あの時、君の側にいられたら 【恋愛小説】

いんげん

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第十四話 キスと秘密

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 数日後、寧々は、研修があったという詠臣と、外で待ち合わせをして食事をした。お店のトイレで、こっそり携帯出来るマウスウォッシュをして、口紅を落として薄く色がつくリップクリームを塗った。
(こんな事をしている自分が、ちょっと恥ずかしい……でも、今日こそは、頬にキスくらいはするの!……どうか、詠臣さんが私を出世の馬としてだけ見ているんじゃなくて、少しは恋してくれていますように!)
鏡に映る自らを睨むように見て、よしっと気合いを入れた。

 レストランを出ると、冬の澄んだ夜空には星が幾つか輝き、駅付近の遊歩道には煌びやかなイルミネーションが輝いていた。
 歩いているのはカップルばかりだった。
「寧々、寒くないですか」
 店から出て、少し歩いてから詠臣が立ち止まり、心配そうな顔で寧々のマフラーを巻き直した。
(優しい……格好いい……素敵すぎます……)
 身長差が大きいため、頭を下げた詠臣の顔が何時もより近くなって、寧々の心臓の鼓動が五月蠅い。
「寒くないです」
(むしろ、とても顔が熱くなりました)

「では、帰りましょう」
 詠臣が微笑み、寧々の腰に手を当てて歩きだそうとしたが、寧々は足を止めて詠臣を見上げた。
(今しかないわ、電車の中なんて駄目だし、家の前も恥ずかしい……今、此処しかない)
 寧々は手をグッと握りしめた。手は寒いけれど詠臣と直に手を繋ぎたくて手袋はしていない。
「寧々?」
「え、詠臣さん! あの……その……」
(もし、これで嫌がられたら、私暫く立ち直れない……でも、勇気を出そう、だって、詠臣さんと……キスがしたいから……)

「寧々? どうしたんですか? 具合が悪いですか? くそっ……やっぱり車で来ればよかった……タクシーを呼びますね」
 寧々は、詠臣が取り出したスマホを取り上げ、左手にギュッと握った。
「大丈夫です。詠臣さん、ちょっと耳を貸して下さい」
「耳?」
 只ならぬ様子で言われ、困惑する詠臣だったが、とりあえず寧々の顔の高さに合わせるように膝を曲げて、体を傾けた。
 寧々の右手が詠臣のすっきりと短く整えられているサイドの髪に触れ、耳を包み込むように少し丸く添えられた。詠臣の目線が左右に揺れた。
 寧々は踵を上げて背伸びをすると、頬にキス……しようとしたが、目前に迫る詠臣の顔に躊躇った。
(綺麗……しゅっとした涼しげな目も、高いお鼻も……形の良いお口も……それに何だか良い香り……あぁ……無理です、美怜ちゃん……できません……でも、でも……)

「詠臣さんと、キ……キスがしたいです……」
 思わず、耳元で呟いてしまった寧々の本音は、詠臣を驚かせた。
 目を見開いた詠臣が寧々を真剣な顔で見つめた。
「……」
 詠臣の腕が寧々の肩を掴むと、彼の顔が吸い込まれるように寧々に近づき、二人の唇が重なった。
「っん」
 驚いた寧々が一歩後ろに下がろうとしたけれど、詠臣の腕が逃げることを許さなかった。
 一度離れた詠臣の唇が、今度はそっと近づき、キスをした。
 カシャンと寧々の手から詠臣のスマホが落ちて、寧々がソレを拾おうと顔を離そうとした。
「いい、今は……そんなの、どうでもいい」
 少しかすれた詠臣の低い声が、その吐息が寧々を堪らない気分にさせた。
 詠臣が寧々の頭を掴み、上を向かせると、食らいつくように唇を合わせた。
「あっ……ん……」
 時より頬に当たる詠臣の鼻先が、吐息がくすぐったい。
 温かい唇が気持ち良い。
 夢中になってキスをしていると、呼吸も忘れていたので、息苦しくなってきた。
 詠臣の胸にもたれるように倒れ込むと、唇が離れて、ギュッと抱きしめられた。
 寧々の胸の中が、何とも言えない幸福感に満たされた。
 お互い声も出さずに、しばらくの間、抱き合っていた。


「……寧々、顔がだらしない、可愛いけど」
「だって美怜ちゃん……へへへ」
 今日は、寧々の家で二人は課題に取り組んでいた。

「あの堅物の馬武士もキスとかすんだね」
「だから、馬は私で、詠臣さんは馬じゃないから」
「で、すっかりキス魔になった武士との閨はいつなの?」
「……」
 美怜の言う通り、あれ以来、寧々は詠臣と会う度にキスをしていた。しかし、その先には進んでいなかった。
「まぁ、風邪引けば肺炎になりかけ、激しく運動すれば入院する相手だとねぇ、慎重にはなるわよね」
「……大丈夫なのに」
 寧々は頭を抱えた。
 流石にキスよりもハードルが高い。

「アンタが、私、セックスしても大丈夫よ! なんて言えると思えないからね。よし、私が武士にお年玉袋にコンドーム入れて渡してあげるわ」
「み、美怜ちゃん!」
 自らのバッグからポーチを取り出すと、種類の違うコンドームをごっそり出した。
「で、サイズはS、M、L……LL?」
「サ、サイズ⁉ 分かんないよ……サイズってあるの?」
「あるわよ。女子だって胸の大きさ違うでしょうが」
 美怜が、自らのたわわな胸を両手で挟んで言った。
「わかんないです、全然わからないです」
 寧々が真っ赤になって首を振った。

「だろうな。でも、コレばっかりは私にも分かんないわ。ねぇ、そもそも相手は一人暮らしだっけ? 空軍の寮とかなの?」
「基地の近くに一人暮らし。寮に入る対象じゃないんだって」
「じゃあ、部屋でチュッチュしてたらアレじゃん」
 美怜が寧々のベッドの枕の下にコンドームを詰め込んで、やめてぇと言いながら回収する寧々を楽しんでいる。
「お部屋に呼ばれた事ないの……」
「なんで?」
 分からない、と寧々が首を振った。

「匂うわね……何か言えない秘密が⁉ すごい、ワクワクする。あんなクールな男にどんな人に言えない秘密があるの⁉ 行きなさい、寧々。片付けられるまえに突撃するのよ」
「そ、そんなの駄目だよ。もし、本当の彼女さんとか出てきちゃったら私、どうしたら良いかわからないもん」
「ないでしょ、その路線は」
「今は別れてても、すごく素敵な元彼女さんの写真とか一杯あったら号泣だよ……」

「あんた、何でその顔で、そこまでネガティブなの? というか、アレは良いの?」
 美怜の指が部屋に飾られた、匠と琳士と映る写真を指さした。
「二人は幼馴染みだから」
「じゃあ、武士の部屋に行って、綺麗な女二人に囲まれた写真が大事に飾ってあったら?」
 寧々の目がまん丸になった。
「嫌ぁぁ……凄く嫌ぁあ」
 ガバッと立ち上がった寧々が、写真立てを手に取った。しかし、すぐに仕舞う気持ちになれず、ぎゅっと抱きしめる。

「まぁ、過去は目につかない所に綺麗にしまっておきなさい」
 美怜が長い髪を掻き上げて、いい女風に気取った。
「美怜ちゃん……」
「で、問題は現在よ。何とかして家に乗り込むのよ」
「……」
 寧々の口から深い長いため息が漏れた。
 今度のミッションは、自分には越えられる気がしなかった。


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