月のない夜、命は仄青く光る

日諸 畔(ひもろ ほとり)

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最終章 さよならを言う前に

第43話 接触

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 曇天の夜は空が低く感じる。月は見えなくとも、星の明かりは多少でも心を落ち着かせるものだ。由美の心を重くするように、分厚い雲は切れ間なく幕森の地を覆っていた。
 ただし、今夜は星空に代わり、街はきらめきを放っている。駅前の色彩豊かな電飾の中、行き交う人達はどこか浮かれた様子だ。きっと、翌日に想いを馳せているのだろう。
 
 これから、由美は相棒と共にこの景色に飛び込む。名も知らない人々の日常を守るため。願わくば、二人で日常に帰るため。
 
『由美、準備はいい? 兆候がいくつか出てきたみたい』

 片耳に引っ掛けたインカムから、雑音交じりに女性の声が聞こえる。短く用件だけ伝えるのは、由美の義理の姉であり、上役でもある矢辻 結衣だ。彼女の他に、計十三名が由美の支援にあたっている。
 しかし、今夜だけは彼らに頼ることができない。

「……はい」
『返事が悪いけど、なにかあった?』
「いえ、問題ないです」
 
 わかってはいるものの、返事に躊躇いが現れてしまう。それを指摘する程度には、結衣は真剣なのだ。彼女だけではない。組織全体が、戦う意思を強く持っている。だからこそたちが悪い。

『そろそろ哉太君に代わるね。無理しないで頑張ってね』
「了解」

 いつもの激励が、別れの言葉に聞こえてしまう。由美は「結衣姉さん、ありがとう」と呟いた。聞こえないような小さな声で、しかし、言わずにはいられなかった。

『え、なに?』
「ううん、なんでもありません」
『そう、気を付けてね』
「はい」

 インカムから雑音が途絶える。結衣側から切断したのだろう。操られてはいても、大好きな義姉だ。また会いたいと、心から思う。
 そのすぐ後、由美の意識の中に他者の意識が入って来る。優しくて少しだけ遠慮のある《伝》は、使用者の性格を素直に表現していて、由美は思わず微笑んだ。

『なんだよ』
「別に」
『微妙に伝わってるからな、後で覚えておけよ』
「うん、そうする」
『じゃ、位置送るぞ。まだ時間はあるけど、数が多い。油断するなよ』
「了解」

 由美の頭に、兆候の位置情報が送られてくる。駅前の繁華街に四、裏側の住宅地に三。この時点でこれまでよりも数が多い。
 久隆の意図が含まれるのか、単なる偶然か、現状では判定ができない。どちらにせよ、困難な状況になることは充分に想定できた。

「哉太、念のため確認。今回は全員救うからね」
『俺もそのつもり。まずいと思ったら《操》も使うからな』
「了解」

 今回、二人は自分たちの主義に従うことを決めていた。これまでは意図的に人を数字として認識するようにしていたが、もうやめだ。仮に人質を取られたとしても、諦めることは全力で回避する。

『俺の存在証明、頼んだよ』
「うん、哉太も私をお願いね」

 荒魂が人の存在を餌とするように、代人は自己の存在を消費する。そして、人の存在は他者が認識し証明することで保たれる。由美と哉太は、互に想い合うことで、互いの存在を強固に証明していた。
 力の使い方について、訓練により大幅に効率化できている。いくつかの特殊な手段の用意もある。それらを含めて活用することで、無茶を実現可能なものとしていた。

 由美は哉太を天才だと思っている。初めて会った時、彼の中で見た力は規格外だった。少なくとも知る限り、あれほどの者は古今例がない。それなりに才があると自負していた由美でも、足元にも及ばないだろう。だから、二人の力を合わせればできないことはない、ということも信じられる気がしていた。

「どこから行く?」
『動かないでいい。まずはそこから狙撃だ』
「了解」
 
 現在地は、いつものビルの屋上。ここからなら、計七箇所の兆候を全て見ることができる。以前行った弓矢による長距離射撃であれば、大きく移動せずに処理が可能だろう。もちろん、想定外の事態がなければ、だ。
 
 由美は左手に弓、右手に矢、そして青白い胸当てを造りだした。念のため、自身の周囲を回る盾も用意する。今のところ、無兆は現れていないようだ。

『まずは繁華街、由美から見て真中だ。経路と核の位置を指定する。合図をしたら放て。速射が必要になるから準備しておいてくれ』
「了解」

 哉太の指示通りの目標に向け、弓へ矢を番えた。送られてきた経路に従い、矢の軌跡を《動》で設定する。送られてくる情報によれば、実体化まであと数秒。
 真冬の夜、冷え切った肌が引きつる。口から漏れた吐息が白くけむり、すぐに虚空へと消えた。まるで、人や荒魂の散り際のようだ。

『今だ!』

 合図が頭の中に響く。由美は右指から力を抜いた。本来のものとは比べものにならない速度で、青白く光る矢が飛翔する。

『次!』

 矢の行方を確認する間もなく、哉太から次の経路が送られてくる。今度は由美の背中側、住宅地の方だ。直接向かっていたら、明らかに間に合わない場所だ。やはり、何者かの意図を感じる。恐らくは、元相棒だ。
 体の向きを変えながら、弓を構え直す。同時に軌跡の設定も済ませておく。流れるような動作は、訓練の成果だ。下半身が安定するのを待たず、矢を射った。

『よし、次!』

 間髪入れず、指示が送られてくる。由美は慌てることなく、次々と矢を放った。
 四回目の射撃時、盾が破壊されるのを確認した。しかし、今の優先順位は、実体化した荒魂だ。無兆など相手にしている暇はない。

「鬱陶しい!」

 由美は叫びつつ《動》を使った脚で、邪魔者を蹴りつける。吹き飛んだ無兆は、ビルの屋上を無様に転がった。

『最後だ』
「うん!」

 最後の矢が荒魂へ向かったのを確認し、由美は得物を刀へと変える。先程蹴飛ばした無兆は、ようやく起き上がったところだった。

『核を壊すなよ』
「うん!」
 
 一旦の荒魂を排除した今、あの無兆には用がある。核を破壊し消し去ってしまう前に、やっておきたいことがあるのだ。
 由美の意図を察したのだろう。小型の荒魂は踵を返し、距離を取ろうとする様子を見せた。

「遅い!」

 無兆が地面を蹴る直前、由美は後ろから首を掴んだ。強化した握力と腕力で、そのまま持ち上げる。あの日、大事な友人にした行為と同じ状態だ。

「哉太!」
『おう!』

 暴れる無兆の腕を切り落とし、由美は哉太を呼ぶ。今回の作戦はここから始まるのだ。
 あの男が操っているであろう小型の荒魂。そこに流れる力をさかのぼれば、居場所を見つかられるかもしれない。そうでなくても、牽制くらいはできる。

『……見つけた』

 薄ら笑いを含んだ哉太の心が流れてくる。由美と同じく、腹に据えかねているものがあるのだ。

『まさか、こんな方法を使ってくるとはな……』
『よう、久しぶり』

 伝わってきた矢辻 久隆の意思は、驚きと感心が半々のように感じられた。
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