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景気と最中と鉱山
しおりを挟む「あんたたち、随分と、仲良くなったものねぇ」
姑さまが、ニヤニヤ笑いながら入ってきた。
「ち、ち、違います! いや、違いませんけど!」
「どっちよ」
「私たち夫婦の秘密です」
「まぁまぁ、結構な事ですな。それより、今、お客さんがいらしてたんだけどね」
私たちのテンポの速い会話に、宵さまは存在感を消している。
「お土産を頂いたんだけど」
すっと姑さまの前に出た女中が、風呂敷から木箱をだした。
なんだろう、甘味の雰囲気がする。
「貴方、食べるかと思って持ってきてやったわ」
ふふん、と顎をのけぞる姑さま。
「うわーー! 嬉しいです。甘い物ですよね、そんな気配がします。もう、食べても食べてもお腹すいて」
授乳の消費カロリーは高い。
よし、久子さんの分も死守しよう。
「……本当、誰よって感じよね。前は、まぁお義母さま、安く済まされましたね。なんて言ってたくせに」
「あははは、そんなことありましたっけ?」
おい、絹子。失礼がすぎるよ。
トゲトゲじゃない、あなた。
「まぁ、いいわ。いただきましょう。宵さん、貴方にもお話があるの」
「……はい」
宵さまは、硬い声で返事をして立ち上がった。
姑さまは、宵さまの養母だ。
出会いは、十代の終わりだし、戦略的な養子縁組だから、二人の関係は硬い。
宵さまの事業が成功して、大分立場は逆転しているようだけど。
テーブルに、お茶の用意がされて、子供たちは連れ出された。姑さまの世間話を聞きながらお茶会が始まった。手土産は、美味しそうな最中だった。
「甘くておいしい。甘いもの最高です」
あぁ、懐かしいプリン。
パフェ パンケーキ アイス。
コンビニで何でも手に入ったあの生活は、今思えば、王族のような生活だったのかもしれない。
私の前に出された、最中が姿を消すと、隣に座っていた宵さまの所からやってきた。こちらを見ることも、言葉もなく、すっと大きな手が現れた。
「……」
いいの? と宵さまを見ても、宵さまは、前に座る姑さまを見ていた。
「で、宵さん。本題だけど、お友達の所も皆、景気が良くて、どんどん商売を広げてるみたいよ。うちも、今が商機なんじゃないの?もっと、じゃんじゃん働かせて商品作りなさいよ」
姑さまは、本当にお金の話が好きだ。
目力が増した。
テーブルに肘を乗せて、前へ前へ来ている。
「無理な増産はしません。設備も改良はしますが、今より生産量を増やすつもりはありません」
「でもね!こんな好機今しかないわよ」
姑さまの唾が飛び散っている。
私は、宵さまに貰った、もなかを口にしまい込んだ。
確か、今はヨーロッパが第一次世界大戦中で、製品作るどころじゃ無くなって、隙間を埋めるように日本は輸出が増えて儲かってる的な構図だった気がする。
「……今が一番です」
「じゃあ」
「すぐにピークは終わります。この国の物が売れているのは、良いものだからでは、ありません。戦争が終われば、日本の製品の需要は無くなります」
宵さまは、姑さまの顔を見ないで、淡々と語った。
「だからよ、今のうちに儲けないと」
姑さまが悪い顔をしている。
儲かればいい、資本主義の申し子だ。
「私は、世界で戦える製品を作るつもりです。その場しのぎの製品を大量に作るつもりはないです。まだまだ立ち上げたい分野もある。そこに注力します」
宵さまが、堅実な経営者みたいな事を言っている。
博弥さんに復讐される頃は、雇っている末端の人たちからは抗議運動とかされてた。
金が欲しければ、死ぬ気で働けみたいなタイプだったのでは?
あれは何だったのだ。どこから心境の変化が?
