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第十六章 最終学年

71、二学期の始まりは

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望月の運転する車で学校に着いた。

「望月さん、ありがとうございました。」
「ううん。これが仕事だし。下校はどうする?」
「今日はちょうど望月さんのお宅に行く日です。」
「じゃあ、下校の時間に迎えにくるよ。何時?」
「今日は始業式で午前なので12時くらいで。」
「ラジャー。」
「え?」
「イエッサー」
「え?」
「もう、了解っていう意味だよ。」

わかってはいたが、望月は終始ふざけているように思えた。
しかし、楽しくはあった。


車から降りて、学校に向かうと、荷物を置いたら講堂へ行くように事務員に言われた。
全員の女学生がそのようになっているようだった。

上野が話しかけてきた。
「おはよう。櫻さん、あっという間だったわね。」
「うん、和枝さんのおかげでいい休暇も取れたし。」
「楽しかったわ。また来年行きましょうよ。」
「ぜひ。」

二人は荷物を教室に置いて、講堂へ向かった。
「珍しいですね。」
「そうね。櫻さんは編入だけど、今まで始業式に集まるなんてあまりなかったわ。」

二人は何があるのか少し不安と期待があった。

大講堂に入ると、大勢の女学生が並んでいた。
数名の教師がそれを整えている。

「静かに!」
校長が大きな声を出した。
みんなシンとなった。

「何かしらね?」
ヒソヒソと和枝が櫻に話しかけてきた。
「何かあるんですかね?」

女学生がそろそろ揃ったと思える時間に突如、横断幕が飾られた。
「全夫人協会 講演会」

櫻はその名前を知っていた。
妻なるもの、母なるもの、家を守るべき。
というモットーとスローガンが掲げられた今婦人たちを囲んだ団体である。


「皆、今日は始業式であるが、全夫人協会の鹿島夫人が来校されたので講演会となったのである。まずはお話を聞くこととしよう。」

校長が鹿島夫人を壇上に呼び寄せ、演説は始まった。

「皆さん、ご機嫌よう。こちら、銀上女学校は日本を背負ってたつ夫人を育成する学校でありますから、ぜひ皆さんとお話ししたくてまいりましたの。家庭は守るべきもので、女性が仕事をしゃしゃり出るなんてもってのほか。女性は家庭を守り、子供を育て、国を強くするべきです。」


櫻はとても、不安な気持ちになった。
戦争の気配が強くなってくるとこの思想が強くなる。
職業婦人を目指す櫻はこの考えには賛同できないと思っていた。
30分過ぎても、ずっと女性が女性たる所以について仕事を否定していたので、櫻は辟易した。
隣の和枝を見ると、意外とちゃんと聞いていたので、少し不安を覚えた。
世間がどんどんこちらの方面に舵を切っているのかもしれないと想像した。
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