5 / 5
星の砂時計
しおりを挟む
諏訪南高原病院・旧病棟のバルコニー。5月の深夜12時。網倉ツタキ(25)と掛川十(26)、長椅子に腰かけて飲み物を飲んでいる。ツタキはミルクコーヒー、十はフルーツの紅茶。
十「今日はいよいよ旧産婦人科病棟に行く日だね」
ツタキ「えぇ。でも結構あそこは酷い惨劇だと思うわよ。きっと当時のまま…」
言葉を飲んですり替える様に笑う
ツタキ「だから何を見てもショックは起こさない様に覚悟はしてて」
十「うん…」
十、飲みながらボンワリとツタキを見る。
十「でも僕、ずっと気になっていたんだ。おばあちゃんと隆彦さんはどうして幽霊としてこの病院にいるの? 他の当時の人たちは?」
ツタキ、懐かしく遠くを見る様に話し出す。
ツタキ「死んだのは前に話した通り空襲。そして?どうしてこの病院にいるかって?それは…きっとあの未練があるからだと思うようになったの…」
十「あの未練?」
ツタキ「そう…確かあれは昭和12年くらいの春だったかしら。私はこちらの隆彦さんの担当看護をしていたのね、隆彦さんは前にも話した通り私の義理のおじい様ですし」
十「え?義理の…おじい様?」
十、驚いてツタキを見る。
ツタキ「あら、話していなかったかしら?」
十「うん…聞いてない。どういう事?」
ツタキ「私の夫だった瀬戸内修さんの実のおじい様って事」
十「そうだったんだ」
瀬戸内隆彦(105)、穏やかに微笑んで十を見る
十「もう一度…写真を見せてくれる?」
ツタキ「いいわよ」
思い出すようにうっとりしながら写真を取り出して十に渡す。
ツタキ「とても心が美しい青年だった。ほら、顔はソバカスだらけでえくぼと八重歯が目立つでしょ?それでもまるで外国俳優さんの様に美しいからとても周りの女性に人気があった。少し変わり者でお調子者さんだったけどね」
十、呆れたように笑う
十「おばあちゃんも意外とのろけ強いね」
ツタキ「修さんは私にとって自慢の旦那さんでしたからね」
十「はいはい」
ツタキ、うっとりと思い出に浸り遠い昔を見つめる様に空遠く見つめている
ツタキ「とても幸せだったわ。ずっとこのまま永遠に穏やかな生活を送れると思っていただに…昭和19年の終わり。丁度修さんのお誕生日だった12月の31日」
ツタキ、思い出したくないというように恐ろしそうに目を見開いて下を向く。瀬戸内、車いすに乗りながらツタキの肩を抱く。
ツタキ「修さんのお勤めする落合小学校付近に爆撃が落ちた。修さんはじめ、学校の職員、児童たち、みんな亡くなってしまったって話よ」
十「そんな…」
ツタキ「その日はそれだけじゃなかった…」
切なく静かに
ツタキ「翌日…昭和20年1月1日。翌日の早朝にこの病院の産婦人科棟に爆撃があって、そこにいた看護婦にお医者様や患者様がみんな亡くなったの。当時そこに勉さんとカヨちゃんの小河原さん夫婦もご出産でいらしたわ。勿論亡くなった。勉さんだってその日はお誕生日だったのに」
十「おばあちゃん?」
ツタキ、恐ろしさに震え出す。十と瀬戸内、ツタキの体を支える。
ツタキ「それが私の耳に入った時、本当にショックだった。もう何もかもが嫌になって生きるのがもう辛くて、このまま死んでしまいたい、早く空襲にでも打たれればいいのにって何度もそう思った」
ツタキ、今までずっと制服の中に隠し持っていた茶色の小瓶を取り出して十に見せる。
十「それ…」
十、瓶を受け取ってみてまじまじ見つめながら青ざめる
ツタキ「そう…ヒ素よ。私、ヒ素や他の毒薬を服用して自決しようとした事もあるの。その時にカヨちゃんとトミちゃんの幻が…私を止めてくれたの。二人のお陰で私は思いとどまることが出来た」
十、話を聞きながら泣きそう。ツタキ、十を慰める様に十の膝に手を置いて、十の手を優しく握る。
ツタキ「でも、結局…」
涙を流す十を優しく見つめて支えながら話を続ける
ツタキ「昭和20年4月1日、私達のいた南諏訪高原病院の隔離棟に爆撃が落とされた。それによって私達は死んだ。周りの仲間や患者さんもみんな。助かったものなんか一人もいない。それなのに私だけ死んでもなお修さんの元には行けず、この世に残ってしまった」
深くため息をついて笑う
ツタキ「この世には何も未練はないと思っていたけど、やっぱり気がかりな事ってあるのよね。残された双子の子供たちと生まれたばかりの子供の事や実家の事、そして修さんから聞けなかった答え」
十「答え?何の?」
ツタキ「“パンに合うピアノ”よ…」
十「パンに合うピアノ?」
ツタキ「えぇ…」
十「それは…何?」
ツタキ、思い出すように笑う
ツタキ「あの人変わり者さんだったから“パンにはジュースやコーヒーが合うように、この曲を聞くとパンが食べたくなる、パンのお供と言ったらこの曲だっていうものがあるはずなんだ。だから僕はパンに合う紅茶でもなく、パンに合うコーヒーでもジュースでもなく、パンに合うピアノを見つけるんだ”っていつも言ってた」
十「それで…」
ツタキ「彼は“やっと僕の追い求めていたパンに合うピアノを見つける事が出来た”と私に言ってきたわ…でもすぐには教えてくれなかった」
十「何故…」
ツタキ「20年の4月1日、私の誕生日に教えてくれるって言ってたわ。プレゼント代わりに私の誕生日、パンを食べる私の前でピアノを実演してくれるって約束だったの」
ため息交じりに笑いながらコーヒーを一気に飲み干す
ツタキ「それなのに、約束を破って教えてくれぬまま死んでしまった。だから私はそれがきっと未練で死にきれずにここにいるんだと思うの。それと修さんがいつか二人で見に行こうって言ってくれたヨーテボリのオーロラ。これも叶わずのままだったから」
ため息交じりに笑う
ツタキ「もう、私の人生には未練だらけなんだわ。そりゃあの世へも行けないわけよね。この世にこんなに未練が残っているんですもの」
十「じゃあ隆彦さんはどうして?隆彦さんにも未練があるの?」
瀬戸内も遠い昔を見つめる様に暗い夜の空を見つめる
瀬戸内「わしの未練か。孫息子に会えぬまま死んじまったって事、修の最期にすら行き会えず、最期の顔すら見れなんだ事かのう。一目だけでもいい…あの子にもう一度会いたかった」
ツタキ「それは私も同じよ。もう一度だけでいい、修さんに会いたいわ」
十、しばらく黙って二人を見つめている。真顔で黙って二人を見つめているが、
十の目からは次々と涙があふれ出てきている
ツタキ「おバカさん、何であなたが泣いているのよ」
十、慌てて肘で涙を抑えながら涙笑い。
十「ごめん…でもおばあちゃんたちの話が本当に辛くて」
瀬戸内「君は本当に、涙もろい所まで修によく似ているんだね」
十「え?」
十、泣きはらした顔をあげて瀬戸内を見る
瀬戸内「あの子も十君の様に、すぐに感情移入しては涙を流す子だったよ」
ツタキ「修さんが?」
思い出すように
ツタキ「そうね。修さんは私のために嬉しい涙を流してくださることがよくあった。でも、いえ…それ以外は私、どんな時でも笑っている修さんしか見た事がないわ。悲しい時や寂しい時でさえも」
瀬戸内「それは、ツタキさんの前だからじゃろう」
ツタキ「え?」
瀬戸内「あんたが辛い境遇の中生きてきたことはわしも修から聞いてよく知っておる。修は正義感も人一倍強い子だったからねぇ。そんなあんたの事を全力で支えたいともいつも言っていた。だからこそあんたの前では涙や弱い姿は見せなんだのじゃろう。あんたにこれ以上悲しい思いはさせたくないし、心配もかけたくないって思っていただろうからね」
ツタキ「そんな…そうだったんだ」
しばらく後。十、強く涙を拭って強引に涙をこらえる
ツタキ「ごめんね十君、少しおしゃべりになりすぎちゃったわね」
十「ううん…大丈夫」
涙を拭って決心したように
十「じゃあなおさらだよ!やろう! 」
ツタキ「やろうって…何を?」
十「勿論決まってるだろ!おばあちゃんと瀬戸内さんをはじめ、小河原勉さん、そして僕のおじいちゃん!瀬戸内修さんを解体前に救い出すんだ!」
ツタキ「無理に決まっているでしょ。地縛霊の私達にどうしろと? さっきも言ったけど、私達はここを出たくても永遠にこの建物の外には出れないの」
十、興奮したようにツタキの方に両手を置いて前かがみでツタキと顔を合わせる。
十「あきらめるなよ!方法はきっとある! 待ってて、僕が必ずその方法を見つけてくるから!」
ツタキ「たとえそれが見つかったとしても、あなたにそれが出来ると?」
十、苦しそうに頭をひねる
十「それはやってみなくちゃわからないけど、おばあちゃんは、ずっと僕が会いたかった本当のおばあちゃんなんだ!瀬戸内さんだって僕のひいおじいちゃんだ!やれることは全力でやりたいんだ!このままみんなが消えちゃうだなんてそんなの僕、絶対に嫌だ!だから絶対待ってて!」
ツタキ、クールに笑う
ツタキ「本当にあなたにできるかしらね」
十「どういう事?」
ツタキ「何をしたって無理だと思うわよ。全く…そういう無謀で突発的なところまで修さんにそっくりなんだから」
十「僕はこういう性格なの。大切な人の為だったら命を懸けたって何でもする」
ツタキ、窓辺に目をやる。窓辺のプリズムが虹色にキラキラ輝き出し、太陽が少しずつ昇って来るのが見える。
ツタキ「十君、外を見て!」
十「え、外?」
明るくなってくる
十「あぁ、もう夜が明けるんだ。じゃあ、又…会いに来るね」
ツタキ「えぇ」
十、ツタキと瀬戸内に何度も手を振りながら小走りで戻ってゆく。十、新病棟の渡り廊下の方へout
瀬戸内「ツタキさん、あの子は本当にいい青年じゃ」
ツタキ「えぇ…そうね。娘たちも、孫も、立派に育ってくれていて嬉しいわ」
瀬戸内「あぁ…まさかわしもこうしてひ孫の姿まで見られるとはなぁ」
ツタキ「それは私も同じですよ。まさか孫の姿が見られるだなんて」
ふふっと笑う
ツタキ「本当に…私も出来る事ならば空気の泡になんかなりたくないわ」
MTl/「星の砂時計」
ーOP credit and tema songー
「the sign」
ーENDー
T/平成27年春・長野県富士見町
同病院・病院内資料室。十、資料をおもむろにあさっている。本を読んではしまいを繰り返す。そこに帰りの支度をしたタミ恵と丸山と田苗(書く26)がin
タミ恵「こんなところにいた。十、何やってんの?」
田苗「帰るぞ。仕事もう終わりだぞ」
十「先帰ってて、もう少し!」
丸山「何をそんなに探してるんだよ?緊急じゃないんだろ?」
十「緊急ではないけれど僕にとってはとっても大切なものを探してるの!だからお前たちは先に帰ってていいよ!」
タミ恵、十を睨みつけながら十に近づき、十の首元を持って軽々吊り上げる
タミ恵「あんた…いい加減にしな」
丸山「タミ恵…怖っ…」
タミ恵「かーけーかーわーじゅーうー」
十「ん?」
十を思いっきり床に落とす
十「うわぁ!いたたたた…いきなりなんだよ!」
丸山笑うが、こぶしを振り上げて睨みつけるタミ恵を見て慌てて話を買えるように
丸山「とにかく、今はお疲れのリリャースパスティーリャ!」
タミ恵・田苗「おー!」
丸山「もちろん今日は、全部十の奢りで」
十「は!? どうしてそうなるんだよ」
タミ恵「お、太っ腹じゃん!」
田苗「ごちそうさまでーす」
十「僕はそんなこと一言も言っていません!」
丸山「あ、あと千歳も来るんでよろしく!」
十「はぁ!?」
丸山「あいつにも今日は十のおごりって言ってあるから」
十「おい!」
十、財布を覗いてため息
十「僕の今月のお小遣いが…」
十、資料あさりをやめて3人と共に資料室を出る。
富士見駅前・リリャースパスティーリャ亭。店内はいつもより静かで人も少ない。
十・千歳・タミ恵・丸山・田苗「カンパーイ!」
5人、グラスを思いっきり打ち付ける
十「クッハーッ!」
千歳・タミ恵・丸山・田苗「うめ―!」
十、一気にマンサニーリャを飲み干す
十「うめ―!やっぱりこれだな!」
丸山「お前、せめてなんか食べてから飲めよ。胃、荒れるぞ」
十「いつもの事だろ、放っておけ!」
千歳「大丈夫だよ十君、僕…そのために今日は持って来てるから」
ニヤリとして液体胃薬を取り出す
千歳「飲む前に飲むと効くんだって。という事で」
十「おぉ」
千歳、薬を適量飲む
千歳「ん、甘くておいしいよ。みんなも飲めよ」
丸山「いや…僕らは朝から酒は飲まないから大丈夫」
タミ恵「まさか千歳…あんたも飲む気?」
千歳「勿論!」
プンシュを飲みだす
千歳「でも僕はマンサニーリャはさすがに今は強すぎるから…プンシュだけどね。アルコール3パーセント位に薄めた」
田苗「でも千歳って、車じゃない?」
千歳、ハイペースで飲みながら。顔はほんのり赤くなっている
千歳「車だよ」
丸山「おいおいおいおいおい!それかなりまずいだろ!」
千歳「大丈夫!」
千歳の後ろから菊見がin にっこりと顔を出す
十・丸山「クミちゃん!?」
千歳「可愛い奥さんがハンドルキーパーやってくれるからご心配なく」
タミ恵「菊見…いつの間に」
田苗「スーパーマンかよ」
改めて6人みんなで食べ出す
タミ恵「で、あんた一体さっき何見つけてたの?」
十「え?」
十、スクランブルエッグを食べようとしていた手を止めてタミ恵を見る。
田苗「なんだか凄く大切な物でも探すみたいな感じで資料漁ってたから」
十「んー?」
再び食事をしながらもごもご
十「80年前の資料やカルテ」
田苗・タミ恵・丸山・千歳・菊見「は?」
十「うん…」
水を小分けに何回も飲む。
十「そんな資料どこかで手に入らないかな?」
丸山「80年前って…戦時中?」
田苗、スマホで調べながら
田苗「戦時中なんて…この病院だって昔の建物は空襲でなくなったんでしょ? だもんで資料もカルテももう残ってないんじゃない?」
タミ恵「確かにあるっていう方が奇跡だね」
十「だよなぁ…」
丸山「でも何でそんな資料が必要なの?」
十、ナイフとフォークを置いて水を飲み干し、一息置く
十「みんなも、もうすぐこの病院の旧病棟と、落合の小学校が取り壊される事知ってるだろ?」
全員、十を見つめたまま頷く
十「その前に僕、助け出してあげたいんだよ」
丸山「なにを?」
十「僕のおばあちゃんとおじいちゃん、そしてお二人のご親友とその奥さん」
他5人「はい?」
店内、徐々に混み出す。十、話している
十「って訳なんだ」
丸山「うわぁ…また出た。十のお化け話」
タミ恵「あんた…ガキの頃から見えるもんね、そういうの」
十、黙って上目で他5人を見つめながら今度はココアを飲みだす。
丸山「あれ、十ってココア飲めたっけ?」
十「あぁ、嫌いだった」
十、ココアの中に調味料のシナモンと黒蜜を入れ出す。
十「でも最近飲めるようになったんだ。おばあちゃんが黒蜜きな粉ココア好きだっていうからさ、お付き合いで飲んでたらはまっちゃって」
再び飲みだす
十「うーん、おいしい」
丸山「ちょいと待て待て!幽霊って飲み物飲めるのかよ!」
