冒険者になったことは正解なのか?!

しき

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第一章 ハイエナ冒険者

第28話 星

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 突如、ワーラットの右手が動きを止めた。よく見ると、右手首から槍の穂先が突き出ていた。何者かが、ワーラットの後ろから槍で突いたのだ。

 ワーラットが棍棒を落とすと同時に、槍が引き抜かれる。ワーラットはすぐさま後ろに振り向くが、また動きが止まる。今度は右足に槍が刺さっていた。
 『ヂュガッ!』とワーラットが悲鳴を上げる。抵抗しようと左手の棍棒を振り回すが、槍の使い手はそれを難なく避けている。その動きは、とても落ち着いていた。
 
 槍の使い手は槍を引き抜くと、一歩下がってワーラットと距離を空ける。足が自由になったワーラットは、すぐに空いた距離を詰める。
 その歩みは、一歩で終わった。
 
「こっちよ」
 
 別方向から、知ってる声が聞こえた。声に反応して、ワーラットは声のする方に身体を向ける。
 直後、ワーラットの喉を二本の刃が襲った。
 
 その奇襲は鮮やかだった。声で注意をひきつけて急所を晒させ、反撃に躊躇うことなく前進し、狙った場所に正確に双剣を振るう。あまりの巧みな動きに、感動すら覚えていた。
 奇襲を受けたワーラットは、喉から血を噴き出している。双剣の使い手は、反撃を喰らわないように距離を取っている。だがその心配は無用であった。致命傷を負ったワーラットは、何の抵抗の動きも見せず、そのまま地面に倒れ込んだ。
 
 十秒程の時間だった。二人掛かりで奇襲したとはいえ、僕があれほど苦戦したワーラットをあっさりと狩猟した。僕との実力差を、様々と見せつけられた。
 
 その腕前を披露したのは、
 
「良かったー。何とか間に合ったよ」
「そっちは死んでも良かったんだけどな」
 
 ミストと、僕達を非難していたノッポの男だった。
 
「そういうのやめてください。クラノさん達のせいで死んでた可能性だってあったんですよ」
「冒険者が死ぬのはおかしくないだろ」
 
 ミストは「はぁ」と溜め息を吐くと、僕の方に駆け寄ってきた。
 
「ヴィック、大丈夫? 怪我は無い?」
 
 心配する彼女を見て「大丈夫」と答えようとしたが、同時に身体に痛みが走った。
 
「いっ……」
 
 「痛い」と反射的に口に出そうになる。我慢して耐えるが、表情に出てしまってすぐにばれた。
 
「やっぱり怪我してた。すぐに治療しないと」
「大丈夫だろ、こんくらい。それより、あっちを診てやれよ」
 
 クラノと呼ばれたノッポがフィネさんの方を見て顎をしゃくる。ミストは納得して無さそうな顔をしたが、僕が「行ってあげて」と促すとフィネさんの元に向かった。怪我は無いと思うが、フィネさんも疲労が溜まっているはずだ。動けるかどうかだけでも確認してほしかった。
 
「足は動くか?」
「一応、動きますけど」
「じゃあ問題無いな。歩ければここから出られるだろ」
 
 代わりに腕と背中がすごく痛いのだが、今それ言うとフィネさんにも聞こえそうな気がしたので口を閉じる。
 身体を動かそうとするたびに、痛みが全身に響く。動けないことは無いが、しばらくは碌に戦えそうにない。
 
 痛みが出ないように大人しくしていると、クラノさんが白色の液体が入った瓶を突き出した。
 
「ほら、これを飲め」
「なんですか、これ?」
「【無痛薬】だ。怪我は治さないが痛みが出ない。ダンジョンを出るまでは効果がもつはずだ」
 
 名前は聞いたことがあるが、見たのは初めてだった。下級冒険者にとってはそれなりに高い薬のはずだ。
 
「なんで僕に? 親切にされる覚えなんかないんだけど……」
「七階層からダンジョンに出るまでの間、何度もモンスターと出くわすはずだ。動けない奴が二人もいたら困る」
 
 なるほど。クラノさんの意見はとても納得できるものだった。たしかに非戦闘員が二人に対し、戦闘員が同数なら動き辛くなるだろう。
 と、理解していたところに「それに」とクラノさんが話を続けた。
 
