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第七章 新しい夢探し

6、居酒屋にて

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望月は新橋の場末の飲み屋で辻と向かい合っていた。
「いやー、櫻くんが編集さんになるなんて思ってもみなかったよ。」
「勘づいていたんだろ、彼女は聡明だしさ。」
「恋人を聡明とか言っちゃって、辻くんやられてるねー。」

大学からの友人がここまで女性にご熱心だったのを、望月は見たことがない。
プレイボーイをしていた辻がこうなるなんて。
「教師と女学生の恋愛なんてさ、危険が伴うのになんでそこにあえて飛び込むのさ?」
「危険かどうかは本人の判断さ。注意深くしていれば危険は避けられる。」

自信満々で返されると、望月もなんだかムカムカした。
「なんかさ、女性に尽くしてる辻くんは、辻くんらしくないよ。」
「僕らしいってなにさ?」
「もっとさ、一人の女性にこだわらなくて、自由に生きるっていうかさ。」
「櫻くんにこだわっているわけじゃないんだ。彼女は僕の分身なんだよ。」
「分身?」
「右腕が怪我したら、痛いだろ。それと同じで櫻くんが苦しんだら僕の心も痛いんだ。」

相当やられてる。恋とは人をここまで変えてしまうのか。。
「辻くん、それってベタ惚れしてますっていうのと同じだよ。」
「どう言ってくれたっていいよ。でも、僕は自由だよ。櫻くんによって不自由にはなっていないんだ。」

望月は美味しそうに焼き鳥をむしゃむしゃ食べる辻を見つめる。
安酒も彼を楽しませているようだ。
「もう、何言ったってダメなんだね。」
「ダメとかいいじゃないよ。そうそう、今度の月曜日君のお宅にお邪魔するよ。」
「あ、櫻くんが家庭教師の日だからだろう。」
「ザッツライト!辻百貨店の惣菜をたくさん持参するから楽しみにしておいで。」

辻はこの恋愛を楽しんでいるようだ。
望月はちょっとばかりの嫉妬をしていたようだと自分で認識した。
「ダダイズムの半身は僕だからね。」
「ああ、君が僕の代わりに書いてくれるから、安心だよ。」

辻が筆を折ってからしばらく経つ。本当は作品が読みたい。
「ねえ、書く気はないの?」
「いや、ない気ではない。もう少ししたら、君にも話すよ。」
「辻くんの秘密主義!親父さん、日本酒熱燗、もういっぱい!」

ぷんぷんしているようだが、そんな望月も可愛いと辻は思った。
櫻が大切なのは人にどう言われても変わりはしない。
月曜日に存分に会えることを楽しみに思った。


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