十「え、普通によく飲んでるよ?」
田苗「え、じゃあ食事は?」
十「この間は僕が持って行ったコンビニのホットドック一緒に食べた」
タミ恵「じゃあ飲食できるんならお手洗いとかも…まさか行くの?幽霊なのに?」
十「おばあちゃんのプライベートまでは知らないよ!それに僕の大事なおばあちゃんを幽霊幽霊って言わないでくれるかな?なんだか不愉快」
丸山「ごめんって!そう膨れるな!」
十、むっつり膨れて酒を飲む。
南諏訪高原病院・資料室。十、毎日仕事の合間や終了後に資料を漁る。暗い部屋、だんだんに明るくなり始める
十「あ!」
本を一冊手に取って目を輝かせる
十「あった! これだ!」
ページをめくる
十「1930~40年代、諏訪南高原病院の歴史と…あ!患者カルテと医療従事者名簿!やった!見つけた!」
掛川家・十の部屋。深夜・十の部屋の明かりは消えているがスタンドライトのみこうこうとついている。十、繕い物をしている。掛川綴(40)、部屋を覗くin
綴「十、あんたいつもこんな時間まで何してるのよ」
十「うわぁぁぁ!」
慌てて本と繕い物を隠す
十「お姉ちゃんには関係ないだろ!」
綴、慌てて十の隠した方向に目を向けてのぞき込む
綴「あんた今何隠したのさ?私に見られちゃまずいものなの?」
十「何でもないよ!」
のぞき込むとする綴から必死に隠す十
十「何だっていいだろ!お姉ちゃんが見たってわからないし、お姉ちゃんには関係のないものなの!」
十、邪魔そうに綴を睨む
綴「ふーん…」
十「そういうお姉ちゃんこそいつまで家にいるつもり? 早く結婚でもしたら?」
綴「あんたは子供の頃から生意気なのよ」
十「生意気で結構」
十を小突きながら机におにぎりとお茶を置く
綴「とにかく早くお眠りなさい。その内あんたがぶっ倒れるよ」
十「はーい!ご忠告ありがとうございまーす」
綴、扉を閉めるout。十、扉に向かって舌を出す
数日後の夜明け。眠そうに延びる十
十「出来たぁ!」
女性もののワンピースと男性ものの背広。ツタキの名前が彫られた木の手形
十「これでツタキと瀬戸内さんを病院の外に出してあげられる!」
十、わくわくしながら洋服を掲げる
十「あぁ疲れた…いい加減眠いや」
目を擦って欠伸をするが、ハッと目を覚まして手を叩く
十「あ!そうだ!」
スマホを手に取ってメールを打ち始める
長野県諏訪市。カナリアホテル諏訪・展望レストラン。小松紡紬(25)、十、小口千里(25)応接椅子に腰かけてコーヒーを飲む。お茶の時間で混む店内。
小松紡紬「で、あんたから私らに頼みなんて珍しいじゃん。なんかあった?」
十「ちょっと…ね」
紡紬「何よ?」
にやり
紡紬「ははーん、分かった。ひょっとしてホテルが継ぐ気になったからダッドに後継の事を改めて頼みたいと?」
十「まさか!そんなんじゃないよ!」
紡紬「じゃあどんなんよ?」
十「学校…」
紡紬「学校?」
十、紡紬の方を向いて真剣にしゃべる
十「つむは今、落合小学校の事務として働いているんだろ?」
紡紬「正確には…もうすぐ元だけど…それが?」
十、今度は千里の方を向いて真剣にしゃべる
十「千里は、同じく落合小学校の教員やってるんだよな?」
千里「うん…そうだよ?僕ももうすぐ元…だけどね」
コーヒーを飲む手を止めて十をまじまじ
十「だったら二人にお願いがあるんだ」
ホテルレストランのカーペットに土下座。千里と紡紬、驚いて立ち上がり、十を制止する
十「この通りです!どうか落合の小学校の鍵を開けてください!入校を許可してください!」
紡紬、土下座する十を立たせて落ち着かせる
紡紬「おい、まずは落ち着けって!一体どういうことなのか理由を話してくれなくちゃ。私らも分からないし動きようがないよ」
千里「うん…」
十、チワワの様に紡紬と千里を見つめる
十「じゃあ何聞いても…笑わないって約束してくれる?」
紡紬「うむ。夜漬けになってでも真剣にあんたの話聞いてやる」
千里「僕も付き合うよ」
十「ありがとう」
千里「話してすっきりしちゃいなよ」
2人、椅子に戻って飲み物とケーキを食べながら十の話を聞き出す。十、ゆっくり話し出す
1時間半後。だんだんに夕方の日差しが窓から入って来る
紡紬「ふーん、なるほどね」
真面目クールに十を見つめて口を開く紡紬と、ポカーンとして紡紬を見る十。
十「え…え?変に、思わないの? ふざけてるとかいって笑わないの?」
紡紬「笑うわけないじゃん…」
真顔だった紡紬、突然大笑いをし出す。
紡紬「だって…あんたがおかしいのって今に始まった事じゃないし」
十「おいなんだよ!」
紡紬を小突く
十「せっかく今、泣きそうになってたのに!」
紡紬「何でだよ!」
笑いながら
紡紬「いいよ。一緒に来いよ」
十「い、いいの!?」
紡紬「好きにしな。でもあんたこそいいの?」
十「何が?」
紡紬「あんたの大好きなばあちゃんの事だよ」
十「え?」
紡紬「私達のはいるのはあの建物が壊されるほんの1か月前なんだよ。助け出す方法が見つからなくて間に合わなかったら!?」
十をまじまじ
紡紬「余計にばあちゃんやあんた自身の事を傷つける結果になるんじゃない?」
十「あぁ…」
紡紬「だから、あんたのためにもばあちゃんのためにももう一度よく考え直した方がいいんじゃない?」
十「何でさ?」
紡紬「あんたも話が分からない人だなぁ」
呆れて笑いながらゆっくりと話す
紡紬「まず一つ目の理由。あんたはやっと会えたばあちゃんの事が大好きなんだろ」
十「うん」
紡紬「そんなばあちゃんとずっと側にいたい」
十「うん。だからこそ外の世界に出してあげたいんじゃないか」
紡紬「でも彼女は人間じゃない。幽霊」
十「だから?」
紡紬、目を細めていじいじと十を見る
紡紬「考えてみな。彼女があの世に行けずにこの世に残されてる理由って何? 」
十、目を見開いて当然というように
十「おじいちゃんとの叶えられなかった夢…だろ?」
紡紬「ん。そしてもし仮に、小学校内でじいちゃんと再会したとする。そしてその叶える事が出来なかった未練がじいちゃんとの再会によって叶ったとしたら?幽霊はどうなる?」
十「霊体は…」
紡紬「もうこの世に未練は亡くなったって事になるけど?」
十、しばらく考えてからハっとして顔を上げ、ショックと絶望の入り混じったような顔で紡紬と千里を見る
紡紬「って事…」
指で数字を表す
紡紬「そして二つ目の理由…ばあちゃんを連れて学校には行った結果、じいちゃんはいても、助け出す方法が見つからずに解体までに間に合わなかった場合…ばあ
ちゃんの目の前でじいちゃんは空気の泡となって消えてゆく。そしたらばあちゃんの心は?」
意味深に十を見る
紡紬「悲しみと絶望が半端ないと思うな。だってばあちゃんはじいちゃんなしでは未練だったことを実現することは一生叶わなくなるんだし、叶える事が出来なければばあちゃんは一人この世界に永久に残される事になる」
十「一生死ぬことも消える事も出来ずにさ迷う事になる。そうだとすれば、あのまま地縛霊として旧病棟にいて、建物と共に空気の泡になった方がずっとよかった」
紡紬、腕を組んで目を閉じて頷く
紡紬「あんた、それを考えてみたか?って事」
飲み物を飲み干して、残りのケーキを一口で入れてから立ち上がる
紡紬「まぁ、結論はあんたが出す事だからこれ以上私は何も言わないけどさ。ま、頑張って」
紡紬、小粋に退場。十、茫然と椅子に座り込んだまま放心状態。千里も立ち上がって十のもとに来て肩を抱いて笑う。
千里「どういう答えを出そうと、僕らは十君の味方だしいつでも力を貸すよ。期間はもう少しあるからゆっくり考えてみるといいよ」
十「うん…ありがとう」
紡紬と千里、後ろを振り返って十を見る
紡紬「ただ一つ保証があることと言えば…」
千里「瀬戸内修さんは…あの学校の中にいるよ」
千里、笑って小粋に店を出ていくout。十、座ったまま千里と紡紬の後姿を見ている。
十「え?」
南諏訪高原病院・旧病棟の空き病室。十、暗い部屋に暫く無言で佇んだまま。ツタキ、沈黙を破る様に笑う。
ツタキ「どうしたの?今日はやけに静かね」
十「…」
十、重々しく俯いたまま
ツタキ「いつもはあんなにお喋りなくせに。どうしたの?何かあった?」
十、重そうに口を開く
十「僕、考えてたんだよ」
ツタキ「考えていたって…何を?」
十「おばあちゃんとひいおじいちゃんの願いを叶える方法…」
ツタキ「願いって…」
笑う
ツタキ「まだ、そんな事本気で考えていたの?」
十「僕にとっても真剣な問題だからだよ!」
息をつきながらゆっくり
十「それでやっと、二人がこの病院を出る事が出来る方法を思いついたんだ」
ツタキ「そうなの…思いついたんだ。それで?」
十「うん…これ」
ツタキと瀬戸内に資料本を見せる
十「かつてこの病院には外出手形という物があった。それがなくちゃ医療従事者さんも患者さんも外出は出来ない。それから服装だって私服でなければ外に出る事が出来ない。そうだったんだろ?」
ツタキ「えぇえぇ、確かにそうだったわ。あなたもよく調べる事」
十「だから僕、おばあちゃんの着れる様な洋服と瀬戸内さんの着る背広、そして当時の事が書かれた資料を見ながら手形を復元して見たんだ」
ツタキ「復元って…」
十、袋から洋服2人分の上下と外出手形2個を取り出す
十「どうかな? これで二人とも病院を出られると思うんだけど」
ツタキ、手に取って目を丸くし、十とてがたと洋服を交互に見つめる
ツタキ「まぁ凄い。私達のためにここまでしてくれなくていいのに」
十「親友たちにもお願いして協力してもらってる。後はおばあちゃんにひいおじいちゃん、二人次第だよ」
ツタキ「何?」
十、重々しく口を開く
十「12月の31日、親友と一緒に落合の小学校に入れることになった。だから、
修さんに会いに行ける」
切なさを隠すようにつかえつかえに話す
十「僕はおばあちゃんが幸せになれるんだったら、おばあちゃんがどんな選択をしても止めないよ。もしおばあちゃんの願いが叶って全てが終わっちゃって、おばあちゃんもおじいちゃんもこの世から消えてしまっても。もう僕とは一緒にいられなくなっても僕、後悔はしない」
涙を浮かべて笑う
十「おばあちゃんどうする?これが最初で最後のチャンスなんだ。後はおばあちゃんたち次第だよ」
しばらくの沈黙。ツタキ、しばらくしてとても小さな声でゆっくり口を開く。
ツタキ「十君は?」
十「え?」
ツタキ「十君の気持ちだってあるんでしょ」
十「僕のは…」
ツタキ「どうでもいいとか言うんでしょ」
ツタキ、優しく微笑んで首を振って十の両手をとる
ツタキ「どうでもよくない。あなたの気持ちだって私はちゃんと聞きたい」
十、遠慮気味に口ごもりながらきょろきょろして喋る
十「僕は…僕は、離れるなんて嫌だしずっと一緒にいたいよ。だって、ずっと僕の探してたおばあちゃんだもん!」
涙声でしゃくりあげながら
十「でも…だからこそ、おばあちゃんの事が大好きだからこそ、あなたの夢を叶えたいんだ。おばあちゃんをおじいちゃんと再会させてあげたいんだ!」
ツタキ「修さんと…再会…か」
寂しそうに笑う
ツタキ「修さんも地縛霊に小学校いるとは限らないじゃない?もしかしたら彼はもう、黄泉のお国で勉さんと幸せに暮らしていると思うし」
十、別の意味でショックを受けた顔をする
十「勉さんと幸せにって…まさかおじいちゃんと勉さんって、そう言う関係じゃないよね?」
ツタキ「そういう関係って?」
十「そういう関係はそういう関係だよ!つまりおじいちゃんと勉さんはラブラブで、愛し合ってて…」
ツタキ「あなた、何をどう聞いたらそう思うのよ!」
十「だって今のツタキの言い方を聞けば誰だってそう思うだろ!」
ツタキ「そう…かしら?」
ツタキ、小粋に微笑む。十、真顔になる
十「でもそれは安心して欲しい…」
ツタキ「ん?」
十「現に僕はあの学校で何年もおじいちゃんと会って話をしたり遊んだりしてるんだ。だからおじいちゃんは絶対に今でもいるよ!だからおばあちゃんを落合小学校に連れて行ってあげたい!おじいちゃんだってたった一人で、おばあちゃんに会いたくて待ってるかもしれないもん」
勢い良く、情熱的にツタキを説得
十「もし間に合わなかった場合、僕は一生おばあちゃんに嫌われて恨まれてもいい。だからほんの一握りの可能性にかけさせてください!お願いします!僕と一緒に落合小学校に行こう!」
ツタキ、十の熱心さに圧倒されて目を丸くしている
ツタキ「十君…」
同年12月の31日。雪が多く積もる落合小学校。防寒に身を包んだ十、紡紬、千里。そしてツタキと瀬戸内。二人以外は誰もいない。関係者以外立ち入り禁止の看板が掛けられている。
紡紬「ついに来たか。十、本当にいいんだな? 後悔しないんだな」
十「うん」
紡紬「鍵、開けるぞ」
千里「入ろう」
十「うん…」
十、自分のすぐ後ろにいるツタキと瀬戸内を見る
十「入ろう」
ツタキ「えぇ、そうね」
ツタキ、車いすを押しながら十について歩く。紡紬、振り返って幽霊たちと話をする十を見て笑う
紡紬「何? 今後ろにいるって事?」
落合小学校の中。古い校舎、木の廊下を歩く一行。十に千里、珍しそうに目を輝かせながらきょろきょろ
十「うわぁ!昔にタイムスリップしてきたみたいだ」
ツタキ「とっても懐かしいわ」
十「千里とツムにとっては珍しくもなんともないね」
紡紬「うん…」
千里「ただの職場」
十、ツタキと話をしている
紡紬「ん、ばあちゃん何だって?」
十、ツタキの声真似をしながら
十「 私にとっても懐かしいわ…だってさ」
ツタキ、笑って顔を赤くしながら十を小突く
ツタキ「嫌ね、何も私の真似をしなくたっていいでしょ」
十「だって少しでもツタキがどんな人か伝わった方がいいだろ」
ツタキ「嫌よ、恥ずかしい!それに私、そんな喋り方しないわよ」
十、歩くのをやめてツタキと顔を見合わせる。本気の十と笑いながら応戦するツタキ。
十「いや、するね」
ツタキ「しません」
十「する!」
ツタキ「しないわよ!」
十「するの!」
ツタキ「しないの!」
十、後ろを向いて泣きまね
十「するもん…」
紡紬「出た!十のいつもの泣き落とし。小さい頃から変わってないな」
笑う
紡紬「何の言い合いしてたのかは分からないけど」
千里「うん…」
千里、まるでツタキが見えているかのようにしている。紡紬、先に行くよと合図。十とツタキと瀬戸内、再び歩き出す。
3年1組教室。
千里「ここが僕の教えていた教室だよ。中見る?」
十、ツタキを見る
ツタキ「ここ…修さんの最期に担任をしていた学級だわ」
十「え、そうなの!?」
千里「偶然だな」
一行、教室に入る。窓は締まっており席は当時のまま。人は誰もいなくて静か
紡紬「のどかだねぇ…」
千里「静かだねぇ…」
紡紬、十を見る
紡紬「どう?誰かいる?」
十、きょろきょろ見渡す
十「いや…僕には誰も見えない」
十、ツタキを見る。ツタキ、残念そうに微笑んで首を振る
