猫と不思議の塔

玉木白見

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和美ちゃん

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■1
 陽の光で目が覚める。
 秋。朝は少し肌寒い。塔の中ではあるが寝室にも薄い森林の香りが漂い心地よい。夏のように押し売り感がなく、自然と体に馴染む。
 昨日のおかげで体中が筋肉痛だ。腕と腰あたりが特にひどい。不思議だ。殺されてもその後遺症はないのに筋肉痛だけは残る。クモに噛まれあんなに痛かった首は何の違和感もない。ゆっくりと寝返りし、痛むところをかばいつつ起き、いつのもように朝の準備をする。3泊目。勝手がわかり慣れてきた。
 
 朝食を食べ終え歯を磨いていると猫が帰ってきた。黙ってキッチンに上ると桶に溜まっている水をペロペロと舐め始めた。それから、「餌、餌」とせがむので缶詰の餌をあげると少し端のほうへ移動しむしゃむしゃと食べた。まだ警戒しているようだがあちらもだいぶ慣れたようで初日と比べるとマシになった。
 
 準備が整うと、一緒にエレベータのほうへと向かい、上へと移動した。
 「ここは何階だい?」
 「28階だ。」
 結構上まで来たなと思った。さて今日は何の動物なのだろう。また体力勝負のミッションの可能性もあると思い、なるべくカチカチになった体をほぐすべく準備体操を始める。その横を猫はスタスタと横切り軽やかにクローゼットの上に移動し、ごろんと横になる。
 「じゃあ、行ってくるね。トゲゾウ。」
 猫は、少し目を開け小さくあくびをする。ミッションにまったく興味がないみたいだ。
 
 暗い部屋の机には、また別のミッションが書かれていた。
 『ミッション:女性を救え』
 女性。動物に女性って使うか。不安に駆られながら、眩い光に包まれた。
 
■2 
 気が付くと目の前には、シャッターの閉まった店らしき建物があった。その隣もその次の隣もシャッターが閉まっている。地面はレンガ造りの道。上を見るとアーチ状の天井がある。ところどころ明かりがあるが薄暗い。具体的には言えないが、なんだか全体的に雑多で汚らしい雰囲気だ。そして、少し離れた奥のT字路のあたりに男3人が何かを囲んでたっている。
 あれか。見た瞬間嫌悪感でいっぱいになる。男どもは見るからにチンピラ。時代遅れ感たっぷりの雰囲気を醸しだしている。たまにドライブをしていてもど派手はトラックや特攻服の出で立ちで派手に飾ったバイクに乗っているのを見かけると、まだあんなのがこの世に存在するのかと驚嘆する。どう見たってカッコ良くみえない。でもあれがカッコいい時代があってそれを今でもカッコいいと思う人がいる。ああいうのを『美学の温故知新』と言うのだろうか。それら時代遅れに見えるものも温められて少し現代風になっているのかもしれないが僕からはどう見ても良くは見えない。
 
 あんなのに近づくことすら嫌だ。話しかけたとたんに語学力乏しさ満点の汚らしい言葉しか返ってこず話し合いにならないのが想像つく。女性には気の毒だがミッションじゃなければ見て見ないふりをするだろう。心底嫌だ。でもミッションなのか。どうしよう。ああいうの本当にこの世から居なくなって欲しい。社会に貢献するわけでもないし、自分たちの私利私欲で他の人達に不愉快、迷惑だけをまき散らす。誰も何の得もしない。見た目が昭和のチンピラだったら逮捕して良い法律でも作ってもらいたい。
 
