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第十一章 櫻の冬休み

16、出版社での新年仕事

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カヨから言われていた出版社での新年の初仕事は始まった。
今、櫻に任されているのは文筆の添削が主だった。
読めば読むほど、皆の意見の強さを感じる。
筆跡の達筆さを見ると、思いのたけをぶつけているんだと思うのだ。

「あの、富田編集長。」
「どうしたの?江藤さん」
「えっと、この大杉さんの随筆なんですが。」
「そう、前々からお願いしていたら、お正月明けに封筒が届いていたの。」
「私、演説聞きに行ったんです。」
「あら、そうなの?」
「随筆もすごいですね。」
「あの人の性格が出ている筆跡でしょう?」
「はい。」
「実はね、私の友人があの人の自由恋愛に参加したえんでね。」
「自由恋愛に参加?」
「大杉さんはね、1人に女性を決めない人なの。」
「え?」
「愛があれば、誰にだって分け与えればいいじゃないかって言う主義でね。」
「意外でした。」
「どうして?」
「あんなに強く平等って言ってたから。

櫻は期待したような、残念なような気分になった。
「残念?」
「え?」
「大杉さんが、誠実じゃなくて?」
「そんな、私の相手じゃないですし。」
「でも、顔に書いてある。」
「顔に?」
「残念でしたってね。」
「しょうがないわよ。あの随筆と自由恋愛は結びつかないものね。」
「まあ。」
「そうなんだけどね、でも自由恋愛も先進的な考え方かも知れないわよ。」
「私は自分の相手が他の人といるのは嫌です。」
「先生困っちゃうわね。」
「富田編集長!」

そんなこんなで、もう一度大杉の随筆を読んだ。書き損じや書き直しがたくさんある。
真っ黒に近い原稿だが、彼の思いの丈が本当に滲んでいた。

こう言うふうに、まだ出版される前の原稿んで会えるのも、この出版社で仕事をできるからだ。それに対して、櫻は幸せに思うのだった。
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