神様のひとさじ

いんげん

文字の大きさ
上 下
60 / 73

もしも

しおりを挟む
 

 自室で待機しているラブは、ドアにピッタリ背中をつけて座っていた。
 まだ見ぬ恐ろしい獣が、外で暴れている。その事も怖かったが、その獣を倒しに行ったヘビが心配で堪らなかった。
 怖い、ヘビが居なくなってしまうことが、震えるほど怖かった。

「早く、帰って来て」
 受け取った銃を机に置いて、ヘビの無事を祈ろうと考え、ラブが立ち上がった。すると、向かった机の壁には、花冠が飾ってあった。

「これ……まだ、あったんだ」

 ラブは、そっと銃を置いて、花冠に触れた。
 さっきまでは、気が動転していて、気がつかなかった。

 ラブが贈った不格好な花冠は、瑞々しさを失って、色も褪色していた。しかし、まだ捨てられていなかった。ラブは、ヘビがコレを大事に飾っている姿を想像すると、堪らなかった。

「ヘビに逢いたいよぉ」
手を組み、泣きながらヘビの無事を祈った。


 火災警報が鳴ったときは、ドアに駆け寄り、開けそうになった。しかし、強制的にロックがかかっているのか、開かない。

「ヘビ……大丈夫なの?」

 ドアと向き合って、額を当てた。すると、『火災は一部で収束し、危険はありません。引き続き自室で待機してください』とハジメがアナウンスをした。

 一時間も経っていないのに、永遠のように長く感じた時は、終わった。足音が聞こえてきて、ドアのロックが解除され、扉が開いた。

「ヘビ!」
「うぉ……」
「大丈夫⁉ 怪我は? えっ……泣いてるの? 怖かったの? 痛かったの?」

 ラブは、入って来たヘビの頭を引き寄せた。
 もう大丈夫だよ、とヘビの首にぶら下がるように頭をポンポンと叩いた。


「違う。煙に目をやられただけだ」
 ヘビは、むず痒い顔をして、緩んでしまいそうな表情を引き締めた。

「え? 大丈夫なの? そういえば、焦げ臭い」
 ラブは、腕を離して、クンクンと匂いを嗅いでいると、ヘビはシャワールームに向かって歩き出した。

「こちらは、どうだった」
「何も無かったよ」
「そうか」
 ヘビが安堵の溜め息を吐き、少し微笑んだ。

「獣と驢馬は、どうなったの?」
 ラブはヘビの周りを、ちょこまかと動き回り、彼をつぶさに観察した。

「……後で説明する。とりあえず、大きな危機は去った。汚れを落として戻る」

 ヘビが、洗面台に、銃器やナイフを置いて、服を脱ぎ始めたので、ラブは背中を向けた。背後でドアが閉まる音がして、水音が聞こえてきた。


「よかったぁ。ヘビ、無事だった」
 ラブは、足の力が抜けて、目の前のベッドに上半身を投げ出した。
 数分もすると、ヘビは濡れた髪のまま、着替えを済ませ、部屋に戻ってきた。

「もう危なく無いなら、ラブも行っても良い?」
 ヘビの眉間に皺が寄った。最後の獣も処理された、と連絡があった。しかし、コロニー内の惨状は、何一つ処理されていない。

「駄目だ」
「どうして?」
 ラブの綺麗な瞳が、じっとヘビを見つめた。

「とにかく、駄目だ。見るもんじゃない」
「いっ、いっぱい、獣が倒れてるから?」
「……人間もだ」
 犠牲者が出たことは、隠しておける事ではない。ヘビは小声で呟いた。ラブの目が、ぎょっと見開かれた。

「私に出来る事があれば、手伝うよ」
 本当は、怖かったけれど、こんな非常事態に、ジッとしていられない。自分も皆の役に立ちたい。

「クイナの所に行けば、雑用は沢山有るだろうが……お前、血とか大丈夫か?」
「……たぶん」
 目の前で動物が怪我をした時は、とにかく必死で抱き上げて、クイナの所まで走った。あの時も血だらけになったけど、苦手とか、それ所では無かった。

