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ポチという名前
しおりを挟む「ねぇ、豹兒。ちょっとゾンビの人、見てきてよ」
「……なんで」
裏口の方から入り、屋上までやって来た。中庭があるせいで、屋上の広さは建物の三分の一くらいになっている。
どうやらゾンビかと思った美形は、中庭でジフとレッドと話をしているみたいだ。
金網のフェンスに顔を押しつけるけれど、ちょうど見えない位置に居るみたいで彼らが何をしているのか分からない。
「……ポチ危ない」
フェンスに張り付く俺の腰を抱いて、豹兒が後ろに下がる。
その顔を見上げると直ぐ近くに艶々のほっぺたがある。思わず吸い付きたくなるこの衝動は何なんだろう。恐ろしいウィルスだなBLウィルス。
「名前だけでも聞いてきてよ」
両手を合わせてコクンと頭を下げてお願いしてみると、表情筋は動いていないけれど、豹兒の顔が曇った。ちょっと、どんよりした空気が流れていると思う。
「……なんで、そんな、気になるの」
「…え」
何でって言われると、中々言葉にはして説明しにくいんだけど。
「見たことある気がするっていうか……知ってるのに思い出せない人に会ったような……」
んんー、と俯くと、豹兒の胸に頭が埋まる。あっ……これが『雄っぱい』
レッドやジフよりも小ぶりだけど、張りががある気がする。
いや、ちょっと待て、これがセクハラか!慌てて首を引いた。すると俺のおでこに付いてきた豹兒の黒いロンTが、豹兒の胸へと戻っていった。
「……やっぱり記憶喪失の前の知り合い?」
「いや……どうなんだろ。だからさ、ね。名前聞いてきて」
「……嫌だ」
豹兒がプイッと反対方向を向いた。
何だ……可愛い。何だか凄く可愛い。なんで!?
「そこを何とか!気になるんだよ、喉に刺さった魚の骨が3日とれないくらい!」
「……抜いてやる、口、開けて」
豹兒の顔が此方向きに戻ってきた。綺麗な黒目にジッと見つめられ、腰を抱いていた手が離れて、顎を掴まれた。
「そーじゃなくて!」
豹兒の腕をはたき落とした。
「ここまで出てきてるのに、思い出せない!もう少しで思い出しそうなのに」
自分の喉をチョップのように叩いた。
まじで、気持ち悪い。すっきりしたい。
「……思い出さなくて良い」
やけに真剣な顔をした豹兒に手を握られた。
「なんで?」
「……」
ふっくらした唇を噛みしめた豹兒は、沈黙した。
何か言いにくい事を黙っている感じは何なのだろう。
「豹兒?」
「……レッドが…言っていた」
「ん?」
「記憶喪失になった人間が、記憶を取り戻すと……記憶が無かった間のことを忘れる」
「いやいや!そんな事無いと思うよ。そんなオン、オフのスイッチじゃないんだから!レッドの情報って漫画出典だから全部信じちゃ駄目だよ!」
握られている手を上げて、豹兒の艶ほっぺをぺちぺち叩いた。見た目はモチモチ肌だけど、かなり搾った体しているから、弾力が無い。残念。
「……」
豹兒、俺に忘れて欲しくなかったって事?えっ……キュンじゃん。俺達、もう熱い友情で結ばれている??それともグループは家族的な?
「ポチ、腕輪どこ」
俺が感動でジーンとしていると、掴んだ俺の腕を豹兒が睨み付けている。
おぉ…豹兒って女子のアクセサリーとか髪切ったとかに気がつけるタイプの男子?流石イケメン。
それを、発揮できる事はないけど……女性が滅亡してしまったから。
「ああ、あれね。ジフにお守り作るのに使った」
「は?」
地獄のような低い声が目の前の男から聞こえてきた。
あれ?さっきまで可愛い感じだった豹兒は何処へ??
