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絶対絶命
しおりを挟むあれから毎日のように、僕らはいつもの分かれ道で待ち合わせ、一緒に遊んだ。
今日は、ラブも連れて防波堤の所で釣りをする。お空が曇っていて、涼しくて丁度良い。
「ラブ、落っこち無いように気をつけてね」
電柱くらいの小さな燈台の出っ張りに、ラブのリードをつけて、お水を置いてあげた。丁度日陰になっている場所で良かった。
キョロキョロと周りを見回して、誰も居ないのでリードは、少し長めにした。
「わん!」
分かっているのか居ないのか、嬉しそうにキラキラした目で僕を見上げている。
ラブは水が苦手だから、海に入ったりしないだろうけど。
「……用意しておいた…」
ラブの頭を撫でていた僕に、不知火くんが声をかけた。
本格的な釣りではなく、あくまで遊びなので、不知火くん特製の針金ハンガー釣り竿だ。
その先の紐に…どこかでとってきてくれた、あのニョロニョロの虫をピンセットでつけてくれた。
魚を釣った気持ちになりたいだけだから、口に刺さる釣り針も無い。
透明度が高いから、餌を食べる魚が見えて楽しい。
「ありがとう」
不知火くんにお礼を言って、竿を受け取った。
「……」
お礼を言われるときの彼は、大体そっぽを向いて唇を噛み締めている。照れているんだよ、とっても可愛い。
「来たよ…様子を見てる」
「あぁ…」
「あっ!食べた!あぁ……残念、持ち上がら無かった」
「…ふ……下手くそ……貸せ、餌つける」
僕らが、楽しく釣りをしていると、海岸の駐車禁止のところに、黒いワンボックスの車が止まった。
この付近のナンバーじゃない。そして…車体が所どころ凹んでいる。擦ったような大きな傷も有る。
「……」
不知火くんも眉を潜めて車の方を見ていた。
「くっそぉ…なんだよ、カーナビおかしいんじゃねーの」
車からは3人の男性が降りてきた。
「やっぱりビーグルアースの方があってたんじゃないか」
「じゃあ言えよ、そっちじゃねーって、もっと早く!」
3人は、テレビで見たことがあるような…チャラチャラした感じの人たちだった。
着崩した洋服に、重そうなアクセサリー、傷んだパサパサの髪の毛。唇にピアスついている人も居る。
「あぁ…疲れたぜ……おぉ海は綺麗じゃん!写真取るぞ!」
男の人たちが、こちらに歩いてくる。
僕は何となく嫌な感じがして、ラブのリードを柵から解いて引き寄せた。
不知火くんが、竿を置いて、僕らの前に立った。
「おー少年たち、こんちわー」
何が楽しいのか、お兄さんたちはニヤニヤ笑っている。それが、ちょっと気持ち悪くて怖い。
不知火くんのお父様も見た目は怖い方だと思うけど…全然違う、雰囲気とか、目付きとか。
「……こ…こんにちわ…」
とりあえず、挨拶を返して、彼らが早く行ってしまう事を祈った。
「……」
後ろからでも不知火くんの、怒ったような雰囲気が伝わってきた。
「なになに…少年…怖い顔しないでよ…」
「まじウケる…メチャクチャ警戒されてんじゃん、お前のピアスのせいだろ」
「うるせぇな……」
二人のお兄さんが、僕らに話しかけ、一人は海の写真を撮っている。
「お前ハーフなの?綺麗な髪の色じゃん」
髪の毛が半分金髪になっているお兄さんが、不知火くんの髪に触れた。
「やめてっ」
何だか凄く嫌な気持ちになって、僕は不知火の髪を触った男の手を払った。
やってから怖くなって、心臓がギューっとなる。でも、嫌だったんだ…。
少し振り返った不知火くんが、驚いた顔をしている。
「…痛ぇ……おい…ガキ……って、お前、可愛い顔してんじゃん」
男の手が、今度は僕の頬に向かってきた。
「触るな!」
「わんわんわん!」
不知火くんが、男の脛を蹴り、ラブが吠えかかった。
「うわっ」
よろめいた男が、写真を撮っていた男に倒れ込む。
二人は転倒こそしなかったけれど、唇ピアスの男の手から、スマホが落ちて、コンクリートの上をクルクル回り、海へと落ちた。
「ふっ…ふざけんじゃねーぞ!」
体勢を立て直したピアス男が、ぶつかった男に掴みかかった。
僕は、怖くて…ぎゅっと体を強張らせた。
お父さんは、僕に怒鳴ったりしないし…学校の先生も優しい先生ばかりだから…。
「ちがっ…この…ガキのせいだよ!」
半分金髪は、情けない声で叫び、僕らを指差した。
ピアスの男が、ギロッとこちらを睨んで、掴んでいる男を乱暴に突き放した。
「どうしてくれんだ!ああ?!」
怒りを顕にしてやってくる男が怖くて、何とかして不知火くんとラブを守らないとっと思うのに、体が震えるだけで一歩も足が動かない。
「知るか!」
僕を背に庇うように、不知火くんが男に向かって一歩踏み出した。不知火くんは、少しも怖くないみたいで、僕は自分が情けなく思えた。
「なんだ…その口の利き方は!くそ生意気なガキが!」
「…」
ピアスの男は、不知火くんのTシャツを掴み引き寄せた。
