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懐かしい物
しおりを挟む家に戻り、部屋の端で足を抱えて座った。
油断してた。
良い人だと思いかけてた。
飾り程度に残していた猜疑心は、恐怖で燃え上がった。
「人を手なずけて……殺すのが楽しいの?」
とたんに、京さんの全てが妖しく思えて来た。
「あの水……」
錆臭い、血が入っていると書かれていた水。結局いつも捨てていた。
「何の為に血を? 人間には毒とか……」
四人目はどうして居ないのだろう。他の三人は?
何か手がかりは無いだろうか、私は洞窟へと向かった。
書が並んでいる棚の前に立って、端から開いた。
本は、カビたり変色したり、虫に食われたりしていた。
しかし、変わった様子は無い。
「何かないの……」
この島を、京さんの事を知る手がかりは……。
三冊目の本をペラペラ捲っている時、ふと壁に目をやった。
棚の後ろの壁には、幾つも『殺』と書かれていた。
「ひぃ……」
本が、ドサリと地面に落ちた。
「……」
崩れ落ちるように膝を付いた。
何を今更、恐れているのだろう。
どうせ、私は人面魚に噛まれ、死ぬ運命なのかも知れない。
そもそも、喰われると思っていたはず。
それなのに、なのに――
悲しそうに微笑む顔が、必死に文字を習う知性が。
あれは、嘘だったのだろうか?
「あっ……四人目」
あの棚の文字は、四人目が書いたのかも知れない。
四人目は、京さんを殺そうとしていた。
「どうして?」
異形の者だから?
実際に殺されそうになったから?
「あぁ……もう、何だか……疲れた」
落とした本を、寝床にのせて、私は床に転がった。
西洋のベッドと呼ばれるソレの下を、何気なく見ると、目が合った。
黒ずんだ目玉が、私を見ている。
「いやぁ!」
悲鳴を上げて飛び起きたけれど、腰が抜けたように立ち上がれなかった。
ベッドの下には、顔があった。
子供が抱くような、おかっぱ頭の人形の顔が。
首から下は、無い。
すぐ近くに刃物も置いてある。
「なっ……なんなの、此処、どうなってるのよぉ」
立て続けに見つけた不穏な物に、涙すら浮かんでくる。
「……」
怖い。
けど、確かめずには、いられない。
ずりずり とベッドへと近づいた。
乱れる呼吸を整えるように、ゆっくりと吐き出し、水に潜るようにベッドの下を覗き込んだ。
掌サイズの人形の首、そして、鉈が置かれていた。
「千代、さん」
京さんの声がした。
「はっ、はい!」
私は、慌てて居住まいを正し、洞窟の戸の方へと顔を向けた。
「なにか、今……悲鳴が聞こえた気がして」
大丈夫ですか?
京さんが、遠慮がちに此方を覗いた。
「い……いえ、あの」
話すべきか、悩んだ。
色々聞いてみるべきか。
その行為は、私の寿命を縮める事になりやしないか。
「……千代さん、その足は……」
男の鋭い爪が、私の着物から覗く足の鱗を指さした。
「あっ、これは、海に落ちたときに、人面魚に噛まれて……」
「……なぜ、まだ、そんな」
「え?」
京さんが、私の元へと歩いてきた。
つい、ベッドの下の鉈を意識してしまった。
「千代さん、私が運んでいた水は、飲まれていないのですか?」
目の前で膝をついた京さんが、私をじっと見た。
「それは……す、すいません。なんだか鉄臭くて……く、口に合わなかったから、雨水を」
「そうですか……」
「でも、どうして今、そんな事を?」
「いえ、それは……」
京さんが微笑んだ。
作った、笑顔で。
「あ、あの……このベッドの下に、人形の首が落ちていて。私、それが偶々目に入って驚いて」
私がベッドを指さすと、京さんが一度立ち上がってベッドの下を覗いた。
「ああ……これは」
彼の手に、人形の首が握られ、取り出された。
「懐かしい、此処に有ったんですね。返してさしあげないと」
蜘蛛の巣のついた、薄汚れた女の子の頭。
それを、さも懐かしい思い出の品のように見下ろす、異形の男。
「だ、誰にですか?」
「此処に来た、四人目の方です」
「そ、その方は……まだ、此処に居るのですか⁉」
「……そう、ですね」
まさか、生きているの?
とても、驚き、興奮した。
「私、その人に、会ってみたいです!」
思わず掴んだ男の腕は、鱗に覆われていて硬く、冷たかった。
「今は、辞めておいた方が良いと思います」
京さんは、私の手を拒むように、体を引いた。
「どうしてですか⁉」
「貴方は、今……病を患っています」
京さんの視線が、私の足下に向けられた。
着物で隠した足が、見られているようで落ち着かない。
「私は、大丈夫です。歩けますし、今は……その方にお会いしたいです」
「……しかし」
京さんは細い顎に、異形な手を当てて思案した。
儚げな、端正な顔に影がさしている。
「お願いします」
「……わかりました」
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