「詫びも兼ねたものでもある。だから黙って受け取れ」
「……詫び?」
 
 不可解な言葉に首を傾げた。
 僕の反応を見て、クラノさんは眉を顰める。
 
「あの職員を巻き込んだことだ」
 
 クラノさんは僕と目を合わせないように言った。
 
「元々、お前だけに依頼を受けさせる予定だった。ハイエナのくせにのうのうと冒険してるお前が気に食わなくてな、少し痛い目に遭わせるだけだったんだよ。どうせ依頼を達成できずに、逃げ帰ってくるだろうと思ってたからな。けど職員を巻き込むつもりはなかった。あいつも煽りやがるし、意味が分かんねぇ」
 
 苦々しい表情で愚痴をこぼす。予定と狂ったことにイライラしていたのだろう。
 僕はノイズとクラノさんにむかついているのだが、ここは黙って聞くことにした。
 
「職員の方は少し脅すだけのつもりだった。冒険者が死ぬのは可笑しなことじゃない。だが職員が死んだら話は別だ。もし死んだら原因が調べられて、俺達の責任になるからな。だからお前らがダンジョンに行った後、ミストと一緒にお前らを見守ってたんだよ。万が一に備えてな」
「それにしては、来るのが遅かったですね」
「お前らが襲われる直前に同じ話をしたんだよ。そしたら口論になった。そのときにお前らを見失ったんだ。まぁ許せ」
 
 悪びれる様子もなくクラノさんは言う。偉そうな口調で言われても許せるわけがない。だが、これ以上怒る気にもなれなかった。
 一応、最後には助けてきてくれた。そのことには感謝せざるを得なかった。
 
「あと、ハイエナって言って悪かったな」
 
 クラノさんは頭を掻きながら、目線を合わさずに謝罪する。
 
「まぐれかもしれんが、足手纏いを守りながらワーラットを倒したんだ。一人前の冒険者だってことを認めてやるよ。だからこの薬を受け取れ」
 
 偉そうで不躾な態度だった。素直に認めない口調が癪に障る。
 だけど、嬉しくもあった。
 
 このクラノさんはフィネさんを非難した。だけどその事を謝罪し、そのうえハイエナという評価を撤回してくれたのだ。
 世間の評価を覆した。そのことが誇らしく思えた。
 
「分かりました。遠慮なく使います」
 
 僕は薬を受け取り、瓶の栓を抜いてそれを飲む。甘ったるく、少し不快な味だ。だけど効果はすぐに出た。身体を動かしても全く痛みが出ない。
 
 薬の効果に感動していると、「しっかし」とクラノさんが喋り出す。
 
「なんでハイエナなんかしたんだ? 忌み嫌われることだって知ってるだろ」
「僕だって、やりたくてやったわけじゃないですよ」
「……どういうことだ?」
 
 不可解なものを見るような目で僕を見てくる。
 
「どうって……変なことは無いですよ。向かってきたモンスターを倒したら、それが他の冒険者から逃げていた奴で……止めを刺したら追いかけてた人に死骸を渡して、その代わりに適当な物を貰ったってだけの話ですよ」
 
 偶然とはいえ手伝ったことでハイエナと呼ばれるなんて、なんとも理不尽な世界だ。助けたことに後悔は無いが、やはり侮蔑されるのは嫌な事だ。
 僕の心境を理解してくれたのか、クラノさんは呆れた様な顔を見せる。

 だがクラノさんは溜め息を吐いて「あほか」と吐き捨てた。
 
「あ、あほ?」
「あほじゃなかったら馬鹿だ。間抜け、ぼんくら、愚か者だ。好きな名で呼んでやる。選べ」
「喧嘩売ってるんですか?」
 
 いきなりの罵詈雑言に、流石に腹が立った。ここまで言われる謂れは無い。
 しかし、クラノさんは表情を変えない。
 
「どこの世界に助けた奴を罵る文化があるんだ。お前がやったことをハイエナって呼んでいたら、ほとんどの冒険者がハイエナになっちまうだろ。お前はハイエナ冒険者と呼ばれる行為をなんだと思っていたんだ?」
「誰かが仕留めそこなったモンスターを倒して成果を得ること、ですよね?」
「違う。他者が倒したモンスターを強奪するのがハイエナと呼ばれるんだ。お前の行為はハイエナに該当しない」
「……え? ってことは……」
「元々、お前はハイエナじゃなかったってことだよ。……ったく誰だぁ。こんな見当違いな噂を流したのは」
 