十「そうか…」
十、手でバツを作っていないとジェスチャー
一行、学校中を歩き回る。数時間後・夕方になる
紡紬「誰もいなかったな…」
十を見る
紡紬「さぁ、そろそろいいか?」
ツタキ「いえ…まだよ」
十・千里「え?」
ツタキ「まだ一か所、見ていないところがあるわ」
十、紡紬と千里に合図してその事を告げる
ツタキ「音楽室よ!」
同学校・音楽室。古い木の教室にたくさんの楽器が当時のまま置かれている。中央にはグランドピアノ。一行、木のドアの前に立つ。
紡紬「この部屋のこと忘れてた。あーあ、この楽器たちと…」
音楽家の肖像画を見る
紡紬「このおっさんたちだけは早く非難させて別の場所に片づけてやんないと」
疲れた様にため息
紡紬「まだまだ片付かないなぁ」
木の扉をゆっくり開ける
紡紬「いいよ、入って」
一行、中に入る。
十「わぁ…」
紡紬「どう?」
ツタキ、寂しそうに笑って首を振る
十「やっぱり誰もいなかった…」
ツタキ「それもそうよね。きっと修さんはもう黄泉のお国に行って幸せにお暮しになられているのだわ」
千里(独り言)「そんな事あるはずないのに…どこ行っちゃったんだろ」
十、寂しそうなツタキを見て心を痛める
十「おばあちゃん…ごめん」
ツタキ「何よ、十君が謝る理由がないわ。こうやってここに来れたのもあなたのお陰」
十「おばあちゃん」
ツタキ「修さん…ここがあなたの教えられていた学校なのね。私ね、今あなたのお
務めされていた学校に来ているのよ」
十、ピアノにスタンバイする
十「じゃあ僕が、修さんの代わりにピアノを 弾く」
ツタキ「え?」
十「僕にはパンに合うピアノが何かは全く分からない。でも僕なりに考えたパンではなくてツタキに似合う曲を弾こうと思う…僕もとっても好きな曲なんだ」
恥ずかしそうに
十「僕は、プロのピアニストじゃないから修さんの様には上手く弾けないかもしれない。僕はね、小さい頃から“看護が出来てピアノも弾ける看護師”になりたかった。でもまさかそれがこんな形で叶うだなんて」
ツタキ「あなた…本当に何もかも修さんにそっくりね」
十、ゆっくりと鍵盤に手を置いてピアノを弾き出す
ー挿入曲ー
『エステ壮の噴水』
ツタキ、目を閉じて聞き入る。紡紬と千里も微笑んで聞いている。
十、突然手を止めて耳を澄ませる。千里と紡紬も耳を澄ませる。
ー終わりー
ツタキ「どうしたの?」
十「ピアノだ…」
ツタキ「え?」
千里「僕にも聞こえる!」
紡紬「私にも…何処だろ?」
十「ここじゃない…別の音楽室からピアノが聞こえる」
十、ピアノを離れて音のする方をたどって走って行く
千里「十君待って!」
ツタキ「十君!?」
ツタキも瀬戸内の車椅子を押して走る
第2音楽室。ピアノの音が大きくなる、十は息を切らして扉の前に立ち止まる
十「ここからだ…」
後ろから紡紬、千里、ツタキ、瀬戸内来る
紡紬「今十の弾いてたやつだね」
千里「エステ壮の噴水…」
十「僕じゃない誰かが演奏してる」
ツタキ、ハッとして扉を開ける
ツタキ「修さんだわ!」
十「え?」
ツタキ、中に入る。瀬戸内修(29)、5人には気が付かないでピアノを弾いている。ツタキ、懐かしさと嬉しさに泣き出しそうな顔で微笑む。
ツタキ「修さん…」
修、気配に気が付いてピアノの手を止め、驚いたようにツタキの方を見る
修「君はまさか…ツタキ!?」
ツタキに近づく
修「ツタキなのか!?」
ツタキ「修さん!あぁ…またお会いになれるなんて」
修、ツタキを抱きしめる
修「おじいさんまで!どうして…」
瀬戸内「修…」
修、瀬戸内とツタキを交互に見る
修「あの日のままの君だ。まさか、君は亡くなってしまったのか?おじいさんも一緒に?」
ツタキ「えぇ…」
修に寄り添いながら落ち着いた声で話す
ツタキ「あなたが亡くなった3カ月後の昭和20年4月1日に空襲があったの。私達はあみんなそれで亡くなってしまったわ。この世に地縛霊として残されていた70年間は本当に地獄だった」
修に強く抱き着いて嬉しそうに目を閉じる。修もツタキを強く抱きしめる。
ツタキ「でもこの世に残されていて今は本当によかったと思う。だってあなたに会えたんですもの。私、とっても嬉しい」
修「僕もずっと君に会いたかった。でも君は生涯を全うして死んでしまい、もうあの世に逝ってしまったって僕はずっと思ってた。それなのに、可哀想に。君はこんなに若くして亡くなってしまったのか」
悲しそうに涙を流してツタキを抱き締めたままかすれて小さな声を出す
修「ツタキ、君が本当に可哀想でならない、僕を許してくれ。僕は何一つ君との約束を守れなかった…」
ツタキ「そんなのいいのよ…」
修「でも君はどうしてここに?」
修、ツタキから離れて千里と紡紬と十を見つめる
修「小口千里先生に…事務の小松紡紬さん…それに…君は?」
十「忘れちゃった?」
小粋に微笑む
十「もう何年もあっていないもんね」
深く頭を下げる
十「はーるかぶりです、おじいちゃん。孫の掛川十だよ」
修「え…君が…あの小さかった十君!?」
十、微笑んで頷く
十「忙しくなって来れなかったんだ。ごめんね。でもおじいちゃんの事を忘れた事なんかないよ」
十、修に抱き着く
十「おじいちゃん、会いたかった!」
ツタキ「地縛霊だった私の地縛を解いて、ここに連れて来てくれたのもみんな十
君なの。彼がいなければ私…」
修「そうだったんだ」
修、十をきつく抱きしめたまま
十「うん!とにかくおじいちゃんを僕らはここから助け出すために来たの。この建物はもうすぐ取り壊されて新しくされるんだ!だから壊される前におじいちゃんもここからでなくっちゃいけない!そうしなければ…」
修、全て分かりきっている様に笑いながら小声でささやく
修「僕は消滅し、空気の泡と消えてしまう」
十「だったら!」
修「そして僕の地縛が解かれてここから出る事が出来たら?ツタキとの約束を全て果たすことが出来たら?」
十「出来たら…」
修、ツタキの両手を繋いで十を見る
修「僕らはツタキとおじいさんと共に黄泉に帰る…」
十、複雑な心境でおどおど
十「う…うん。多分…」
顔をあげて決心したようにはっきりと
十「僕だって二人と別れるのはつらいよ!でもそれよりも空気の泡となって消えちゃうのはもっと辛い。僕は二人に幸せになってもらいたい。一緒に黄泉で…」
涙をぬぐいつつ
十「おじいちゃん、あなたを地縛から解いてここから助け出す方法を僕…ひらめいたんだ」
十、修とツタキの手を引いて音楽室を出ようとする
修「ちょっと待って!」
十「え」
修、十の手を放してピアノの椅子に座る
修「もしこれで僕が外に出た後、ツタキとともに消える事になってしまったら…後悔をしない様にこの世でもう一度だけ、僕にピアノを弾かせてほしい。僕らへのレクイエムとして。ツタキ、君に捧げる僕からのパンに合うピアノ」
ー挿入曲ー
修、ピアノを弾き出す
『水の反映』
ー終わるー
全員、拍手。
修「ありがとう」
照れて笑いながらツタキのもとに行く
修「これが僕の見つけたパンに合うピアノ…」
ツタキ「素敵…」
修「学校で働きながら気が付いたんだ。覚えてる?雨の日の参観日」
ツタキ「えぇ…」
ー回想シーンー
昭和中期。ツタキ、修が音楽を教える教室で参観日の母親たちに交じって授業を聞いている。ツタキ含め婦人や児童たち、パンを食べながら音楽鑑賞をしている。修、ピアノを弾いている『水の反映』
修N「あの日、雨の教室でピアノを聞きながらパンを食べている君や子供たち、ご婦人方、雨なのにとても嬉しそうに、パンを美味しそうに食べてピアノを聞く姿は
弾いてる僕までもが嬉しくなってくる程だった」
修、弾きながら懐かしそうに微笑む
ー回想終わりー
修、微笑んでカーテンを開ける。窓から夕日が差し込み、とても快晴。もう夕暮れで空は真っ赤な夕焼け。
修「つまり食べるものにとっても弾くものにとっても、美味しく喉を通り、耳や口に広がっていつまでも心に残るものになる。これこそがパンに合うピアノだって気が付いたんだ」
ツタキ「そうだったのね…」
修「今日はあの日の様に雨ではない…きれいな夕焼けだけどね」
修、延びる
修「さぁ!これで僕の未練はなくなった!後は…」
十を見る
修「十君、では…覚悟はできた。解いてくれるか?」
十「はい…」
十、修たちを案内している歩く
十「修さん、職員室は何処?」
修、指をさして方向を指示しながら歩く
同学校・職員室。
十「あった、ここだ!」
十、中に入ってきょろきょろ。入って右手の壁に出退勤札がかかっている
十「これだ!多分これで何とか…」
十、札を見るが修の名前がない
十「当たり前ですよね…」
修、十がやろうとしていることが分かって笑う
修「無理な話だよ。僕はもう70年近く前の教師なんだから」
十「いや、無理じゃない!待ってて!」
十、部屋を出て何処かに走り去り、数分後に戻って来る。のこぎりと薄い木の板、絵の具を木の台車に乗せて運んでくる
十「なければこれで作ればいいんだ!」
十、のこぎりで木を切ったり絵の具で気を塗ったりやすりをかけたりして札を作り出す。舌を向いて作業をする十の目に涙がたまっている
ツタキМ「十君…」
1時間くらい経つ。職員室はもう真っ暗。紡紬、持っていた懐中電灯を照らす。
十「出来た!」
修に札を渡す
十「後、名前は修さんが書いて。僕、字はあまりうまくないから」
修、一つの机にあった筆を執って墨で気に自分の名前を書く
修「あぁ…」
修、札を退勤にして壁のボードにかける
修「出来た…」
同学校・校庭。すっかり夜になっている。修、大きく深呼吸。
修「外に出たのは何十年ぶりか…あぁ、気持ちいい」
修、涙目で微笑んで十の手を握る
修「十君、本当にありがとう。ツタキにも再会できたし、何とお礼を言っていいのか分からない」
ツタキ「本当よ。私も…感謝してもしきれないわ」
十、ツタキと修を見て腰に手を当てる
十「二人とも自分の事で満足してるみたいだけど、あと一つ大切な事わすれていませんか?」
ツタキと修、顔を見合わせて考える
十「忘れないでくださいよ!小河原勉さんと名取カヨさん!探しに行かなくていいんですか?」
修「トム?」
ツタキと十を見て目を丸くする
修「まさか…あいつも死んだのか?若いままどこかに取り残されているのか?」
十「病院の産婦人科棟ですよ…」
早くしなければならないと焦っておどおどする。修、十の表情や身振り手振りを見て尋常ではない事を察する
十「とにかく早くしないと!」
南諏訪高原病院・旧産婦人科棟
ツタキ「ここよ」
十「ここ…」
修「ここにトムとカヨさんが…」
ツタキ「確信はないけど、お二人が最後にいたのはここだったの。カヨちゃんのお産に勉さんはお立合いになられていたから。そしてお産婆をしたのがもう一人の私の親友のトミちゃん」
ツタキ、辛い記憶を手繰るように小声でゆっくり喋る。
ツタキ「入りましょう」
全員、頷いて中に入る。旧病棟の古い木の廊下を歩く。2階産婦人科棟・療養病棟という看板が見え、5人はきょろきょろ。
紡紬「なかなか広いんね」
左手は資料置き場になっており、たくさんの当時の写真資料がある。
千里「今はここ、展示コーナーになっているみたいだね」
沢山置いてある資料本を手に取る
千里「ほら、資料こんなにある」
一行、歩きながら暗い中を見て回る。もう夜の7時近くになっている。
十「勉さんたちは、何処にいるの?」
ツタキ「恐らく…いらっしゃるとすれば、二階の分娩部屋か病室だと思うわ」
十、じゃあ二階に急ごうとジェスチェーをして走って階段を上り出す。瀬戸内、車いすを降りてゆっくり階段を上る。車いす、階段下に置かれているが、瀬戸内が降りた直後に消えてゆくout。
同病棟二階。真っ暗で静か。一行の足音だけが響いている。
十「何だか静かすぎる…ちょっと不気味だね」
千里「うん…」
紡紬、懐中電灯をマックスにして辺りを照らす。5人、左手に折れる。
分娩部屋前。
ツタキ「あったわ、分娩部屋ね」
十「うわぁ…何だか入りたくないな」
紡紬「いい看護師が何言ってるんだよ!」
ドアを開けて十の背中を押す。十、よろけながら部屋の中に入る。十、怖さを殺して大きく深呼吸をして大声を出す
十「小河原勉さーん、名取カヨさーん、いたら返事してください!」
ツタキ「十君」
違うと指示
ツタキ「当時はね、患者様のお名前を呼ぶときはこうしていたのよ」
ツタキ、分娩室に置かれていた小さなベルを小さく鳴らす。涼し気な美しい音がする。
ツタキ「小河原勉様、小河原カヨ様、いらっしゃいましたらナースステーションまでお越しくださいませ」
5号病室。小河原勉(29)、小河原カヨ(25)と二人の子供・小河原勲(15)と小河原傑(14)、そして生まれたばかりの小河原祝(0)がいる。
カヨ、出産を終えたばかりの様に木のベッドに横になっている
勉「今何か、呼ばれなかったか?」
カヨ「えぇ、私も聞こえた」
カヨ、起き上がる
勉「カヨはここにいていいよ。僕が見てくる」
勉、病室を出てナースステーションに向かう。
勉「こんな何年たったかもわからない今頃何なんだ?」
同・ナースステーション。勉が首をかしげながらやって来る
十「あ…あの人じゃないですか?」
紡紬・千里「え?」
勉と修とツタキ、目が合う
ツタキ「勉…さん?」
修「トム?」
勉、きょとんとして二人を見つめる
勉「サムに…ジェニー?」
他の人を見る
勉「それに…誰?」
同病院・旧隔離療養病棟。深夜。いつもの長いすに座って一同、ドリンクを飲んでいる
勉「なるほど…そういう事だったのか。それで、僕らは…」
ペットボトルジュースを一気に飲み干す
勉「幽霊としてでも、こんな美味しい時代に生き残れてるなんて最高!」
修「トム、そんなのんきな事言ってる場合じゃないだろ!」
ツタキ「そうよ。私達は地縛の解き方が分かったからこうして自由に歩き回れるようになったけどあなたは?どうすれば外の世界に出られるの?」
勉、目を丸くしてツタキを見る
勉「そんなの僕に聞くなよ!ジェニーは看護婦なんだから君の方がよく知ってるはずだろうに!」
ツタキ「えぇ、それはそうだけど。私はあの日、カヨちゃんに付き添ってはいないもの…どうすればいいかなんて分からないわ」
ハッとする
ツタキ「え…じゃあカヨちゃんは!?カヨちゃんは無事なの?この世にいるの?」
勉「カヨか?」
一瞬の沈黙。勉、深刻な表情を作るがしばらくして満面の笑みを作る
勉「カヨはずっと僕と一緒にいたよ。産まれたばかりの子も二人の息子も一緒にい
る」
直後、赤ちゃんを抱いたかヨと二人の息子・傑と勲、そしてツタキと同じナース姿の植松トミ(25)がやって来る
ツタキ「トミちゃんにカヨちゃん!」
カヨ「ツタキちゃん!」
トミ「良かった!また会えた!」
カヨの抱いていた赤ちゃんを勉が抱く。カヨとトミ、ツタキに駆け寄って三人で抱き着く
ツタキ「私…二人とももうあの世に行ってしまったものとばかり思っていたの」
