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第十六章 最終学年

83、帰り道での出来事

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図書館で本を数冊借りて、櫻は下校した。
今日は望月の予定があるということで、途中まで送ってもらうことになっていた。


「やあ。」
「望月さん、お待たせしてすみません。」
「ううん。こちらこそ、家まで送れなくてごめんね。」
「どうしたんですか?」
「和子のお風呂の時間に間に合わせたくてね。」
「赤ちゃん思いですね。」
「で、御殿山の交差点が混むから品川の手前でいいかな?」
「もちろんです。」

車内で櫻は先ほどのことを望月に話してみることにした。

「あの、望月さん。」
「ん?」
「新人の先生が私のことを色々知っていたら不安になりますよね?」
「うーん。そうとも言えるけどね。」
「どういう意味ですか?」
「だって、佐藤支店長だって大金持ちじゃないか。一教師が婿に入りたくなるよ。」
「そんな。私だって佐藤を継ぐ予定はないのに。」
「世間はそう思わないよ。」
「そうなんですか?」
「前も言っただろ。うちだって、勇蔵という弟とどちらが継ぐかが親父の悩みなんだよ。」
「望月さんは土建屋さんにはならないんですか?」
「それは櫻くんに思想を変えないんですっかっていうのと同じだよ。」
「え?」
「君の思想を変える男とは結婚しないだろ?」
「そうですけど。」
「だから、辻なんだな。」
「そうじゃありません。」
「うん。冗談。」
「冗談がすぎます。」
「でもさ、家族関係っていうのは時代が変わっても、世襲制とか結構煩わしいもんだよね。」
「外国は違うんですか?」
「いや、もちろん世襲の会社もあるよ。でも、有能な人がいたらその人に託すこともある。」
「それはいいですね。」
「本来ビジネスはそうであるべきなんだよ。」
「そうなんですか?」
「だから、僕はね、和子には別に洋装店を注いで星なんんて思ってない。」
「え?」
「それは淳之介もだよ。」
「淳之介さんは望月さんに憧れてます。」
「文筆家なんて別にフリーランスだしね。僕が成し遂げなかったことを淳之介がするもね。」
「私、望月さんが教師でも面白いと思います。」
「そりゃ。でも、僕は小説家で幸せだ。」
「辻先生は幸せでしょうか?」
「いろんな形があるよ。僕はきっと辻の次回作は傑作になると思う。」

先ほども助けてくれた辻。
若葉はとても脅威である。でも、若葉とは結婚したいとも思わない。
辻を大切にして、そして生きていこうと思った。
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