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第十一章 櫻の冬休み

1、冬休みの過ごし方

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櫻は辻が南へ旅立った時、望月家でゆっくりしていた。

「あら、櫻さん、皆さんとお出かけしなかったの?」
アグリが聞いてくる。
「はい。ちょっと、勉強したいことがあって。」
「そうね、あなたはまだ学生だったわね。」

しかし、勉強しているわけではなくて、テラスで外を眺めていた。

「ねえ、私、お話だったら付き合うわよ。」
「え?」
「勉強は後でもいいでしょ。」
「はい。」
「あのね、私が女学校を中退した話はきちんとしたことはあったかしら?」
「あ、出産するためにって。」
「そう。実はね、結婚した時点でも反対する人は多かったの。」
「ではどうやって、それを跳ね除けたんですか?」
「ヨウスケさんがね。風紀委員たちを簡単に説得しちゃったのよ。」
「望月さんが?」
「最初ね、私たち、全然結婚したつもりがなくてね。だから、お互い自由に生きようってね。」

想像すると、なんだかその光景が思い浮かぶ。
「でも、自由って寂しくなかったですか?」
「そりゃあ、もう。でも、ヨウスケさんは東京だし、私は群馬だしね。しばらく女学生続けてたってわけ。」
「でも、学校が。」
「うん。妊娠が重くてね。で、退学になっちゃった。」
「通いたかったですか?」
「その時は泣いたわよ。でも、それでいいかなって思っちゃって。」
「え?」
「ヨウスケさんがこっそり来て、子供できたの嬉しいって言いに来てくれたの。」
「望月さんもキザなことしますね。」
「あの人はプレイボーイだからね。」

「あ、ちょっとお茶持ってくるわね。」
アグリが台所に行った。
櫻は手元にある青踏の2号をもう一度握りしめた。
いつか、この中に書いてみたい。

「用意できたわよ。ここで、ついでいいわね。」
アグリが緑茶を入れてくれた。
「すみません、先生にしていただいて。」
「いいの。私も少しは動かないとね。」
「あら?青踏?」
「はい。」
「私も読んだわ。これは新女性のための、ね。」
「でも、先生こそ新女性です。」
「うん、私ね、女学校は途中で終わってしまったけど、洋装店の修行でたくさん勉強できた。いつでも勉強の機会があるっていうことがわかったわ。」
「私もそうでしょうか?」
「あなたは辻家の嫁になるために、女学校はきちんと出ておいた方が絶対いいいと思う。」
「え?」
「あの家はそういう家なの。だから。」

改めて、それを聞いた櫻は軽い気持ちで辻と一緒にはなれない、頑張って勉強と修行をしなくては、と思った。
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