 クラノさんは苛立った口調でぶつぶつと呟く。事の真相は僕も知りたいところである。
 しかし、随分と妙な展開になった。さっきまで僕を嫌っていたクラノさんが、僕を悪く言った人に対して怒っている。可笑しな展開に、思わず笑いそうになった。
 
「ヴィックさん、大丈夫ですか?」
 
 フィネさんがミストに支えられながら、僕の傍に来ている。僕は笑顔を作って「大丈夫だよ」と答えた。
 するとフィネさんは、僕の胸に跳び込んできた。
 
「良かった……本当に、良かったです」
 
 涙声だった。思えば、彼女の目の前で死闘を繰り広げていたのだ。生き残れたとはいえ、一歩間違えていたら今頃僕は死んでいる。不安になるのも当然だ。
 
「言ったじゃない。大丈夫だって」
「けど、けど……心配だったんです。私のせいで死んだら、どうしようかと」
「意外と不安症なんだね」
「意外、ですか?」
「うん。だって、僕が知っているフィネさんは、笑顔が似合う可愛い女性だから」
 
 フィネさんの泣き声が小さくなった。
 
「だから、笑ってください。泣き顔なんて、フィネさんには似合わないから」
 
 少し待つと、泣き声が聞こえなくなる。フィネさんは僕の身体から離れ、顔を上げる。
 フィネさんは涙を拭い、顔をほころばせる。
 
「助けてくれて、ありがとう」
 
 彼女の顔には、いつもより優しい笑顔があった。



「さて、じゃあとっとと帰るぞ」
 
 クラノさんの合図で、僕達は移動を始めた。依頼に必要なヌベラを集め終わっていなかったのでまだ帰れないと思ったが、最後の一束は逃げた先にひっそりと生えていて、それを採集して必要数となった。少々拍子抜けだった。
 
 ワーラットを倒し、ヌベラを採集し終えた今、ダンジョンにいる理由はなかった。
 一度通った道を戻って、八階層の入り口前に着く。ここは一本道のため通るのは仕方がない。だがこの後はクラノさんが先導して、僕達が通ってきた道とは違うルートを辿って帰るとのことだ。クラノさん曰く、「最短距離を知っているから、いつもより早く戻れるぞ」とのことだ。
 
 クラノさんが先頭に出て道を進む。それに僕とフィネさん、ミストが続く。道中のモンスターはクラノさんとミストが相手をする手筈となっている。
 道案内はクラノさんが、戦闘は二人が。疲労している僕にすれば、面倒な仕事を受けてくれるという知らせは朗報以外の何物でもなかった。

 2つの安心材料に僕は気を緩めていた。
 そのせいだろう。
 
「こんばんは」
 
 声を聞いても、誰の声なのかなかなか思い出せなかった。
 背後からの声を聞き、僕達は振り向く。ランプで照らすと、八階層の入口手前に、一人の人間がいた。
 
「ここに来てくれてありがとう。思い通りに動いてくれて、僕はとても感激している」
 
 その者の顔を見て、怒りが湧く。
 
「フェイル……!」
 
 胡散臭い笑みを浮かばせたフェイルがいた。
 
「お久しぶりだね、ヴィック君。元気そうでなによりだ」
「こいつが……」
 
 ミストが武器を構える。クラノさんも舌打ちをして、僕達の前に出る。
 二人の様子を見て、フェイルが「おっと」と言って右手の掌を向ける。
 
「勘違いしないでくれ。僕は君達と戦うつもりはない。ちょっと頼みたいことがあるだけなんだ」
「頼み事? 僕を騙したあなたがですか?」
「根に持つねぇ。そんなに器が小さいと大成しないよ。ただでさえ才能の無い凡人なんだから、人格くらいは磨かないと」
「どの口がそれを言うんですか……」
「嘘も真もここからしか出ないよ」
 
