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第八章 遭遇
5、先生への相談
しおりを挟む「先生、今日は昼食をいただく前にお話ししたいんです。」
「どうした?」
「実は、昨日、資生堂パーラーに行かせていただきました。その時、多分先生のお父上とお会いしたんです。」
「え?うちの父と?」
「はい。辻財閥の社長とおっしゃってました。」
「詳しく、どんな遭遇だったのか教えてくれるかな、櫻くん。」
櫻は頭の中をもう一度整理した。そして、ゆっくりと反芻した。
「昨日、大久保さんとランチの注文をして、浮き足だってカレーが来るのを待っていました。その時、初老の男性が話しかけてきたんです。」
「うん。」
「それで、君たちは望月洋装店の見習いさんかなと聞かれました。」
「君たちはどう答えたの?」
「はい、と言いました。そうしたら、お父上が自分の自己紹介をなさって」
「うん。」
「それで、私たちちょっと恐縮していたら、二人で楽しみなさいって、奥の席に行かれました。」
辻はその話を聞いて、窓の外を少し眺めていた。
「櫻くん、心配をかけたね。1日不安だったね。」
「いえ、でも見習いの身分でお父上にお会いしてしまったのは盲点でした。」
「いや、うちの父親は君が僕の相手とは知らないのかもしれない。」
「そうしたら、どうして私たちに話しかけてきたんでしょうか?」
「望月洋装店は父も懇意しているからね。だから、本当に君たちをみて知っていたんじゃないかな?」
「私たち、なるべく店頭に出ないようにしているのに、、」
辻は迷った。ここで父親が本当はもう知っているかもしれない可能性について。しかし、櫻を不要に不安にさせるのはどうかと思った。
「櫻くん、この件は僕に一任してくれるかな?」
「え?」
「正直、父がどこまで知ってるかはわからない。でも、何も知らない可能性もある。だから、慎重に父に探りを入れるよ。」
「でも、私の出生までご存じだったら、、、。」
「前にも言ったけど、僕の母は小樽小町で有名でね。その町一番の美人さんを小町ってつけて囃し立てる風潮があるじゃないか。母の実家は決して裕福ではなかった。ニシンの小売りをしていてね。少ない金で、娘を女学校に通わせていた。そんな母に目をつけた父だ。生まれを気にすることはない。」
辻はいいながら、少し嘘をついたことを後ろめたくもなった。なぜかというと、辻の母が小売というのは嘘でニシンの買い付け元だったからだ。
でも、父は人の本質で見ようとすることも知っている。本当は東京で死ぬほどの縁談があったのにそれを断って母と結婚した。
父は母のことを本当に好きになってしまったんだと思う。しかし、母の気持ちが父に向くことはなかった。
「先生、私、不安が全部消えたわけじゃないけれど、先生にお任せします。」
櫻はとても聡明だ。あの父から、すぐに櫻にあったことを言ってこないことが吉報であればと辻は願うのだった
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