人魚の餌

いんげん

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崖を……

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京さんは、了承してくれたけれど、乗り気では無いようだ。

途中、「やはり、元気になられてからの方が……」と聞かれた。

そこを押し切り、京さんの後をついて歩いた。


楕円の形の島は、北が二股に分かれている。
その分岐点にやって来た。


そこは、高い崖になっていて、下を覗き込むだけで足がすくむ。

「ここ……ですか?」
「……はい、この崖の下は洞窟になっていて、そこに居られます」

風が、ごうごうと吹いている。
京さんは、風上に立って、私がふらついたりしないか、心配そうに腕を広げている。

「崖の、下の洞窟に? なぜ、ですか?」

なぜ、四人目は、そんな所に住んでいるのだろうか。

京さんを殺そうとした罰だろうか?


「……本当にお会いになりますか? 正直、おすすめできません」
「なぜですか⁉ なにか、私に言えない事が?」
「そういう訳では……ただ、ご覧になったら驚くかもしれませんし、恐ろしい思いをするかもしれません」
京さんは、苦しそうに話をした。

「大丈夫です! で、そこへは、どうやって……まさか、飛び込んで?」
「駄目です! 私はそれでも大丈夫ですが、貴方がやったら、死んでしまいます」
「ですよね」
「もしも、本当に行くのであれば、私の背にのっていただく必要がありますが……」

ね、ほら嫌でしょう?
そんな風に困った顔で笑うので、天邪鬼な自分が騒いだ。

「では、よろしくお願いします!」
「……」

京さんと目が合った。
真っ黒の綺麗な瞳が、眩しそうに私を見ている。

「あ、あれ? そういえば、この草履……私のだ」

途中で落としたら、と考えて草履を懐に入れようとして気がついた。


海に散り散りに流されなかったのだろうか。

「あ、近くに……漂っていたので、回収しました」
「ありがとうございます。この草履、何度か海に落としたのに、不思議と返ってくるんですよね」
「そうですか」

京さんは、微笑んで頷き、私の前に屈んだ。

「あの、今更なんですけど、大丈夫ですか? 途中で二人で落ちたりとか……」
「問題ありません。私は、人ではありませんので」

気まずい。

どう反応して良いかわからない。

私は、その言葉を流して、失礼します、と彼の背に覆い被さった。

少し前に、兄に負ぶわれたことがある。
でも、京さんの背中とは全然違った
京さんの背中は、硬く冷たかった。

腕を回した肩周りは、人の感じと変わらなかったけれど、胸より下の感覚が異形だった。

「やめますか?」
「いいえ、どうしてですか?」

私は、怯んだりしていない、そう示すように、京さんの体に密着した。

「……では、参ります」

心の臓の下が、ひゅーひゅーする。

高い崖の上にぶら下がっている気分だ。いや、そんなようなものだ。

京さんは鋭い爪で、硬い岩を刺すように握っている。

「すごい……便利ですね」

思わず声が出た。

「そう、でしょうか」
「そうです」

少しずつ、慎重に、京さんは崖を下った。

「崖を降りてますよ……崖を降りてますよ」

京さんは、ぶつぶつと呟いた。
私は当惑した。

「ねぇ……どうしたの?」
「何が、でしょうか?」
「どうして、崖を降りてますって言いだしたの? その方が集中できるの?」
「……いえ、貴方が」
「私が? あ、ああ! もしかして、崖を登ってますよって話? いいって言ったのに?」
「あれから、ずっと……崖を上り下りする度に、思い出してしまって……」

後ろから、その顔を覗き込んだら、反対側を向かれた。

つい、笑う吐息が漏れてしまったら、降りる速度が速くなった。


下の岩場に辿りつくと、割れた波しぶきが、小雨のように舞っていた。

「うわぁ」

ぽっかりと空いた洞窟には、川が流れるように、海の水が流れ込んでいる。

自然の力の雄大さと、恐ろしさに足がすくみそうになったけれど、いつも通り強がって歩き出した。

「行きましょう」
「はい」


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