 フェイルが左手で自分の口を指差す。腹立たしい言動にまた怒りが増す。
 
「僕は――!」
「黙れ」
 
 クラノさんが僕の頭を叩く。味方からの不意打ちで、言いかけた言葉が出なくなった。
 
「なんで僕を……」
「うるさいからだ。てめぇらの因縁なんかどうでもいい。ここから逃げることが最優先だ。それにはお前が邪魔なんだよ」
「けど……」
「今度は自分から巻き込むのか?」
 
 クラノさんは後ろの僕を見て、次にフィネさんに視線を向ける。彼の言動の意図を察すると、ふっと怒りが静まった。
 この場にはフィネさんがいる。ここでフェイルと争えば、彼女が巻き添えを受けるかもしれない。これは僕だけの問題じゃないんだ。
 
 頭が冷えて、僕は口を閉じた。言いたいことは色々ある。だけどそれは今じゃない。
 
「あれ? 何か言いたいことがあったんじゃないの?」
「今回は俺に譲ってくれるそうだ。で、頼みっていうのは何だ?」
 
 クラノさんがフェイルに尋ねる。フェイルは視線の向きを、僕からクラノさんに変えた。
 
「聞いてくれるのかな?」
「内容次第でな」
「やさしいねぇ。さぞ色んな人から親しまれる人間なんだろうね。冒険者なんか辞めて他の仕事をすれば良いんじゃない」
「それを決めるのは俺だ。さっさと言え」
「せっかちだね。まぁいいさ。頼みっていうのは、ただのお使いだよ」
 
 フェイルは懐から封筒を取り出す。
 
「これをリンに渡してほしい」
「……それだけか?」
「それだけだよ。ただのお使いって言ったよね」
 
 クラノさんは少し考えてから、「分かった」と答えた。
 
「物分かりが良くて助かるよ。じゃあ早速――」
 
 フェイルが踏み出したところで、「待て」とクラノさんが止める。
 
「持って来なくていい。そこに置け。あんたは……八階層に下りてろ」
「用心深いねぇ。だけど下りたら手紙をちゃんと受け取ったか確認できない。その提案は却下する」
「じゃあ俺達の間に手紙を投げろ。それを拾うまでは、一歩も動かずに両手を上げ続けろ」
「うん。それくらいなら良いよ」
 
 フェイルは手紙を投げ、両手を頭の後ろで組んだ。投げられた手紙はゆらゆらと揺れながら落下する。落ちた場所は、僕達とフェイルを直線で結んだ中間点よりも、若干フェイルに寄った場所だった。
 
「ヴィック、ミスト。お前らが取りに行け。拾うのはヴィックだ。ミストはフェイルから目を離すな」
「うん」
「はい」
 
 僕とミストは、クラノさんの指示に従って手紙を取りに行く。クラノさんは突然の事態に陥っても冷静に対応している。その姿を見て、逆らう気は微塵も起きなかった。
 
 僕は手紙とフェイルの姿を視界に入れながら進む。フェイルを警戒するのはミストの役目だが、手紙を取るまでに何もしてこないとは限らない。手に取るまでは僕も警戒することにした。
 だけど、フェイルはまったく動く気配がない。にやけた顔のまま僕達の動きを見守っている。本当に何もしない気か? それならそれで良いが、どこか納得できない。
 
 何事も無く手紙のある場所に着くと、僕はしゃがんで手紙を拾う。何の仕掛けもない普通の紙だ。
 それを手に持って立ち上がろうとしたとき、上から石ころが降ってきた。指でつまめるほどの大きさで、石というより欠片と言っても差異が無いものだ。
 
 なんで落ちて来たんだ? 不思議に思って上を見る。

 天井に2つの星が浮かんでいた。
 同じくらいの大きさで色も同じ赤色。しかも僅かに動いている。
 
 予想外の発見に目を奪われる。だがすぐに、ここがダンジョンだと思い出す。
 そして、あの光に既視感を覚えた。あれは……暗闇の中で光るモンスターの瞳だ。
 
「上に――」
 
 皆に伝える直前だった。
 
『キキッ』
 
 星が下りてくる。
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