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第七章 新しい夢探し

8、望月邸への来訪

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玄関のベルが鳴ると、リッビングにいた姑のトモヨが辻を迎えた。
「あら、辻さん、お久しぶりじゃないの。」
「教師になってから、お邪魔する時間がなかなかなくて。」
「そう言いながら、お決まりのデートなんてしていたんじゃなくて?」
「そうとも言いますがね、ハハ。」
トモヨは特に嫌味ではなく、辻の軽薄な感じを好んでいた。
何人の女性と遊ぼうが、特に自分の息子でもないし、レディファーストな彼を好んでいた。

「あら、お義母さん、辻さんのお迎えありがとうございます。」
「いやいやいいんだよ。私も暇してたしね。後で、みんなで楽しくしようじゃないか。」
そう言って、トモヨはリビングへと消えていった。

「辻さん、今日はお食事のご用意までしてくださるって本当にありがとうございます。」
「いやいや、今日は僕が作るんじゃなくて、辻百貨店の評判のいい惣菜を見繕ってきたんだよ。」
「弟子のみんなも喜びますわ。あら、ご飯は炊かなくてはですね。」
「身重なあなたにお願いするのもあれだから、僕が研いで米は炊きますよ。」
「いろいろすみません。あ、あと今淳之介と櫻さんは家庭教師中だから入室禁止ですからね。」
「重々承知ですよ。では台所を借ります。米が炊き終わったら、アグリくんの書斎に行っていいかな?」
「もちろんですわ。では、よろしくお願いします。」

辻はこの家ができてから本当によくきていたので、この家のどこに何があるのかも何もかもわかっている。
ここ最近は櫻に熱心だったので顔を出していなかったが。

かまどで米を炊いて蒸す処までしたら、辻はアグリの書斎へと向かった。
トントン。
「どうぞ。」
「失礼。」
辻は部屋に入ると、ソファへと座った。
アグリも向き合って座った。
「それにしても、うちの中に入るのは久しぶりですわね。」
「ああ。ちょっと僕も櫻くんに熱心になってしまったからね。」
「でも、それだけでもないんでしょう?」
「ああ、実は絡繰研究の方が思いのほか捗ってね。未来の帝都について絶賛研究の真っ最中だよ。」
「絡繰もいいけど、ダダはいかがしたの?」
「うん。辞めてない。正確にいうとね。望月にはまだ内緒なんだけど、ゴーストライターとして執筆してるんだ。」
「あら。教師と文士と研究者なんて辻さんらしからぬ肩書だらけじゃない?」
「そうなんだ。でも、とても自由だよ。それはそうと、アグリくん、体の方はどうだい?」
「少し早めの産前休暇を頂いたから今は手を余らせてるところよ。でも、本当にきつい時、櫻さんが私を止めてくれたの。」
「どうやって?」
「10歳も下なのに、私に絶対休んでください!って強く出たのよね。」
「あの子は本当に君のことが心配だったんだ。」
「なんでも承知なのね。そう。それで私は休みをとって、デッサンしたり、日記をつけたりしてるのよ。」
「アグリくんが日記ね。どんなもの?」
「うーん。未来に叶えたいこととかを書いて、それに対してのアプローチを考えたりね。」
「僕はね、書くということは、人を少しでも成長させるんじゃないかって思うんだ。」
「うん、私もどうしてヨウスケさんがあんなに書くことに夢中になるのかちょっとわかった気がするの。」
「そりゃあよかった。書くことはその人を成長させるからね。ああ、この間、望月にも僕が来ること言ったから夕食は望月一家と弟子とみんなでワイワイできるね。」
「あら、あの人帰ってくるかしら。」
「うまいもの食えるっていうんだから、帰ってくるさ。」

二人はその後も、どうでもいい思い出話などしながら楽しい時間を過ごした。
5時に淳之介の家庭教師の時間が終わる。そうしたら、櫻に会いに行こうと思った。
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