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第十六章 最終学年

16、出産

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3人の友人がアグリの元へ向かっていた。(一人は夫だが)

櫻はそんなことも知らず、お湯を沸かしたり、一人働いていた。
実は出産の場面に遭遇するのは初めてではない。
今まで奉公していた家で何度か出産に遭遇したのだ。
その時、一番の下働きの櫻はたくさんの湯を沸かし、たくさんの洗濯をした。

しかし、その時と人数が違う。
トモヨがいるとはいえ、アグリに付き添っている。
もう少し人がいれば、と少し不安に思った。

リーンと玄関のベルがなった。
リビングでソワソワしていた淳之介が対応した。
来たのは辻だった。
「辻さん!」
「やあ、淳、どうだい?」
「それがね、お母さん、もうすぐ赤ん坊が生まれるって。」
「それはナイスタイミングだったね。櫻先生は?」
「台所でたくさんお湯を沸かしてるよ。」
「じゃあ、そっちに行くよ。」
そう言って、ジャケットを淳之介に預けた。

「櫻くん。」
「え!辻先生!」
「大変だったね。僕も手伝うよ。2階の部屋へかい?」
「はい。でもどうして?」
「まあ、そろそろかなって思っていてね。」
「何はともあれ、人が確保できてよかったです。」
「人?ボーイフレンドだよ。」
「ああ、そんなこと言ってる場合じゃなくて、お湯運んでください。」
「そうだったね。」

辻はその後もせっせと働いた。

そして、2回目のベルが玄関で鳴った。
「お父さん!」
「やあ、今日は鍵を忘れたよ。」
「富田さんも!」
「櫻さんが電報打ってくれてね。私たちも手伝うわ。」

台所にカヨが来た。
「櫻さん、ありがとう、連絡。望月さんも連れてきたわ。」
「よかったです。今さっき、辻先生も来て、バタバタしなくなってきました。」
「あら、辻先生にも電報打ったの?」
「いえ、富田編集長にだけ」
「どうしてわかったのかしら?」
「そろそろかなって思ったって。」
「辻さんて本当、不思議な人ね。あら、私油売ってる場合じゃないわね。」
「まあ、3人もきていただければ。」
「そのうち一人は使い物にならないけどね。」
「え?」
「望月文豪殿はね、名付けをするんですって。」

望月らしいと思った。怒りはなかった。
アグリもそれを望んでるような気がした。

それから1時間後、トモヨがドアを開いて叫んだ。
「生まれたわよ!女の子!」
家中に響き渡った。

その時、家中にいるものは安心したのであった。
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