三人、泣いて抱き合いながら喜ぶ
カヨ「何言ってるのよ、ツタキちゃんを置いて遠くへ行くはずないわ」
トミ「そうよ、私達はいつも一緒の」
三人、魔笛のパパゲーノのアリア「おいらは鳥刺し」のメロディーに乗せて
トミ・カヨ・ツタキ「♪私達はいつでも一緒、ナース三人侍女ホイサッサ!」
三人、再び抱き合う
時間が経つ。一行、夜の暗い院内で飲み物を飲みながら考え事。
ツタキ「もう時間がないのよ。トミちゃんは多分、私と同じように私服と外出手形でここを出られると思うんだけど…トミちゃん、勉さんとカヨちゃんを退院させてあげるにはどうしたらいいの?」
トミ「そうね…」
悩む
トミ「私も駆け出しの産婦人科看護師だから」
ツタキ「そうか…先生に聞かなくちゃわからないのね」
トミ、十を見る。
トミ「あなた、現代の看護師さんでしょ。現代ではどうしているの?」
十「え?」
十、驚いて自分を指さす。ナース三人侍女、大きく頷く
十「えーと…」
しばらく悩んでいるが、自分が助手時代の作業を思い出す
十「環境整備と退院手続き…」
他全員「え!?」
十「ちょっと待ってて!すぐ戻る!」
十、駆け足で廊下を渡っていくout
十、しばらくしてノートパソコンを持って戻って来るin
紡紬「あんた、そんなんで何するの?」
十、手慣れた様にブラインドタッチをして書類を作成していく
十「小河原さんご夫婦の退院の書類と新生児の書類を作ってるんだ」
十、持ってきた印刷機で印刷をする
十「出来た」
ボールペンと書類を勉に渡す
十「勉さん、お手数おかけしますがこちらが退院の書類と新生児の書類になります。こちらを書いていただけますか」
勉「分かった」
勉、長椅子を机代わりにして書き出す。
カヨ「私は何をすれば?」
十「カヨさんはもう少しそのまま休んでいてください。僕、部屋の環境整備をしてきます」
勉たちがいた病室。十、持ってきたエタノール付近で備品を拭き出し、ベッドのシーツなども交換してベッドメイキングをする。そして、カヨの名前プレートや入院の痕跡を消す。
十「出来た…」
十、満足して退室。
十、一行と合流する。
十「環境整備、終わりました。後は、その受付で退院手続きを致します」
勉「はい」
十、退院手続きを手慣れた様に済ませる
千里「十君って凄いね…何の仕事でも出来る」
ツタキ「本当ね…あの子は、これからもっといい看護師になるわ」
紡紬「まぁあいつも看護学生時代から、看護助手のパートや医療事務受付を何年もやってるからな」
十、書類の控えを勉に返す
十「お疲れさまでした。これで手続きが全て終わりました、おめでとうございます。お大事になさってください」
勉「ありがとう」
修「じゃあ…外、出てみる」
勉「あぁ…」
勉、恐る恐るドアノブに手をかける
勉「僕、以前に何度もこれを試みたんだ。でも、ドアノブに手をかけて引っ張ろうとするたびに強い電気が走ったみたいに跳ね返されてしまったんだけど…」
勉、ドアを引くが何事もなく開いて外の景色が広がる
勉「開いた!」
カヨ「あぁ!」
勉「開いた!開いたぞ!やったぁ!外の世界だ!カヨ!」
勉、泣いて喜んで子供の様にカヨに抱き着く。カヨもうれし涙で勉を抱きしめる。
トミも外に出ようとするが跳ね飛ばされてしまう
ツタキ「トミちゃん!」
トミ「そうだわ…私はまだ何の準備も出来ていないんだ」
悲しそうに笑う
トミ「さようなら。私はここでお別れです」
ツタキ「そんな事言わないでよ!トミちゃんも一緒に行くの!」
ツタキ、ポケットから外出手形を取り出して持っていた小刀でツタキの名前の隣にトミの名前を刻む。「植松トミ・看護婦」
ツタキ「さぁ、私の手に捕まって」
ツタキ、トミの手を取る
十「いや、まだ駄目だ」
十、自分の着ていたジャンパーとオーバーオールを脱いで、十は冬用のレギンスにセーターだけの軽装になる
十「男物で申し訳ないけど、今はとにかく早くこれに着替えて!ナース服は脱ぐんだよ!」
トミ「でも掛川さんは…」
十「僕は大丈夫だから」
トミ「ありがとう」
トミ、更衣室に向かって着替えを済ませて戻って来る
十「うわぁ!すごくよく似合ってる!」
トミ「ありがとう」
十「さぁ、みんな急ごう!」
トミと十、カヨと勉、ツタキと修、手を取って病院の敷地を出る。外はまだ夜で真っ暗。車一台走っていない。
全員、そのままノンストップで富士見駅までかけてゆく
富士見駅。一行、手を放して息を切らしている
一息ついて落ち着いたころに全員、顔を見合わす
全員「やったぁ!」
それぞれに喜びに抱き合う
紡紬「走ってきたけど…幽霊たちもここにいるの?」
千里「僕らには、瀬戸内先生しか見えないんだ」
十「全員いるよ!無事に地縛から解放されました!」
十と紡紬と千里、ハイタッチをしあう
紡紬「おぉ!やったじゃん!」
トミ「でも私達これからどうすれば…」
修「じゃあここで…この世から別れる前にもう一度だけ」
ツタキの手を取る
修「ツタキ…ずっと君に、もう一度だけ伝えたかった。僕は今も変わらず、そしてこれからも、何年たっても、君が好きだ。ツタキ…愛してる」
修、ツタキを抱きしめてツタキに口づけ。
ツタキ「私もよ…修さん」
勉、指笛を拭いてはやし立てる
勉「オー、ベイビー!」
カヨに近寄る
勉「では僕も…僕らのレクイエムと冥途の土産に」
カヨもうでを広げて勉を迎える。勉、カヨを抱きしめる
勉「カヨ…今まで言った事なかったけど、僕も世界一…今までだって、この先何年たってって君の事が大好きだ。カヨ、君を愛してる」
今度は修が指笛を鳴らしてはやし立てる
修「へー…トムならところかまわず言いそうなのに、初めてだなんて意外だね」
勉、顔を真っ赤にして修を見て声を荒げる
勉「う、うるさいよ!僕をそんな恥知らずの様な、プレイボーイの様に言うなよ!」
空が急に不思議に明るくなってオーロラが輝き出す。一行、全員震える
十「うわぁ…なんだか急に寒くなってきたなぁ」
紡紬「本当だ…あれ?」
紡紬、幽霊たちを指さす。
紡紬「あいつら…誰?」
千里「まさかあの人たちが…」
十「え、え!?」
十、動揺してきょろきょろ
十「え、おばあちゃん、勉さんにかよさんにトミさんの事…みんなに見えるの!?」
紡紬と千里、頷く
十「え、何で!?」
空を見上げる
十「うわぁぁ!どうりで寒いわけだ!富士見でオーロラが見れてる!」
千里・紡紬「have mercy…」
修はツタキ、勉はカヨの肩を抱く
修・勉「あれ?」
ツタキ・カヨ「あら?」
お互いに顔を見合わせる
4人「オー、ベイビー…」
十「どうしたの?」
ツタキ「修さんの…唇と手が暖かい」
修「君の心臓が…動いてる」
カヨ「勉さんの…手も暖かい」
勉「君の心臓も…動いてる」
トミ、急いで自分の胸に触ったり手を合わせたりしている
トミ「私もそうだわ。手が暖かい…心臓が動いてる」
十「という事は?」
トミ・カヨ・ツタキ・勉・修「生きてる人間になれた!?」
しばらく信じられずに黙って放心状態
トミ・カヨ・ツタキ・勉・修「やったぁ!」
十「わぁ!」
ツタキと修に抱き着く
十「おじいちゃん!おばあちゃん!」
ツタキ「十君!」
修「これからはずっと一緒に、僕ら暮らせるんだ」
三人も泣いて抱き合う。全員、富士見駅で夜が明けて太陽が昇るまで一晩中踊り続ける。
ー挿入曲ー
『ハフリンガーギャロップ』
全員、曲が終わるとともに一列に手を繋いでステップを踏みながらout
ー終わりー
富士見駅前・リリャースパスティーリャ亭。全員、乾杯をして飲み物を一気飲み。
十「じゃあ、みんな本当に人間に…戻ったって事?」
ツタキ「えぇ、だから何度も言っているでしょ」
お茶やケーキ、お酒におつまみで軽食をしながら話をしている
修「じゃあツタキ、70年ぶりに改めて夫婦になろうか」
修、ツタキの手を握って真剣に熱く目を見つめる
ツタキ「修さん、本当にいいの?まだ私の事を愛してくれているの?」
修「さっきも言っただろ!一度だって君を忘れた事がない。離れていたって、幽霊になったって変わらずに愛していたって…」
ツタキ「修さん…」
ツタキ、ポケットからオパールの水中花とオパールのリングを取り出す
修「それって…」
ツタキ「奇跡の指輪と奇跡の花ね…」
修、二つをとってツタキに指輪をはめ、ツタキは修にはめる。そして二人で熱く見つめ合いながらオパールの水中花を二人で持つ
勉「have mercy」
同じようにカヨの手を取る
勉「カヨ…今度は生きてる人間として、また改めて…この世界で夫婦になろう」
カヨ「勉さん…」
三人の息子たちを見つめる。三人の息子も赤い頬をして人間の子供らしくなっている
勉「この世界でも僕と…夫婦として生きてくれる?」
三人の子供、交互に二人を見て大きく頷く。
カヨ「はい、喜んで!」
全員、大きく拍手をして指笛ではやし立てる。二組の恋人、照れ笑いをしながらも嬉し泣きをする。修と勉も号泣にてカヨを強く抱きしめる。
十「そこで…」
言いにくそうに
十「瀬戸内ご夫妻と小河原ご夫妻に…ご無理を承知で頼みたい事があるのですけども…話だけでも聞いていただけないでしょうか」
全員、十に注目。
南諏訪高原病院・エントランス。1年後の春。昼間。多くの患者と医療従事者が集まっている。
十「あれから1年か…今日はいよいよ」
元気な姿の花岡、左手からin 花束を持って十の近くに来る
花岡「掛川君!」
全員「花岡さん!おめでとうございます!」
花岡「十君のお陰じゃよ。まさか本当に元気になって、退院できる日が来るだなんて思わなかった。しかも私の誕生日になんてな」
せりと歩未も右手からin 微笑んで元気そうにやって来る。
十「せり君に、歩未君!」
せりと歩未、とても嬉しそうにタキシード姿。手を繋いでいる。
せり「十君、僕とっても嬉しいよ!」
歩未「僕も!」
十、駆け寄る二人をかがんで抱き締める
十「良かった!せり君も歩未君も元気になったんだな!退院おめでとう!」
せり「うん!」
十「そしてせり君は、お誕生日おめでとう!」
せり「お礼を言うのは僕の方だよ!みんなで大きい誕生日会開いてくれて本当にありがとう!それと…あの事」
勉をちらりと見る。勉とカヨ、微笑んでせりに手を振る
せり「僕、本当に、本当に嬉しくて仕方ないんだ!今までで一番の、最高の誕生日プレゼントだ!」
歩未「僕も!誕生日じゃない野にこんなプレゼントがもらえるなんて思っていなかった!」
十「二人とも…」
歩未、修に手を振る。ツタキと修、微笑んで手を振り返す。
せり「十君のお陰で僕、入院も楽しかったし、十君のお友達の管理栄養士さんのお陰でごはんだってとってもおいしく食べられる様になったんだもん!だからこんなに元気になれたんだ!」
せり、花岡に目をやる
せり「それとね花岡のおじいちゃんはね、実はツタキ看護婦さんのお陰で元気に生きて戻ってこれたんだよ」
十「え…おばあちゃんの!?どういう事?」
せり「まだ幽霊さんの頃のね」
十、驚いて目をぱちぱちさせながらせりを二度見
十「幽霊って…何で君がその事を?」
せり「実は僕…ツタキさんが見えていたんだ。入院中ツタキさんといっぱいお話ししたよ。おじいちゃんが死んじゃった時にも十君が泣いてたから僕、ツタキさんに頼んだの。だって十君の泣いてるところ見たくないもん。そしたらツタキさん、僕の願いを聞いてくれておじいちゃんを元気にしてくれたんだ」
十「そう…だったんだ…」
せり「うん!十君…?」
十、泣きそうになる。せり、十を見て心配そうに顔をしかめる。
せり「泣いてるの?」
十「ごめん…大丈夫だよ」
十、イベントステージに登る
十「それでは改めまして、いよいよ病院式典を開始いたします。今年はいつもより少し少し規模を広げて盛大に執り行いたいと思います。それでは始めましょう!」
両手を挙げて合図
十「それではまずは、この病院に縁のある方の院内結婚式を始めたいと思います。新郎のご入場」
勉と修、タキシード姿で入場
丸山「あれ…誰?」
タミ恵「知らない。」
田苗「でもこの病院に関係のある人って言ってたね」
丸山「何してる人だろ?」
意味深に微笑みながら梅乃がやって来る
梅乃「瀬戸内ツタキさんと、小河原カヨさんとご結婚なさるから来ていらっしゃるのよ」
全員「柿澤さん!」
丸山「それ…誰です?」
梅乃「この病院で最も、人の命を救う事に全てをかけて貢献した素晴らしい看護婦さんよ」
全員「え?」
全員、分からないといった感じで顔を見合わせる
十「続いて新婦のご入場です」
ツタキとカヨ、入場してそれぞれ夫の隣に並ぶ。
式典は進んでいく。十、プロ並みのトークで司会を続ける。
丸山「流石は十…昔からトークのクオリティーは高いわ」
大声で
丸山「おい掛川十!人の結婚祝福するのもいいが、お前はいつ結婚するんだよ?」
会場、笑いに包まれる。十、マイクの音量を大にして大声で叫ぶ
十「まだ彼女がプロポーズに応じてくれなくてその気じゃないんだよ!」
丸山「うるさいよ!もうわかったからマイクの音量戻せ!」
十「わぁぁぁぁぁぁ!」
会場、マイクのキンキン音に耳をふさぎながら笑う
十「それでは新郎・小河原勉と瀬戸内修、新婦・瀬戸内ツタキと小河原カヨ、愛の口づけを」
修、緊張をしながらゆっくりツタキに口づけ。勉もカヨに口づけ。大きな拍手と歓声が起こる。
十「まだまだお祝いはこれで終わりではありませんよ!もう一つ、この病院で嬉しい事があるので発表いたしましょう」
大声で手招き
十「せり君、歩未君、どうぞ祭壇の上に上がって来て下さい」
二人の子供、ルンルンと祭壇に上がって来る。
十「この子たちは長い間、この病院に入院をしていた子供たちです。でもこの度、二人は退院が決まりました。しかもこちらの結城せり君の方は本日お誕生日です」
会場、大きな拍手
十「ありがとう。でももっともっと嬉しい事があります。二人にはご両親がなく、毎日とても悲しんで過ごしていました。でもこの度二人には新しい家族が出来ます。それがこの…」
歩未、瀬戸内夫妻のもとに行き、せり、小河原夫妻のもとに行く
十「瀬戸内夫妻と小河原夫妻です。彼らと一緒なら二人は絶対に幸せになれます!二人ともおめでとう!」
十もうれし涙で微笑み、涙声で話しかける
十「せり君に歩未君、本当におめでとう。小河原さんも瀬戸内さんもとってもいい方だから二人を悲しませたりはしないよ。きっと幸せに、立派に育ててくれる。元気でな。幸せになれよ」
せり・歩未「うん!」
せりと歩未も嬉し泣きをし出す。会場中が大拍手に包まれる
十「それでは最後は恒例の…」
大声で手招き
十「DerMusik!」
ー挿入歌ー
『早くしてね、さぁ皆さん』
(全員の合唱)
早くしてねさぁ皆さん 早く席について
他の誰もが 泣かされてしまうようなことも
幸せ者には何のその
こんな幸せ者には 嵐の様な困難や悲しみが舞い降りても
愛と勇気で乗り切ることが出来るのだ!
