に「ない」と答えた。
 
「良かったー。じゃあ行きましょっか」
 
 フィネさんが僕の前を歩き始める。その前に、僕は彼女に尋ねた。
 
「どこの店? 高いのはちょっと遠慮したいんだけど……」
 
 情けない話だが、僕は食事にあまりお金を使えない。食堂でも食事をしないように節約しているので、できるだけ安い店で済ませたかった。
 
「気にしなくても良いですよ。今日はご馳走しますので」
「いや、さすがに奢って貰うのは気が引けるというか」
「違いますよ」
 
 フィネさんが不思議そうな顔で僕を見つめる。今の口ぶりだと奢る様な言い方だったが。
 
「私の家で手料理を振る舞いますので、思う存分食べていってください」
「フィネさんの家?」
 
 つい驚いてしまったが、フィネさんは平然と「はい」と答える。同年代の女性の家に行くなんて初めてだ。
 しかし異性の僕を家に招いても大丈夫なのか?
 
「僕が行っても良いの? 家族になんか言われるんじゃあ……」
「それも問題ありません」
 
 フィネさんは自信有り気に答えた。
 
「だって、今日は私以外家にいませんから」
 
 僕はフィネさんの危機感の薄さが心配になった。
 
「……つまり、家には僕とフィネさんの二人きりってこと?」
「はい。みんな今日は用事で遅くまで帰れないんです」
「何の心配もしてないの?」
「心配? ……あぁ、なるほど」
 
 フィネさんは合点がいったような顔をした。
 
「ヴィックさんなら大丈夫だと思ってますから。誰にでも家に呼んでいる訳じゃないのでご安心を。それに――」
「それに?」
「実は痛み始めた食料が大量に残ってるんです。私だけじゃ食べきれないので、どうせならヴィックさんに食べてもらおうっかなーと思って」
 
 残り物を処理してもらうという口実に後ろめたい気持ちがあるのか、気まずそうな表情をしている。だがそういう理由なら納得だ。残り物を食べてもらいたいという理由だと、良い顔をして招待される人はいない。
 けど僕みたいに食べるものを確保するのに苦労している人間なら話は別だ。常に腹を空かしているので、多少食材が痛んでいても気にしない。空腹は最高のスパイス、という言葉があるほどだ。フィネさんは食料を無駄にすることが無い、僕は食費が浮くというお互いに利がある取引だ。
 
「分かった。そういうことならお呼ばれするよ」
「はい! お腹いっぱい食べていってください!」
 
 フィネさんは嬉しそうな顔をして、いつものような元気な声で答えた。
 
 10分ほど歩くと、フィネさんの家に到着した。小さい木造住宅が並び立っている区画にあり、フィネさんの家も同じような造りだ。
 フィネさんがドアを開けて入ると、僕も続いて中に入った。家の中は予想通り狭く、中央にテーブルと4つの椅子が置かれ、壁際に台所があるだけだった。奥には別の部屋があるが、フィネさんにテーブルの椅子に座るように促されたので何の部屋なのかは分からなかった。
 
「じゃあ今から作りますので、ちょっと待っててください」
 
 フィネさんは台所に立って料理を始める。色んな食料を用意して次々と切っていき、鍋ではスープを作っていく。切った野菜と肉をフライパンで焼き始めると、良い匂いが部屋中に漂ってきた。
 
 30分ほど待つと、テーブルに料理が並べられる。蒸かした芋と野菜のスープに大量の野菜炒め。統一感の無い献立だが、具がたくさん入っていておいしそうだった。
 
「じゃあ、召し上がってください」
「いただきます」
 
 フォークとスープを使って次々と料理を口に運ぶ。島に居たときも食べたことがある定番料理だが、叔母さんが作ったものよりはるかに美味しい。
 
「ん……すごく、美味しい」
 
 口に料理を頬張りながら感想を述べる。
 
「ありがとうございます。作った甲斐がありました」
 
 満足げにフィネさんも料理を口にする。「うん、美味しい」と自分が作った料理を自画自賛しながら。
 全ての料理を平らげると、満腹感が身体を支配した。こんなに満足できる食事をしたのはいつ以来だろう。

「満足そうでなによりです」

 フィネさんが微笑みながら食器を片付ける。そしてテーブルから食器をのけると、僕の前に紙袋を置いた。
 
「これ、明日の朝にでも食べてください。残り物です」
「……これも痛んだものなの?」
「え……は、はい!」
 
 フィネさんの目が泳いだのを、僕は見逃さなかった。
 紙袋の中を開けるとパンが2つ入っている。指で軽く押してみると、まるで買ったばかりのような弾力があった。フィネさんの方を見ると、明らかに気まずそうな顔をしていた。
 どう見ても痛みかけた食品ではない。料理中に準備していた食材も腐りそうな品は無かった。余った食材の中で比較的安全な食材も出したと思ったのだが……。
 
「あの口実は、僕に食べてもらうための方便だったってことか……」
 
 フィネさんは申し訳なさそうに「ごめんなさい」と謝罪の言葉を口にした。
 
 少し、惨めな気持ちになった。
 ただご馳走されるだけなら遠慮したが、お互いに利あると判断して誘いを受けた。しかし実態は僕に食事をしてもらうための方便だったようだ。
 フィネさんがこんな嘘を吐いた理由。それが分からない程、僕は間抜けではない。
 