「だから、ジフが撃たれたり刺されたりしそうな時に、カキーン!てなるようにお守りを……」
「ポチ……頭悪いの?」
「うっ……」
いや、確かにそうだけど。あれ?これこそ漫画出典じゃん。レッドのこと何も批判出来ない。
「返して貰ってくる」
ふんって鼻で笑った豹兒が俺に背を向けた。
「ちょっと待って!良いから!別に良いから返してくれなくて!いいの、お守りは気持ちだから。持ってて欲しいんだよ」
「……気持ち」
顔だけ振り返った豹兒に、ギロリと睨まれた。
えっ……ここに来て嫉妬?ジフは俺のもの的な嫉妬ですか?
「他に何か入れたの」
「えっ……変なもの入れてないよ!髪とかそういうのは全然。入れたのは防御力有りそうな鉄屑みたいなそういうの!腕輪もソレで入れただけだよ!」
「……じゃあ腕輪だけ抜いてくる」
「嘘ぉ……あっ!じゃあもうそれでいいから、名前は聞いてきてね!」
「……」
豹兒は何も答えずに、屋上を立ち去った。
□□ 豹兒視点 □□
ポチを見ていると、凄く落ち着かない。
イライラする事もあるし、面白くて笑いそうになることもある。
今までずっと感情を表すことは抑えてきた。世の中の人間は皆、自分よりも年上で大人だった。
生き残るにはニコニコしながら大人の庇護の元にいるか、精一杯突っ張って強くなるしかなかった。
俺には、愛想なんてないし、誰かの言いなりになるなんて、まっぴらだった。
だから、子供っぽく怒ることも、泣くことも、笑うことも抑えて、全てを睨むように生きてきた。
なのに……怒って泣いて、良く笑うし、媚びるわけでも無く、素直に感情を表すポチが異質で、気になって仕方なかった。
記憶がある中で、初めて見る、俺より小さい人間だ。
俺の弟分。俺が面倒を見る存在だ。俺が守らないといけない。たった一人の大事な弟分だから。
「……」
ポチは絶望的に弱かった。
まず見た目からして、強いとは思ってなかったが……酷かった。
戦えないにしても、いざという時の為に鍛えておかないと、逃げることも出来ない。
そう思って一緒にトレーニングを開始した。
誰かに指導をするなんて初めてだった。正直……ジフが邪魔だなと思った。
ジフには感謝しているし、尊敬しているけど、初めて、あっちに行ってくれと思った。
なんだ、この感情は。ジフは誰よりも強くて、ポチの指導に邪魔じゃないはずなのに。意味が分からないかった。
そして、その夜……事件が起きた。
まさか、ポチのおしっこを見て、アソコが腫れるとは思わなかった。
年上なのに、弟分のポチに弱いところを見せるなんて、かっこ悪すぎる。絶対に言えないと思った。
ただ……ポチの性器を見て、ポチが俺に近づいて来て……俺のモノに触れたら、もう自分の中で衝動が抑えられなくなった。
俺は性器を触られて、舐められながら……ポチに暴力的な衝動を抱いた。
ポチに噛みつきたいような、締め上げたいような、泣かせたい気持ちになった。俺は最低な奴だ。こんな華奢で弱いポチに酷い事をしたいなんて……自分が許せない。
それに……俺もポチの性器を舐めたり、擦ったりしたかった……なんだこれは……俺は変なのか?おかしな奴だったのか?
