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第四章 夢を見つけた

8、隅田川

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「っていうのが私の生い立ちかな」
鈴音はすっきりとした顔で言った。
「そんなに気がきくと、置き屋に来てもいろいろ褒められたでしょう?」
辻が聞く。
「辻さん、褒めても何も出ないわよ。でもね、正直そうなの。置き屋に来るお客さん、一回で覚えちゃうからお得意先の料亭の女将さんからも可愛がられてね。もちろん、その頃は子供だったからお座敷には出られないけど、お稽古の手配とか皆さんよくしてくださったの。」
「鈴音さんの特技がこの職業で生きたんだね。」
辻先生の言葉の響きには感心した感情がこもっていた。それを櫻は誇らしく思った。

「さてさて、これからおかみにも話を聞きたいけど、ここから先は記事で楽しんでもらうってことで、辻くんと櫻くんは先に帰ってくれるかな?」
突然のことで櫻は驚いた。
「ガッテン承知の助だね。江藤くん、僕たちはお暇しよう。」
「え。。はい。」
そう言って、辻と櫻は部屋から出て、玄関にいた女将に挨拶をして置き屋を失礼した。


「どうでした?」
「とても興味深くてもっと聞いていたかったです。」
「僕もそれは気が付いてましたよ。」
「じゃあどうして?」
「それはあなたが将来そういう職業に就くかもしれかないからです。」
「どういう意味で?」
「人から意見を聞いてそれを文章にして、世間と戦っていく。それが文士であり編集者なのです。あなたはきっとそうなる。」
「私、まだあんなにスイスイとお話しできません。」
「でもきちんと聞いていたじゃないですか。坂本はちょっと待たせて、隅田川沿いを散歩しませんか?」
スタスタと前を歩いて行ってしまう辻。櫻は追って行った。
「先生、待って!」
「さあ、急がないと僕が消えてしまいますよ。」
櫻が走ると、急に止まった辻に抱きしめられた。
「ほら、不用心」
「先生ずるい。」
「さ、、この川を眺めながら、しばらく抱き合っていましょう。川の音を聞いているだけで僕たちには素晴らしい音楽に聞こえますよ。」
二人は川沿いの椅子に腰掛けながらしばらくの間、抱き合っていた。誰の邪魔もされずに。


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