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いつもの所で
しおりを挟むそんなこんなで、徐々に仲良くなった僕らは、学校では親友と思われるほどになった。
先生たちも『不知火の事は、木ノ下つばめに』という認識を持ったようだった。
「不知火くんが、一学期を無遅刻無欠席で終えるなんて、木ノ下のおかげだ!って先生に抱きつかれちゃったよ」
僕らは、一学期の最終日、今日も一緒に下校していた。
鍵盤ハーモニカを握る手が汗を掻いている。背中のランドセルも暑くて重い。
今日も身軽で涼しげな格好の不知火くんが羨ましく思えてきた。彼は、鍵盤ハーモニカも鍵盤部分をむき出しでリュックに入れて、ジャバラはジッパー付き袋に入れてた。いいな……。
「……抱き……ん…抱き?」
「そういえば、不知火くん通知票どうだった?」
僕は、鍵盤ハーモニカを不知火くんに押しつけて、彼のリュックを漁った。
既に変な所で折れている通知票を開いた。
「…おい……さっきの…抱き…」
「うっわぁ…テストの成績凄く良いなぁと思ってたけど、全部良いんだ…すごい…不知火くんって実は何でもできるよね…」
通知票をまっすぐにして、リュックへと戻した。
勉強だけでは無く、スポーツも出来るし…良いのか悪いのか…僕には何とも言えないけど、不在がちなお母様にかわり、自分で何でもやって暮らしている。時々、家政婦みたいな人も出入りしているけど。
「…別に…」
「夏休みも遊びに行って良い?」
鍵盤ハーモニカを受け取るために、手を伸ばした。
「……駄目だ……アイツが来る」
「アイツ?」
「……」
僕の頭の中に、熊倒しのお父様の笑い顔が浮かんだ。
「あっ…お父様が帰ってくるんだね!それは邪魔できないね」
聞いて良いか分からずに、聞けてないお父様の話。
アメリカに住んでいて、春とか夏とかだけ現れるんだよね。
何している、どんな人なのか。
「…そうじゃない……気が向いたら………行く…待ってろ……」
僕の胸に鍵盤ハーモニカが押しつけられ、不知火くんが走り出した。
えっ…、今、まさか…不知火くん。
ちょっと……デレてくれた!
僕の目の前が、パァァっと光り輝いた。
嬉しい、とっても嬉しい。
「待ってる!待ってるからね!」
僕は飛び跳ねながら、不知火くんの背中に手を振った。
□□□□
夏休みに入って間もなく、我が港町に不知火くんのお父様がやって来た。
いや?帰って来たというべきなのかな?
それに合わせて、冒険家のお母様もチラチラお店などでお見かけするようになった。
僕は、不知火くんと遊べなくて、少し寂しいけど、スーパーで親子三人で買い物をしている姿を見かけて…不思議と嬉しくて涙が浮かんでしまった。
「…お前…なに泣いてんだよ…」
そんなに広くない店内だったので、すぐに見つかってしまった。
上下のカゴが溢れそうなカートを押している、お父様は遠目でみるよりも、もっともっと…ビックサイズ!だった。商品の棚から頭飛び出てるのでは?
「…おい、ばか鳥…」
「……」
不知火くんのお父様の大きさと、筋肉に覆われた厚い身体と、あちらこちらの傷とタトゥーに圧倒された僕は、呆然と見上げている。
「…おい!どうした」
「うわぁ…」
不知火くんが、僕の目の前でパチンと指を鳴らした。
「…ご…ごめん…なんか…嬉しくなっちゃって……はは……こんにちは」
ごしごしと手の甲で涙を拭ってから、ご両親に挨拶をした。
改めて見ると、厳ついお父様の目は、笑い皺があって優しい雰囲気だ。
手ぶらのお父様の隣に立つお母様は、スーパーなのに山登りみたいな大きなリュックを背負っている。タンクトップに短パンにトレッキングシューズで、綺麗な筋肉に覆われている。背も高いし、僕より髪が短くて、カッコ良い女性だった。
いつも綺麗なスカートを履いている、ふわふわした家のお母さんとは、タイプが正反対だ。
「ケント!フレンドあったか!こんにちわ!」
「こんにちわ!可愛いいわ!こんな可愛いお友達が居たの?」
背の高いお二人が、しゃがみこんで僕を取り囲む。
「あっ…あの…えっと……つばめです!よろしくお願いします!」
かばんを抱きしめて、直角に頭を下げた僕の前でお二人が英語で何やかんやと盛り上がっている。
ちらっと顔を上げると…
「うわああぁ!」
高い高い状態で、軽々と持ち上げられてしまった。
天井に頭がぶつかりそう。
蛍光灯の上のホコリが見える。
お父様に悪意は無く、キュートとか何とか言っている。
「おっ…おい!離せ!」
不知火くんの蹴りが、お父様のふくらはぎを攻撃している。
「ゴメンナサイ」
息子の怒りに気づいたのか、僕はそっと降ろして貰えた。地に足がついても、ふわっとした感覚が少し残っている。
それにしても、高かったなぁ。そして大きな手だった。さすが熊を倒す人だ。
「行くぞ…」
「えっ……ちょっと…不知火くん……待って」
お父様を見上げていると、不知火くんに手を引かれ、その場から連れ出された。
お父様とお母様は、にこやかに僕らを見送っていた。
暫く不知火くんの足は止まらず、僕らはスーパーから出て、防波堤までやって来た。
「……」
僕を、ここまで連れてきた不知火くんは、なにも言わずに小石を海に蹴り込んでいる。
「……」
僕も、その隣で石を蹴り始めた。
本当は、不知火くんのお父様とお母様について話したいけど、僕も自分の両親について友達に話されると、何だか照れくさいから、黙っていた。
でも、これだけは聞かないと!
「不知火くん、いつ僕のことを迎えに来てくれるの?」
「っ!」
夏休みに入って、もう8日経ってしまった。
不知火くんは来てくれなくて、暇だし宿題のドリルは終わりそうだよ。
つい、窓の外ばかり見てしまうし。
「……いつも……途中まで、行ってる……」
「えっ?」
途中まで?
えぇ…じゃあ、僕が途中まで行けば会えるのか!
「ごめんね、明日は僕も行くから、途中で待っててね」
「……いつもの…ところな…」
体の向きを変えた不知火のビーチサンダルが、じゃりっと地面を擦り、ざっざ…と走り出した。
「うん!いつものところで」
僕は、防波堤で不知火くん背中を目で追い、スーパーの前でご両親と合流した彼らをみて満足してから、家へ帰った。
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