「そんなに、僕が可哀想に見えたの?」
 
 他の冒険者からハイエナと呼ばれ、薄汚い服で生活をしている僕は、確かに情けなく見える存在だろう。だが僕を侮蔑の目で見る人が多いなか、フィネさんだけは変わらぬ態度で接し続けてくれた。どんな冒険者に対しても分け隔てをしない人だと思っていた。
 しかし、実際には僕を憐れんでいただけだったのか。種類は違えど、僕を下に見る人達と同じ考えだった訳か。
 
 自分が情けなくなって、いたたまれなくなった。フィネさんの家から出ようと思い、椅子から立ち上がった。
 
「違います!」
 
 フィネさんの否定の言葉を聞いて、足を止めてしまう。
 
「いいよ、無理しなくて。けど必要以上に僕に親切にしたら、フィネさんだって何言われるか分かったもんじゃないよ」
 
 僕自身がああだこうだと言われるのは慣れている。だがフィネさんが同じ目に遭うのは絶対に避けたい。だから僕は、警告をして遠ざけるように促した。
 にもかかわらず、「かまいません」とフィネさんは言った。
 
「ヴィックさんを見捨てるつもりは、全くありません」
 
 表情から断固たる意志が感じられた。ちょっとやそっとじゃ、考えを変えるつもりは無さそうだった。
 
「よく考えてよ。職員は全ての冒険者に対して公平なサービスを提供しなきゃいけない。けどフィネさんの行動はそれに反している。相手がギルドにとって有益な存在なら、贔屓する理由を他の冒険者達は納得するかもしれない。けど僕みたいな底辺冒険者を特別扱いしていることがばれたら――」
「私はヴィックさんを支えたいのです。損得を考えたつもりはありません」
「じゃあ恋心でも抱いちゃったのかい? だとしたらそれは間違いだ。将来性のない僕に惚れてもお先真っ暗だ」
「それも違います。仮に恋したとしても、引くつもりはありませんけど……」
「じゃあなんでだ? 何でそんなに僕に優しくしてくれるの?」
 
 フィネさんは言葉を詰まらせたが、少し待つと口を開く。
 
「私には、妹がいます」
「妹?」
「はい。とても優秀な妹です」
 
 誇らしげな表情をして語り始める。
 
「2つ年下ですが、私よりも頭が良いんです。今はフローレイ国立学校の生徒として学校に通っています」
 
 フローレイ国立学校は、近隣の優秀な子供達が集まる学校だ。入学が困難な学校だが、卒業生は全員給与の高い職場での仕事が約束されているという話だ。

「この区画には貧しい人達が多くて、字の読み書きができない人も多くいます。だからその学校に通えるなんて、前代未聞の話なんです。入学が決まった当時、両親や親戚だけじゃなく、近所の人達がみんな妹を褒めてました。天才だ、凄い才能の持ち主だって。けど、妹は天才ではありません。ちょっとみんなよりも頭が良いだけの子供なんです」
 
 フィネさんの話を聞いて違和感を覚えた。いや、違和感というよりも既視感か?
 
「妹は将来、私達家族を楽にするために勉強をしたんです。当時12歳だった妹は、起きている間はずっと机に向かっていました。私が同じ歳のときは仕事をしたり、暇な時間があればずっと遊んでいたんですけど。
 両親は入れるか分からない学校のために勉強ばかりをして、仕事をしない妹に悩んでいました。けど妹が私達のために頑張っていると聞いた時にはそんなことを思わなくなり、むしろ応援をしてました。周りからは妹を働かせるように促されたり、どうせ受かるわけないって言われてたんですが、そんな雑音にも負けずに妹は入学することができたんです。それが、私がヴィックさんを支える理由です!」
 
 フィネさんはそう言い切ったが、フィネさんの妹と僕をどう結び付けたのか、その理由が分からなかった。
 
「えっと……つまりどういうこと?」
「妹と同じように、頑張っている人を応援したい。だからヴィックさんを応援してるんです!」
「僕以外にも頑張っている人はいるけど……」
「はい。もちろんその方々も応援しています。ただヴィックさんは、あのときの妹と似ているんです」
「似ているって、どこが?」
「その眼です。絶対に達成したい目標がある。妹がそう言っていたときと同じ眼をしています。だからヴィックさんも同じだと思ったんです。妹と同じ眼をした人を見過ごすなんて、私にはできません。私は、絶対にヴィックさんを助けます!」
 
 フィネさんの目から、揺るぎない意志を再び感じた。どんなことがあってもやり遂げると、口に出さなくても伝わってきた。
 
 僕がフィネさんを危険な目に遭わせたくないと考えていたと同じで、フィネさんも僕を支えるという固い意志を持っている。
 その意志を覆す術を、僕は知らなかった。
 
「……今日は帰るね。ごちそうさま」
 
 フィネさんの行動を阻害することは出来ない。かといって逃げることも難しい。依頼の報告や素材の買取で毎日ギルドに立ち寄るので、避けることはほぼ不可能だ。
 黙ってフィネさんの好意を受け入れるしかなかった。
 
「はい。また明日」

 フィネさんの言葉を背に受けて家を出た。
 
 彼女が悪く言われる前に、一人前の冒険者になる必要がある。
 頑張る理由が、また1つ増えてしまった。
 
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