ーEndー
同病院・4階病棟。数か月後の2016年春。ツタキとカヨ、若手看護師を指揮している。
十N「こうしておばあちゃんとカヨさんは、生前の様に看護師として働きたいと、この病院に正式に入ってきた。今は超ベテランの婦長さんと副婦長さんとして活躍してる。二人とも厳しいけどとても人情に厚い人だ。カヨさんの方は助手さんたちの育成もしているみたいだよ」
富士見小学校・1年生教室。修、一年生の音楽の授業をしている。クラスのオルガンを弾きながら笑って一緒に歌っている。
修「♪Meet me in St. Louis Louis…」
十「修さんはというと、立派な小学校の音楽の先生だ。音楽の先生と言っても、クラス担任と掛け持ちしてる。今は歩未君とせり君の学年を受け持っているよ」
ピアノ制作会社マイネレントラー・工場部。勉、ピアノの試演と調律に力を入れている。社員はかなり働いていて、勉もとても慕われている。
十「勉さんはと言えば、ご自分で建てたピアノメーカーの会社で出来たピアノの調律と試演を主にする仕事をしている社長さんだ。実はこの会社、勉さんのご実家であるブルクハルトと並ぶ世界第二位のピアノ会社なんだ」
新網倉家。十、ツタキと修と勉にスマホやパソコンを教えている
十「そして僕はというと…」
三人とも真剣に画面とにらめっこをしている
十「そう、パソコンはこれからの仕事に必須だからなるべく早く覚えてくださいね」
修を見る
十「おじいちゃんもね」
修「はーい」
十「勉さんは…」
勉、覚えが早くかなり高度な作業をしている
十「うわ…スゲー」
ツタキ、時々肩を叩いたり伸びをする
ツタキ「使いにくいものね…手で書いちゃった方がずっと早いのに」
十、笑う
十「今時手書きの書類は歓迎されないよ。おばあちゃんだって慣れればこっちの方がずっと使いやすいって思うようになるんじゃない」
ツタキ「そんなものかしら。で、これは?」
ツタキ、スマホを手に取って不思議そうに眺める
十「これはスマホ。これも仕事やプライベートで必須だから少しずつ覚えて。 連絡とる時もこれを使えばディンディン、とても便利で速いからさ」
十、電話をかける真似
ツタキ「電話?」
十、グッドと親指を立てる
ツタキ「分かったわ」
数時間後。ツタキと修と勉、伸びをする
ツタキ「はぁ、肩凝っちゃったわ」
十「おじいちゃんもおばあちゃんもお疲れ様」
修「あーあ…僕なんだかお腹空いたな。ツタキ、なんか作ってくれる?」
ツタキ「野沢菜のお茶漬け、芋餅、すいとん汁でもいい?」
修「もちろん…あぁ、ツタキの味なんて懐かしいな」
ツタキ「分かった、いいわよ。すぐに作ってくるわ」
ツタキ、微笑んで立ち上がって割烹着をつける
ツタキ「十君もそれでいい?」
十「やったぁ!僕もいいの!?」
ツタキ「もちろんよ。教えてくれたお礼」
十「ヤッホー!おばあちゃんの手料理なんて初めてだからすごい楽しみ!」
ツタキ、 割烹着を着て台所に向かう。修、頬笑んで、居間のグランドピアノを弾き出す。勉も交じり連弾になる。ツタキ、鼻歌交じりに料理を始める。十、机やパソコンを片付けだす 。
修「ツタキの手料理は最高なんだ。こうご期待」
十「うん!」
ツタキ、料理をしながら笑う
ツタキ「嫌ね修さんったら、そんなに十君を期待させないで」
数十分後。全員、食事をしている。お茶漬け、すいとん汁、芋餅だけの質素なものだが、全員とても美味しそうに満足して食べている
十「うわぁ美味しい!」
修「だろ?」
十「うん!」
ツタキ「ありがとう」
ツタキ、淑やかにお茶をすすりながら十の方を向く
ツタキ「そういえば十君」
十「何?」
ツタキ「十君は、何処で産まれたの?」
十「僕?僕はね…おばあちゃんのご姉妹って人が住んでるお家。僕の大叔父さんと大叔母さん。ダディの家系なのかマムの家系なのかは分からないけどね」
ツタキ「なんてお家?」
十「網倉だよ」
ツタキ、驚いて箸でつかんでいたおかずを落とす
十「おばあちゃん、どうしたの?」
ツタキ「あなたは…網倉のお家で産まれたの!?」
十「うん」
ツタキ「そこはね…私の実家なのよ」
十「へー…おばあちゃんの実家かって…えぇ!?」
ツタキ「という事はまだ残っているのね!薫子と颯太はまだ生きているのね」
十「うん、薫子おばさんも颯太おじさんも元気で暮らしてるよ」
ツタキ「じゃあ今度のお休みにそこ、連れて行ってもらえる?」
修を見る
ツタキ「ねぇ、修さん」
修「僕もぜひ行って見たい」
勉「僕も」
かき餅あみくら。数日後、子供たちが学校に行っている昼間。ツタキと修と勉と十、バスを降りて歩いてやって来るin 町並みはかなり変わっているが、網倉家は何一つ変わりない。ツタキ、懐かしそうに涙ぐんで微笑む。
ツタキ「まぁ…」
修「わぁ…」
ツタキ「まさかあの頃のまま少しも変わらずに残っているだなんてね…」
微笑む
ツタキ「当時はねぇ、その名の通りかき餅せんべい屋をやってたの。ずっとそのあとが気がかりだったんだけど…」
店の中から年老いた老婆と老人が出てくるin
薫子「今もやっているよ。誰だい?」
十「薫子おばさん!」
薫子「おぉ十君かい!大きくなったねぇ」
十、子供の様に無邪気に薫子に抱き着く。薫子はすっかり年老いて腰は逆Uの字に曲がっている。
薫子「そちらの若い女性と男性は誰だい?」
十「あぁ、三人はね…」
ツタキをマジマジ見て驚く
薫子「ちょ…ひょっとしてツタキ姉さんじゃないかい!?」
ツタキ「えぇ?」
薫子、ツタキに近寄ってしょぼしょぼとした目でツタキを見ながら両手で頬に触れる
ツタキ「まさか…」
薫子「あぁ、こんなところでこんな形で再会できるとは。姉さんが死んだと聞いて、颯太も私もどれほど悲しんだか」
修と勉を見る
薫子「それに…修兄さんに勉さんまで!まさかあの日のまま生きて会えるだなんて」
ツタキ、薫子をまじまじ
ツタキ「本当に薫子なの?」
薫子、頷く
ツタキ「あぁ、まだ生きていたなんて!生きてこうして再会できるなんて!こんなに嬉しい事はない!あの空襲の日無事だったんだね。本当によかった!」
薫子を改めて強く抱きしめる
薫子「えぇ、おかげさまで私も颯太も無時に生き延びる事が出来たよ」
ツタキ「颯太は?」
薫子「分からない?隣にいるらに」
薫子の隣にすっかり禿げ上がって白髪の年老いた老人が、やはり腰を曲げて立っている。薫子、笑う
薫子「こんなに背も縮んじまったから姉さん気づかなんだとさ」
颯太、悪戯っぽい微笑みを浮かべる
颯太「姉さん!本当に姉さんかい?姉さんだ!」
颯太、ツタキに抱き着く。ツタキ、颯太を抱きしめる。
ツタキ「颯太…薫子…二人ともこんなに年を取ってしまって」
修も涙を拭って笑う。ツタキ、店を見る
ツタキ「この店もこのまま残っているんだわ。まだ続いているだなんて私…嬉しい」
薫子「姉さんの長年気に病んでたことだったんだもんね」
颯太「姉さんが作るほどおいしいかき餅は作れなかったけど、僕らなりに何とか頑張って続けてみたんだ」
颯太「でもやっぱり流石にかき餅だけではやっていけなかったから、駄菓子屋さんという形にしたけど…姉さんが生きて帰ってくれたってわかったら、ね」
薫子「後は姉さんの出番ね」
ツタキ「あぁ…」
感極まって泣きそうになる。そこに朝香、直里、覚美、睦子が店の奥から出てくるin
朝香「母様に父様?」
ツタキ「母様に…父様?」
朝香「新嫌ね、実の娘の顔が分からない?」
ツタキ「もしかして…」
朝香、十の肩を抱いて十と同じ笑顔をする
朝香「あなたの孫息子、十君の母親よ」
ツタキ「朝香…なの?」
朝香「正解。そして右から弟の直里と、妹の望みと睦子。みんな母様の子は立派に育ったわ」
悪戯っぽく
朝香「少なくとも私以外はみんな優秀ね」
全員、笑いながら家の中に入るout
家の中では囲炉裏のある、昔と少しも変らぬ居間でみんなで昔のアルバムを見ている
朝香「ね、父様ってとても美しい方でしょ?だから学生時代、クラスの女の子からも“朝香ちゃんの父様ってかっこいい”って凄く人気だったの」
勉「サムも無駄にイケメンってやつでモテたもんな」
修、勉を笑いながら小突く
修「無駄には一言余計だよ!」
ツタキ、くすくす笑う
ツタキ「そう言えばそうだったわね。私が妬くほどに修さんは女学生からもとても人気だった…」
十「はいはい…二人共のろけが強いな」
勉「ジェニーは昔からこんな感じだぜ」
勉、朝香の肩を抱く。朝香、少しドキリ
勉「蛙の子は蛙…母親が母親なら、娘も娘だな」
朝香「勉さん…手を放してください」
十、朝香をにやにや見つめる
十「あれれ?マムは何で勉さんに触られて赤くなってるのかな?」
修とツタキ、笑う。朝香、真っ赤になる
朝香「赤くなんかなってないわよ!」
ツタキ「そういうば勉さんもとても女性たちに人気者だったものね…ハンサムで、色気があって」
修、ツタキを睨む
修「君が心変わりをしてしまいそうになるくらいね」
ツタキ「嫌だわ、そんな事一度だってないわよ!」
セクシーに修の耳元に口をつける
ツタキ「私はずっとあなたに一途よ」
朝香「もう、母様ったら」
笑いながら朝香、十を抱きしめる
朝香「それもそのはずよね…」
照れていやがる十を強く抱きしめて何度も髪の毛に口づけ
朝香「この子がこんなにハンサムになる訳!だってこんなにハンサムな父様と美人な母様の血を継いでるんですものね」
十「マム!恥ずかしいからもうやめて!」
ツタキ、笑いながら大きく深呼吸
ツタキ「まさか全てがこんな形で繋がっていただなんてね…」
十「本当だ。なんか不思議…じゃあ僕たちの出会いも偶然なんかじゃなくて、運命だったのかもね」
ツタキ「そうね…」
薫子と颯太も微笑んでツタキの手を握る
薫子「姉さん、姉さんも生きている限りこれからが青春なんだ。兄さんと再婚したんだろ」
ツタキ「えぇ…今も昔と変わらずにとっても幸せよ」
颯太「姉さんが幸せなら僕らも嬉しいよ」
薫子「よかった。じゃあ今まで何も出来なかった分、何処にも行かれなかった分、兄さんと好きなところに行ったり好きなもの食べたり飲んだり、やりたいこともやってうんと幸せになってね」
三兄弟、強く抱き合う。
颯太「姉さんが一番苦労したもんな。一番幸せになって、今度こそ穏やかな生活をしてもらわなくちゃな」
ツタキ「そのつもりよ」
富士見駅。ツタキ、修、勉、十が空を見上げている。雲一つない晴れ渡った大空で風が強い。駅には人はほとんどいない。
ツタキ「ねぇ十君?」
十「ん?」
ツタキ「十君のこれからの夢って…何?」
十「僕の夢?」
ツタキ「そう…何かある?」
十、うっとり
十「僕の夢は真のナイチンゲールになる事かな」
ツタキ「どういう事?」
十「そのままの意味…」
ぼんわり
十「僕いつかは、かつてナイチンゲールが行ったみたいに戦場に行って、戦争で傷ついたりした兵士さんの看護をしたいんだ」
ジェスチャーを交えながらおっこーに喋る
十「それとか貧しい国に行って医療を受けられない人たちに無償で看護を提供したい。これがナイチンゲールが僕らに望んだことだろうし、僕自身の希望だから」
十、興奮してきてオペラでも演じるように話す
十「僕、死ぬ時は看護師として生まれた使命を持って看護師らしく死にたいんだ」
修、ツタキ、勉、笑う
ツタキ「あなたらしいわね。でもあなたはまだ若いんだから死ぬだなんてそんな縁起の悪い話はしないで頂戴。まだまだこれからよ」
十、正気に戻って落ち着く
十「そうだね…おじいちゃんとおばあちゃん、勉さんは?」
ツタキ「そうね。私もあなたと同じ考え…かしら?」
十「同じって?」
ツタキ「私も看護婦になったからには、看護婦として死にたい…」
十「本当にそれでいいの?」
ツタキ「え?」
十「かき餅あみくらは?僕はあのお店がなくなっちゃうだなんて嫌だよ!」
ツタキ「なくならないわ…」
十「じゃあこれから先の未来は誰が継ぐの?おじさんもおばさんももうよぼよぼなんだよ」
ツタキ「私の娘と息子たちが後を継いでいくって言っていたわ。だからこれからは6人でかき餅あみくらを経営するって。でもかき餅は私の作るやつが一番おいしいから調理だけはよろしくって頼まれたけどね」
十「よかった」
ツタキ「だから私はナースピアニストのあなたじゃないけど、かき餅ナースとして生涯を生きて行こうと思うわ。かき餅を作りつつ、看護師として生きる人生の使命を生涯を全うして死んでいくの」
修と勉、手を叩く
修「ブラーヴァ!」
勉「ホットドッグ!」
ツタキ、頬を赤らめて笑う
ツタキ「もう嫌ね。そういうお二人は?」
修「僕は、生前と同じく小学校の教師を目指す。ツタキと十君が生涯看護に生きて、使命を全うしたいって言うように、子供たちの成長と教育に人生をささげて使命を全うしたいと思ってるんだ」
修も十の真似をしてオペラでも演じるように話す
修「僕もいつかは途上国とかに教育支援に行きたい。教師として死んでいけるのならそれが本望だ」
勉も参戦してオペラの舞台のようになる
勉「僕はパティシエとピアノ作りに生涯をささげたい!音楽と菓子作りに生きて音楽と菓子作りに死んでいけるのならばそれが本望!途上国の子供たちに甘いお菓子を食べさせたい!音楽と楽器を提供したい!」
二人、肩を組んで自分の世界に入る
修・勉「デゥワー!」
ツタキと十、ポカーンとして二人を見つめる。
しばらくして十、咳払いをしてち、ち、ち、と指を振る
十「3人ともさぁ…じゃあ僕からも言わせてもらうけど?おじいちゃんとおばあちゃん、勉さんもね」
ツタキ・修「え?」
十「折角現代に生き返った命何だから、今度は3人にも長生きしてもらわなくっちゃ…かしら?」
修「確かにそうだね…かしら?」
勉「その通りね…かしら?」
ツタキ、笑って十と修と勉を小突く
富士見町内・小さな森の教会。ツタキと修、勉とカヨが結婚式を挙げている
ツタキ「修さん…私、改めて自分の気持ちに問いてみて分かったわ」
修「何が?」
ツタキ「私が本当に心から愛しているのはあなただけって事。この世の誰よりもあなたは私の側にいてほしい人で、私の一番大切な人って改めて感じた」
修「ツタキ…」
ツタキ「あなたは?」
修「僕だってもちろんそうだ。君から離れている時も、死んで地縛霊になった時も、一度だって君への思いを捨てた事はなかった」
ツタキ「修さん…」
修「だからこれからは、改めて二人で生涯一緒に生きて行こう」
ツタキ「えぇ…」
カヨ「勉さん…私もね、人間に戻って暖かなあなたに触れた時、改めて思った…私、やっぱりあなた以外の人は愛せない」
勉「カヨ…」
カヨ「これから先も、ずっとずっと側で生きててほしい人。あなたは本当に、男性として、夫として、父親として…世界一尊敬できる素晴らしい人だわ」
勉「ありがとう。僕も君に、全く同じことを言いたい。温かな君に触れた時、僕も君以外の女性は考えられないって思った。君以外愛せない。これから先も、ずっ
とずっと側で生きていて欲しい人。女性として、妻として、母親としてて。世界一
尊敬出来る素晴らしい人」
カヨ「勉さん…」
二組、強く抱き合って口づけをする。歩未とせり、バージンロードから歩いてきて、せりは勉とカヨの元、歩未は修とツタキの元に行く。
カヨ・勉・ツタキ・修「そしてこんなにかわいい息子たちもいる」
勉の3人の実子も微笑んで、一番下の子は長男に抱かれてやって来る。
勉「祝、傑、勲、お前たちの新しい兄弟だよ」
せり、緊張気味に頭を下げる
傑「そんなに硬くなるなよ。僕たちもう兄弟なんだからさ」
勲「仲良くしようぜ、弟よ」
せり「う、うん!」
二人、せりの頭を強く撫でてせりを両方から抱き締める。2組の夫婦、幸せそうに笑う
ーED credit and songー
『Don’t go breaking my heart』
ーENDー
十「今日はいよいよ旧産婦人科病棟に行く日だね」
ツタキ「えぇ。でも結構あそこは酷い惨劇だと思うわよ。きっと当時のまま…」
言葉を飲んですり替える様に笑う
ツタキ「だから何を見てもショックは起こさない様に覚悟はしてて」
十「うん…」
十、飲みながらボンワリとツタキを見る。