不知火くんは恐れる事も無く、男の顔をまっすぐに見て、相手を鼻で笑った。
「この野郎!馬鹿にしやがって!」
男の拳が、不知火くんの顔を殴った。
不知火くんの体が衝撃を受けて、ふらついたけど、すぐに彼は男に向き合った。
「不知火くんっ」
僕は、ラブのリードを離して不知火くんに抱きついた。
「っ…離せ…つばめ…」
男の腕が再び振り上げられたのを見て、僕はギュッと目を瞑った。
「くそっ…」
不知火くんが、僕を腕に抱き込むように体勢を変えた。
すると…
キャン…キャン…
ラブの鳴く声が聞こえてきた。
男も殴るのを止め、僕らはラブの鳴き声の方を見た。
「ほら、犬…熊谷さんの携帯を取ってこいよ!」
剃り込みの入った坊主の男が、ラブのリードを無理矢理引っ張っている。
水が大っ嫌いなラブは、一生懸命前足を突っ張っている。
半分金髪が、その様子をケラケラ笑って見ていた。
「やめてぇ!ラブは泳げないの!」
僕は、ラブを助けようと走り出した。
「っ!待て…つばめ……くそっ!離せ!」
不知火くんは、ピアスの男に腕を掴まれ、暴れている。
「飼い主の責任を取って来い!」
男が、ラブのお尻を蹴って海へと突き落とした。
僕は、目の前で起きている事が、信じられずに目を見開き、涙がポロポロ流れた。
「ラブ!!」
防波堤の先端に走り寄って、海を覗き込んだ。
ラブは恐怖でメチャクチャに暴れていた。
「ラブ!おいで!ラブ!」
僕は、目一杯ラブに腕を伸ばして、浮いているリードを掴もうとしたけど、届かない。
大人の手なら届きそう、そう思って縋るような気持ちで男達を見たけれど、彼らは腹を抱えて笑っていた。僕は、信じられないような悪意に絶望した。なんで…どうして、こんな事ができるのだろう。
「…つばめ!ラブ!この野郎!!」
羽交い締めにされた不知火くんが、男の腕から抜け出そうと藻掻いている。
きゃいん きゃいん
「ラブ!ごめん…今助けるから!」
僕は、意を決して海に飛び込んだ。
思ったよりも服が海水を含んで重い。そして…知っていたけど、ここは足がつかない。
頑張って水を掻いて、ラブの近くに寄っていくと、必死なラブが僕に縋り付いてきた。
僕と背丈が変わらないラブに乗りかかられて、僕は頭を海面に出すことが出来なくなった。
「…ぅ…」
どうにかして…ラブを…助けないと。
そう思うけど、いつものラブだって重いのに、水に濡れて更に重く感じるし、夢中でバタバタと引っ掻いて来る前足が痛い。
苦しくて
重くて
痛い
でも、ラブを助けたいよぉ。
僕が3歳の頃からずっと一緒に居る家族だから!
「頑張れよガキ、溺れちゃうぞぉ」
「つばめっ!つばめ!今行く!待ってろ!」
笑って僕を見ている男を押しのけて、血を流している不知火くんがやって来た。
躊躇いなくTシャツを脱ぎ捨てた不知火くんが、海に飛び込んだ。
「つばめっ…」
不知火くんが泳いで、こちらにやって来る。
僕は、もう苦しくて、仕方なかったけど、一生懸命手を伸ばして、ラブのリードを不知火くんに渡そうとした。
「つばめ!一度ラブを離せっ」
「っあ…うっ…」
僕の場所まで泳ぎついた不知火くんは、ラブの首輪を掴んで僕から引き離した。
ラブっ…
後ろから僕を抱きしめた不知火を、振払おうと思ったけど、苦しいのと疲れたのもあり体が重くて、思うように動かない。
僕という、しがみつく物が無くなって、ラブがまた暴れ始めた。
「……ラ……」
ラブに手を伸ばしたけれど、不知火くんが僕を引き泳ぎだした。
「くそっ!おい!お前ら!つばめを引き上げろ」
防波堤に僕を上げてくれようとしたけれど、その高さは1メートル以上あり、水を含んだ体は重い。掴まる所も無い。
「はっ…それが人にものを頼む態度かよ…」
「ちゃんとお願いしてみろよ」
「助けてぇってな……あははは」
3人の男は、こんな状況でも楽しそうに笑っていた。
僕は、涙が止まらなかった。
こんな…こんな人たちのせいで……僕の大事なラブと不知火くんが、こんな事に…。
「…つばめ…大丈夫……泣くな……お前は…死んでも守るから」
僕を抱きしめた不知火が、何か言ったけれど、波が僕たちの顔をパシャパシャと侵食して、よく聞き取れなかった。もう…不知火くんに抱きつく力も無くなって、意識がぼんやりして来た。
「お願いします。こいつだけで良いから引き上げて下さい」
「あはは!随分可愛くなったじゃねーか!でも残念だったなぁ、俺お前に噛みつかれた腕が痛くて動かねーわ」
ピアスの男が、防波堤の上から砂を蹴った。
「この……」
僕を抱く力が、ぎゅっと強くなった。
「おっ…良いのか?ワンちゃんも大分お疲れみたいだぜ」
「頑張れよ犬!犬かきしろよ」
ラブ……ラブの…所に行かないと……でも…足が動かない…腕が……
誰か…助けて……
「助け…て……ラブ、と……しら、ぬい…くんを……」
泣きながら、振り返り、防波堤を見上げた。
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