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もしも
しおりを挟む自室で待機しているラブは、ドアにピッタリ背中をつけて座っていた。
まだ見ぬ恐ろしい獣が、外で暴れている。その事も怖かったが、その獣を倒しに行ったヘビが心配で堪らなかった。
怖い、ヘビが居なくなってしまうことが、震えるほど怖かった。
「早く、帰って来て」
受け取った銃を机に置いて、ヘビの無事を祈ろうと考え、ラブが立ち上がった。すると、向かった机の壁には、花冠が飾ってあった。
「これ……まだ、あったんだ」
ラブは、そっと銃を置いて、花冠に触れた。
さっきまでは、気が動転していて、気がつかなかった。
ラブが贈った不格好な花冠は、瑞々しさを失って、色も褪色していた。しかし、まだ捨てられていなかった。ラブは、ヘビがコレを大事に飾っている姿を想像すると、堪らなかった。
「ヘビに逢いたいよぉ」
手を組み、泣きながらヘビの無事を祈った。
火災警報が鳴ったときは、ドアに駆け寄り、開けそうになった。しかし、強制的にロックがかかっているのか、開かない。
「ヘビ……大丈夫なの?」
ドアと向き合って、額を当てた。すると、『火災は一部で収束し、危険はありません。引き続き自室で待機してください』とハジメがアナウンスをした。
一時間も経っていないのに、永遠のように長く感じた時は、終わった。足音が聞こえてきて、ドアのロックが解除され、扉が開いた。
「ヘビ!」
「うぉ……」
「大丈夫⁉ 怪我は? えっ……泣いてるの? 怖かったの? 痛かったの?」
ラブは、入って来たヘビの頭を引き寄せた。
もう大丈夫だよ、とヘビの首にぶら下がるように頭をポンポンと叩いた。
「違う。煙に目をやられただけだ」
ヘビは、むず痒い顔をして、緩んでしまいそうな表情を引き締めた。
「え? 大丈夫なの? そういえば、焦げ臭い」
ラブは、腕を離して、クンクンと匂いを嗅いでいると、ヘビはシャワールームに向かって歩き出した。
「こちらは、どうだった」
「何も無かったよ」
「そうか」
ヘビが安堵の溜め息を吐き、少し微笑んだ。
「獣と驢馬は、どうなったの?」
ラブはヘビの周りを、ちょこまかと動き回り、彼をつぶさに観察した。
「……後で説明する。とりあえず、大きな危機は去った。汚れを落として戻る」
ヘビが、洗面台に、銃器やナイフを置いて、服を脱ぎ始めたので、ラブは背中を向けた。背後でドアが閉まる音がして、水音が聞こえてきた。
「よかったぁ。ヘビ、無事だった」
ラブは、足の力が抜けて、目の前のベッドに上半身を投げ出した。
数分もすると、ヘビは濡れた髪のまま、着替えを済ませ、部屋に戻ってきた。
「もう危なく無いなら、ラブも行っても良い?」
ヘビの眉間に皺が寄った。最後の獣も処理された、と連絡があった。しかし、コロニー内の惨状は、何一つ処理されていない。
「駄目だ」
「どうして?」
ラブの綺麗な瞳が、じっとヘビを見つめた。
「とにかく、駄目だ。見るもんじゃない」
「いっ、いっぱい、獣が倒れてるから?」
「……人間もだ」
犠牲者が出たことは、隠しておける事ではない。ヘビは小声で呟いた。ラブの目が、ぎょっと見開かれた。
「私に出来る事があれば、手伝うよ」
本当は、怖かったけれど、こんな非常事態に、ジッとしていられない。自分も皆の役に立ちたい。
「クイナの所に行けば、雑用は沢山有るだろうが……お前、血とか大丈夫か?」
「……たぶん」
目の前で動物が怪我をした時は、とにかく必死で抱き上げて、クイナの所まで走った。あの時も血だらけになったけど、苦手とか、それ所では無かった。
「行って、無理そうなら引き返せ」
ラブは、大きく頷いた。邪魔にはなりたくない。
「あー、ラブ。大丈夫だった⁉」
クイナの診察室に着く直前で、アダムと会った。
アダムは、担いでいた鍬を投げ捨て、大きな音を立てると、自分で驚いた顔をしてラブに駆け寄った。
「うん、大丈夫。アダムは?」
「僕は、大活躍だったよ。侵入者をポイして、獣も一匹、外に追い出したよ」
褒めて、とアダムが頭をラブに向けた。ラブが、戸惑いながらアダムの頭に手を当てると、ヘビは二人を避けて歩き出そうとした。しかし、クイナが診察室から顔を出した事で、足が止まった。
「ヘビ! 丁度良いところに!」
クイナは、普段は私服に白衣だが、今は青い手術着を着ている。腕には、医療器具が詰め込まれた、シルバーの四角いトレイを抱えていた。
「血液が足らないわ、ハジメにアナウンスして貰ったから、隣の部屋で採血して」
「わかった」
ヘビが、クイナから機材を受け取った。
「あっ、アダム良い所に! 貴方患者を押さえ込んで」
「はーい」
ヤル気は無さそうだが、素直に返事をしたアダムは、ラブにヒラヒラと手を振って中へ消えた。
「あっ、あの私は……」
「ラブさんは……献血してくれる? 提供者で。男達が怪我人か、獣の回収で居ないのよ」
「うん」
「行くぞ」
ヘビに促され、隣の部屋へと向かった。ヘビは、そこで簡易ベッドを組立て、テキパキと用意を始めた。
「ヘビも、お医者さんみたいなことするの?」
ラブが、指示を受けて、ベッドに横たわると、ヘビは綿花で刺入部位を消毒した。あれ、畑で採れた綿花だ、そんな事をぼんやり考えていた。
「ああ、クイナに何かあれば困るからな、執行部は大体の事が出来るように職業訓練もしている」
「凄いんだね……」
「最初に言っておくが、針は突き通したりしないし、血は悪魔に捧げないからな」
「もう、そんな事考えて無いよ」
ラブが笑った隙に、針は刺され、血が小さなガラス管に溜まっていく。
「あの時は、見るもの全部、初めてだったんだよ」
「記憶喪失だったからな。アダムに再会して、全部思い出したんだろ」
「……そうだね」
(もしも、アダムに出会えず、ヘビを運命と思い続けていたら、どんな未来だったのかな? ヘビは、いつか私を好きになってくれたかな?)
ラブは、ヘビを見上げながら、パチパチと瞬きを繰り返した。
眩しい。ヘビの顔が、とても眩しくて見えない。
「……おい、ラブ、大丈夫か?」
「ヘビが眩しいよぉ……」
「すまない。献血のせいだ。この位でやめておく。気分は悪いか?」
「ねぇ……ヘビ……アダムが……かったら、私のこと、すきに、なった?」
ラブの目の前が真っ白になった。
何となく、意識があるけど、指一本動かない。血の気が、引いていく。
「それは、俺が聞きたい。お前こそ……」
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