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第十五章 佐藤櫻として

23、スエとの話

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辻とのドライブを終えて、佐藤邸に戻ってきた。

ちょうど昼食の時間だったので、女中3人と賑やかにダイニングで食べた。

スエが切り出した。
「櫻お嬢様、午後はまた書斎で?」
「あ、えっと、書斎で過ごすんですが、スエさんと少しお話ししてもいいですか?」
「どちらで?」
「ああ、じゃあ書斎で。」

そういうと、食器を台所に下げて、二人で書斎に向かった。

「スエさんも座ってください。」
スエを丸いスツールに促した。

「ああ、いいんですよ。」
「ちょっとお話ししたいから、立っていられると緊張しちゃって。」
「そうでしたね。櫻お嬢様は立つ側の気持ちを考える方でしたね。」
「私は嫌ではなかったんですが、どうも慣れなくて。」
「いいですよ。では座らせていただきます。」

スエが座ると櫻も机の椅子に座って、話し始めた。
「来週から学校やら職場やらに行って、お嬢様らしくない生活が始まります。」
「そうですね。」
「3人の女中さんたちには戸惑わせてしまうかもしれません。」
「いいえ、いいんですよ。」
「どうして?」
「だって、櫻お嬢様が前にいたお嬢様と同じにしなくてはいけないという法律はありませんから。」
「あ、気になさってた?」
「そうですね。前のお嬢様のことよく気にされてから。」
「私もどういう風にするべきか考える一週間でした。でもとっても心地よかったです。」
「そうですか?」
「私、こんなに心おだやかに過ごしたことなかったから。」
「そうですね。私も櫻お嬢様がこちらにいらした時、本当に緊張なさってたから。」
「私、仕事も勉強も頑張ります。」
「仕事、今なさらなくてもいいですのに。」
「私、東京でする仕事、憧れてて、本当に経験できて嬉しいんです。」
「あら、珍しいお嬢様だこと。」
「だから、素敵な職業婦人になりたいんです。」
「思い出しますね。亡くなられたお嬢様のこと。」
「ああ、次女の方、政治家にって、お父さんが。」
「そうですよ。まだ、女性の政治家はいないのに。勝ち気な方でした。」
「自立してたんですね。」
「ご主人様が自由にお育てになったからですね。」
「その方に悪いけど、お父さんが幸せに感じる娘になりたいです。」
「勉強もなさるんでしょう?」
「ああ、そうですね。師範を目指そうとも。」
「あなたには無限の未来が広がっていますね。」
「スエさんは幸せですか?」
「どう思います?」
「うーん。私はスエさんの振る舞いが素敵に見えます。」
「櫻お嬢様は本当に嫌味のない方なのですね。私は、女中になったことを後悔していません。結婚も何度かお話がありましたがお断りしました。」
「え?」
「私の天職だと思ったのです。」
「天職?」
「そう。生きる生きがいを見つけることが目的だとすると私はもう見つけました。」
「スエさんが生き生きしてるのはそう言うことなんですね。」
「だから、櫻お嬢様も天職をお見つけください。どんな遠回りをしても見つかりますよ。」

それから少し雑談をし、スエは部屋を出た。
書斎で櫻は天井を見た。
意匠が凝らしてある。

人が見ないところにも気を配ってある。
そう言うことが必要なんだ。そう思った会話だった。

明日からの英気を養った櫻であった。
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