人魚の餌

いんげん

文字の大きさ
23 / 28

懐かしい物

しおりを挟む

家に戻り、部屋の端で足を抱えて座った。

油断してた。
良い人だと思いかけてた。

飾り程度に残していた猜疑心は、恐怖で燃え上がった。


「人を手なずけて……殺すのが楽しいの?」

とたんに、京さんの全てが妖しく思えて来た。

「あの水……」

錆臭い、血が入っていると書かれていた水。結局いつも捨てていた。

「何の為に血を? 人間には毒とか……」

四人目はどうして居ないのだろう。他の三人は?

何か手がかりは無いだろうか、私は洞窟へと向かった。


書が並んでいる棚の前に立って、端から開いた。

本は、カビたり変色したり、虫に食われたりしていた。

しかし、変わった様子は無い。

「何かないの……」

この島を、京さんの事を知る手がかりは……。

三冊目の本をペラペラ捲っている時、ふと壁に目をやった。

棚の後ろの壁には、幾つも『殺』と書かれていた。

「ひぃ……」

本が、ドサリと地面に落ちた。

「……」

崩れ落ちるように膝を付いた。

何を今更、恐れているのだろう。

どうせ、私は人面魚に噛まれ、死ぬ運命なのかも知れない。

そもそも、喰われると思っていたはず。

それなのに、なのに――

悲しそうに微笑む顔が、必死に文字を習う知性が。
あれは、嘘だったのだろうか?
 
「あっ……四人目」

あの棚の文字は、四人目が書いたのかも知れない。

四人目は、京さんを殺そうとしていた。

「どうして?」

異形の者だから?
実際に殺されそうになったから?

「あぁ……もう、何だか……疲れた」

落とした本を、寝床にのせて、私は床に転がった。

西洋のベッドと呼ばれるソレの下を、何気なく見ると、目が合った。

黒ずんだ目玉が、私を見ている。

「いやぁ!」

悲鳴を上げて飛び起きたけれど、腰が抜けたように立ち上がれなかった。

ベッドの下には、顔があった。

子供が抱くような、おかっぱ頭の人形の顔が。
首から下は、無い。
すぐ近くに刃物も置いてある。

「なっ……なんなの、此処、どうなってるのよぉ」

立て続けに見つけた不穏な物に、涙すら浮かんでくる。

「……」

怖い。
けど、確かめずには、いられない。

ずりずり とベッドへと近づいた。

乱れる呼吸を整えるように、ゆっくりと吐き出し、水に潜るようにベッドの下を覗き込んだ。

掌サイズの人形の首、そして、鉈が置かれていた。

「千代、さん」

京さんの声がした。

「はっ、はい!」

私は、慌てて居住まいを正し、洞窟の戸の方へと顔を向けた。

「なにか、今……悲鳴が聞こえた気がして」

大丈夫ですか?
京さんが、遠慮がちに此方を覗いた。

「い……いえ、あの」

話すべきか、悩んだ。
色々聞いてみるべきか。

その行為は、私の寿命を縮める事になりやしないか。

「……千代さん、その足は……」

男の鋭い爪が、私の着物から覗く足の鱗を指さした。

「あっ、これは、海に落ちたときに、人面魚に噛まれて……」
「……なぜ、まだ、そんな」
「え?」

京さんが、私の元へと歩いてきた。

つい、ベッドの下の鉈を意識してしまった。

「千代さん、私が運んでいた水は、飲まれていないのですか?」

目の前で膝をついた京さんが、私をじっと見た。

「それは……す、すいません。なんだか鉄臭くて……く、口に合わなかったから、雨水を」
「そうですか……」
「でも、どうして今、そんな事を?」
「いえ、それは……」
京さんが微笑んだ。
作った、笑顔で。

「あ、あの……このベッドの下に、人形の首が落ちていて。私、それが偶々目に入って驚いて」

私がベッドを指さすと、京さんが一度立ち上がってベッドの下を覗いた。

「ああ……これは」

彼の手に、人形の首が握られ、取り出された。

「懐かしい、此処に有ったんですね。返してさしあげないと」

蜘蛛の巣のついた、薄汚れた女の子の頭。

それを、さも懐かしい思い出の品のように見下ろす、異形の男。

「だ、誰にですか?」
「此処に来た、四人目の方です」
「そ、その方は……まだ、此処に居るのですか⁉」
「……そう、ですね」

まさか、生きているの?
とても、驚き、興奮した。

「私、その人に、会ってみたいです!」

思わず掴んだ男の腕は、鱗に覆われていて硬く、冷たかった。

「今は、辞めておいた方が良いと思います」

京さんは、私の手を拒むように、体を引いた。

「どうしてですか⁉」
「貴方は、今……病を患っています」

京さんの視線が、私の足下に向けられた。
着物で隠した足が、見られているようで落ち着かない。

「私は、大丈夫です。歩けますし、今は……その方にお会いしたいです」
「……しかし」

京さんは細い顎に、異形な手を当てて思案した。

儚げな、端正な顔に影がさしている。

「お願いします」

「……わかりました」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...