上 下
338 / 416
第十六章 最終学年

59、辻の来訪

しおりを挟む
週末になって辻は佐藤邸にやってきた。
外はまだ蒸し暑い。
しかし、櫻は底知れぬヒンヤリとした汗をかいていた。

「佐藤支店長、ちょっと櫻君と話があるので部屋に行ってもいいですか?」
「坊ちゃんのお好きに。櫻、大丈夫だよね?」

父は何も知らない。
櫻は笑顔で頷いた。


2階の自室に案内した時、辻は軽い冗談を言ったりして、なんだか拍子抜けした。
しかし、部屋の端のスツールに座ると、櫻を勉強机の椅子に座るように促した。

「まあ、時間も有限だしね。そろそろ話そうか。」
「はい。」
「本当に聞くよ。大杉君のことをどう思う?」
「はい。尊敬と同時に憧れとそばに行ってみたい気持ちがあります。」
「そうかあ。」

辻は上を向いて少し考えていた。

「いや、君が素直に話してくれる想定をしていなかったかも知れない。」
「どうして?」
「この間、そうだったからさ。」
「私、思ったままを言ったまでです。」
「僕のことはどう思う?」
「できれば、一緒になりたいです。」
「うーん、そうなのかあ。」
「何か、変ですか?」
「ううん。君が素直すぎるからさ。」
「どうして?」
「大杉君、僕は好きなんだ。」
「聞いてます。」
「僕と話すまでいろんな人と話したんだね。」
「そうですね。」
「でも、君がおしゃべりじゃないことは知ってる。」
「よくお分かりで。」
「いろんな人は僕にしろって色々言っただろ。」
「その通りです。」
「僕は大杉君と比べてとても秀でている人間でもないし、すごく劣っている人間でもない。」
「どう言う意味ですか?」
「だからさ、好みの問題であって、ね。」
「私は今現在、先生といたいです。」
「でも、大杉君の魅力を知ってしまったんだね。」
「そうでもあります。」
「僕は、僕のために君のパートナーという権力を使おうとしている。」
「そうでしょうか?」
「君が、大杉君と会うと、惹かれ合うことを想像する。」
「大杉さんが私を気にいるかなんて分かりませんよ。」
「逆を言うと、彼は好意を寄せる女性に優しいよ。」
「でも。」
「うん、自分でもおかしいんだ。変な話だけどさ、今度大杉君に僕と二人で会いに行かないか?」
「え?」
「変だと思うかい?」
「はい。」
「僕は、きちんと大杉君に僕のパートナーとして君を認識したいと同時に、誰のいい部分を君に吸収して欲しいんだ。」
「先生もだいぶ拗らせてますね。」
「今日は、櫻君はいやに落ち着いているね。」
「はい。」
「どうして?」
「自分の素直に生きることを思い出したんです。」
「そうかあ。ますます、君は魅力的になるね。」
「本当?」
「今度、大杉君に連絡を取ってみる。食事でもしてみよう。」


櫻は辻からそんな提案があるとは思っていなかった。
恋愛とは嫉妬に駆られるとおかしくなると聞いたが、辻はどうにか前進してるように感じた。
しおりを挟む

処理中です...