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楽園
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真っ暗なはずの夜道は、満点の夜空に照らされている。
静寂の世界を駆け抜け、ラブの心は高揚していた。
圧倒的な美しさと、心地よい風、開放感。
全てがラブの心を満たした。
荒野を走り、林の中を白馬は、矢のように貫いて走った。
「ラブ、ちょっと目を瞑ってて」
「え? どうして?」
耳元でアダムに囁かれ、彼を仰ぎ見た。
「動物のお肉が落ちてるから、見ない方が良いよ」
ぎゅー、と目を瞑り、アダムに背中を押しつけた。アダムが、ラブに着せたコートのフードを深くすると、ラブの顔は半分以上隠れた。
そのまま、暫く駆けると
「ラブ、到着したよ」
「えっ、もう⁉」
ラブが、フードをはね除けた。
楽園――その言葉に相応しい世界が広がっていた。
楽園の中心には、水路に囲まれた円形の場所がある。
そこには、大きな木が一本と、後ろに、小さな木が何本か生えている。
大きな木は、ラブの実ができる木だ。
枝を大きく広げ、光り輝く赤い実を、一つ実らせている。
水面は、月に照らされ、青白く光り輝き、星屑のように舞う虫たちが飛び交っている。
湖の上を渡る橋は、ランプに照らされている。
アダムは、馬から下りると、ラブを抱き下ろした。
ラブは、呆然としていたが、地に足がつくと口を開いた。
「こ、此処だよ」
「ラブ?」
「私が、ずっと思い描いていた場所! 此処だった!」
足が勝手に、走り出した。
橋の上を駆け、木の根に躓きながら、急いだ。
「私の実!」
木の幹までやってくると、高い場所で光る実を指さした。
「そうだよ」
アダムは、優しく微笑み、するすると木に登り、ラブの実をもいだ。切り離された実は光を失った。アダムが枝から飛び、ラブの目の前に降り立った。
「はい、さっき実ったばかりだよ」
実は、今まで手にした物よりも、大きかった。興奮して高鳴る鼓動が止まらない。
(此処が私の居場所だって、思い知らされる! 初めて来る場所なのに、溜まらなく懐かしくて、ホッとする。涙が止まらない)
「泣かないで」
ラブの頬を流れる涙を、アダムの大きな手が不器用に拭った。荒れた手が、頬に痛い。
「ごめん、色々やったら手が煉瓦みたいになっちゃったんだよ!」
アダムは、コロニーと楽園の二重生活を続けていた。コロニーでアダムは、必要以上に金銭を必要とせず、昼まで仕事をすると、抜け出して楽園に来ていた。
まだ見ぬ自分のイブの為に、毎日、毎日、ここで働いた。
「……私、クイナにお薬貰ったから、帰ったら塗ってあげるね」
ラブは、アダムの指を撫でた。ささくれだった皮膚が、ラブの心を擦る。
「えへへ」
嬉しそうに笑うアダムの顔は、ラブの目に焼き付いた。
「さぁ、食べて」
「アダムは?」
「僕は、普通のご飯も美味しいから、大丈夫」
「いただきます」
瑞々しい実を囓ると、口の中に甘酸っぱさと、果汁が広がる。
美味しい。
とても美味しい実だった。
ふと、驢馬の事を思い出したけれど、そんな出来事も吹き飛ぶくらいだった。
実を食べ終えた後は、楽園の中を散歩しはじめた。
近くには、木で出来た家が、幾つも建てられている。畑もある。沢山の動物たちも暮らしている。
羊の群れの近くでは、羊飼いがうたた寝をしている。
「人が居る」
ラブは、驚いて指を差した。
「そうだよ。この近くには別のコロニーから移住してきた人が居たんだ。だから、僕の別のコロニーから来たって話も、真っ赤な嘘じゃないんだよ」
「そうだったんだ……」
「どう? 僕らの楽園は? これからは、ラブの好きなように作るよ」
まかせて、とドンと胸を叩いたアダムが咽せた。かっこつけても決まらない、そんな彼の気負わない自然体な様子が、ラブを安心させる。
自分の居場所は此処に有る。
アダムとなら、お互いに補い合って生きていけると思える。
穏やかで、充実した未来が想像出来る。
本能が、此処だ――この男だと頷いている。
なのに、心が別の所にある。
ラブは、俯いて手を握りしめた。
「私……」
全て正直に話すことが、誠実だとは限らない。でも、アダムから与えられる献身的な愛が、ラブの中で、感謝や喜びと共に、後ろめたさや、追い立てられる焦燥感にもなった。
「しー」
唇に指を当てたアダムが、ラブの言葉と気持ちを押し返した。
「言わなくて、大丈夫。ラブの事は大体わかるよ。それより今日は、もう帰ろう。眠くなってきちゃった」
アダムの大きなあくびに釣られ、ラブも少し眠くなってきた。
「きっと、大丈夫。君は此処で幸せになれるよ」
アダムは、楽園の中心を遠い目で見つめた。
ラブは、帰りの馬上で揺られ、いつの間にか眠ってしまった。
必要な物は全部、楽園にある。
