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第十六章 最終学年

119、背中合わせ

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櫻は望月の運転する車で下校していた。

「今日はご機嫌だね。」
「え?」
「最近、見なかった表情だからさ。」
「前も言いましたよ。」
「あ、あったっけ?」

とぼけるのが望月の常套句である。

「あの、」
「うん、どうしたの?」
「今日、ハーフの女の子が来てて。」
「同じクラス?」
「いえ、辻先生の準備室に。」
「どんな子なの?」
「フランスで育って日本語はほとんどわからないって。」
「相当なお嬢様なんだね。」
「え?」
「だって、喋れないのに銀上に転校す流なんてさ。」
「そう言うことなんでしょうか?」
「僕は櫻くんの方がすごいって思うけどね。」
「どう言うことで?」
「君はさ、自分で自分の道を切り開くだろ。」
「そうじゃないです。ここ最近は全部、辻先生に。」
「その辻先生様を手懐けたのも君の努力だよ。」
「なんか、望月さんに言われると褒められてる気がしません。」
「褒めてないもん。」
「え?」
「だってさ、努力してる人なんていっぱいいるよ。でも、それを僕の周りで実現してるのは君とアグリだな。」
「アグリ先生の努力は私と比べられないっていうか。」
「この間、行ったんだろ。」
「え?」
「アグリがさ。」
「はい。うちに来ていただきました。」
「あぐりはさ、君のこと、家族だと思ってるんだよ。」
「恐れ多いです。」
「いつも、心配してる。」
「望月さんは?」
「どう言う意味?」
「アグリさんのこと心配じゃないんですか?」
「僕たちは独立してるからね。」
「独立?」
「そう。結婚すると、もたれかかるのが常習さ。でも、あぐりはそんな女じゃない。」


そうだ。だから、憧れたんだ、と櫻も思った。

「あの、あれから先生私のことなにか言ってました?」
「ああ、いい決断をすると思うと言っていた。」
「いい決断?」
「僕もさ、占いするけど、あぐりの言うことってさ、結構本当になるんだよ。」
「望月さんはさておき、アグリ先生の言うことなら信用できます。」
「あ、差別だ!」
「いえ、区別です。」
「櫻くんも口が達者になったね。」
「望月さんに鍛えられてますから。」
「そっかあ。じゃあ、僕は師匠だね。」
「いえ、ライバルです。」
「ライバル?じゃあ、背中合わせだ。」
「背中合わせ?」
「辻くんの心を奪うライバル。だからセーのドンで逆から走るんだよ。」
「変な例えですね。」
「文豪と言ってくれ。」


望月が言った、背中合わせという言葉が櫻に刺さった。
同じ方向を見ていなくてもゴールは一緒なのかもしれない。
迷いの中にいる自分を少し勇気づけてくれたと思ったのだった。
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