もやもやする。
心が、頭が、体が凄くモヤモヤする。
性器が病気じゃ無かったのは、良かったが、俺は新しい問題を抱えることになった。
毎晩、毎晩。もやもやした。
前よりも性器の腫れの頻度が格段に上がって……人気の無いところで処理した。
その度に、ポチの事ばかり思い出して、ポチに酷い事をしたい衝動と戦った。
ポチに嫌われたくない。良い兄貴分でいたい。ポチに頼られて喜ばれたいし、ポチがニコニコしているのが嬉しい。
だから、ちゃんと良い兄貴分でいるんだ。
「ポチは?」
レッドと畑仕事をしているはずだったポチが居ない。
「あぁ、ジフとお風呂の用意に行ったよ」
「……」
鳩尾のあたりに焦げ付くような不快感を感じた。
レッドに背を向けてポチの元に走る。
そして、そこで裸でポチの上に乗り上げているジフを見て、俺は無意識に刀を抜いていた。
ジフがポチに、俺が考えるような酷いことをしようとしているのかと思った。ポチを動けないくらいに拘束したり……密着して噛み付いたり。
どうやら誤解だとわかったけれど、その後もポチがジフの髪を拭くのも、見ていたくなかったし、ジフの髪に触れるのも嫌で、ゴムを取り上げて、俺がやった。
ジフが、その場からいなくなってくれて、なぜだか嬉しかった。
その日の夜の見張りは俺だった。
「……ぅ……くっ………ポ……ポチ」
ポチの顔、ポチの声、ポチが触れてくれた手を思い出して、性器をいじる手が止まらなかった。
俺の頭の中は、ポチで一杯だった。
次の日は、ジフのゾンビ退治の用意のため、俺達は武器の用意や手入れを行った。
試し撃ちや切れ味の確認もするし、危ないからポチには敷地内の畑作業をしていて貰うことにした。
武器庫にしている部屋から、弾薬などを取り出し、レッド達に運んだ。
その後、俺はジフのバイクを整備してポチの様子を見に向かった。
「ポチ?」
畑に居るはずのポチが居ない。抜かれた雑草がそのまま置かれている。
どこへ行ったのだろうか?辺りを見回し、耳を澄ませた。
空き地の方から、物音が聞こえる。
「まさか……外へ?」
胸がざわついた。
敷地の外へと掛けだして、空き地へと急いだが、そこにもポチの姿は見えなかった。
「ポチ!ポチ!!」
なぜだか呼吸が苦しい。気持ちが落ち着かない。
俺は掛けだして周囲を走り回り、ポチの姿を探した。今朝この周囲を走ったときにゾンビの気配は無かった。しかし、アイツらは神出鬼没で、人間の匂いを探し移動を繰り返している。
もしも、ポチがゾンビに遭遇したら?
ポチが持っている銃は軽量で扱いやすいが、射程距離は狭い。そもそも、ポチが遠くから銃を撃って当たるはずが無い。至近距離に来られたらお終いだ。とにかく逃げ切るしかない。
くそっ!
途中、ジフ達であろう銃声がしたが、俺は必死にポチの姿を探して走り続けた。
そして、ポチが現れて……ポチの腕に噛み跡のようなものを見た時には……血の気が引いた。
ポチが……ゾンビになる?
俺はポチに詰め寄って、問いただすが、ポチは怯えて答えない。
「ポチ!!」
嘘だと言って欲しかった。
普段なら、問いただす事もなく、疑わしい人間は処理する。それくらいでないと、この世界では生き残っていけない。
ナイフを構えるが、振り下ろす事ができない。
「ちょっと!待って!ゾンビじゃないの!自分で噛んだの!嘘じゃないから、殺さないで!」
ポチが震えながら片腕で顔を覆いながら否定した。
よく、冷静になって見れば、腕以外には何もなく、ゾンビに襲われたとは思えない。
そんな事も分からないとは、俺は……どれだけ焦っていたんだ?
「あ゛ー!!」
くそぉお!くそっ!!何だ!俺は一体……どうなっている!?
なぜ、こんな弱く、馬鹿みたいになっているんだ。生きていくのに一番重要な冷静さは何処へ行った?
もし、ポチが本当にゾンビに噛まれていたら?
俺はポチを撃てるのか?
ポチが、今まで殺した仲間のように、恐怖に彩られ絶望した顔で俺を見るのか?
いつまでも手に残る、仲間の首を斬り落とした感覚と、音が蘇る。
ポチを、殺す?
ポチが死ぬ?
それまで、一緒にいたポチの存在が消える。想像するだけで、世界で一人になった気分になる。
今まで、ずっと隠してきた……これは、寂しい……悲しいという気持ちだ。
嫌だ。俺はポチを失いたくない。
俺は、きっと……その時が来てもポチを殺せない。
ポチは、俺にとって、他の人間と違う存在になった。ポチは……俺の特別だ。
その後、工場に戻り、ポチの腕輪を奪還しに、ジフの元へ行くことになった。あの腕輪は、ポチの唯一の持ち物だ。なぜ、それをジフに渡すのだろう。気持ちって何だ!