 悩みながらじっと眺めていると、3人のうちの1人が僕に気が付き、こっちを睨んできた。うち2人がこっちに近づいてくる。全身に寒気が走る。左が、紫色の服を着た背の高めのやせ型でオールバック、右が背の低めの恰幅の良い体型で角刈りで焦げ茶色の服を着ている。ともに30前後か。右は体格や髪型のせいもありもっと年配に見える。
 「あんちゃん、なに見てんじゃあ。ああん?」
 出た。このど田舎なまりの威嚇用語。誰がこんな言葉考えたんだ。
 「あ、いや・・」
 「なんか、ようか?」
 どうすればこんな絵に書いたような気分の悪い顔になれるんだ。赤ん坊のころからこんなはずはない。髪型、色、眉間、眉毛、目、口 全部威嚇仕様だ。上から押さえつけらるような恐ろしい威圧感を感じる。
 「なんか、ようか言っとるんじゃ。おい。」
 「ああ、いや。なんか嫌がってませんか?あの、女の人。と思って。」
 「てめえには関係ねえだろ。あん。」
 「やんの?」
 ああ、最悪だ。冷や汗が出てくる。どうしよう。
 いや、でも、と少し冷静になる。これってミッションだよな。現実じゃないんだよな。別にこいつらに少し危害を加えたって警察沙汰になるわけではないんだよな。急に開き直り勇気が湧いてきた。ちらっと奥の女性の様子を見て確認する。
 「いや、嫌がってますよ。無理強いは良くないと思うんですが。」
 「ああん?」
 そういうと肩に手をかけてきた。これで正当防衛を発動できるのか。少しは喧嘩できるはずだ。
 「うわあ」
 声をあげ、左のほうに体当たりする。あとはノープランだ。とりあえず女性のほうへ行き、奥の一人をやっつけよう。さっきの右のデブはそんなに早く動けないはず。
 「て、てめえ。」
 左の男の大声で、奥の男が気が付いたようだ。背が高め、ベリーショートというか坊主で、少し太ってて全体的に四角くロボットのような体格だ。顔をちらっとみると3人の中で一番厳つい。見た瞬間少しすくんだ。四角い男は見た目とは違い軽いフットワークで突っ込んでいった僕をかわし僕の服を掴むと腹のあたりに膝で蹴りを入れる。息が詰まる。すぐに後ろの2人も僕に追いつき後ろから所かまわず蹴りを入れてきた。それからはもうダンゴムシのように丸まることしかできなかった。

 「・・・・・」
 ああ、この風景か。失敗するたびに見る古ぼけた殺風景な天井。腹や足などをさすってみるが、昨日の筋肉痛以外の痛みはない。あんなに息が詰まる苦痛をを確かに感じたのに不思議だ。
 今回は人間だった。人間も動物か。でも動物の中でも一番おぞましい種類の動物だ。
 クローゼットの上では猫が寝ている。また、助けを求めるか。人間同士のトラブルに猫の手は役に立ちそうもない。女性には悪いがパスするか。それとも何か打開策を考えるか。少しは健闘できるかと思ったが、ああいう奴は勉強する時間を割いて無駄な喧嘩や暴力のスキルを磨いているのだろう。簡単につかまってボコボコにされてしまった。悔しいが太刀打ちできそうもない。
 
 ふと名案が閃き、寝室に移動しタンスやクローゼットを開けあるものを探し始める。良く見るものだが一般家庭にあるようなものではない。でもあれば使える。それに似たようなものはないか。
 あまり細かく物色はしなかった。何も入ってないと思ったからだ。しかし見てみると意外といろいろ入っている。傷薬、絆創膏、ペン、ノートなどの筆記用具。しかし目的のものはない。あるわけないか。
 キッチンのほうに向かう。キッチンのお菓子をかき分けて探すとそれはあった。これだ。これで十分代用できる。
 
 頭の中に数種類のストーリーを思い描き、希望を胸に勇気を振り絞り再度ミッションに挑む。見つけたそれを口に入れ試してみる。大丈夫だ。深呼吸し、覚悟を決め光の中へ入る。
 
 さっきと変わらぬ風景だ。すぐ男どものいるほうを見るとさきほどと同じだ。気が付かれないように近づき物陰に隠れる。行くぞ。息を吸い、口をとんがらせ間の隙間をなるべく閉じ丁寧に息を吐く。静かなアーケード街にピーっと笛の音が響き渡る。
 「警察だ。何をしている。」
 笛ラムネを口から出し、大きな声で叫ぶ。
 男どもはちらちらと辺りを見渡す。もう一度、口にくわえ、二回笛を吹く。男どもは明らかに動揺した様子で、その場から走って立ち去って行った。
 
