華族の悪役夫人に転生。復讐されないよう、家庭円満を目指します。

いんげん

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質屋

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 久子さんのお家は、歩いて行ける距離だ。
 使用人の青年1人とやって来た。途中、お菓子を買って、ひと箱、屋敷の子どもたちに届けるように頼んだ。
「では、お願いします」
「はい、奥様」
 何食わぬ顔で別れ、彼が見えなくなった所で、足の向きを変えた。

 この世界で生きるようになって、何度か街を歩いたけれど、やはりコンクリートじゃない地面は新鮮だ。車通りも少なく、その代わり路面電車が走っている。道行く人は、着物が多い。

「本当に、別世界……」

 あまりキョロキョロしているのも、悪い人に目をつけられてしまう。気を引き締めて行こう。
 顔にぐっと力を入れて歩いた。

 目的の質屋は、すぐに見つかった。
 すぐに入る勇気はない。一度、何食わぬ顔で通りすぎ、付近に誰もいないのを確認して、さっと店の格子状の戸をスライドさせた。

「いらっしゃいませ」

 土間の先には、木製の仕切りがあった。受付カウンターのような造りだ。
 顔と手元の間に太めの梁が一本通っている。

「これは、これは……」

 眼鏡の店主が、仕切りの向こうから、出てきて下駄を履いた。腰と頭を低くして、手をもみ満面の笑顔だ。やはり、絹子はお得意様だった。

「あれ、今日はお連れ様は……」
 店主の視線が私の後ろを彷徨った。
 お連れ様?
 もし使用人なら、お連れ様という表現はしないだろう。もし宵さまなら、有名だし旦那様と呼ぶだろう。絹子は、誰と来ていたの?

「今日は、お伺いしたいことがあります」
「はい、何なりと」
 すぐに切り替えた店主が頷いた。
 私が持っている菓子折に視線を落とし、質入れのものじゃない事に気がついたのか、目に力がなくなった。
「私が、こちらに持ち込んだ品は、いくつになりました」
 店主が指をおって答えた。
「9つになります」
「一緒に来ていた男の事だけど……」
 さっきの店主の言い方や、視線の向け方が男だなと思った。
「あぁ、はい」
「盗まれた物があって探してるの、ここに来なかった?」
 金持ちの女と質屋にくる男。先入観から、ろくな男じゃないと踏んだ。どうだろうか。
「そうでしたか……升口さまは、最近良い話をお聞きしませんからね。うちには来ておりませんが……」
「最近、どこで何をしているか、ご存知?」
 ますぐちとは、どんな字を書くのだろう。生徒にはいなかった。
「噂くらいしか……相変わらず詐欺まがいな事をなさって、警察にも悪い奴らにも追われてるとか……」
 どんな男と関わってたの、絹子よ。
 あんなに良い男と結婚してるのに。
 時々、美人って意味わからない男と付き合うの不思議すぎる。私のような枯れた女なら、騙されるのも分かるけど、他にも居るだろうに。
「そう……じゃあ良いわ。大した品じゃないから」
「左様でございますか」
「お時間取らせてすみません」
「いえいえ!」
 私が頭を下げると、店主は飛び上がって驚いた。
 恭しく開かれた扉を潜り、久子さんのお家へと急いだ。

 久子さんのお家では、生まれたばかりの赤ちゃんに「可愛い!」と興奮しながらも『ますぐち』が何度も頭を過ぎった。

□□□□

「今日は、どうだったんだ……」

 二人を寝かしつけたあと、お水を飲みにダイニングへ行くと、宵さまがお酒を呑んでいた。
 逮捕せよ。なんですか、その格好は。風呂上がりの緩い浴衣。乱れ髪。ぽやっとした表情。襲われますよ。絵になりすぎてる。

「とても楽しかったです」
「そうか……」

 宵さまは、自分の隣に椅子を引き寄せて、座面を軽く叩いた。これは、座れという事でしょうか。

「失礼します」
「息災だったか」
「はい。久子さんも、娘さんもお元気でした。可愛いかったですよ、娘さん。名付けで揉めているらしいです」
 宵さまの緩い笑顔が、胸に来る。静かな優しさが堪らない。つい抱きつきたくなったけど、今は駄目だ。抱きつくのは、子供が居るときなのだ。二人っきりでやって、もしも……もしも……夜の雰囲気になったら困る。ならないとは思うけど。絹子は、もう子供が出来ない体なはずだから。
「突進、しないのか?」
「え?」
「殺気を感じたぞ」
 宵さまが背中を向けた。
「殺気ってなんですか、宵さまの背中は、抱き人形なのです。精神安定剤です」
 広い背中をバシバシ叩いてから、魔力に勝てなくて、手を添え、頬を寄せた。心臓の鼓動と、暖かさが伝わってくる。
「あぁー、たまらないです。多幸感溢れます」
 宵さまのお腹に腕を回したら、その手を握られたので「恐れ多い!」と振り払って抱きつき直した。
「……すまない」
「いいえ」
 
 私が満足するまで、宵さまはグラスにも手を伸ばさず、じっとしてくれていた。
 ときより頭を掻いて、その手を所在なく彷徨わせ、自らの膝へを降りていった。

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