また、鳩尾が焦げ付いている。
しかも、ポチがやたら外見を褒める来訪者が気になる。
一体、ポチの何だったんだ。
「……ジフ」
中庭まで来ると、ジフとレッドは、思い思いの場所に座って、来訪者と談笑していた。
「おぉ、豹兒。どうした」
花壇だった場所のコンクリート部分に座っているジフが、俺に向かって手をあげて笑った。
これも、ポチが来てからの変化だ。ジフもレッドも、ポチが来てから良く笑う。このグループの空気が明るくなった。
「……」
俺は、視線だけでベンチに座る来訪者を見た。相手は、恐らくジフよりも背の高そうな、輝く顔面の持ち主だった。
正直、そこらへんに落ちているマネキンよりも造形が整っていると思った。俺の視線に気がついた相手が、会釈をしながら微笑した。
「豹兒…この人、兄貴とゾンビ退治に行く、蒼陽さん。メチャクソ美形でビビるよな!!」
レッドが立ち上がり、側まで寄ってきて俺の肩をバシバシと叩いた。
俺はレッドやジフのようにテレビというのを見た記憶が無い。だから、凄く整った顔の人間というものがよく分からない。よく、お前は美形だとか顔が良いと言われたが、ピンと来なかった。ただ、この男が美形で顔が良いというのは、俺でも分かった。ポチが可愛いのと一緒で、理屈なしで理解できる。おそらく俺より幾つか年上だろう。
凄く落ち着いている雰囲気だ。俺の斜に構えたような無口とは違う、静かに微笑んでいるタイプだ。
何度か見たことがある、優しすぎる為に……他人のために死ぬ人間だ。
「…どうも」
軽く頭を下げて挨拶をしたら、相手は立ち上がり歯を見せて爽やかに微笑んだ。
なんだろう……この男のことを全然知らないけれど、好きにになれそうも無い。
「君がジフの一番弟子の豹兒くん?確かに凄く俊敏そうだし、強そうだね」
「だろ。まだまだ伸びるぜコイツは!それにウチのビジュアル担当だ。アンタと並んでも引けをとらねぇ」
上機嫌で笑って目が無くなっているジフは、立ち上がり俺を蒼陽と紹介された男の横に立たせた。
男はジフよりも背が高かった。つまり俺よりもデカい。
「……」
ジフに強さを評価されるのは嬉しい。ただ、この男の横に立て引けを取らないのは、むしろ……ポチだ。その姿を想像すると、イライラする。
「俺はどうでも良いですけど、確かに豹兒くんは、今まで見た中で一番格好いいですね」
「だろぉ!昔はもっと可愛かったのによぉ。最近はもうすっかり可愛くねぇの。すっかり雄なんだよ。ニョキニョキ竹みたいに背も伸びてるし、もう少しで抜かされそうだぜ」
ジフが俺の肩を抱いて来た。別に嫌じゃ無いけど、嬉しくない。ポチとは違う。
「兄貴!俺のことも褒めて紹介して下さいよ!」
「あ?あー、お前はアレだ。でけぇ弾よけに丁度良いぜ」
「兄貴ぃぃ」
「ふっ」
二人の漫才みたいな遣り取りを、男が笑っている。
「……ジフ、出してください」
俺は、もう紹介は終わったかと思い、ジフに本題を切り出し手を差し出した。
「ああ?」
ジフは、首をひねり俺の肩を抱いたまま、顔を覗き込んできた。当たり前だが、ヒゲも生えているし、傷もあるし、ポチとは違う。あまり近づけないで欲しい。
