月のない夜、命は仄青く光る

日諸 畔(ひもろ ほとり)

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第3章 友情と信頼の在処

第25話 存在(第3章 完)

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 優子からの説教は既に三十分以上続いていた。畳に正座した足は、徐々に悲鳴をあげつつあった。
 母ではなく指導役の顔をした優子の視線は、主に由美へと向けられている。隣に座る哉太はしきりに身を揺すっていた。

「聞いてるの?」
「聞いてるよ」
「言葉遣い!」
「はい、聞いてます」

 新月の夜の翌日、由美と哉太の二人は強制的に学校を休まされ詰め所に連行された。その理由はもちろん、無茶な戦い方をしたことについての叱責だ。
 主な要因は由美にある。人命を優先しすぎるあまり、当初の作戦を無視した行動をした。独断の判断であり、誰も予想しなかった行為だ。

「一人救ったことであなたが消えたら、後の百人に被害が出るのよ。さらに、後衛まで巻き込もうとした」

 本日通算四度目の言葉には、反論の余地などなかった。目の前の一人を優先したことも、哉太を危険に晒したことも、本来あってはならないことだ。

「で、哉太も哉太。由美の馬鹿に付き合って、あんな力の使い方をして」

 矛先は哉太へと向かう。ただでさえ複数の力を同時に使っているのに加え、核の位置を調べたのだ。代人の力を知る者からすれば、正気の沙汰とは思えない行動だった。
 
 結衣から聞いた話によれば、哉太の負担は相当なものだったらしい。由美への《伝》を一時的に切断することで、それを軽減したそうだ。
 それでも哉太の存在は薄くなってしまい、結衣は【最後の手段】を使ったと言っていた。詳細については、明確に答えてもらっていない。

「はい、すみませんでした」

 哉太は素直に頭を下げる。心の内と行動に乖離があると、由美は直感的に察していた。
 おそらくそれは優子にも伝わっている。だからこそ、何度も同じことを言われているのだ。

 再び代人が抱える使命についての話が始まる。最終的には、可愛い義娘と引き取った男の子を失う悲しさという内容に変わっていた。涙目になる優子は、その名の通り優しかった。

 足の痺れが限界を通り越した時だった。「わかったら、今日は休みなさい」と締めくくられ、その場から解放されることとなった。詳細な報告は、翌日の学校帰りと指示を受ける。

「いたたたたた」
「うおおぉ」
   
 当然のように、二人はしばらく立ち上がることはできなかった。

 詰め所からの帰り道、由美は哉太と並んで歩く。肩の高さも歩幅も、ほとんど変わらない。

「ここだけの話がふたつある」
「なに?」

 正面を向いたままの哉太が、神妙な調子で話しかけてきた。敢えてふたつと言い切るということは、予め用意しておいた話題なのだろう。

「どっちからがいい?」
「どっちでもいいよ」
「じゃあ、真面目な方から」
「最初から決めてたでしょ」
「まぁね」

 今となっては、無駄なやり取りさえ心地いい。二ヶ月前の由美であれば、想像すらしなかったことだ。

「戦う前に言ってた話な、手がかりが掴めたかもしれない」
「荒魂を操るって?」
「そう、それ」

 続く哉太の説明は、由美を驚愕させるには充分なものだった。それも、複数の意味で。

「最初の二体までは、由美を守るための盾を作るのに集中してたんだよ。通常の後衛もやりながらできるか不安だったから」
「うん、助かったよ」
「で、最後は少し余裕ができたから、荒魂をくまなく調べようと思った。操ってる奴の手がかりが見つかるかなって」
「余裕って」

 普通ではないことを、当然のように言ってのける。後衛としての能力であれば、哉太は由美を遥かに超えていた。もしかしたら、久隆以上なのかもしれない。

「で、たまたま核を見つけた」
「は?」
「それはどちらかというと、ついでみたいなもんでな」
「待って、詳しく」

 哉太は犠牲を減らしたいという由美の意志を汲み、一射で荒魂を仕留めるように核を見つけてくれた。そう思っていたが、どうやら勘違いをしていたようだった。
 由美の問い詰めを聞き流しつつ、哉太は話を続けた。自分の言いたいことで頭がいっぱいになっている様子だ。
 
「荒魂の中に、思念のようなものがあったんだよ。《伝》の感じにすごく似てた」
「そうじゃなくて……え、《伝》って?」
「うん、《伝》だった。俺が由美の腕を動かした時にそっくりだったよ」

 そこまで言って、哉太は由美の横顔に目を向けた。意識は繋がっていなくとも、由美には彼の考えていることが手に取るように分かる。気に入っているよ、という意味を込め、髪を耳にかけてみせた。

「たぶん、代人じゃないけど、そういうのがいるんだと思う」
「そんなまさか」
「だから、一人でやったんだよ。由美ですらその反応だから」
「あ、ごめん」

 哉太は少しむくれた表情を見せた。どうしても由美には、突拍子もない意見に聞こえたのだ。荒魂とは、ただ人を喰うだけの化け物と教えられてきた。長年培われた常識は、簡単に覆りはしない。
 ただ、哉太が正しいかは別としても、荒魂に何かが起こっているのは確かだった。その要因を探るためには、元来の常識とは異なった行動をしないといけないのかもしれない。

「完全に信じるわけじゃないけど、可能性はあるかも」
「それは助かる」
「次もやるなら、やる前にちゃんと教えて。びっくりしちゃうから」
「了解」
「でも、言う事がある」
 
 由美は歩きながら、隣の哉太に指先を突きつけた。自ら提案したものの、話がまとまりかけるのが気に食わなかった。

「私の涙、返して」
「は?」

 昨日の夜、哉太は由美のために無理をして力を使ったと思っていた。しかし、それは大きな勘違いだった。あの時泣いてしまったことが、今更恥ずかしくなっていた。

「そこのワッフルで手を打つから、涙返して」
「どういうことだよ」
「いいの、奢って」
「はぁ?」
 
 たまたま目に入った移動販売車へ向かい、由美は哉太の袖を引っ張った。トッピング全部乗せでも奢らせなければ気が済まないところだ。

「で、もうひとつは何?」

 当初、哉太はふたつ話があると言った。荒魂を操る者の件がひとつとすると、もうひとつは何なのか、まるで見当がつかなかった。
 由美に促された哉太は、苦笑いを浮かべながら口を開いた。
 
「ああ、次の日曜日、結衣さんとデートすることになった」
「は?」
「俺の存在を残すためにって、約束してくれてさ」

 代人の存在とは、自分が自分である認識と、他者からの認識だ。力を使いすぎると双方が希薄になり、やがて世界から消滅する。逆を言えば、それらが強ければ多くの力を使っても消えずに残っていられるという事だ。
 昨夜、義姉のした不可解な言動が思い出される。彼女の言った【最後の手段】とはこれだったのだ。
 由美は無性に腹立たしくなり、大きなため息をついた。

「いらしゃいませ」

 にこやかに挨拶をする女性店員に向かい、由美は満面の笑みを向けた。

「スペシャルワッフルのトッピング全部乗せを三つください」


第3章 友情と信頼の在処ありか 完
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