あの時、君の側にいられたら 【恋愛小説】

いんげん

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第四十一話 隣人

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『どうもー、隣に引っ越してきた、葉鳥です』

 インターホンから聞こえてくる、おちゃらけた様子の琳士の声に寧々が立ち上がった。
「どういう事ですか……」
 普段感情が宿らない詠臣の声に、呆れと怒りを感じ取った寧々は、隣に駆け寄った。
『おはよー、寧々。開けてよ』
 琳士は、大きすぎる体を縮めて、必死にカメラに写っている。
「あっ……うん」
 寧々は、ちらりと詠臣の顔を見たけれど、詠臣は目を瞑っていた。
 パタパタと室内用のサンダルの音を立てて玄関に向かい、鍵を開けると「おはよー」と琳士が入って来た。

「今日から右の隣に引っ越してきます、葉鳥 琳士です。あっ、ちなみに左の隣はキエト少佐になるみたいですよ」
 遅れてやって来た詠臣に、琳士が「これ美味しいパンです」とビニール袋を差し出していた。
「両隣は、住んでいる方がいらしたと思うのですが」
 初めて見る不機嫌な様子丸出しの詠臣に、寧々の方がヒヤヒヤしている。
「昨日、交渉の末、快く明け渡してくれました」
「どうして突然引っ越ししたの?」
 ニコニコと微笑んでいるようで笑って居ない琳士と、冷たい目で睨んでいる詠臣の間に入り寧々が聞いた。

「だってさ!、寧々の事が心配だし、あの男もそうだけど……この島、子供入れないじゃん、だから若い夫婦か、子育て終わった世代の夫婦ばっかりなんだけど……身軽な男女じゃん? 実は間違い起こりまくりで、帰るときパートナーが変わってたり、独り身になってたり多いんだよね」
「うちには関係ありません」
 即座の否定に寧々の心が少し晴れた。この島には飯島も来ていることが凄く気になっていた。
「まぁ、とにかく心配だし、ちょくちょく顔をだすね」
「結構です」
「じゃあね、寧々」
 全く話を聞いていない風の琳士は、寧々に手を振って帰って行った。
 琳士が去ると、詠臣が素早く鍵を閉めてロックを掛けた。

「寧々、すみませんが、少し休んできます」
 前髪に手を入れて頭を掻いた詠臣が、寧々にパンの入った袋を渡した。
「はい、お休みなさい」
 良い匂いのするパンを抱きながら、寝室に消える詠臣の後ろ姿を見送った。


 それから昼頃に起きた詠臣が、主治医に会っておきたいと言うので受診をした。痣は残っているけれど、ついに包帯がなくなって喜んで帰ってくると、匠の部屋がお引っ越しの最中だった。

 匠は、開け放たれたドアの前にポケットに手を突っ込んで立っていた。仲間の隊員たちに、荷物の置き場所を指示しているようだった。寧々達に気がつくと、眉毛を少しだけ上げて「よぉ」と挨拶をした。
「匠さん、本当にお引っ越ししてきたんですか?」
「あぁ」
 近寄った寧々に一言答えると、匠は寧々を通り過ぎて詠臣の前に立った。
「昨日の出撃、あんた……やっぱり大した腕だな。あんたの率いる部隊のやつらも申し分なかった」
 匠は、詠臣の右の肩に自分の右腕を乗せた。
「そちらも……正直、此処は寄せ集めで統制のない所だと思っていましたが、指揮系統も管制の指示も的確で驚きました」
 詠臣は匠の顔を見ずに言った。
「戦闘機型の爆撃ドローンは一機のコストが高すぎて使えねぇから、これからも活躍してくれよ」
「貴方が、大人しくしていて下さるのなら」
 最後に詠臣の視線が匠の目を捕らえた。匠が口の端を少しだけ上げると、肩に乗せていた手をポケットに戻した。
「さぁな」
「……」
 二人のやりとりを、少し口が開いて見ていた寧々を匠が鼻で笑って通り過ぎた。
「匠さん」
「帰りましょう」
 匠に話しかけた寧々の腰を詠臣が抱いた。
「あっ…さようなら」
 寧々が顔だけ後ろを振り返ると、匠が、さっさと行けとばかりに顎をしゃくった。
 匠の部屋は、タイの部隊の人達の楽しそうな声が聞こえてくる。
 部屋に戻ると、その声も小さくなった。

「やっぱり、詠臣さんは凄い人なんですね」
 寧々が、詠臣の背中に声を掛けると、珍しく驚いた顔の詠臣が振り返った。
「……は?」
「私、匠さんが誰かを褒めているの初めてみました。それに、亡くなったお爺様も、殆ど誰かを褒めたりしないのに、詠臣さんの事は、いつもニコニコ笑って褒めてたんです」
 大好きな人が褒められて、自分まで嬉しくなった寧々が満面の笑みで詠臣を見上げた。
(そういえば、久々に詠臣さんとリラックスしてお話し出来ているかも……嬉しい)
「……私は、まだまだです」
 少し照れたような詠臣が、寧々から視線をはずし歩き出した。
(なんだか可愛い……最近、気まずい雰囲気のせいで一緒に居ても無言が多くて、普通の会話とか全然出来てなかったし良いなこういうの……やっぱり前みたいに戻りたい!)
 寧々は、リビングのソファに座り、貰ってきた病院のパンフレットと先生の名刺をファイルに入れ始めた詠臣に近寄った。

(なんとなく、空間を空けて座ってたけど……今日はくっつく位に隣に座る)
 そう決意して、目は泳いでいたが努めて自然に詠臣の隣に座った。
 詠臣の鍛えられた筋肉質な腕が寧々の腕に触れた。
「……」
 寧々は詠臣の顔を見た。
(えぇ……何で、そんな険しい顔を……やっぱり嫌なの? 偶々かな?)
 詠臣の眉間に出来た皺を見て、寧々の心が沈んだ。
「寧々、すいませんが」
「はい!」
 近寄られたのが嫌だったのかと思った寧々は、飛び退くように詠臣から少し離れた。
「翻訳を手伝って欲しい資料があるのですが」
 詠臣がファイルをローテーブルに置いて立ち上がった。
「あ、はい。もちろんです」
「ありがとうございます。資料を持ってきます」

(わからない、避けられているのか、そうじゃないのか……詠臣さん、もともと顔の表情があまり変わらないし……どっちなのー)
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