「……お守り。貰ったでしょ」
「あ?何でだよ」
ジフが離れて半袖のシャツの胸ポケットをあからさまに抑えた。アソコか。
「中にポチの腕輪も入ってます……腕輪だけ返して下さい」
「だーかーら。何でだよ。つーか、そんな大事なもの入れたのかアイツ……まさか俺のこと?」
「……勘違いしないで下さい」
「ちょっと、ちょっと!なんなんっすか、二人して何の話っすか?」
俺とジフの周りをレッドがウロウロとしている。
「……アレはアイツの唯一の持ち物だから、アイツのモノです」
「犬がくれたんだよ。なんでお前がしゃしゃり出てくんだよ……青春か……」
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「なんか、入れた方がいいなら……俺の…」
右耳に付けているピアスを外そうとすると、ジフに「辞めろ、それは気持ち悪い」と断られ、確かに気持ち悪いなと腕を下ろした。
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ジフが巾着から、ポチの腕輪を取り出した。
細いピンクゴールドのチェーンが広がってジフの指にぶら下がった。
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俺が手を伸ばした時だった。
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ジフが手を出して、ポチの腕輪を返せてと顎をしゃくった。ジフも警戒をはじめたようで、蒼陽を見る目に鋭さが増した。
「ポチは生きているんですか!?ここに?」
「あ、ああ…」
腕輪を素直にジフの手に置いた蒼陽が、ジフの両肩を掴んで迫った。彼の目は血走っているし、腕には相当力が入っている。
「あんた……ポチの何なんだ」
俺は、ジフの右肩を掴む蒼陽の腕を掴んで引き剥がし、こちらに向かせた。
「ポチは、俺が……俺達が飼っていた犬です」
その言葉を聞いたとき、俺は完全に頭に血が上った。
ポチが……この男、いや男達に飼われていた、犬だった!?
つまり、鎖に繋がれて……俺にしたような事を、他の男にも無理矢理させられていたってことか!!
初めて本気で人間に対して殺意が湧いた。
そして、ぶん殴ってやろうと掴んでいた腕を離し、拳を握った瞬間に、蒼陽は視界から消えた。
「ジフ!!蒼陽!」
レッドが叫び、ジフに後ろから抱きついた。
あぁ……ジフに先を越されてしまった。俺が殴り飛ばしたかった相手は、ジフに殴られ頬を抑え口の中に湧いたであろう血を吐き出した。
「お前、好青年な顔しておいて、最低野郎だな、ポチを飼うだなんて」
ジフを抑えているレッドが、いつもよりずっと低い声で言った。
「……お前……なんで、捨てたんだ。ポチは一人で生きていけるような奴じゃないだろ!」
俺は蒼陽の黒いライダーズのジャケットを掴んで引き寄せた。
ポチを飼うなんて糞野郎だが、戦えないポチを一人にして捨てるだなんて殺すよりも非道だ。
捨てられたポチの恐怖や悲しみを思うと胸が痛い。一人で彷徨っている間に何かあって記憶を無くしてしまったのか?
