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めでたし。
しおりを挟むふわっ、階段とか、高い所から落ちる夢を見ると、びくっとなって起きる。
今、まさに、再び歩道橋から落ちる夢をみた。
そして、目が覚めたら、なぜか宵さまの顔が目前にあった。
「わぁ!」
宵さまは、とても怖い顔をしている。最近では見る事の無かった、全てを憎むような目だ。
怖いけれど、ゾクゾクする。でも、近すぎるし、押し倒されているみたいで、心臓が持たない。
ひょい、と腕をすり抜けるように、ベッドから抜け出して、立ち上がった。
「……あ、あれぇ」
頭が酸欠みたいにクラクラする。それに、なぜか喉も痛いし、全身に疲労感がある。
私、風邪ひいてる?
「っ!」
くらり、床へ倒れそうな私。急いで立ち上がり、抱きとめた宵さま。そのようなポージングだ。
足元にはシーツが落ちている。
「んー? 私、どうしましたっけ?」
「……」
キョロキョロと周囲を見回すと、宵さまは、大きなため息を吐いた。そして、少し屈んで私を抱きしめなおした。
「よ、宵さま?」
痛いくらいの拘束で、頭の後ろに手を回され、隙間なく密着している。
宵様の呼吸も、匂いも、力強さも感じて、ドキドキする。
「これは……どういう……」
宵さまの腕の中で、もぞもぞ動いたけれど、ちっとも拘束は緩まない。
「……お帰り」
震える声の一言に、胸がぎゅっと締め付けられた。
抱く力は強いのに、手袋越しでも震えているのがわかる。宵さまでも怖い事があるんだ。頭の中で、ぼんやり思った。
そして、宵さまは、ひときわ大きく息を吸い込み、もう一度、優しく言った。
「おかえり、絹子」
「……」
呼ばれているのは、私の名前じゃないのに、私だ。そう感じた。
「た、だいま?」
私が答えると、腕の拘束が緩くなり、お互いの顔が見えるくらいに離れた。
宵さまが、笑っている。その目が潤んで、オイルランプの炎で輝いている。闇と夕焼けが混じったような陰影が、幻想的で美しい。目が離せない。
「どこか、体に変わりはないか?」
「えっ……喉がカサカサしますが」
「……そうか」
まだ、私は現状が理解できていない。
何がどうなっているのか。頭の中は霞がかっている。ただ、必死に宵さまを見つめた。
一つも見逃さないように、私を観察している宵さまに、何か言わないと。
「えっと、頭がクラクラしてたのは、治ってきました。うん、元気かな?」
「ならば、君に口づけてもいいか?」
「は?」
あまりの展開に、私は目を見開いて、宵さまの大きなお口を見た。薄い唇は、なぜか切れて血が固まっている。髪も乱れているし、ワイシャツの襟元も暗いシミがついている。
な、なぜ?
私が狼狽えている間に、甘く蕩けるような眼差しで、首を傾けた宵さま。
やめなさい、その色気ある伏せた目!
な、なに?
どういう事ですか!
そっと近づいてくる唇に、手を当てた。
「ちょ、よ、宵さま、口切れてますよ」
私の手を見下ろしながら、少し不満げなお顔をした宵さまは「あぁ」と、どうでもよい事のように答えた。
「手当した方が良いですよ」
恥ずかしくて、顔を反らした。しかし、痛いほど視線を感じる。
「放っておけば治る」
「えー、地味に痛いと思いますよ」
何とか空気を変えようと頑張る、私。
「痛くても、君と口付けたい」
「……」
な、なぜ、今日はガンガン攻め込んでくるのでしょうか。
今まで、のらりくらり、かわせていたのに!