十「でも僕、ずっと気になっていたんだ。おばあちゃんと隆彦さんはどうして幽霊としてこの病院にいるの? 他の当時の人たちは?」
ツタキ、懐かしく遠くを見る様に話し出す。
ツタキ「死んだのは前に話した通り空襲。そして?どうしてこの病院にいるかって?それは…きっとあの未練があるからだと思うようになったの…」
十「あの未練?」
ツタキ「そう…確かあれは昭和12年くらいの春だったかしら。私はこちらの隆彦さんの担当看護をしていたのね、隆彦さんは前にも話した通り私の義理のおじい様ですし」
十「え?義理の…おじい様?」
十、驚いてツタキを見る。
ツタキ「あら、話していなかったかしら?」
十「うん…聞いてない。どういう事?」
ツタキ「私の夫だった瀬戸内修さんの実のおじい様って事」
十「そうだったんだ」
瀬戸内隆彦(105)、穏やかに微笑んで十を見る
十「もう一度…写真を見せてくれる?」
ツタキ「いいわよ」
思い出すようにうっとりしながら写真を取り出して十に渡す。
ツタキ「とても心が美しい青年だった。ほら、顔はソバカスだらけでえくぼと八重歯が目立つでしょ?それでもまるで外国俳優さんの様に美しいからとても周りの女性に人気があった。少し変わり者でお調子者さんだったけどね」
十、呆れたように笑う
十「おばあちゃんも意外とのろけ強いね」
ツタキ「修さんは私にとって自慢の旦那さんでしたからね」
十「はいはい」
ツタキ、うっとりと思い出に浸り遠い昔を見つめる様に空遠く見つめている
ツタキ「とても幸せだったわ。ずっとこのまま永遠に穏やかな生活を送れると思っていただに…昭和19年の終わり。丁度修さんのお誕生日だった12月の31日」
ツタキ、思い出したくないというように恐ろしそうに目を見開いて下を向く。瀬戸内、車いすに乗りながらツタキの肩を抱く。
ツタキ「修さんのお勤めする落合小学校付近に爆撃が落ちた。修さんはじめ、学校の職員、児童たち、みんな亡くなってしまったって話よ」
十「そんな…」
ツタキ「その日はそれだけじゃなかった…」
切なく静かに
ツタキ「翌日…昭和20年1月1日。翌日の早朝にこの病院の産婦人科棟に爆撃があって、そこにいた看護婦にお医者様や患者様がみんな亡くなったの。当時そこに勉さんとカヨちゃんの小河原さん夫婦もご出産でいらしたわ。勿論亡くなった。勉さんだってその日はお誕生日だったのに」
十「おばあちゃん?」
ツタキ、恐ろしさに震え出す。十と瀬戸内、ツタキの体を支える。
ツタキ「それが私の耳に入った時、本当にショックだった。もう何もかもが嫌になって生きるのがもう辛くて、このまま死んでしまいたい、早く空襲にでも打たれればいいのにって何度もそう思った」
ツタキ、今までずっと制服の中に隠し持っていた茶色の小瓶を取り出して十に見せる。
十「それ…」
十、瓶を受け取ってみてまじまじ見つめながら青ざめる
ツタキ「そう…ヒ素よ。私、ヒ素や他の毒薬を服用して自決しようとした事もあるの。その時にカヨちゃんとトミちゃんの幻が…私を止めてくれたの。二人のお陰で私は思いとどまることが出来た」
十、話を聞きながら泣きそう。ツタキ、十を慰める様に十の膝に手を置いて、十の手を優しく握る。
ツタキ「でも、結局…」
涙を流す十を優しく見つめて支えながら話を続ける
ツタキ「昭和20年4月1日、私達のいた南諏訪高原病院の隔離棟に爆撃が落とされた。それによって私達は死んだ。周りの仲間や患者さんもみんな。助かったものなんか一人もいない。それなのに私だけ死んでもなお修さんの元には行けず、この世に残ってしまった」
深くため息をついて笑う
ツタキ「この世には何も未練はないと思っていたけど、やっぱり気がかりな事ってあるのよね。残された双子の子供たちと生まれたばかりの子供の事や実家の事、そして修さんから聞けなかった答え」
十「答え?何の?」
ツタキ「“パンに合うピアノ”よ…」
十「パンに合うピアノ?」
ツタキ「えぇ…」
十「それは…何?」
ツタキ、思い出すように笑う
ツタキ「あの人変わり者さんだったから“パンにはジュースやコーヒーが合うように、この曲を聞くとパンが食べたくなる、パンのお供と言ったらこの曲だっていうものがあるはずなんだ。だから僕はパンに合う紅茶でもなく、パンに合うコーヒーでもジュースでもなく、パンに合うピアノを見つけるんだ”っていつも言ってた」
十「それで…」
ツタキ「彼は“やっと僕の追い求めていたパンに合うピアノを見つける事が出来た”と私に言ってきたわ…でもすぐには教えてくれなかった」
十「何故…」
ツタキ「20年の4月1日、私の誕生日に教えてくれるって言ってたわ。プレゼント代わりに私の誕生日、パンを食べる私の前でピアノを実演してくれるって約束だったの」
ため息交じりに笑いながらコーヒーを一気に飲み干す
ツタキ「それなのに、約束を破って教えてくれぬまま死んでしまった。だから私はそれがきっと未練で死にきれずにここにいるんだと思うの。それと修さんがいつか二人で見に行こうって言ってくれたヨーテボリのオーロラ。これも叶わずのままだったから」
ため息交じりに笑う
ツタキ「もう、私の人生には未練だらけなんだわ。そりゃあの世へも行けないわけよね。この世にこんなに未練が残っているんですもの」
十「じゃあ隆彦さんはどうして?隆彦さんにも未練があるの?」
瀬戸内も遠い昔を見つめる様に暗い夜の空を見つめる
瀬戸内「わしの未練か。孫息子に会えぬまま死んじまったって事、修の最期にすら行き会えず、最期の顔すら見れなんだ事かのう。一目だけでもいい…あの子にもう一度会いたかった」
ツタキ「それは私も同じよ。もう一度だけでいい、修さんに会いたいわ」
十、しばらく黙って二人を見つめている。真顔で黙って二人を見つめているが、
十の目からは次々と涙があふれ出てきている
ツタキ「おバカさん、何であなたが泣いているのよ」
十、慌てて肘で涙を抑えながら涙笑い。
十「ごめん…でもおばあちゃんたちの話が本当に辛くて」
瀬戸内「君は本当に、涙もろい所まで修によく似ているんだね」
十「え?」
十、泣きはらした顔をあげて瀬戸内を見る
瀬戸内「あの子も十君の様に、すぐに感情移入しては涙を流す子だったよ」
ツタキ「修さんが?」
思い出すように
ツタキ「そうね。修さんは私のために嬉しい涙を流してくださることがよくあった。でも、いえ…それ以外は私、どんな時でも笑っている修さんしか見た事がないわ。悲しい時や寂しい時でさえも」
瀬戸内「それは、ツタキさんの前だからじゃろう」
ツタキ「え?」
瀬戸内「あんたが辛い境遇の中生きてきたことはわしも修から聞いてよく知っておる。修は正義感も人一倍強い子だったからねぇ。そんなあんたの事を全力で支えたいともいつも言っていた。だからこそあんたの前では涙や弱い姿は見せなんだのじゃろう。あんたにこれ以上悲しい思いはさせたくないし、心配もかけたくないって思っていただろうからね」
ツタキ「そんな…そうだったんだ」
しばらく後。十、強く涙を拭って強引に涙をこらえる
ツタキ「ごめんね十君、少しおしゃべりになりすぎちゃったわね」
十「ううん…大丈夫」
涙を拭って決心したように
十「じゃあなおさらだよ!やろう! 」
ツタキ「やろうって…何を?」
十「勿論決まってるだろ!おばあちゃんと瀬戸内さんをはじめ、小河原勉さん、そして僕のおじいちゃん!瀬戸内修さんを解体前に救い出すんだ!」
ツタキ「無理に決まっているでしょ。地縛霊の私達にどうしろと? さっきも言ったけど、私達はここを出たくても永遠にこの建物の外には出れないの」
十、興奮したようにツタキの方に両手を置いて前かがみでツタキと顔を合わせる。
十「あきらめるなよ!方法はきっとある! 待ってて、僕が必ずその方法を見つけてくるから!」
ツタキ「たとえそれが見つかったとしても、あなたにそれが出来ると?」
十、苦しそうに頭をひねる
十「それはやってみなくちゃわからないけど、おばあちゃんは、ずっと僕が会いたかった本当のおばあちゃんなんだ!瀬戸内さんだって僕のひいおじいちゃんだ!やれることは全力でやりたいんだ!このままみんなが消えちゃうだなんてそんなの僕、絶対に嫌だ!だから絶対待ってて!」
ツタキ、クールに笑う
ツタキ「本当にあなたにできるかしらね」
十「どういう事?」
ツタキ「何をしたって無理だと思うわよ。全く…そういう無謀で突発的なところまで修さんにそっくりなんだから」
十「僕はこういう性格なの。大切な人の為だったら命を懸けたって何でもする」
ツタキ、窓辺に目をやる。窓辺のプリズムが虹色にキラキラ輝き出し、太陽が少しずつ昇って来るのが見える。
ツタキ「十君、外を見て!」
十「え、外?」
明るくなってくる
十「あぁ、もう夜が明けるんだ。じゃあ、又…会いに来るね」
ツタキ「えぇ」
十、ツタキと瀬戸内に何度も手を振りながら小走りで戻ってゆく。十、新病棟の渡り廊下の方へout
瀬戸内「ツタキさん、あの子は本当にいい青年じゃ」
ツタキ「えぇ…そうね。娘たちも、孫も、立派に育ってくれていて嬉しいわ」
瀬戸内「あぁ…まさかわしもこうしてひ孫の姿まで見られるとはなぁ」
ツタキ「それは私も同じですよ。まさか孫の姿が見られるだなんて」
ふふっと笑う
ツタキ「本当に…私も出来る事ならば空気の泡になんかなりたくないわ」
MTl/「星の砂時計」
ーOP credit and tema songー
「the sign」
ーENDー
T/平成27年春・長野県富士見町
同病院・病院内資料室。十、資料をおもむろにあさっている。本を読んではしまいを繰り返す。そこに帰りの支度をしたタミ恵と丸山と田苗(書く26)がin
タミ恵「こんなところにいた。十、何やってんの?」
田苗「帰るぞ。仕事もう終わりだぞ」
十「先帰ってて、もう少し!」
丸山「何をそんなに探してるんだよ?緊急じゃないんだろ?」
十「緊急ではないけれど僕にとってはとっても大切なものを探してるの!だからお前たちは先に帰ってていいよ!」
タミ恵、十を睨みつけながら十に近づき、十の首元を持って軽々吊り上げる
タミ恵「あんた…いい加減にしな」
丸山「タミ恵…怖っ…」
タミ恵「かーけーかーわーじゅーうー」
十「ん?」
十を思いっきり床に落とす
十「うわぁ!いたたたた…いきなりなんだよ!」
丸山笑うが、こぶしを振り上げて睨みつけるタミ恵を見て慌てて話を買えるように
丸山「とにかく、今はお疲れのリリャースパスティーリャ!」
タミ恵・田苗「おー!」
丸山「もちろん今日は、全部十の奢りで」
十「は!? どうしてそうなるんだよ」
タミ恵「お、太っ腹じゃん!」
田苗「ごちそうさまでーす」
十「僕はそんなこと一言も言っていません!」
丸山「あ、あと千歳も来るんでよろしく!」
十「はぁ!?」
丸山「あいつにも今日は十のおごりって言ってあるから」
十「おい!」
十、財布を覗いてため息
十「僕の今月のお小遣いが…」
十、資料あさりをやめて3人と共に資料室を出る。
富士見駅前・リリャースパスティーリャ亭。店内はいつもより静かで人も少ない。
十・千歳・タミ恵・丸山・田苗「カンパーイ!」
5人、グラスを思いっきり打ち付ける
十「クッハーッ!」
千歳・タミ恵・丸山・田苗「うめ―!」
十、一気にマンサニーリャを飲み干す
十「うめ―!やっぱりこれだな!」
丸山「お前、せめてなんか食べてから飲めよ。胃、荒れるぞ」
十「いつもの事だろ、放っておけ!」
千歳「大丈夫だよ十君、僕…そのために今日は持って来てるから」
ニヤリとして液体胃薬を取り出す
千歳「飲む前に飲むと効くんだって。という事で」
十「おぉ」
千歳、薬を適量飲む
千歳「ん、甘くておいしいよ。みんなも飲めよ」
丸山「いや…僕らは朝から酒は飲まないから大丈夫」
タミ恵「まさか千歳…あんたも飲む気?」
千歳「勿論!」
プンシュを飲みだす
千歳「でも僕はマンサニーリャはさすがに今は強すぎるから…プンシュだけどね。アルコール3パーセント位に薄めた」
田苗「でも千歳って、車じゃない?」
千歳、ハイペースで飲みながら。顔はほんのり赤くなっている
千歳「車だよ」
丸山「おいおいおいおいおい!それかなりまずいだろ!」
千歳「大丈夫!」
千歳の後ろから菊見がin にっこりと顔を出す
十・丸山「クミちゃん!?」
千歳「可愛い奥さんがハンドルキーパーやってくれるからご心配なく」
タミ恵「菊見…いつの間に」
田苗「スーパーマンかよ」
改めて6人みんなで食べ出す
タミ恵「で、あんた一体さっき何見つけてたの?」
十「え?」
十、スクランブルエッグを食べようとしていた手を止めてタミ恵を見る。
田苗「なんだか凄く大切な物でも探すみたいな感じで資料漁ってたから」
十「んー?」
再び食事をしながらもごもご
十「80年前の資料やカルテ」
田苗・タミ恵・丸山・千歳・菊見「は?」
十「うん…」
水を小分けに何回も飲む。
十「そんな資料どこかで手に入らないかな?」
丸山「80年前って…戦時中?」
田苗、スマホで調べながら
田苗「戦時中なんて…この病院だって昔の建物は空襲でなくなったんでしょ? だもんで資料もカルテももう残ってないんじゃない?」
タミ恵「確かにあるっていう方が奇跡だね」
十「だよなぁ…」
丸山「でも何でそんな資料が必要なの?」
十、ナイフとフォークを置いて水を飲み干し、一息置く
十「みんなも、もうすぐこの病院の旧病棟と、落合の小学校が取り壊される事知ってるだろ?」
全員、十を見つめたまま頷く
十「その前に僕、助け出してあげたいんだよ」
丸山「なにを?」
十「僕のおばあちゃんとおじいちゃん、そしてお二人のご親友とその奥さん」
他5人「はい?」
店内、徐々に混み出す。十、話している
十「って訳なんだ」
丸山「うわぁ…また出た。十のお化け話」
タミ恵「あんた…ガキの頃から見えるもんね、そういうの」
十、黙って上目で他5人を見つめながら今度はココアを飲みだす。
丸山「あれ、十ってココア飲めたっけ?」
十「あぁ、嫌いだった」
十、ココアの中に調味料のシナモンと黒蜜を入れ出す。
十「でも最近飲めるようになったんだ。おばあちゃんが黒蜜きな粉ココア好きだっていうからさ、お付き合いで飲んでたらはまっちゃって」
再び飲みだす
十「うーん、おいしい」
丸山「ちょいと待て待て!幽霊って飲み物飲めるのかよ!」
十「え、普通によく飲んでるよ?」
田苗「え、じゃあ食事は?」
十「この間は僕が持って行ったコンビニのホットドック一緒に食べた」
タミ恵「じゃあ飲食できるんならお手洗いとかも…まさか行くの?幽霊なのに?」
十「おばあちゃんのプライベートまでは知らないよ!それに僕の大事なおばあちゃんを幽霊幽霊って言わないでくれるかな?なんだか不愉快」
丸山「ごめんって!そう膨れるな!」
十、むっつり膨れて酒を飲む。
南諏訪高原病院・資料室。十、毎日仕事の合間や終了後に資料を漁る。暗い部屋、だんだんに明るくなり始める
十「あ!」
本を一冊手に取って目を輝かせる
十「あった! これだ!」
ページをめくる
十「1930~40年代、諏訪南高原病院の歴史と…あ!患者カルテと医療従事者名簿!やった!見つけた!」
掛川家・十の部屋。深夜・十の部屋の明かりは消えているがスタンドライトのみこうこうとついている。十、繕い物をしている。掛川綴(40)、部屋を覗くin
綴「十、あんたいつもこんな時間まで何してるのよ」
十「うわぁぁぁ!」
慌てて本と繕い物を隠す
十「お姉ちゃんには関係ないだろ!」
綴、慌てて十の隠した方向に目を向けてのぞき込む
綴「あんた今何隠したのさ?私に見られちゃまずいものなの?」
十「何でもないよ!」
のぞき込むとする綴から必死に隠す十
十「何だっていいだろ!お姉ちゃんが見たってわからないし、お姉ちゃんには関係のないものなの!」
十、邪魔そうに綴を睨む
綴「ふーん…」
十「そういうお姉ちゃんこそいつまで家にいるつもり? 早く結婚でもしたら?」
綴「あんたは子供の頃から生意気なのよ」
十「生意気で結構」
十を小突きながら机におにぎりとお茶を置く
