華族の悪役夫人に転生。復讐されないよう、家庭円満を目指します。

いんげん

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お母さん生活、24時

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初日は、やる気に満ちていた。
やれると思ってました。

「布団を川の字に並べて寝ましょう」なんて言って。
「いや、家はベッドだ」と返された。

そして、寝室に案内された。
暖色の色濃い木にふちどられた広い室内。
橙色だいだいいろの照明。オリエンタルな雰囲気の絨毯じゅうたん、曲線を描くベッドが二台。

うわぁ……夫婦の寝室だ……と今更ながら、衝撃を受けた。

屋敷に帰ってくるまで、思い至らなかった。

というか、絹子、とても嫌ってたよいさまと、同じ部屋で寝てたの?
劇中では「おぞましい男」とか言っていたのに。

私は、寝室の入り口で固まったまま一歩も進めなくなった。

「私は、私室で寝ていた」

後ろで、宵さまがポツリと言った。

「そうですよね!」

宵さまの言葉に、伸びあがって振り向いた。
すると、表情のない宵さまに見下ろされていた。

「あっ……」

喜んだみたいな反応をしてしまった。
しまった。

「べ、ベビーベットはありますか! 二人のベッドの間に並べましょうよ!」
「ベビーベット……」
「あー、でも安全性に不安がありますね。もういっそ、和室はありますか?布団で寝ます」
「客間は和室だが……」
「では、そこをお借りしても?」
「……あぁ」

宵さまは、誘えなかった。
だって、きっと朝から晩までお仕事忙しいだろうし、ほら、この時代に労働時間の縛りなんてない。
休日なんて、盆暮れ正月、特別な日くらいだ。

尤もらしいことを並べたが――何より、私が無理!

現在、険悪な夫婦といえど、同室で寝るとか、気が詰まるどころの騒ぎじゃない。
それに、私としては、憧れの神なのだ。

同じ部屋で寝るなんて、手が六本くらい生えて無茶苦茶に振り回して叫びたくなる。

無理、無理、無理です!

「……わかった。用意させよう。一応、聞くが……」

心臓が、ぶおん、と膨らんだ。
目を見開いて、宵さまの顔は見れず、足元を見続けた。

「ふぁい!」
変な声が出た。

「……」
「な、なんでしょうか」
博弥ひろやも一緒にか?」
宵さまの言葉に、ぱっと顔を上げた。

「もちろんです。息子、二人一緒です」

言ってから、やっぱり宵さまも誘うべきなのではと思った。
例え、断られようと。
家庭円満の作戦なのだから、宵さまを除外して話を進めてはいけない。
でも
だけど

「……あ、あの」
喉に鉄球でも挟まっているようだ。
「まだ、何かあるのか」
ため息をついた宵さまに、私の口は結ばれた。
「言っておくが、君がすぐに諦めても問題ない。今まで通り、乳母うばが面倒をみる。それが仕事だ」
「は、はい」

□□□□

そうして始まった、お母さん生活。

全然寝ない、博弥さん。
布団に寝かせると、泣く、博弥さん。
乳が足らずに、胸みまくる、博弥さん。

我関せず、眠り続け、動かなくて生きているのか心配になって、何度も呼吸を確かめたくなる、貴世実きよみさん。

私は、早々に廃人化し、泣き声を聞くと博弥さんの乳母が夜中に来てくれるようになった。

「女神さまぁあ」
彼女の足にすがる私。
「おやめください、奥様。さぁ、博弥さんを」

そう言って、乳母の久子さんが博弥さんを抱いて、お乳を与えてくれた。
久子さんは、私たちが寝ている客間近くの部屋で寝起きするようになった。

もはや、一緒に寝ましょう、と提案したけど、断固反対された。
まぁ、それはそう。

「粉ミルクが、あればいいのに……」
「なんですかそれは?」
「お湯で溶いて作る、お乳みたいなものです」
「そんなものがあるんですか」
「ある……のかな、ほら、海外ではね」
「まぁ、でも博弥さまは、食への熱意がありますから、離乳食をどんどん食べさせれば、すぐに何とかなるかと」
「そうなの?」
「はい」
「頼りにしてます、先輩!」

信頼できる先人たちの教えは、大体、聞いておいた方がいい。
勤めていた塾でも、何度も救われた。
ベテランたちの『あの子の親御さん、注意した方がよさそう』は外れたことがない。

「奥様……本当に……」
「ん?」
久子さんが何か言いかけたけれど、博弥さんのお尻から “ぶり” と、音が響いた。
「いいえ、何でもありません」
「そう? でも……今の……ぜったいれたわね」
「はい」

不思議なにおいと、私たちの笑い声が部屋中に広がった。

「久子さんが居なかったら無理だった、本当に女神様。でも、すいません役立たずの母で……久子さんも寝れなくて大変ですよね」

笑って滲んだ涙を拭いた。
久子さんは、このお屋敷で働く庭師の奥さんらしい。
既に三人子供がいて、一番小さいお子さんがちょうど乳離れした、大変乳の出の良い女性という事で抜擢ばってきされた。

「私、大奥様に、すごく割の良い仕事があるって誘われまして、誰よりも大声で手を挙げて参りました」
「そうなんですか?」
「ええ、ほんの半年で……」
久子さんは、満面の笑顔で頷いた。

半年で、幾らいただけるのだろう。
あの含み笑顔なら、きっと相場よりも、破格な賃金なのだろう。
思わず。目を見開いて変な笑顔になってしまった。

「でも、長い時間お子さんたちと離れてみんな寂しがってますよね?」
日中、屋敷を離れ、家に戻っている時間もあるようだけど。
「そんな繊細な家じゃありません。同じ家で弟家族と9人で暮らしてます。満場一致で、この仕事に賛成でした」
「そう?」

とても賑やかそうだ。
久子さんは、三十代前半くらいの体格の良い、キリリとした賢そうな女性だ。
彼女が、ふすまを開けて現れると、無敵の援軍が来た気持ちになる。
そんな彼女が家から居なくなったら、家族だって本当は寂しいに違いない。

「世は大戦景気だなんて言ってますが、庶民は物の値段ばっかり上がって困ります……このお役目のおかげで、色々買い替えたり、子供たちにお腹いっぱい食べさせられます」
「なんか、分かります……ボーナスに救われる感じかな」
「ナス?」
「いえ、何でもないです。早く久子さんを解放してあげたいですが、無理なんです、すいませーん」
博弥さんにゲップさせる久子さんの膝に手をついて土下座した。
げし、げし、博弥さんが私の頭を蹴っている。

「おい、入るぞ」
「よ、宵さま⁉」

部屋の外から声が掛かった。
私は飛び上がり、久子さんは居住まいを正し、脇に避けた。
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