必要じゃ無いものは、全部楽園が消してくれる。
アダムの優しい声が、子守歌のように聞こえてきた。
静寂の世界を駆け抜け、ラブの心は高揚していた。
圧倒的な美しさと、心地よい風、開放感。
全てがラブの心を満たした。
荒野を走り、林の中を白馬は、矢のように貫いて走った。
「ラブ、ちょっと目を瞑ってて」
「え? どうして?」
耳元でアダムに囁かれ、彼を仰ぎ見た。
「動物のお肉が落ちてるから、見ない方が良いよ」
ぎゅー、と目を瞑り、アダムに背中を押しつけた。アダムが、ラブに着せたコートのフードを深くすると、ラブの顔は半分以上隠れた。
そのまま、暫く駆けると
「ラブ、到着したよ」
「えっ、もう⁉」
ラブが、フードをはね除けた。
楽園――その言葉に相応しい世界が広がっていた。
楽園の中心には、水路に囲まれた円形の場所がある。
そこには、大きな木が一本と、後ろに、小さな木が何本か生えている。
大きな木は、ラブの実ができる木だ。
枝を大きく広げ、光り輝く赤い実を、一つ実らせている。
水面は、月に照らされ、青白く光り輝き、星屑のように舞う虫たちが飛び交っている。
湖の上を渡る橋は、ランプに照らされている。
アダムは、馬から下りると、ラブを抱き下ろした。
ラブは、呆然としていたが、地に足がつくと口を開いた。
「こ、此処だよ」
「ラブ?」
「私が、ずっと思い描いていた場所! 此処だった!」
足が勝手に、走り出した。
橋の上を駆け、木の根に躓きながら、急いだ。
「私の実!」
木の幹までやってくると、高い場所で光る実を指さした。
「そうだよ」
アダムは、優しく微笑み、するすると木に登り、ラブの実をもいだ。切り離された実は光を失った。アダムが枝から飛び、ラブの目の前に降り立った。
「はい、さっき実ったばかりだよ」
実は、今まで手にした物よりも、大きかった。興奮して高鳴る鼓動が止まらない。
(此処が私の居場所だって、思い知らされる! 初めて来る場所なのに、溜まらなく懐かしくて、ホッとする。涙が止まらない)
「泣かないで」
ラブの頬を流れる涙を、アダムの大きな手が不器用に拭った。荒れた手が、頬に痛い。
「ごめん、色々やったら手が煉瓦みたいになっちゃったんだよ!」
アダムは、コロニーと楽園の二重生活を続けていた。コロニーでアダムは、必要以上に金銭を必要とせず、昼まで仕事をすると、抜け出して楽園に来ていた。
まだ見ぬ自分のイブの為に、毎日、毎日、ここで働いた。
「……私、クイナにお薬貰ったから、帰ったら塗ってあげるね」
ラブは、アダムの指を撫でた。ささくれだった皮膚が、ラブの心を擦る。
「えへへ」
嬉しそうに笑うアダムの顔は、ラブの目に焼き付いた。
「さぁ、食べて」
「アダムは?」
「僕は、普通のご飯も美味しいから、大丈夫」
「いただきます」
瑞々しい実を囓ると、口の中に甘酸っぱさと、果汁が広がる。
美味しい。
とても美味しい実だった。
ふと、驢馬の事を思い出したけれど、そんな出来事も吹き飛ぶくらいだった。
実を食べ終えた後は、楽園の中を散歩しはじめた。
近くには、木で出来た家が、幾つも建てられている。畑もある。沢山の動物たちも暮らしている。
羊の群れの近くでは、羊飼いがうたた寝をしている。
「人が居る」
ラブは、驚いて指を差した。
「そうだよ。この近くには別のコロニーから移住してきた人が居たんだ。だから、僕の別のコロニーから来たって話も、真っ赤な嘘じゃないんだよ」
「そうだったんだ……」
「どう? 僕らの楽園は? これからは、ラブの好きなように作るよ」
まかせて、とドンと胸を叩いたアダムが咽せた。かっこつけても決まらない、そんな彼の気負わない自然体な様子が、ラブを安心させる。
自分の居場所は此処に有る。
アダムとなら、お互いに補い合って生きていけると思える。
穏やかで、充実した未来が想像出来る。
本能が、此処だ――この男だと頷いている。
なのに、心が別の所にある。
ラブは、俯いて手を握りしめた。
「私……」
全て正直に話すことが、誠実だとは限らない。でも、アダムから与えられる献身的な愛が、ラブの中で、感謝や喜びと共に、後ろめたさや、追い立てられる焦燥感にもなった。
「しー」
唇に指を当てたアダムが、ラブの言葉と気持ちを押し返した。
「言わなくて、大丈夫。ラブの事は大体わかるよ。それより今日は、もう帰ろう。眠くなってきちゃった」
アダムの大きなあくびに釣られ、ラブも少し眠くなってきた。
「きっと、大丈夫。君は此処で幸せになれるよ」
アダムは、楽園の中心を遠い目で見つめた。
ラブは、帰りの馬上で揺られ、いつの間にか眠ってしまった。
必要な物は全部、楽園にある。
必要じゃ無いものは、全部楽園が消してくれる。
アダムの優しい声が、子守歌のように聞こえてきた。
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