上 下
372 / 416
第十六章 最終学年

93、お忍び続き

しおりを挟む
櫻は夕暮れ時を辻とゆったりと過ごしていた。

「本当にいいですね。」
「うん、夏が終わるね、2回目の夏。」
「先生と出会って、一年以上が過ぎたなんて不思議。」
「そうだね。」
「先生、私変わりました?」
「うん。とても。」
「どの辺が?」
「櫻くんらしく生きている。」
「私らしく?」
「そう。」

そういうと、辻はポケットからタバコを出し、マッチで火をつけた。
「タバコ、前に吸ってましたね。」
「どこでだっけ?」
「職員室とか、フランス料理屋さんとか。」
「櫻くんは吸っちゃダメだよ。」
「どうして?」
「体に良くない。」
「体に良くないものを先生は吸ってるんですか?」
「うん。わかってるけどやめられない。」
「中毒性のあるものなんですね。」
「最初はさ、カッコつけたくて吸い始めたんだ。」
「なのに?」
「そう。なのに、僕は続けてしまった。」
「どうして?」
「タバコを吸うとさ、頭がスッとするんだ。」
「スッとする?」
「まあ、僕も行き詰まることがあるからさ。」
「意外。」


そういうと、また辻はタバコを吸って、その息を上向きにふっと吐いた。

「タバコの息って白の色がついていて不思議。」
「嫌じゃないかい?」
「ちょっと苦手な匂いもあるけど。お父さんが吸っている葉巻の匂いは好きです。」
「教師じゃ葉巻は無理だな。」
「若い人が吸ってると変ですね。」


二人ではははと笑った。
「私、先生のすることいっぱい興味あります。」
「じゃあ、色々聞いてくれ。」
「では、なぜ教師であり続けるんですか?」
「難しい質問をするね。」
「知りたかったから。」
「櫻くん、僕はノアから教師を勧められたけど、教師はいつも勉強していなきゃいけない、それが僕にとっていいんだ。」
「私も家庭教師してる時それは思います。」
「いろんなクラスの子を見てると、もっと教えたくなるんだ。」
「先生の教えるフランス語もからくりもみんなに伝わるといいですね。」
「うん。今、仕上がりそうな研究ももっとわかりやすくなったら、カラクリを勉学として色々な学校で教えられるかもしれない。」
「それは先生の夢?」
「うん。夢のひとつ。」
「それ以外もあるんですか?」
「そう、あるよ。」
「教えてくれますか?」
「今は内緒。」
「どうして?」
「まだ、夢の入り口に立ってるだけだからさ。」
「私も夢の入り口にいますよ。」
「いや、櫻くんは夢の中にもう入ってるさ。」
「そう思うんですか?」
「うん。そう思うよ。」

櫻は辻の他の夢のことが知りたかった。しかし、辻のことだから夢を叶えるだろうとも櫻は思った。
そして、日は暮れたのだった。
しおりを挟む

処理中です...