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第十六章 最終学年

120、モーターバイク

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櫻は秋雨を眺めていた。
今年の秋は雨が多い。

秋の雨はいい思い出がない。
まだ、実家に行ったり奉公先に来たりしていた時期のことだ。
果実がよく実るそのシーズンはたくさんの人手が必要だ。
普段は呉服屋の奉公をしている櫻も実家に呼び戻された。

それがとても重荷だった。
実直に奉公していることの方が気が楽だった。

実家に戻るとなんでもさせられる。
家事から果実の収穫、客の対応。
それに対する賃金もない。

寝る間を惜しんでも、誰も褒めてくれない。
雨の日にずぶ濡れになりながら、収穫することも多かった。

それは、風邪を引くことも多かったが、許されなかった。

ある年、肺炎になった。
父はこう言った。
「この役立たずが。穀潰し。」


その時、櫻は心に決めたのだ。
女学校に絶対入って、この家を出るのだと。

奉公先のお嬢様に色々と話を聞いて、調べた。
そして、勉強もたくさんした。

そして、櫻は運と努力の末、銀上女学校へ編入した。

「櫻、いいかな?」
佐藤の父が休みの日なので、ノックしてきた。
「はい、お父さん、どうぞ。」
「ああ、やっぱり櫻の部屋はいいね。」
櫻は椅子を父に座るように、言った。
「ああ、ありがとう。」
「お父さん、どうしましたか?」
「勉強漬けで、どうかな、と思ってね。」
「ああ、勉強してたんですけど、ちょっと外を眺めてました。」
「ああ、秋雨だね。」
「お父さんも雨見てました?」
「ああ、以前いたロンドンでもよく雨が降っていた。」
「ロンドン、いいですね。」
「外国は行くと本当にいいよ。」
「何が一番良かったですか?」
「日本が一番いいなと気づくんだ。」
「え?」
「日本にもっとこうしたらよくなるな、とか日本のことばかり考えるんだ。」
「意外でした。」
「そう?櫻が?」
「はい。外国が魅力的に見えるのかと。」
「それもあるよ。でも、これが日本にあったら日本は最強になるんじゃないかってことばっかり考えてたよ。」
「だから、一番のバイヤーになったんですね。」
「褒められると嬉しいな。」
「お父さんは素晴らしいですから。」
「褒めても何も出ないよ。」
「お父さんがいてくれるだけで、私満足ですから。」
「じゃあ、秋雨が導いてくれたんだね。」
「え?」
「天気も僕たちを引き寄せたってね。親子になれて良かった。」
「秋雨、好きじゃなかったけど、お父さんとの思い出で素敵になりました。」
「ああ、嬉しいね。」

その後、二人は無言で外を見ていた。
それはとても幸せで、心地よい時間だった。
まるで、雨の音はモーターバイクの響きのようだった。
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