「捨てたんじゃない!ポチは、俺を庇う為に囮になった……それから散々探したが、見つからなかった」
「お前……あのポチに庇われたのか?はぁ?下野のやつら自分の所で一番強い奴をよこしたって言ってたぞ、とんだ足手纏いよこしやがって」
ジフが吐き捨てるように文句を言い、イライラとその場を歩く。
「……昔の話ですが……情けない事です。俺にはそんな資格は無いかも知れませんが、会わせてくれませんか、ポチに。あと、ここに来る途中で、見かけたのですが、淡いピンクの髪の青年も此方にいますか?昔、ポチと一緒にはぐれた友人にそっくりなんです」
「ん?」
「……」
「どうゆうこと?」
恐らく俺達三人は、混乱している。
「芳親という青年です。俺と一緒にポチを飼ってました。ポチは、芳親に拾われた柴犬で……」
「ちょっと待て!!」
ジフが俺と蒼陽の間に入り混み、手刀で胸ぐらを掴む俺の手をどかした。
「あー、なんつーか、ポチって何か?あの、ワンワンないて、前足と後ろ足で走る、尻尾のあるタイプの犬か?」
直ぐ横で聞いていても、アホっぽい質問になっていることが分かる。だが、俺達はそれだけ混乱していた。
「え?あっ……はい。クリーム色の柴犬で、その首輪をつけてました」
蒼陽が、いつのまにかジフの手に掛けられていたポチの腕輪を指さした。
俺は、その腕輪に向かって手を出すと、ジフがとって渡してくれたので、ポケットにしまった。
「なんだ、その……俺達には誤解があったみたいだ。殴ってすまない。いや、俺はてっきり……なぁ、そうだろ、レッド!」
「そうっす!兄貴は悪く無いっす。紛らわしい状況が悪いっす」
「どういうことですか?」
「俺達は最近、淡いピンクの髪のポチって腕輪をつけた人間を拾ったんだが、こいつは記憶が無い。だから、ポチって書いてあったから、ポチって名前にして、あだ名的に俺は犬って言ってたわけでな……じゃあ、なにかお前の友人がアイツで、飼ってた犬がポチ。ポチの名前は何なんだ?」
「芳親です。彼は……やっぱり、生きているんですね」
そう言うと、蒼陽の目から次々と涙が流れ出した。その涙が、先ほどジフに殴られて切れた口の端についても、眉一つ動かさなかった。
「……」
胸がザワザワして止まらない。これは、焦燥感というものなのだろうか。
ポチの事が分かったのに、ポチに近づくというより、なんだか遠くなった気がする。
「なぁ、蒼陽。感動の再会なのかも知れねぇが……あいつ今、記憶喪失だぜ、お前のことも何も覚えてないぞ」
ジフが気まずそうに、髪に手をつっこんでボリボリと掻いている。
「そんなことは、良いです。生きていてくれた……それだけで十分です……ここで、大切にされているようですし」
涙と血を拭い、微笑んだ蒼陽のほほえみが、あたたかい表情でとても印象的だった。
それに比べて、ポチに大して良からぬ感情を抱いている自分が、とても醜く感じた。
「まぁ、おもしれー奴だし、アホだけど人懐っこいし憎めねぇよな!うるせぇけど」
そう言って笑うジフも良い笑顔をしていた。
「そうか……今の芳親は賑やかなんですね」
なぜか寂しそうに目をそらした蒼陽を不思議に思う。
昔のポチは静かなやつだったのか?
想像できない。
「豹兒!まだぁあ!?」
「……」
屋上の方からポチの叫び声が聞こえる。上を見上げるが、流石に姿は見えない。
「ほらな、うるせぇだろ」
鼻で笑いながらジフが屋上を指差した。
「本当だ……」
蒼陽は、再び泣きそうな顔をして顔を上げた。
コイツとポチの過去が気になって仕方がない。そんな自分に余計に苛立つ。
「アイツの所に行くか」
ポケットに手を突っ込んだジフが歩きだし、「はい」と微笑んだ蒼陽があとを追った。
二人が中庭から消えると、レッドが近寄ってきた。
「ねぇ、豹兒……強力なライバル出現だね!盛り上がって来たね!」
筋肉質な手で背中をバシバシ叩かれた。
「……なにが」
「ポチとの三角、いやジフも入れると四角関係でしょう!!ふぅ~俺は豹兒推しだよ、頑張ってポチの心を射止めてね」
何を一人で、盛り上がっているんだ、レッドは。
「心を射止める?」
「え?だって豹兒、ポチの事好きでしょ?恋してるでしょ」
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「……そんなの関係無いよ!!豹兒はポチに触れたいとか、キスしたいとか思わないの?他の男がポチに触れたら嫌じゃないの?」
キス……したい?
触れたい?
噛みつきたい……締め上げたい?
この衝動はまさか。
「……」
「それが恋ってやつだよ!漫画のセオリーだと……記憶を無くした恋人同士とかって……主人公とヒーローの設定だから!豹兒…負けないで!頑張れ!」
「……」
いや、まさか。
恋?
いや……そうだ。レッドの漫画脳を信じたら駄目だ。
俺は……ポチを弟分として特別に思っている、違うのか……。
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