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第十六章 最終学年

15、それぞれの一日

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アグリが産気づいたので、櫻が産婆を呼んできた。
意外に思ったが、一人の産婆だけだった。

「あの、平気でしょうか?」
「そうね、二人目だから早く生まれるかも。」
「でも、お弟子さんたちはお店があるからあと2時間は。。」
「誰か呼べる人はいる?」
産婆は櫻に聞いた。

「ちょっと電報打ってきます。」

櫻の当時、電話が家にあることはまずなかった。
櫻はこう電報を打った。

「アグリ、サンケヅク。ハヤクタスケイル  サクラ」

宛先は、冨田カヨである。


その時、出版社では取材や公正、タイピングなどが行われていた。
櫻が電報を出した1時間後、それは届いた。
「え!」
「編集長どうしました?」
編集員が心配して聞いた。
「ああ、望月さんはどこかしら?」
「あ、さっき取材に芸妓のところ行くって。」
ああ、浅草橋かと思った。
「あのね、タクシー呼んでくれる?」

出版社には電話がある。
そして、タクシーですぐに向かったのは浅草橋の奥屋。
タクシーには待ってもらって、真っ先にカヨは向かった。
「あの、急ぎで。望月さんを。」
「あら、富田さん。」
女将が出てきた。
「ちょっと急ぎで、」
「ヨウスケちゃん、お呼びよ。」
昼寝をしていたのか、あくびをしながら望月が出てきた。
「富田くん、何急いでるの?」
「何言ってるの!アグリが産気づいたの!」
「え!」

二人は取るものもとりあえず、タクシーに乗った。
「あのね、奥さんが臨月なんだから、こんなとこで油売って。」
「いやあ、今回も立ち会えるかな。」
「ねえ、望月さん、あなた聞いてる?」
「ああ、名前だな。」
「だから。」
「今まで付き合った女の名前はやめておこう。」
「もう、こんな時まで冗談よして。」
「あぐりはわかってくれるよ。」
「そうですね。でも、私はわかりません。」
「硬いね。子供が一人から二人に増えるんだから大事じゃないよ。」
「もう!命懸けなんですからね!」

冨田カヨはそう言って、叱りつけた。


一方、学校にいる辻は空模様を見て、考えていた。
そろそろアグリの予定日だから、今日は望月の家に行こうかと。
残務を終えて、坂本に言った。
「今日は、家に帰らずに望月の家にお願いするよ。」
「でも、家庭教師に櫻さんがきていますが。」
「うん、でもアグリくんが気になるからね。」
「わかりました。」

そうして、3人は望月邸を目指すのであった。
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