 やった。こんなにうまく行くなんて。予想ではうまく行かずこっちに気が付き、追ってくると思っていた。そしたら逃げて、またチャンスを伺うつもりだった。馬鹿な単細胞共め。あとは女性に逃げるように促せばミッションクリアだ。意外と楽勝だったと思いながら女性のもとへと行き、『大丈夫ですか?』と声を掛けようとしたその瞬間、足から顔に向けて震えが走った。
 「え、・・・・。和美ちゃん・・・・?」
 
■3
 和美ちゃん。高校生の時に少しだけ付き合った僕の初めての彼女だ。
 
 僕は高校の時は、部活動などは特に何もせずいわゆる帰宅部だった。中学校の挫折を引きずり他に何か挑戦しようという気にはなれなかった。高校が終わった後は特に何かするわけでもなくたまに友達に付き合って遊びに行ったりはしていたが、金がかかり嫌だったので家に帰り、ゲームをしたり、スマホをいじくったり、昼寝したりが日課だった。そんな中友達がアルバイトを始めたので、暇だから僕も少しと思い興味本位で近くの食品工場でアルバイトを始めた。
 食品工場の仕事はとても過酷だった。ずっと立ちっぱなしだし、流れ作業のため気が抜けない。辛い割には時給も良くなく2日目にはもう辞めようかと思うほどだった。でも辞めて新しい場所を探すのも面倒だったので嫌々ながら続けた。
 
 そこでよく同じ作業場で出会ったのが和美ちゃんだ。
 仕事中、周りのおばちゃんたちは世間話をしながら仕事していたが、僕も和美ちゃんも基本何も話さず黙々と作業をしていた。食品工場のため、全身白い作業服と、マスク、帽子という格好のため目しか見えず顔全体は想像でしかわからなかったがとてもやさしい印象の子だった。おばちゃんから話しかけられた時はニコッとして最小限の返事だけを返していた。とてもおとなしい子だった。
 
 定時が終わると皆一斉に帰るので、しばらくは帰りに出会うこともなかったが、ある日の出勤時にばったりと会った。目からこの子だろうと思い声をかけた。あちらも気が付いたようだったが、少し不思議そうに「おはよう」とだけ返してくれてそれ以上会話は膨らまなかった。その時は普段目しか見てない人の顔が見れただけでとても新鮮な感じがして満足だった。想像通りおっとりとした感じの子で、思ったよりぽっちゃりしてるなと思った。

 それから何度か行きや帰りに会うようになった。鞄についていた小さなキャラクターがはやりの漫画のキャラクターだったせいがありその話で盛り上がったことをきっかけに自然と仲良くなり、そのうち付き合うようになった。付き合うようになってから知ったが実は同学年で、近くの別の高校に通っているとのことだった。高校は偏差値で言えば僕のほうが上で、彼女の学校は偏差値が平均そこそこの学校だった。
 
 僕は、彼女ができたってことだけでとてもうれしく他の友達から少し抜け出せた感もあり有意義で少し有頂天になっていた。また高校の偏差値が上だったこともあって自分が頭良くなったかのような感じもあった。一緒に勉強した時も正直高校によってこんなに教育レベルが違うのかと驚かされた。僕がすでに数ヵ月前に習ったようなことを半年後に勉強しているほどでしかも内容も基礎的な部分だけといった状態であって、そのせいか付き合いに慣れてきたときに僕は彼女のことをよくからかったりした。もちろん悪気があってではないし、本気で馬鹿にして見下したわけではない。ちょっとからかっただけのつもりだった。普段それを聞いて彼女は笑って済ませていたが、時折、本当に落ち込むようなこともあった。その姿を見て僕は少し悪いことをしたなという気持ちになったが、度々からかってしまった。そして別れる原因となる決定的なことをしてしまった。
 