綴「とにかく早くお眠りなさい。その内あんたがぶっ倒れるよ」
十「はーい!ご忠告ありがとうございまーす」
綴、扉を閉めるout。十、扉に向かって舌を出す
数日後の夜明け。眠そうに延びる十
十「出来たぁ!」
女性もののワンピースと男性ものの背広。ツタキの名前が彫られた木の手形
十「これでツタキと瀬戸内さんを病院の外に出してあげられる!」
十、わくわくしながら洋服を掲げる
十「あぁ疲れた…いい加減眠いや」
目を擦って欠伸をするが、ハッと目を覚まして手を叩く
十「あ!そうだ!」
スマホを手に取ってメールを打ち始める
長野県諏訪市。カナリアホテル諏訪・展望レストラン。小松紡紬(25)、十、小口千里(25)応接椅子に腰かけてコーヒーを飲む。お茶の時間で混む店内。
小松紡紬「で、あんたから私らに頼みなんて珍しいじゃん。なんかあった?」
十「ちょっと…ね」
紡紬「何よ?」
にやり
紡紬「ははーん、分かった。ひょっとしてホテルが継ぐ気になったからダッドに後継の事を改めて頼みたいと?」
十「まさか!そんなんじゃないよ!」
紡紬「じゃあどんなんよ?」
十「学校…」
紡紬「学校?」
十、紡紬の方を向いて真剣にしゃべる
十「つむは今、落合小学校の事務として働いているんだろ?」
紡紬「正確には…もうすぐ元だけど…それが?」
十、今度は千里の方を向いて真剣にしゃべる
十「千里は、同じく落合小学校の教員やってるんだよな?」
千里「うん…そうだよ?僕ももうすぐ元…だけどね」
コーヒーを飲む手を止めて十をまじまじ
十「だったら二人にお願いがあるんだ」
ホテルレストランのカーペットに土下座。千里と紡紬、驚いて立ち上がり、十を制止する
十「この通りです!どうか落合の小学校の鍵を開けてください!入校を許可してください!」
紡紬、土下座する十を立たせて落ち着かせる
紡紬「おい、まずは落ち着けって!一体どういうことなのか理由を話してくれなくちゃ。私らも分からないし動きようがないよ」
千里「うん…」
十、チワワの様に紡紬と千里を見つめる
十「じゃあ何聞いても…笑わないって約束してくれる?」
紡紬「うむ。夜漬けになってでも真剣にあんたの話聞いてやる」
千里「僕も付き合うよ」
十「ありがとう」
千里「話してすっきりしちゃいなよ」
2人、椅子に戻って飲み物とケーキを食べながら十の話を聞き出す。十、ゆっくり話し出す
1時間半後。だんだんに夕方の日差しが窓から入って来る
紡紬「ふーん、なるほどね」
真面目クールに十を見つめて口を開く紡紬と、ポカーンとして紡紬を見る十。
十「え…え?変に、思わないの? ふざけてるとかいって笑わないの?」
紡紬「笑うわけないじゃん…」
真顔だった紡紬、突然大笑いをし出す。
紡紬「だって…あんたがおかしいのって今に始まった事じゃないし」
十「おいなんだよ!」
紡紬を小突く
十「せっかく今、泣きそうになってたのに!」
紡紬「何でだよ!」
笑いながら
紡紬「いいよ。一緒に来いよ」
十「い、いいの!?」
紡紬「好きにしな。でもあんたこそいいの?」
十「何が?」
紡紬「あんたの大好きなばあちゃんの事だよ」
十「え?」
紡紬「私達のはいるのはあの建物が壊されるほんの1か月前なんだよ。助け出す方法が見つからなくて間に合わなかったら!?」
十をまじまじ
紡紬「余計にばあちゃんやあんた自身の事を傷つける結果になるんじゃない?」
十「あぁ…」
紡紬「だから、あんたのためにもばあちゃんのためにももう一度よく考え直した方がいいんじゃない?」
十「何でさ?」
紡紬「あんたも話が分からない人だなぁ」
呆れて笑いながらゆっくりと話す
紡紬「まず一つ目の理由。あんたはやっと会えたばあちゃんの事が大好きなんだろ」
十「うん」
紡紬「そんなばあちゃんとずっと側にいたい」
十「うん。だからこそ外の世界に出してあげたいんじゃないか」
紡紬「でも彼女は人間じゃない。幽霊」
十「だから?」
紡紬、目を細めていじいじと十を見る
紡紬「考えてみな。彼女があの世に行けずにこの世に残されてる理由って何? 」
十、目を見開いて当然というように
十「おじいちゃんとの叶えられなかった夢…だろ?」
紡紬「ん。そしてもし仮に、小学校内でじいちゃんと再会したとする。そしてその叶える事が出来なかった未練がじいちゃんとの再会によって叶ったとしたら?幽霊はどうなる?」
十「霊体は…」
紡紬「もうこの世に未練は亡くなったって事になるけど?」
十、しばらく考えてからハっとして顔を上げ、ショックと絶望の入り混じったような顔で紡紬と千里を見る
紡紬「って事…」
指で数字を表す
紡紬「そして二つ目の理由…ばあちゃんを連れて学校には行った結果、じいちゃんはいても、助け出す方法が見つからずに解体までに間に合わなかった場合…ばあ
ちゃんの目の前でじいちゃんは空気の泡となって消えてゆく。そしたらばあちゃんの心は?」
意味深に十を見る
紡紬「悲しみと絶望が半端ないと思うな。だってばあちゃんはじいちゃんなしでは未練だったことを実現することは一生叶わなくなるんだし、叶える事が出来なければばあちゃんは一人この世界に永久に残される事になる」
十「一生死ぬことも消える事も出来ずにさ迷う事になる。そうだとすれば、あのまま地縛霊として旧病棟にいて、建物と共に空気の泡になった方がずっとよかった」
紡紬、腕を組んで目を閉じて頷く
紡紬「あんた、それを考えてみたか?って事」
飲み物を飲み干して、残りのケーキを一口で入れてから立ち上がる
紡紬「まぁ、結論はあんたが出す事だからこれ以上私は何も言わないけどさ。ま、頑張って」
紡紬、小粋に退場。十、茫然と椅子に座り込んだまま放心状態。千里も立ち上がって十のもとに来て肩を抱いて笑う。
千里「どういう答えを出そうと、僕らは十君の味方だしいつでも力を貸すよ。期間はもう少しあるからゆっくり考えてみるといいよ」
十「うん…ありがとう」
紡紬と千里、後ろを振り返って十を見る
紡紬「ただ一つ保証があることと言えば…」
千里「瀬戸内修さんは…あの学校の中にいるよ」
千里、笑って小粋に店を出ていくout。十、座ったまま千里と紡紬の後姿を見ている。
十「え?」
南諏訪高原病院・旧病棟の空き病室。十、暗い部屋に暫く無言で佇んだまま。ツタキ、沈黙を破る様に笑う。
ツタキ「どうしたの?今日はやけに静かね」
十「…」
十、重々しく俯いたまま
ツタキ「いつもはあんなにお喋りなくせに。どうしたの?何かあった?」
十、重そうに口を開く
十「僕、考えてたんだよ」
ツタキ「考えていたって…何を?」
十「おばあちゃんとひいおじいちゃんの願いを叶える方法…」
ツタキ「願いって…」
笑う
ツタキ「まだ、そんな事本気で考えていたの?」
十「僕にとっても真剣な問題だからだよ!」
息をつきながらゆっくり
十「それでやっと、二人がこの病院を出る事が出来る方法を思いついたんだ」
ツタキ「そうなの…思いついたんだ。それで?」
十「うん…これ」
ツタキと瀬戸内に資料本を見せる
十「かつてこの病院には外出手形という物があった。それがなくちゃ医療従事者さんも患者さんも外出は出来ない。それから服装だって私服でなければ外に出る事が出来ない。そうだったんだろ?」
ツタキ「えぇえぇ、確かにそうだったわ。あなたもよく調べる事」
十「だから僕、おばあちゃんの着れる様な洋服と瀬戸内さんの着る背広、そして当時の事が書かれた資料を見ながら手形を復元して見たんだ」
ツタキ「復元って…」
十、袋から洋服2人分の上下と外出手形2個を取り出す
十「どうかな? これで二人とも病院を出られると思うんだけど」
ツタキ、手に取って目を丸くし、十とてがたと洋服を交互に見つめる
ツタキ「まぁ凄い。私達のためにここまでしてくれなくていいのに」
十「親友たちにもお願いして協力してもらってる。後はおばあちゃんにひいおじいちゃん、二人次第だよ」
ツタキ「何?」
十、重々しく口を開く
十「12月の31日、親友と一緒に落合の小学校に入れることになった。だから、
修さんに会いに行ける」
切なさを隠すようにつかえつかえに話す
十「僕はおばあちゃんが幸せになれるんだったら、おばあちゃんがどんな選択をしても止めないよ。もしおばあちゃんの願いが叶って全てが終わっちゃって、おばあちゃんもおじいちゃんもこの世から消えてしまっても。もう僕とは一緒にいられなくなっても僕、後悔はしない」
涙を浮かべて笑う
十「おばあちゃんどうする?これが最初で最後のチャンスなんだ。後はおばあちゃんたち次第だよ」
しばらくの沈黙。ツタキ、しばらくしてとても小さな声でゆっくり口を開く。
ツタキ「十君は?」
十「え?」
ツタキ「十君の気持ちだってあるんでしょ」
十「僕のは…」
ツタキ「どうでもいいとか言うんでしょ」
ツタキ、優しく微笑んで首を振って十の両手をとる
ツタキ「どうでもよくない。あなたの気持ちだって私はちゃんと聞きたい」
十、遠慮気味に口ごもりながらきょろきょろして喋る
十「僕は…僕は、離れるなんて嫌だしずっと一緒にいたいよ。だって、ずっと僕の探してたおばあちゃんだもん!」
涙声でしゃくりあげながら
十「でも…だからこそ、おばあちゃんの事が大好きだからこそ、あなたの夢を叶えたいんだ。おばあちゃんをおじいちゃんと再会させてあげたいんだ!」
ツタキ「修さんと…再会…か」
寂しそうに笑う
ツタキ「修さんも地縛霊に小学校いるとは限らないじゃない?もしかしたら彼はもう、黄泉のお国で勉さんと幸せに暮らしていると思うし」
十、別の意味でショックを受けた顔をする
十「勉さんと幸せにって…まさかおじいちゃんと勉さんって、そう言う関係じゃないよね?」
ツタキ「そういう関係って?」
十「そういう関係はそういう関係だよ!つまりおじいちゃんと勉さんはラブラブで、愛し合ってて…」
ツタキ「あなた、何をどう聞いたらそう思うのよ!」
十「だって今のツタキの言い方を聞けば誰だってそう思うだろ!」
ツタキ「そう…かしら?」
ツタキ、小粋に微笑む。十、真顔になる
十「でもそれは安心して欲しい…」
ツタキ「ん?」
十「現に僕はあの学校で何年もおじいちゃんと会って話をしたり遊んだりしてるんだ。だからおじいちゃんは絶対に今でもいるよ!だからおばあちゃんを落合小学校に連れて行ってあげたい!おじいちゃんだってたった一人で、おばあちゃんに会いたくて待ってるかもしれないもん」
勢い良く、情熱的にツタキを説得
十「もし間に合わなかった場合、僕は一生おばあちゃんに嫌われて恨まれてもいい。だからほんの一握りの可能性にかけさせてください!お願いします!僕と一緒に落合小学校に行こう!」
ツタキ、十の熱心さに圧倒されて目を丸くしている
ツタキ「十君…」
同年12月の31日。雪が多く積もる落合小学校。防寒に身を包んだ十、紡紬、千里。そしてツタキと瀬戸内。二人以外は誰もいない。関係者以外立ち入り禁止の看板が掛けられている。
紡紬「ついに来たか。十、本当にいいんだな? 後悔しないんだな」
十「うん」
紡紬「鍵、開けるぞ」
千里「入ろう」
十「うん…」
十、自分のすぐ後ろにいるツタキと瀬戸内を見る
十「入ろう」
ツタキ「えぇ、そうね」
ツタキ、車いすを押しながら十について歩く。紡紬、振り返って幽霊たちと話をする十を見て笑う
紡紬「何? 今後ろにいるって事?」
落合小学校の中。古い校舎、木の廊下を歩く一行。十に千里、珍しそうに目を輝かせながらきょろきょろ
十「うわぁ!昔にタイムスリップしてきたみたいだ」
ツタキ「とっても懐かしいわ」
十「千里とツムにとっては珍しくもなんともないね」
紡紬「うん…」
千里「ただの職場」
十、ツタキと話をしている
紡紬「ん、ばあちゃん何だって?」
十、ツタキの声真似をしながら
十「 私にとっても懐かしいわ…だってさ」
ツタキ、笑って顔を赤くしながら十を小突く
ツタキ「嫌ね、何も私の真似をしなくたっていいでしょ」
十「だって少しでもツタキがどんな人か伝わった方がいいだろ」
ツタキ「嫌よ、恥ずかしい!それに私、そんな喋り方しないわよ」
十、歩くのをやめてツタキと顔を見合わせる。本気の十と笑いながら応戦するツタキ。
十「いや、するね」
ツタキ「しません」
十「する!」
ツタキ「しないわよ!」
十「するの!」
ツタキ「しないの!」
十、後ろを向いて泣きまね
十「するもん…」
紡紬「出た!十のいつもの泣き落とし。小さい頃から変わってないな」
笑う
紡紬「何の言い合いしてたのかは分からないけど」
千里「うん…」
千里、まるでツタキが見えているかのようにしている。紡紬、先に行くよと合図。十とツタキと瀬戸内、再び歩き出す。
3年1組教室。
千里「ここが僕の教えていた教室だよ。中見る?」
十、ツタキを見る
ツタキ「ここ…修さんの最期に担任をしていた学級だわ」
十「え、そうなの!?」
千里「偶然だな」
一行、教室に入る。窓は締まっており席は当時のまま。人は誰もいなくて静か
紡紬「のどかだねぇ…」
千里「静かだねぇ…」
紡紬、十を見る
紡紬「どう?誰かいる?」
十、きょろきょろ見渡す
十「いや…僕には誰も見えない」
十、ツタキを見る。ツタキ、残念そうに微笑んで首を振る
十「そうか…」
十、手でバツを作っていないとジェスチャー
一行、学校中を歩き回る。数時間後・夕方になる
紡紬「誰もいなかったな…」
十を見る
紡紬「さぁ、そろそろいいか?」
ツタキ「いえ…まだよ」
十・千里「え?」
ツタキ「まだ一か所、見ていないところがあるわ」
十、紡紬と千里に合図してその事を告げる
ツタキ「音楽室よ!」
同学校・音楽室。古い木の教室にたくさんの楽器が当時のまま置かれている。中央にはグランドピアノ。一行、木のドアの前に立つ。
紡紬「この部屋のこと忘れてた。あーあ、この楽器たちと…」
音楽家の肖像画を見る
紡紬「このおっさんたちだけは早く非難させて別の場所に片づけてやんないと」
疲れた様にため息
紡紬「まだまだ片付かないなぁ」
木の扉をゆっくり開ける
紡紬「いいよ、入って」
一行、中に入る。
十「わぁ…」
紡紬「どう?」
ツタキ、寂しそうに笑って首を振る
十「やっぱり誰もいなかった…」
ツタキ「それもそうよね。きっと修さんはもう黄泉のお国に行って幸せにお暮しになられているのだわ」
千里(独り言)「そんな事あるはずないのに…どこ行っちゃったんだろ」
十、寂しそうなツタキを見て心を痛める
十「おばあちゃん…ごめん」
ツタキ「何よ、十君が謝る理由がないわ。こうやってここに来れたのもあなたのお陰」
十「おばあちゃん」
ツタキ「修さん…ここがあなたの教えられていた学校なのね。私ね、今あなたのお
務めされていた学校に来ているのよ」
十、ピアノにスタンバイする
十「じゃあ僕が、修さんの代わりにピアノを 弾く」
ツタキ「え?」
十「僕にはパンに合うピアノが何かは全く分からない。でも僕なりに考えたパンではなくてツタキに似合う曲を弾こうと思う…僕もとっても好きな曲なんだ」
恥ずかしそうに
十「僕は、プロのピアニストじゃないから修さんの様には上手く弾けないかもしれない。僕はね、小さい頃から“看護が出来てピアノも弾ける看護師”になりたかった。でもまさかそれがこんな形で叶うだなんて」
ツタキ「あなた…本当に何もかも修さんにそっくりね」
十、ゆっくりと鍵盤に手を置いてピアノを弾き出す
ー挿入曲ー
『エステ壮の噴水』
ツタキ、目を閉じて聞き入る。紡紬と千里も微笑んで聞いている。
十、突然手を止めて耳を澄ませる。千里と紡紬も耳を澄ませる。
ー終わりー
ツタキ「どうしたの?」
十「ピアノだ…」
ツタキ「え?」
千里「僕にも聞こえる!」
紡紬「私にも…何処だろ?」
十「ここじゃない…別の音楽室からピアノが聞こえる」
十、ピアノを離れて音のする方をたどって走って行く
千里「十君待って!」
ツタキ「十君!?」
ツタキも瀬戸内の車椅子を押して走る
第2音楽室。ピアノの音が大きくなる、十は息を切らして扉の前に立ち止まる
十「ここからだ…」
後ろから紡紬、千里、ツタキ、瀬戸内来る
紡紬「今十の弾いてたやつだね」
千里「エステ壮の噴水…」
