月のない夜、命は仄青く光る

日諸 畔(ひもろ ほとり)

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第2章 記憶と相棒

第5話 家族

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「ええええええええー!」

 夏休みを後二日残した。厳しい日差しが続く朝十時。大きくも小さくもない一軒家に、悲鳴に近い絶叫が響き渡った。

 ここは、幕森大社近くにある住宅地の一角。主に、荒魂に対抗する者たちが居を構えていた。それぞれの役割に応じて、一般的な会社員と兼業であったり、表向きは地方公務員という形で専任したりと暮らしは様々だ。
 由美の養母である矢辻やつじ 優子ゆうこは、後者である。代人を由美に譲り引退した後は、後進の育成に努めている。由美も結衣も、優子の養子であり弟子であった。

 優子はここ数日、戦いの事後処理に奔走していた。通常の職務ではないが、人手が足りない時には容赦なく駆り出されるという立場だ。
 特に、消えてしまった人に関しての周辺調査と、保護した代人候補の取り扱いについては、優子は経験豊富だった。
 
「母さん、本気なの?」
 
 思わず定位置からずれてしまった眼鏡を直しつつ、問いかけた。由美は元々視力が弱く、戦いの際は《動》の応用で補正している。
 義母による衝撃の発言は、少しだけ残った夏休みの課題を済まそうと準備をしていた矢先のことだった。

「うん、昼には来るから、歓迎の準備しておいて」
「どうやってよ……」

 由美は優子から伝えられた決定事項を脳内で反芻する。受け入れがたいが、家庭内最高権力者の言う事には逆らえない。由美は、大きくため息をついた。
 荒魂から保護し、由美の命を助け、由美が救った少年。霧崎 哉太が家に来るらしい。
 
 由美はレンズ越しに自分の体を見下ろす。長身に対して丈の足りていないプリントティーシャツと、所々縫い目の解けたハーフパンツという、油断に油断を重ねた服装だった。これでどう歓迎しろというのか。
 詰め所で発してしまった、あまりにも馴れ馴れしい失言も忘れられない。目が合った直後、逃げるように退室したことはどう思われているだろうか。あの夜以来、毎晩思い出しては悶絶していた。
 
 由美は対人関係があまり得意ではない。むしろ苦手とすら言える。
 彼にどんな顔をして会えばいいのか、荒魂との戦いとは別種の恐ろしさが背中を伝った。

「じゃ、私はまだ仕事があるから。夕飯前には帰るね。じゃ、よろしく」
「え、母さん……」

 現役であった当時から、瞳に映る力は変わらない。それは優子の強さでもあり、周りを振り回す強引さの証明でもあった。
 由美の反論を待たず、優子は軽やかに身を翻し、外に出て行った。戦いを退いた時から伸ばし始めた髪は肩の少し上まで届き、実際の年齢よりも彼女を若く見せていた。

「朝からどうしたのよ。今日はゆっくり寝たいのに」

 玄関先で途方に暮れている由美の背後から、不満げな声がかかる。八月戦闘の結果報告書をようやく書き終わり、久しぶりに休暇を取っていた結衣だ。
 昨晩は昼まで寝ると宣言までしていたが、由美の叫びで起きてしまったのだろう。それぞれの個室がある二階から降りてきていた。

「結衣姉さん、どうしよう」
「なにかあったの?」

 下着の上からキャミソールを被っただけの格好をした義姉は、大きくあくびをした。
 小柄で肉付きがよく、綺麗というよりは可愛いといった容姿を、由美はいつも羨ましく思っていた。

「それはまずい。急がなきゃ!」
 
 由美から事情を聞いた結衣の行動は早かった。シャワーを浴び、セミロングの髪を乾かし、眉を整え、薄く化粧をする。そこまで三十分強という早業だった。

「由美も着替えるよ」
「え? え?」
「選んであげるから、早く! 髪も梳かさないと!」

 由美が優子に引き取られた五年前、結衣は既に組織の一員だった。
 突然姉妹となった二人は、互いに親を亡くしたという境遇もあり、打ち解けるまでの時間は短かった。十歳差義姉妹は、血の繋がりこそないものの、奇妙な絆で結ばれることとなった。
 
 自分の外見に対して頓着のなかった由美は、成長するにつれ女性的になる自分に戸惑うことが多かった。
 代人として危険で多忙な義母に代わり、それらの対応は義姉である結衣が務めていた。元来世話焼きであった結衣の性格もあり、現在でもその関係性は続いている。

「よし、こんなもんか。家だしね」
「う、うん」
「いつか着せようと買っておいてよかったよ。サイズもなんとかなったし」
 
 満足げに頷く結衣とは対照的に、鏡の前で由美は体をよじらせた。
 半ば無理やり着せられたのは、ボーダー柄のサマーニットと七分丈のデニムパンツ。シンプルで着心地は悪くないのだが、どうも身体の線が見えすぎているような気がしていた。

「ちょっと、恥ずかしいかも」
「何言ってるのよ。スタイルいいんだから、見せつけてあげなさい。最初の印象が肝心よ」
「ええー」

 ゆったりしたブラウスにロングスカートを纏った結衣は、猫背になった義妹の背中を力強く叩いた。
 時計の針は、十一時半を指していた。

「そろそろね」

 結衣の呟きとほぼ同時に、インターホンの音が響いた。恐らく、彼の到着だ。小声で「間に合ってよかったね」と告げた結衣は、ばたばたと玄関へと向かう。由美も恐る恐る後を追った。
 
「はーい、いらっしゃい」

 少し作った声と共に、結衣がドアを開く。その先には、中肉中背の少年が緊張した面持ちで立っていた。

「お、お世話になります。霧崎 哉太です」

 義姉の背中越しに窺うその姿は、あの夜と違って年相応に感じられる。改めて見ると、それなりに整った顔つきをしていた。

「話は聞いているわ。どうぞ上がって。荷物はとりあえずリビングに持ってきてもらおうかな」
「はい、お邪魔します」
 
 結衣に促されスニーカーを脱いだ哉太は、矢辻家に足を踏み入れた。
 
「お昼まだでしょ? 簡単なものだけど用意するね。由美、あとよろしくー」
「えっ」

 ほぼ同じ高さの視線が合う。由美は思わず目を逸らしてしまった。余りにも印象が悪いと、内心で激しく後悔した。それでもなんとか、必死の思いで言葉を絞り出す。

「あ、あの、リビング、こっちです」
「ああ、うん」

 二人が二度目に交わした言葉は、ひどく気まずいものだった。
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