 彼女の中学時代からの親友が引っ越しのため転校するという話の時だった。その親友からは転校になるかもしれないという話を3か月前くらいからされていたようだったが、その話は信じられなかったそうだ。そして、いよいよあと1週間となった時になってついに実感が湧いたようで彼女は僕に「ずっと嘘だと思っていたのに今でも信じられない、これから私どうなるんだろう。」とシクシク泣き始めてしまった。普通なら、ここで共感して慰めてあげるのが当たり前なんだと思う。ところが僕はこの時、3か月も前から聞かされているのに今更何を言い出したのだろう、心の準備をする時間なんていっぱいあったはずだろう、友達一人転校するくらいで人生がどうなるもこうなるもないだろうと思ってしまった。普段から彼女を馬鹿にしていたせいだったのだろう、なんと言ったのかはっきりと覚えていないが、慰めの言葉を掛けず彼女をけなしてしまった。もちろん悪気があったわけではない。いつもの軽はずみのからかいのつもりだった。でも、その言葉を聞き彼女は「心のない人・・・」っと一言つぶやくとそのまま僕から遠ざかって行ってしまった。さすがにまずいと思い謝ろうとしたが聞いてもらえず、チャットにもメールにも反応してくれず、アルバイトも辞めてしまい、それ以降会うことはなかった。
 
 なんて馬鹿なことをしたのだろう。あとで後悔した。僕は、昔からそんなに大事と言える親友はいなかったし、親友が自分のもとからいなくなるような経験もなかったから想像がつかなかった。でも少し想像すればわかったはずだ。本当に悪いことをしたと思った。それからも数回チャット、メールでは謝ったがおそらく僕の事を許してくれてはいないだろう。でも今でも心底、謝りたい。あれから、少しくらいは人の気持ちがわかるようになったつもりだ。だから謝りたかった。やり直したいとかではなくただ謝りたいと思った。
 
 その瞬間が、今、急に訪れた。あまりの唐突なタイミングに何を話せばよいかわからない。
 彼女を見つめ呆然としていた、その時だった。何かの破裂音とともに左脇腹あたりに今まで味わったこともない激痛が走った。僕は息もできずそのまま脇腹を抑えうずくまりそのまま意識が朦朧としてきた。
 「何が警察だ。このクソガキ。なめやがって・・・」
 消えゆく意識のなか、ぼんやりと男どもの声が聞こえた。

■4
 「うわあ。」
 悪夢にうなされたかのように目覚めた。全身汗だくだ。しかし体は無事だった。
 あいつらはなんなのだ。ただのチンピラではない。犯罪ではないか。普通ナンパで人を殺すものか。しかも襲われているのは・・・。
 どうしよう。不意に誰かにすがろうとクローゼットの上を見るが、猫はいなかった。
 正直この作戦で駄目ならこのミッションはパスしよう、そしてこの塔での生活も終わりにしようとまで考えていた。そろそろ帰らないと休みも終わってしまう。でもこの状況ではやめるわけにはいかなくなってしまった。何とかして助けなければ。
 いや、途中までうまく行くっていたんだ。そしてあいつらは一瞬逃げた。思い出になど浸っておらず全力で逃げれば良いのだ。
 「よし」
 自分の顔を叩き、準備体操をし、気合を入れて再度挑戦する決心をする。
 
 3度目も同じ風景だが違う風景に見える。胸の鼓動が激しくなる。
 そっと隠れ、さっきと同じく笛ラムネを吹きまるで本当の警察官になったかの如く演技で先ほどと同じセリフを叫ぶ。
 「警察だ。何をしている。」
 落ち着けと自分に言い聞かせる。もう一度笛を吹くと、男どもは先ほどと同様に逃げて行った。
 
