僕、逃亡中【BL】

いんげん

文字の大きさ
34 / 45

救世主は、助けない。

しおりを挟む

「なっ……夕太郎……何、してんの……」
 白いビニール紐が、僕の両手を拘束していく。

「時間稼ぎ。理斗が追いかけてくるのも迷惑だし。直ぐに通報されても困るし」
 僕の手首を一纏めにしたビニール紐は、夕太郎のトレーニング器具に結びつけられた。そして、夕太郎はリュックに財布を詰めて、スマホをポケットから取り出して、少し思案してから僕の足下に投げ捨てた。

「まっ、待って! ねぇ、置いて行かないで。ぼ、僕、良いよ。犯人にされたって、それだって良いから、一緒に、連れてって!」

 僕は腕を必死に引っ張って夕太郎に向かって叫んだ。僕は、もう周囲の都合の良い、聞き分けの良い子になりたくなかった。利用されても良い。絵に描いたような幸せじゃなくて良い。僕は、僕の意思で、選んで生きていきたい。夕太郎と一緒に居たい。

「理斗、話きいてた? もう理斗じゃ駄目なんだって」
 リュックを背負った夕太郎が、僕に近づいて来た。
「で、でも! 嫌だ! こんな……さよならしたくない! まだ聞きたいこと一杯ある。紳一のこととか、二人の事とか! それに、僕……僕…っん!」
 夕太郎が、僕の髪を掴んで上を向かせると、噛みつくように唇を合わせた。

「じゃあね、理斗」

 夕太郎は笑った。
 ニヤリ、と歯を見せて少し不気味に微笑んだ。

「……」
 僕は、美しくて不気味な夕太郎の笑顔に言葉を失った。その間にも夕太郎の背中が遠ざかっていく。
「まっ……まって! 置いて行かないで! 夕太郎!」

 夕太郎は、振り返らず、部屋を出て行った。駐車場の方から、軽トラックのエンジン音が聞こえる。タイヤが、砂利を潰し音を立て、やがて何も聞こえなくなった。


 僕は、一人残された

 
 夕太郎が部屋から出て、何とか手首を拘束するビニール紐を取ろうと藻掻いた。
 でも、動けば動くほど、手首が食い込んで痛い。
 家庭用の懸垂器具の真ん中辺りに、縛られた腕が固定されてしまっている。僕は、足下に落ちている夕太郎のスマホを、たぐり寄せようとつま先を伸ばした。

「と、とどかない!」
 スマホは、あと少しの所で届かない。

「もー! どうしろっていうんだよ!」
 僕は、手も足も出ない状況に、イライラして頭を器具の棒に叩きつけた。そして、閃いた。

「節子さーん! すみません! 節子さん! 助けて下さい!」
 このアパートは、大きな音や声が筒抜けだ。きっと大きな声で叫べば、聞こえるはず。それに、夕太郎は、鍵を掛けて出かけなかった。

「節子さん! 居ませんか⁉」

 僕は、噎せ返るほど大きな声で叫んだ。そして、少し疲れて叫ぶのを辞めると、アパートの外の階段から音が聞こえてきた。一歩ずつ、静かに登ってくる足音だ。

「節子さん!」
 僕は期待に胸を膨らませて玄関を見つめ、ついにその扉がゆっくりと開いた。
 現れた小柄な節子さんが、とても大きな存在に思え、涙すら浮かんできた。

「……あんた、何それ」
「節子さん」
 僕が涙ながらに満面の笑みで彼女をみると、彼女は、ものすごく苦い顔をした。

「そういう、行為が流行なの?」
「は? た、助けて欲しいんです。コレ、切ってください! 夕太郎が出て行っちゃって!」
 必死に説明する僕をよそに、節子さんは「よっこいしょ」と言いながら履いてきたサンダルを脱いで、ゆっくりと僕に近づいて来た。

「は、ハサミが、キッチンの引出しに入ってます」
「あの子出て行ったの? アンタを置いて?」
 節子さんは僕の話を無視して、此方まで来るとスマホを拾い上げた。

「そ、そうです……色々あって……」
 僕は顔を伏せて唇を噛みしめた。

「そう、コレをやったのが、あの子なら。私は解かないわ」
「え⁉ ど、どうしてですか」
「悪いけど、あんたより、あの子の方が付き合い長いし。ほら、せめてもの情けよ」

 節子さんが、僕の縛られた手にスマホを載せてくれた。それでも助けてくれませんか、と言い募ろうとしたけれど、節子さんの有無を言わせない強い眼差しに、無理だと悟った。

「あ……りがとうございます。騒いで、ごめんなさい」
 僕は手の中にあるスマホを取り落とさないように、ギュッと握った。

「まぁ、二時間ぐらい経って誰も助けに来なかったら、また来てあげるわ。あんた、おしっこは? 尿パットいる?」
 至極真面目に聞いてきた節子さんに、大丈夫ですと首を振った。

「じゃあね。最後に言っておくけど……あの子、相当嘘つきよ。私は嫌いじゃ無いけど、恋人にするには、難解だわ。追いかけたりしない方が身の為よ」
「……ありがとうございます。でも……もう、ちょっと無理っぽくて」

 僕は、自分自身に苦笑した。だって、夕太郎の隣は、居心地が良すぎた。今までの僕は、常に誰かに気を遣っていた。嫌われないように、邪魔にならないように。でも、夕太郎には、自然体で居られた。自分の言いたいことを言えたし、甘えられるようになった。必要とされることにも満たされた。
 夕太郎がヘラヘラした笑顔で抱きついてくるのが大好きだった。

 今までの事が、全部嘘だったとは、どうしても思えない。このままじゃ終われない。

「もっと、ちゃんと振って貰わないと、納得できないんです」
 それに、紳一の事も、教えて欲しい。
「若いわね。話聞いてるだけで疲れるわ……」
 節子さんは、ふんっと鼻で息を吐いて、僕に背を向けて出て行った。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

処理中です...