「行って、無理そうなら引き返せ」

 ラブは、大きく頷いた。邪魔にはなりたくない。


「あー、ラブ。大丈夫だった⁉」

 クイナの診察室に着く直前で、アダムと会った。
 アダムは、担いでいた鍬を投げ捨て、大きな音を立てると、自分で驚いた顔をしてラブに駆け寄った。

「うん、大丈夫。アダムは?」
「僕は、大活躍だったよ。侵入者をポイして、獣も一匹、外に追い出したよ」

 褒めて、とアダムが頭をラブに向けた。ラブが、戸惑いながらアダムの頭に手を当てると、ヘビは二人を避けて歩き出そうとした。しかし、クイナが診察室から顔を出した事で、足が止まった。

「ヘビ! 丁度良いところに!」

 クイナは、普段は私服に白衣だが、今は青い手術着を着ている。腕には、医療器具が詰め込まれた、シルバーの四角いトレイを抱えていた。

「血液が足らないわ、ハジメにアナウンスして貰ったから、隣の部屋で採血して」
「わかった」
 ヘビが、クイナから機材を受け取った。

「あっ、アダム良い所に! 貴方患者を押さえ込んで」
「はーい」
 ヤル気は無さそうだが、素直に返事をしたアダムは、ラブにヒラヒラと手を振って中へ消えた。

「あっ、あの私は……」
「ラブさんは……献血してくれる? 提供者で。男達が怪我人か、獣の回収で居ないのよ」
「うん」
「行くぞ」

 ヘビに促され、隣の部屋へと向かった。ヘビは、そこで簡易ベッドを組立て、テキパキと用意を始めた。

「ヘビも、お医者さんみたいなことするの?」
 ラブが、指示を受けて、ベッドに横たわると、ヘビは綿花で刺入部位を消毒した。あれ、畑で採れた綿花だ、そんな事をぼんやり考えていた。

「ああ、クイナに何かあれば困るからな、執行部は大体の事が出来るように職業訓練もしている」
「凄いんだね……」
「最初に言っておくが、針は突き通したりしないし、血は悪魔に捧げないからな」
「もう、そんな事考えて無いよ」
 ラブが笑った隙に、針は刺され、血が小さなガラス管に溜まっていく。

「あの時は、見るもの全部、初めてだったんだよ」
「記憶喪失だったからな。アダムに再会して、全部思い出したんだろ」
「……そうだね」

(もしも、アダムに出会えず、ヘビを運命と思い続けていたら、どんな未来だったのかな? ヘビは、いつか私を好きになってくれたかな?)

 ラブは、ヘビを見上げながら、パチパチと瞬きを繰り返した。
 眩しい。ヘビの顔が、とても眩しくて見えない。

「……おい、ラブ、大丈夫か?」
「ヘビが眩しいよぉ……」
「すまない。献血のせいだ。この位でやめておく。気分は悪いか?」
「ねぇ……ヘビ……アダムが……かったら、私のこと、すきに、なった?」

 ラブの目の前が真っ白になった。
 何となく、意識があるけど、指一本動かない。血の気が、引いていく。

「それは、俺が聞きたい。お前こそ……」

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

恋愛 / 完結 24h.ポイント:413pt お気に入り:695

獣人だらけの世界に若返り転移してしまった件

BL / 連載中 24h.ポイント:23,409pt お気に入り:1,417

転生先が同類ばっかりです!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:142pt お気に入り:154

Heroic〜龍の力を宿す者〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:919

月が導く異世界道中

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:57,815pt お気に入り:53,902

神は可哀想なニンゲンが愛しい

BL / 完結 24h.ポイント:241pt お気に入り:23

処理中です...