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第十三章 養女になる準備

5、旅行の駅にて

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櫻たちは伊香保に向かうべく、上野から電車に乗った。

「櫻さん、この電車で行くのよ。」
「緊張します。」
「あら、あなた毎日電車乗ってるのに。」
「それと旅行は違います。」

アグリは優しい顔で話しかけてきた。すると淳之介がアグリに言った。
「お母さん、駅弁買いたいよー」
「そうね、ちょうどお昼頃電車だから買っていきましょうか。お母さん、櫻さん、大丈夫?」

トモヨも身軽なようで
「ああ、任せるよ。」

と旅行のことはアグリに任せるようだった。

4人分の駅弁なので、淳と櫻で買ったものを持った。
「アグリ先生、駅弁てワクワクしますね。」
「そう、私大好きなの。本当はご当地のもあるんだけど、待ち合わせ中に乗り遅れそうで。」
「どういうことですか?」
「たとえばね、大宮で待ち合わせするじゃない?その時、ホームで駅弁が売られるの。それをヨウスケさんならさっと買ってきて、私に渡すんだけど、逆をしたら、私乗り遅れちゃった事があってね。」
「え!それは大事件じゃないですか!」
「そうなの。切符を幸に持っていたからどうにか実家に帰る事ができたわ。」
「望月さんはどうしたんですか?」
「実家の最寄り駅で絵を描いてたわ。」
「待ってたって事ですよね?」
「うん。あの人なりの人の待ちかたなのよね。でも、私も10代だったし、怒っちゃったわ。」

駅弁を買うことはスリルがあるということを知って、櫻も驚いた。
もし、辻と旅行に行くのなら、多分、辻も望月と同じく、サッと買って櫻に渡すだろうと想像した。

「あら、櫻さん、ホームシック?」
「え?」
「今、ぼんやりしてたから。」
「ああ、ちょっと想像を。」
「恋人って偉大ね。」

するとすかさず、淳が会話に入ってきた。
「え!櫻さん、恋愛してるの?」
「ああ、恋ですよ。女学生の恋。」
「なあんだ。どんな相手?」
「尊敬できる人ですよ。」
「相思相愛?」
「どうですかね?」

淳にまだ辻とのことを話すわけにはいかなかった。しかし、自分が幸せなことは知っていて欲しかった。

「お母さん、発車するよ。」
四人は席に着いていたので、上野を出る車中から外を見た。

櫻は上野の景色を見ながら、思いを馳せた。
この間までここで居候していた。店も手伝っていた。
しかし、今は望月家で暮らし、職業婦人の見習いまでさせてもらっている。
この旅行の出発点としてはとてもふさわしいと思った。
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