「そんなんじゃ、小銭稼ぎになるじゃない」
「まぁまぁ、お義母さま。良いじゃないですか、今でも、こんな良い暮らしですよ」
詳しい話はわからないが、宵さまの成功は間違いないわけで……。私は、ヘラヘラ笑ってお茶を啜った。
「鉱山詐欺にあって売られた娘は黙ってなさい!」
そ、そうなんだ。
事実を知って、ビックリしていると、ドン、と宵さまの手がテーブルに置かれて、もっと驚いた。
叩きつけられた手は、爪を立てるように拳を握った。
「な、何よ……本当じゃない」
身を引いた姑さまは、口を尖らせた。
「……」
宵さまは何も言わないけれど、怖い目で姑さまを睨んでいる。
「ま、まぁ。私の実家が鉱山詐欺?にあったおかげで、私は素敵な旦那さまと結婚できて、優しい姑さまにお菓子を貰えて、何だかんだカワイイ子どもたちと幸せに暮らしてるのですから、結果良しですよ」
「「……」」
二人が絶句して私を見ている。
宵さまは、少し開いたお口を手で隠すように覆った。
先に気を取り戻したのは、姑さまだった。
「貴方、やっぱりおかしいわ。もっと良い病院で診てもらいなさいよ」
「いやいや、お義母さま。絹子は、ちょっと熱で記憶が溢れたのと、死を前にして、心を入れ替えただけです。悟ったようなものです」
「……」
宵さまの視線が痛い。
また、絹子って言ってしまった。
「とにかく! 宵さまを信じましょう。お義母さまは、宵さまに賭けたんですよね。最後までその勘を信じてください。私が保証します」
「だから、あんた、詐欺にあったって……」
「お帰り下さい」
姑さまの言葉は、食い気味に宵さまに遮られた。
さっきまでの強い怒りは感じないけれど、有無を言わせない言葉だった。
キョトンとする姑さまに、宵様はもう一度言った
「どうぞ、お帰りを」
お口をきゅっと閉じた姑さまが、ちらりと私を見た。
「お菓子、ごちそうさまでした。美味しかったです。また、ください」
一応、また、を強調してみた。
私は、どうも、この人を嫌いにはなれない。
「まったく、遠慮ってものを知らないのかしらね」
やれやれ、呆れた様子を演じるように姑さまが立ち上がった。
それを見送ろうと、私も立ち上がったけれど、動けなかった。
手が――
立つためにテーブルに置いた手が、大きな手に押さえられている。
宵さまの手が――私の手の上に乗せられている。
絹子の華奢な手は、宵さまの武骨で大きな手に閉じ込められた。
「……」
宵さまのお顔を見たけれど、宵さまは、ただじっと前を見据えている。
「……」
心臓から照れくささと感動みたいな、温かい血液が流れだして、体中が熱い。
ぐぬぬ、と理性の獣がのたうち回り。
いやぁああ、と乙女が喜声をあげているのだ。
顔が熱い。
発火寸前だ。
ガタン
姑さまが、玄関から出ていった音が響いた。
それを合図に、はっと気を取り戻して
「宵さま……」
と話しかけたら、重なっていた手は離れた。
あぁ、手が寒い。
その温かさに縋り、追いかけたい。その長い指を掴んだら、どうなるのだろう。
しかし、宵さまは何事もなかったように立ち上がり、背を向けた。
いつもより、背筋がピシッとしている気がする。
より大きく見える。
まるで夢でも見ていたように、ぼんやり、去っていく背中を眺めた。
そして、力尽きて、椅子に崩れ落ちた。
なんだ、アレ。
どういうことですか。
あんなの惚れない女、いないでしょうが。
イライラする。
「あぁーー」
神だけど、宵さまのくせに。
人間関係不器用で、妻に疎われて、息子に恨まれて、義理の両親に良いようにされてるくせに!
やめて欲しい。
あくまで憧れで、現実じゃない人だったのに。
心の中に、手だけ突っ込んできた。
それだけなのに、こんなに動揺してる私、ちょろい。
ちょろすぎるだろう!
「ううー」
テーブルに突っ伏して、どんどん叩いては、テーブルを叩いた宵さまを思い出して、さらに悶えた。
正気に戻れ。
ほら、宵さまの嫌なところとか考えて……
な、無いだと。
いや……あるはずだ。
無いと――困る。
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