 急いで和美ちゃんに近づく。あの日からかいすぎたときに見せたあの悲しい目で僕を見つめている。
 「さあ、立って。あいつら拳銃を持っている。早くここから逃げよう。」
 手を握り、立たせ、逆の方向へ走る。
 「えっ、えっ?」
 彼女は戸惑っている様子だが、またあんなもので撃たれたくない。
 付き合っているときに一緒に走ったことなどなかった。彼女はスポーツはいっさいしたことがないと言っていた。そのせいかものすごく遅い。最初怪我でもしているかと思うほどだった。
 ちらっと後ろのほうを見ると、男どもの一人が遠くから不思議そうにこちらの様子を探っているのが見えた。男はその後、仲間に合図を送り始める。 まずい。追いかけてくるかもしれない。
 「い、急いで。あいつらが追いかけてくる。」
 「えっ」
 彼女はさらに戸惑った様子だ。
 道がわからない。今逃げている方向は人気がない方向のように思える。奴らを撒くためにも適当に脇道に入る。適当に走って進むと、あたりが一瞬にして眩いまでの明かりの中、人混みが行きかう風景に様変わりした。それでも怖く、少し人混みをかき分け、目立たない場所を探し進んだ。
 後ろをみた。もう追って来てなさそうだった。さすがにこの状況で拳銃を発砲することはないだろう。和美ちゃんは「ハアハア」と息を荒くし、困ったような顔をしていた。
 
 「もう大丈夫だと思う。ごめん。無理やり走らせちゃったりして。」
 「え、あ。うん。」
 少し空白の時間が流れる。
 「ごめん。余計な事しちゃったかなあ?」
 「え、ううん。あ、ありがとう。」
 和美ちゃんは小声でそう呟いた。このミッションの中では彼女は僕の事は知らないようだ。もしくは、僕の事を記憶から消しちゃったのか。
 「あ、あの、本当に怖かったんです。ありがとうございました。」
 「あ、いや、こちらこそ本当にごめんなさい。傷つけるようなことばかりしてしまって。」
 「・・・」
 僕は何を言っているんだろう。彼女は不思議そうな顔をして僕を見た。それからもう一度お辞儀し、小さな声でお礼を言うと彼女はそこから去って行った。人混みに消えていく彼女をみつめ、もう会うことはないのだろうと思うとまた後悔の念に駆られた。

■5
 気が付くと町の風景があの天井に変わっていた。
 なんか心に詰まっていたものが取れたような、蒸し返したような、もやもやした気分だ。そして少し冷静になるとまた大きな疑問が湧いてきた。
 
 なぜこの塔は和美ちゃんのことなど知っているのだ。僕は彼女と付き合っていたことを友達にも誰にも話さなかった。秘密にしておくことで優越感に浸りたかった。だから友達は知らないし、バイト先のおばちゃん連中ですら知らなかったはず。いや、知っていたとしてもこのミッションを作るときに組み込むなんて考えられない。このミッションは僕の奥底の記憶を探り自動で作られるのか。だとしたら、最初のカニの幼生って何なんだ。
 
 「なんか、うまく言ったようだな。何を困惑しているんだ。」
 猫が大あくびしながら話しかけてきた。この猫か。この猫が知っていたとでも。
 「トゲゾウ。一つ聞いていいか?僕って以前トゲゾウと会った事あったっけ?」
 「あるわけないだろう。お前のことなどほとんど知らん。」
 「そ、そうだよね。」
 「さあ、次の階に行くぞ。準備は良いか?」
 
 先に少し休憩したいと伝えると、軟弱だの、基礎体力がないだの、精神的に弱いだのと小声でののしられたが、結局寝室部屋で少し休憩することにした。猫は缶詰の餌を与えると大喜びで頬張った。
 さっき見つけた駄菓子を食べながら、先ほどのミッションの件とこの猫の件を考えた。でもどうしてもリンクしない。
 
 「ねえトゲゾウ。トゲゾウはずっと野良猫じゃなかったんでしょ。今もここに住んでいるみたいだし。」
 「んん?なんでそんなことを聞くんだ。」
 「いや、気になってさ。」
 「この塔には住んでない。でも俺は確かにずっと野良猫ではなかった。」
 「そうなの。やっぱり。誰かのペットになれたの。」
 「どうだっていいじゃないか。」
 なぜ言うのを躊躇らうんだ。
 「ねえ。いいじゃないか。隠す必要なんてないでしょ。教えてよ。」
 猫は僕の言葉を無視して、また洗面台のほうへ行きペロペロと水を飲み始めた。

