あの時、君の側にいられたら 【恋愛小説】

いんげん

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第四十二話 昔、好きだった男

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 それから数日、やっと痣も青から黄色っぽい感じに変わり、外に出てもチラチラ見られなくなった。
 お隣に引っ越してきた、葉鳥兄弟は本当に頻繁に顔を出してくれた。
ぽつり、ぽつりと島に来てからの事なども聞かせてくれた。二人とも最初は、とても苦労したみたいだけど、徐々に認められ、今ではここの主戦力なったようだ。
匠ことキエト少佐は、防衛堤防建設を押しのけてドローンやAI管制塔を配置する新しいシステムの試験的導入を進め、琳士は日本軍の隊員としてキエト少佐提案のプログラムのための新しい航空交通管制システムの導入に携わっているらしい。

 寧々は、日本で楽しい大学生活を送り、平和で幸せな結婚生活をのんびり送っていた自分との違いに、申し訳無い気持ちや、焦燥感を抱いて複雑な顔をしていたら、琳士と匠に笑われた。寧々みたいな善良な一般市民が幸せに暮らしている姿を見るのが、一番、自分たちの仕事に意味があるって思えると……それを聞いて寧々は、ここで、自分にも何か出来る事があると良いなと感じていた
 
今日は、家にやって来て、日本食が食べたいという匠のリクエストで、豚汁、お握り、からあげという王道の日本食を作って昼食に出した。
「……うまい」
「本当ですか? 嬉しいです」
 匠は、食べるのが早いけれど食べ方は綺麗だ。詠臣は落ち着いた微笑みを浮かべながら、お礼を言い食べるスタイルだが、匠は目を瞑って味わった後、うまいと言う。どちらも作りがいのある相手だ。もちろん琳士のひたすら勢いよく食べるのも清々しい。
 食事が終わり、食洗機に食器を入れると、何処か用があるなら付き合うぞと言われ、聞きたい事がありますと、リビングのテーブルに向かい合って座った。

「なんだ、聞きたい事って」
「あのですね、匠さんは詠臣さんの部隊の人と一緒に働いてますよね?」
「ああ」
 匠は向かいに座っているが、正面は向いておらず、斜めに座り腕を組んでいる。
「……その」
 匠にとっては、とっても下らない、どうでも良い事を聞く事になる質問に、寧々の口が鈍る。しかし、匠は静かに待っていた。
「……飯島さんってどんな方ですか?」
「……」
 寧々は俯いてテーブルを見ながら聞いた。本当は詠臣に聞くような会話だけど、聞けなかった。詠臣の口から飯島を絶賛するような言葉や、好きだなんて聞く勇気がなかった。
 匠の口からため息が漏れて、寧々は冷や汗が出てきた。
「まぁ、実力で言うなら、中の最上。人間的に言うなら分かりやすい女だ」
「わかりやすい……」
「お前の旦那に惚れている」
「そう、ですよね……」
 分かっていたけれど、匠に言われ、心に重くのしかかってきた。
「お前、あの女に何かされたのか」
「え? いえ、違います……」
 何もされてない。ただ事実を突きつけられただけだ。

「……この島は独特だ。琳士あたりから聞いたか? 島の中でパートナーが変わったりするぞ」
「っ⁉」
 寧々が、ぎょっとして匠を見た。彼は、ほんの少しだけ口角を上げてニヤリと笑っていた。その顔は、昔の様な繊細さなど一切なく、妖艶ですらあった。
(どうしよう……詠臣さんが飯島さんの事を好きになったりとか……あるよね、飯島さん凄く綺麗で格好いいし、匠さんが評価するくらい優秀だし……普通に考えて、本来選ばれるのは私じゃなくて飯島さんだよね……でも、だからって、駄目! 何にもしないで、終わりたくない……やっぱり、何か、切っ掛けになるような何かをしなきゃ)

「……お前、今なにか面白い事考えてるだろう」
 匠が寧々を揶揄うような、意地悪な表情で身を乗り出してきた。
「おも、面白いかどうか……あっ! 匠さんは、昔は好きだった女にキスされたらどう思いますか?」
(私の浅はかな脳には、告白とキスくらいしか思いつかないよ……)
 気持ち悪い質問をしてしまったかと、不安げに匠を見上げると
 ドン、と目の前に手を付いた匠が寧々の唇に、キスをした。
 傷を負った端正な顔が目の前にある。闇に浮かぶ野生動物のような恐ろしい目が、近くで見ると少し茶色い繊細な瞳に見える。昔の匠も、確かにそこに居ることに気がつく。
 匠の触れている唇が、角度を変えて寧々の唇を食んだ。

「んん⁉」
 驚いた寧々が立ち上がると、椅子がガタンと音を立てて倒れた。
「どうだ? 昔、好きだった男にキスされて」
 匠が、乗り出した体を戻し、足を組んで寧々を、じっと見つめて聞いた。
「かっ……揶揄わないで下さい!」
 興奮した寧々が何度も自分の唇を触りながら、テーブルをバシバシ叩いた。
「否定しないのか?」
「え?」
「昔、好きだった男」
「あっ……な、な、なんで……」
(バレてた? 初恋が匠さんだってバレてたの? は……恥ずかしすぎる!)
 真っ赤になって何も言えなくなった寧々は後ずさり、キッチンのカウンターに背中が当たった。
「俺じゃなくても気づく」
「そ……そんな……」
 恥ずかしさと、驚きと、色々な感情が高まって目が潤んできた。
「ただ、俺はお前とは違う」
 匠が立ち上がって、寧々へと近づいた。

「匠さん、意地悪です……今更、振ってくれなくても分かってました」
 八年越しの失恋の言葉に、寧々の涙が引っ込んで笑ってしまった。
「そうじゃない」
「え?」
 目の前に立つ、威圧感溢れる匠を、寧々が不安げに見上げた。
(大っ嫌いだったとか、鬱陶しかったって事?)
「俺の気持ちは終わってない。お前が、あの男に大切にされないなら、こっちに来い。お前はもう一度、昔好きだった男を好きになればいい」
「……」
 寧々は、匠に視線を奪われていた。このまま、見ていたら、心地よく浸食されていくのではないか、そんな馬鹿みたいな恐怖に震えた。
 最後の抵抗とばかりに、小さく首を振っていると、匠が声を出して笑った。

「嫌なら、俺が敵わないと思うほど、あの男に愛されろよ」
 匠が、寧々に背を向けて歩き出した。
 寧々は、その場に崩れ落ち、騒ぎ回る心臓を抑えた。顔が熱すぎる。

(今のは……一体、どういうことなの? え? 匠さんが私を好き? ない、ない、勘違いも甚だしい! だって匠さん、いつも、そう……飯島さんみたいな優秀で素敵な女性といつも付き合ってたし、琳士が寧々は兄さんの好みじゃないって……やっぱり揶揄われた? むしろ夫婦の関係修復頑張れ、みたいなブラックなエール?)

 寧々はソファに駆け寄って飛び込んだ。そして切実に美怜に会いたくなった。
「美怜ちゃん……教えて、これはどういう事なの……ああー」
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