恐ろしくて、宵さまの方が見られない。
「あの~、その……こういうことは、段階を踏んでといいますか、恥ずかしくて無理といいまか、私なんかが宵さまと、恐れ多いといいますか」
「恐れ多いとは、そういう意味だったのか……」
「え?」
多分、馬鹿みたいな顔で見上げた私と、私の手を握りながらニヤリと笑う宵さま。
ちょ、なんか、強つよな雰囲気が出てる。
いつもの、何となく遠慮がちの宵さまが、破竹の実業家になってる。
「では、愛の告白からすればいいのか」
「は⁉」
「私は、君を愛している。私の物は全て君に捧げる」
なっ、何だ、この逆ジャイアニズム!本当に宵さまはどうなってしまったのか。
私は心配になって、宵さまの手を振り払い、その遠いおでこに手を伸ばした。うん、熱はなさそうだ。
「結婚してほしい」
「え、してますよね?」
「あぁ、していない」
「ん~?」
「もう一度しよう」
まさか、これは、中身が違うことがバレている⁉
え? バレるとどうなるの? もどっちゃったりする? 嫌だ、皆と一緒に居たい。離れたくない。
「絹子でございますよ」
きりっとした顔で澄ましていったけど、ちょっと泣きそうで情けなく眉が下がった。
「あぁ、私の愛する、裏絹子だろう」
ふって鼻で笑うのやめて欲しい。好きすぎる。
「ただの絹子です」
「そうだな」
「ちょっと、記憶がないだけです」
「あぁ」
「ちなみに、えっと、七五三から記憶が――ないかなぁって、どれくらい経ちました? 私、あそこで倒れて、運ばれました?」
首をひねりながら、宵さまの反応を探った。
「なぜ、そんなことを聞くんだ。絹子は気にしないだろう」
「あ、そうですね。まぁ、気にしませんけど」
本当はすごく気になる。怖い。知らない間に何があったのか。
もしも、本当の絹子に戻っていたら?
何の拍子で、また私になれたとか?
だとすると、いつまで、また私で居られるのだろう。
考え出すと止まらなくて、俯いて唇を嚙み締めた。
「安心しなさい。問題ない」
優しく肩を抱かれて、顔を覗きこまれた。
「でも、あの……」
「君は、何も心配しなくていい」
小さく頷いた宵さまは、幼子をあやす様に微笑んでいる。その瞳は、優しさに溢れている。
聞かなくてもわかる。私を大切に思ってくれている。
心臓が痛い。
苦しい。
私も、貴方が好きです。大切なのです。
そっと、手を伸ばして、宵さまの頬に触れた。薄い頬は、冷たかった。
私の手に顔を寄せる宵さまが、愛しくてたまらない。
もう、キスしようかな。動悸で死ぬかもしれないけど。
「あ、なのですね。く、くちづけ? しようかなぁと思うんですけど」
「ああ」
嬉しそうに頷かないで。
「恥ずかしすぎるので、カッコいい感じは駄目です。こう、何と言うか――いち、にの、さんでしましょう」
「……」
真顔で思考停止しないで。
「やめましょうか?」
「いや。それで良い」
まさかの賛同をしてくれた宵様が
「いち、に」
勝手に数え始めたので、私は飛び上がった。
「ああ! 待ってください! 心の準備!」
さんで、キスされた。
殺されました。
魂が、ピンポン玉みたいに、体を弾けまわったけど、なんとか留まりました。
「宵さまの――お馬鹿」
動悸の治まらない胸を押さえて、恨みがましい目で見上げた。
□□□□
次の日、なぜか宵さまの私室のベッドが廃棄されました。
それは、どういう意味でしょうか!!
尋ねる私に、肩を上げて答えない宵さま。
「そろそろ、子供部屋を作るべきだと思うが、君はどう思う?」
「まだ、早いと思います!」
「そうか、では今日ではなく、明日にしよう」
「ちょっ……」
テンパる私に、子供たちが、綺麗な石をくれました。
「ありがとうございます! とっても、綺麗です」
「母さまが、元気になってよかったです」
「さみしかったです」
嬉しくて抱きしめたら、二人が泣き出してしまい、なんだか分からず謝り続けた。
私は、病気で寝てたのかな? 隔離の為に宵さまの部屋に? 汚染されたベッドが廃棄されましたか?
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「母さま、ふくしゅーってなに?」
首をかしげて質問する貴世実さん。きょとんとする、宵さまと博弥さん。
「何でもありません」
もう、心配なさそうな、気がします。
めでたし、めでたし?
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