 「ねえ。あれかい。昨日言っていた餌やりのボランティアのおばちゃんに飼ってもらったとかかい?」
 猫は動きを少し止め、そして少し左下のほうに頭を傾けて思い出すかのように言った。
 「野良猫の時に餌をくれてたおばちゃんは途中死んでしまった。自殺したらしい。」
 また、両腕にピリッとしたしびれを感じる。
 「え、なんで。何があったの。餌やりで近隣と揉めたのが原因かい。」
 「いや、俺の友達を毒入りの餌で殺した奴がいただろ。それがおばちゃんの子だったんだ。」
 「・・・」
 「その猫殺しの事件は巷では結構広まって、事件の日から数日はいろんな人たちが大きな機材を持って見に来ていた。うちら猫も連日写真撮られたよ。その事件が広まってから数日間は餌やりのボランティアの人達も来る回数が減って、俺たちは少し食事に困った。その機材を持った人たちがおいしくない餌をくれたりしたけどな。
 事件が落ち着くとまた普通にボランティアの人たちが来るようになったんだが、でもよく俺に餌をくれるその人は事件から一度も顔を見せなかった。何でだろうと思っていたが、他のボランティアの人たち同士で話しているのを聞いて自殺したらしいことを知ったんだ。
 原因は、誹謗中傷を受けたことによる精神的苦痛だったようだ。その猫殺しは、おばちゃんがボランティアであげていた餌を勝手に借りてそこに毒を混ぜて餌をあげ、その餌を見つけた人が、普段ボランティアが使っている餌と同じ餌だってことに気が付き、それを言いふらし、さらにそれが報道された。他にもこの地域で過去に『餌やり禁止』で揉めたことがあることや、猫嫌いの人達へのインタビューの内容を報道することで、あたかもボランティアと猫殺しをひとくくりにして悪と見なすような風評になった。そこへきて猫殺しとボランティアが親子関係だっていうことが明るみに出て、家族ぐるみでボランティアを称して猫を殺すために毒を巻いているいうデマが広がったとか言っていた。野良猫に避妊手術、去勢手術していることについても一部で非難があったようだ。」
 「・・・」
 「また誹謗中傷する奴らなんて猫が『かわいい』だの『癒される』だの言って、その猫を殺すなんてかわいそうって気持ちで言っているのかもしれないけど、俺からするとバカバカしくて飽きれる。何の知識もないくせに想像だけで騒ぎたてる。そもそも同情するならちゃんと飼って捨てないでくれって思うなあ。まあ、ボランティアのおばちゃんは気の毒だったな。」
 猫はそういうと寝室のクローゼットの上にあがり手をペロペロと舐め始めた。
 
 なんだかまた聞きたいことから脱線して悲痛な情報をいただいてしまった。

 今の話、気の毒で衝撃を受けたが、それよりも一つ信じられない事に気が付いた。今トゲゾウが話した事件と同じ内容を昔に聞いたことがある。これも僕が高校生の時だったはず。僕の友達がこの事件をどこからか見つけてきて、怒って皆に言いふらしていた。トゲゾウが言っていたのとまさに同じセリフ「あんなかわいい猫ちゃん達を毒で殺すなんてありえない。かわいそうだ。」を言っていた。その犯人の親が近辺で良く猫に餌をあげていたという情報もどこかからか見つけ、何の確証もなく、家族ぐるみでの犯行だと決めつけて勝手に怒り、家を見つけて攻撃してやるなどとわめいていた。だから覚えている。

 トゲゾウが言っていた事件と高校の時に友達から聞いた事件は違う事件なのかもしれないが、こんな事件が何度もあることだろうか。
 そして、その2つが同一事件だとしたら・・・。
 
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