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第十六章 最終学年

84、望月のことば

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あと10分で品川といったところで、望月が話し始めた。

「櫻くんは師範目指してるんだろ?」
「うーん。先生になるかはわかりませんが。」
「女性はまだ師範に行くしか勉強の手段がないからな。」
「どうして聞いたんですか?」
「いや、僕が行っていた帝国大学だっていろんな野心できたやつが多かったよ。」
「え?」
「大体はみんな金持ちだがね。でもね、上昇志向の高いやつは婿に入ることを厭わないといっていた。」
「せっかく勉学ができるのに。」
「婿に入ったって研究は続けられる。」
「え?」
「何もその家の事業を継がなくたっていいんだ。女性しかいない家を帝国大学卒の婿が入ったら箔がつくだろ。」
「でも、そのお仕事をしないって?」
「まあ、変な言い方だけど、佐藤支店長みたいに有能な血縁者じゃない人がグループ企業を支えてくれたら本体は傀儡でもいいのさ。」
「でも。。」
「トップが有能というのはいいことだよ。でも、人によって向き不向きはある。」
「私、どうしても許せないんです。」
「何が?櫻くんの許せないことって?」
「みんな、自分のしたいことをすべきで、自由であるべきで、虐げられるべきじゃないってこと。」

「うーん。僕の言い方が悪かったかな。例えば、研究を続けたい男がいる。でも、自分の実家の金では続けられない。そうしたら、いい婿先がある。婿に入ったら自由にしていいと言われたら?」


櫻は黙ってしまった。


「そうだよね。意地悪な言い方した。」
「いいえ。そうですね。でも、なんだかお金を利用してるみたいで。」
「うん。でも、まだ貧富の差がある世の中ではこういう結婚は普通だよ。」


若葉のことを櫻は考えた。
特に財閥だとは聞いていない。
貧乏ではなさそうだが、いい大学を出ている。
きっと頭がいいはずだ。でも、教師になっている。
純粋に教えたい気持ちと婿という野心、彼の本心が見えない。

「まあさ、櫻くんの不安に思う教師は当たり前の男ってとだよ。」
「当たり前って。」
「でもさ、なんでも用心はしなきゃいけないし、女と男は違うんだ。」
「男女差別ですか?」
「ううん。女にしかできないこともあるってこと。でも、女だから弱い部分もあるってこと。」
「不快な表現ですね。」
「機嫌直してよ。だからさ、櫻くんは用心しながら辻と手を取り合うといいよ。」

次から次へと男性問題が出てくる。
どうしてだろう。
でも、それがこの年頃の問題ということを翌日、櫻は知るのだった。
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