十「僕じゃない誰かが演奏してる」
ツタキ、ハッとして扉を開ける
ツタキ「修さんだわ!」
十「え?」
ツタキ、中に入る。瀬戸内修(29)、5人には気が付かないでピアノを弾いている。ツタキ、懐かしさと嬉しさに泣き出しそうな顔で微笑む。
ツタキ「修さん…」
修、気配に気が付いてピアノの手を止め、驚いたようにツタキの方を見る
修「君はまさか…ツタキ!?」
ツタキに近づく
修「ツタキなのか!?」
ツタキ「修さん!あぁ…またお会いになれるなんて」
修、ツタキを抱きしめる
修「おじいさんまで!どうして…」
瀬戸内「修…」
修、瀬戸内とツタキを交互に見る
修「あの日のままの君だ。まさか、君は亡くなってしまったのか?おじいさんも一緒に?」
ツタキ「えぇ…」
修に寄り添いながら落ち着いた声で話す
ツタキ「あなたが亡くなった3カ月後の昭和20年4月1日に空襲があったの。私達はあみんなそれで亡くなってしまったわ。この世に地縛霊として残されていた70年間は本当に地獄だった」
修に強く抱き着いて嬉しそうに目を閉じる。修もツタキを強く抱きしめる。
ツタキ「でもこの世に残されていて今は本当によかったと思う。だってあなたに会えたんですもの。私、とっても嬉しい」
修「僕もずっと君に会いたかった。でも君は生涯を全うして死んでしまい、もうあの世に逝ってしまったって僕はずっと思ってた。それなのに、可哀想に。君はこんなに若くして亡くなってしまったのか」
悲しそうに涙を流してツタキを抱き締めたままかすれて小さな声を出す
修「ツタキ、君が本当に可哀想でならない、僕を許してくれ。僕は何一つ君との約束を守れなかった…」
ツタキ「そんなのいいのよ…」
修「でも君はどうしてここに?」
修、ツタキから離れて千里と紡紬と十を見つめる
修「小口千里先生に…事務の小松紡紬さん…それに…君は?」
十「忘れちゃった?」
小粋に微笑む
十「もう何年もあっていないもんね」
深く頭を下げる
十「はーるかぶりです、おじいちゃん。孫の掛川十だよ」
修「え…君が…あの小さかった十君!?」
十、微笑んで頷く
十「忙しくなって来れなかったんだ。ごめんね。でもおじいちゃんの事を忘れた事なんかないよ」
十、修に抱き着く
十「おじいちゃん、会いたかった!」
ツタキ「地縛霊だった私の地縛を解いて、ここに連れて来てくれたのもみんな十
君なの。彼がいなければ私…」
修「そうだったんだ」
修、十をきつく抱きしめたまま
十「うん!とにかくおじいちゃんを僕らはここから助け出すために来たの。この建物はもうすぐ取り壊されて新しくされるんだ!だから壊される前におじいちゃんもここからでなくっちゃいけない!そうしなければ…」
修、全て分かりきっている様に笑いながら小声でささやく
修「僕は消滅し、空気の泡と消えてしまう」
十「だったら!」
修「そして僕の地縛が解かれてここから出る事が出来たら?ツタキとの約束を全て果たすことが出来たら?」
十「出来たら…」
修、ツタキの両手を繋いで十を見る
修「僕らはツタキとおじいさんと共に黄泉に帰る…」
十、複雑な心境でおどおど
十「う…うん。多分…」
顔をあげて決心したようにはっきりと
十「僕だって二人と別れるのはつらいよ!でもそれよりも空気の泡となって消えちゃうのはもっと辛い。僕は二人に幸せになってもらいたい。一緒に黄泉で…」
涙をぬぐいつつ
十「おじいちゃん、あなたを地縛から解いてここから助け出す方法を僕…ひらめいたんだ」
十、修とツタキの手を引いて音楽室を出ようとする
修「ちょっと待って!」
十「え」
修、十の手を放してピアノの椅子に座る
修「もしこれで僕が外に出た後、ツタキとともに消える事になってしまったら…後悔をしない様にこの世でもう一度だけ、僕にピアノを弾かせてほしい。僕らへのレクイエムとして。ツタキ、君に捧げる僕からのパンに合うピアノ」
ー挿入曲ー
修、ピアノを弾き出す
『水の反映』
ー終わるー
全員、拍手。
修「ありがとう」
照れて笑いながらツタキのもとに行く
修「これが僕の見つけたパンに合うピアノ…」
ツタキ「素敵…」
修「学校で働きながら気が付いたんだ。覚えてる?雨の日の参観日」
ツタキ「えぇ…」
ー回想シーンー
昭和中期。ツタキ、修が音楽を教える教室で参観日の母親たちに交じって授業を聞いている。ツタキ含め婦人や児童たち、パンを食べながら音楽鑑賞をしている。修、ピアノを弾いている『水の反映』
修N「あの日、雨の教室でピアノを聞きながらパンを食べている君や子供たち、ご婦人方、雨なのにとても嬉しそうに、パンを美味しそうに食べてピアノを聞く姿は
弾いてる僕までもが嬉しくなってくる程だった」
修、弾きながら懐かしそうに微笑む
ー回想終わりー
修、微笑んでカーテンを開ける。窓から夕日が差し込み、とても快晴。もう夕暮れで空は真っ赤な夕焼け。
修「つまり食べるものにとっても弾くものにとっても、美味しく喉を通り、耳や口に広がっていつまでも心に残るものになる。これこそがパンに合うピアノだって気が付いたんだ」
ツタキ「そうだったのね…」
修「今日はあの日の様に雨ではない…きれいな夕焼けだけどね」
修、延びる
修「さぁ!これで僕の未練はなくなった!後は…」
十を見る
修「十君、では…覚悟はできた。解いてくれるか?」
十「はい…」
十、修たちを案内している歩く
十「修さん、職員室は何処?」
修、指をさして方向を指示しながら歩く
同学校・職員室。
十「あった、ここだ!」
十、中に入ってきょろきょろ。入って右手の壁に出退勤札がかかっている
十「これだ!多分これで何とか…」
十、札を見るが修の名前がない
十「当たり前ですよね…」
修、十がやろうとしていることが分かって笑う
修「無理な話だよ。僕はもう70年近く前の教師なんだから」
十「いや、無理じゃない!待ってて!」
十、部屋を出て何処かに走り去り、数分後に戻って来る。のこぎりと薄い木の板、絵の具を木の台車に乗せて運んでくる
十「なければこれで作ればいいんだ!」
十、のこぎりで木を切ったり絵の具で気を塗ったりやすりをかけたりして札を作り出す。舌を向いて作業をする十の目に涙がたまっている
ツタキМ「十君…」
1時間くらい経つ。職員室はもう真っ暗。紡紬、持っていた懐中電灯を照らす。
十「出来た!」
修に札を渡す
十「後、名前は修さんが書いて。僕、字はあまりうまくないから」
修、一つの机にあった筆を執って墨で気に自分の名前を書く
修「あぁ…」
修、札を退勤にして壁のボードにかける
修「出来た…」
同学校・校庭。すっかり夜になっている。修、大きく深呼吸。
修「外に出たのは何十年ぶりか…あぁ、気持ちいい」
修、涙目で微笑んで十の手を握る
修「十君、本当にありがとう。ツタキにも再会できたし、何とお礼を言っていいのか分からない」
ツタキ「本当よ。私も…感謝してもしきれないわ」
十、ツタキと修を見て腰に手を当てる
十「二人とも自分の事で満足してるみたいだけど、あと一つ大切な事わすれていませんか?」
ツタキと修、顔を見合わせて考える
十「忘れないでくださいよ!小河原勉さんと名取カヨさん!探しに行かなくていいんですか?」
修「トム?」
ツタキと十を見て目を丸くする
修「まさか…あいつも死んだのか?若いままどこかに取り残されているのか?」
十「病院の産婦人科棟ですよ…」
早くしなければならないと焦っておどおどする。修、十の表情や身振り手振りを見て尋常ではない事を察する
十「とにかく早くしないと!」
南諏訪高原病院・旧産婦人科棟
ツタキ「ここよ」
十「ここ…」
修「ここにトムとカヨさんが…」
ツタキ「確信はないけど、お二人が最後にいたのはここだったの。カヨちゃんのお産に勉さんはお立合いになられていたから。そしてお産婆をしたのがもう一人の私の親友のトミちゃん」
ツタキ、辛い記憶を手繰るように小声でゆっくり喋る。
ツタキ「入りましょう」
全員、頷いて中に入る。旧病棟の古い木の廊下を歩く。2階産婦人科棟・療養病棟という看板が見え、5人はきょろきょろ。
紡紬「なかなか広いんね」
左手は資料置き場になっており、たくさんの当時の写真資料がある。
千里「今はここ、展示コーナーになっているみたいだね」
沢山置いてある資料本を手に取る
千里「ほら、資料こんなにある」
一行、歩きながら暗い中を見て回る。もう夜の7時近くになっている。
十「勉さんたちは、何処にいるの?」
ツタキ「恐らく…いらっしゃるとすれば、二階の分娩部屋か病室だと思うわ」
十、じゃあ二階に急ごうとジェスチェーをして走って階段を上り出す。瀬戸内、車いすを降りてゆっくり階段を上る。車いす、階段下に置かれているが、瀬戸内が降りた直後に消えてゆくout。
同病棟二階。真っ暗で静か。一行の足音だけが響いている。
十「何だか静かすぎる…ちょっと不気味だね」
千里「うん…」
紡紬、懐中電灯をマックスにして辺りを照らす。5人、左手に折れる。
分娩部屋前。
ツタキ「あったわ、分娩部屋ね」
十「うわぁ…何だか入りたくないな」
紡紬「いい看護師が何言ってるんだよ!」
ドアを開けて十の背中を押す。十、よろけながら部屋の中に入る。十、怖さを殺して大きく深呼吸をして大声を出す
十「小河原勉さーん、名取カヨさーん、いたら返事してください!」
ツタキ「十君」
違うと指示
ツタキ「当時はね、患者様のお名前を呼ぶときはこうしていたのよ」
ツタキ、分娩室に置かれていた小さなベルを小さく鳴らす。涼し気な美しい音がする。
ツタキ「小河原勉様、小河原カヨ様、いらっしゃいましたらナースステーションまでお越しくださいませ」
5号病室。小河原勉(29)、小河原カヨ(25)と二人の子供・小河原勲(15)と小河原傑(14)、そして生まれたばかりの小河原祝(0)がいる。
カヨ、出産を終えたばかりの様に木のベッドに横になっている
勉「今何か、呼ばれなかったか?」
カヨ「えぇ、私も聞こえた」
カヨ、起き上がる
勉「カヨはここにいていいよ。僕が見てくる」
勉、病室を出てナースステーションに向かう。
勉「こんな何年たったかもわからない今頃何なんだ?」
同・ナースステーション。勉が首をかしげながらやって来る
十「あ…あの人じゃないですか?」
紡紬・千里「え?」
勉と修とツタキ、目が合う
ツタキ「勉…さん?」
修「トム?」
勉、きょとんとして二人を見つめる
勉「サムに…ジェニー?」
他の人を見る
勉「それに…誰?」
同病院・旧隔離療養病棟。深夜。いつもの長いすに座って一同、ドリンクを飲んでいる
勉「なるほど…そういう事だったのか。それで、僕らは…」
ペットボトルジュースを一気に飲み干す
勉「幽霊としてでも、こんな美味しい時代に生き残れてるなんて最高!」
修「トム、そんなのんきな事言ってる場合じゃないだろ!」
ツタキ「そうよ。私達は地縛の解き方が分かったからこうして自由に歩き回れるようになったけどあなたは?どうすれば外の世界に出られるの?」
勉、目を丸くしてツタキを見る
勉「そんなの僕に聞くなよ!ジェニーは看護婦なんだから君の方がよく知ってるはずだろうに!」
ツタキ「えぇ、それはそうだけど。私はあの日、カヨちゃんに付き添ってはいないもの…どうすればいいかなんて分からないわ」
ハッとする
ツタキ「え…じゃあカヨちゃんは!?カヨちゃんは無事なの?この世にいるの?」
勉「カヨか?」
一瞬の沈黙。勉、深刻な表情を作るがしばらくして満面の笑みを作る
勉「カヨはずっと僕と一緒にいたよ。産まれたばかりの子も二人の息子も一緒にい
る」
直後、赤ちゃんを抱いたかヨと二人の息子・傑と勲、そしてツタキと同じナース姿の植松トミ(25)がやって来る
ツタキ「トミちゃんにカヨちゃん!」
カヨ「ツタキちゃん!」
トミ「良かった!また会えた!」
カヨの抱いていた赤ちゃんを勉が抱く。カヨとトミ、ツタキに駆け寄って三人で抱き着く
ツタキ「私…二人とももうあの世に行ってしまったものとばかり思っていたの」
三人、泣いて抱き合いながら喜ぶ
カヨ「何言ってるのよ、ツタキちゃんを置いて遠くへ行くはずないわ」
トミ「そうよ、私達はいつも一緒の」
三人、魔笛のパパゲーノのアリア「おいらは鳥刺し」のメロディーに乗せて
トミ・カヨ・ツタキ「♪私達はいつでも一緒、ナース三人侍女ホイサッサ!」
三人、再び抱き合う
時間が経つ。一行、夜の暗い院内で飲み物を飲みながら考え事。
ツタキ「もう時間がないのよ。トミちゃんは多分、私と同じように私服と外出手形でここを出られると思うんだけど…トミちゃん、勉さんとカヨちゃんを退院させてあげるにはどうしたらいいの?」
トミ「そうね…」
悩む
トミ「私も駆け出しの産婦人科看護師だから」
ツタキ「そうか…先生に聞かなくちゃわからないのね」
トミ、十を見る。
トミ「あなた、現代の看護師さんでしょ。現代ではどうしているの?」
十「え?」
十、驚いて自分を指さす。ナース三人侍女、大きく頷く
十「えーと…」
しばらく悩んでいるが、自分が助手時代の作業を思い出す
十「環境整備と退院手続き…」
他全員「え!?」
十「ちょっと待ってて!すぐ戻る!」
十、駆け足で廊下を渡っていくout
十、しばらくしてノートパソコンを持って戻って来るin
紡紬「あんた、そんなんで何するの?」
十、手慣れた様にブラインドタッチをして書類を作成していく
十「小河原さんご夫婦の退院の書類と新生児の書類を作ってるんだ」
十、持ってきた印刷機で印刷をする
十「出来た」
ボールペンと書類を勉に渡す
十「勉さん、お手数おかけしますがこちらが退院の書類と新生児の書類になります。こちらを書いていただけますか」
勉「分かった」
勉、長椅子を机代わりにして書き出す。
カヨ「私は何をすれば?」
十「カヨさんはもう少しそのまま休んでいてください。僕、部屋の環境整備をしてきます」
勉たちがいた病室。十、持ってきたエタノール付近で備品を拭き出し、ベッドのシーツなども交換してベッドメイキングをする。そして、カヨの名前プレートや入院の痕跡を消す。
十「出来た…」
十、満足して退室。
十、一行と合流する。
十「環境整備、終わりました。後は、その受付で退院手続きを致します」
勉「はい」
十、退院手続きを手慣れた様に済ませる
千里「十君って凄いね…何の仕事でも出来る」
ツタキ「本当ね…あの子は、これからもっといい看護師になるわ」
紡紬「まぁあいつも看護学生時代から、看護助手のパートや医療事務受付を何年もやってるからな」
十、書類の控えを勉に返す
十「お疲れさまでした。これで手続きが全て終わりました、おめでとうございます。お大事になさってください」
勉「ありがとう」
修「じゃあ…外、出てみる」
勉「あぁ…」
勉、恐る恐るドアノブに手をかける
勉「僕、以前に何度もこれを試みたんだ。でも、ドアノブに手をかけて引っ張ろうとするたびに強い電気が走ったみたいに跳ね返されてしまったんだけど…」
勉、ドアを引くが何事もなく開いて外の景色が広がる
勉「開いた!」
カヨ「あぁ!」
勉「開いた!開いたぞ!やったぁ!外の世界だ!カヨ!」
勉、泣いて喜んで子供の様にカヨに抱き着く。カヨもうれし涙で勉を抱きしめる。
トミも外に出ようとするが跳ね飛ばされてしまう
ツタキ「トミちゃん!」
トミ「そうだわ…私はまだ何の準備も出来ていないんだ」
悲しそうに笑う
トミ「さようなら。私はここでお別れです」
ツタキ「そんな事言わないでよ!トミちゃんも一緒に行くの!」
ツタキ、ポケットから外出手形を取り出して持っていた小刀でツタキの名前の隣にトミの名前を刻む。「植松トミ・看護婦」
ツタキ「さぁ、私の手に捕まって」
ツタキ、トミの手を取る
十「いや、まだ駄目だ」
十、自分の着ていたジャンパーとオーバーオールを脱いで、十は冬用のレギンスにセーターだけの軽装になる
十「男物で申し訳ないけど、今はとにかく早くこれに着替えて!ナース服は脱ぐんだよ!」
トミ「でも掛川さんは…」
十「僕は大丈夫だから」
トミ「ありがとう」
トミ、更衣室に向かって着替えを済ませて戻って来る
十「うわぁ!すごくよく似合ってる!」
トミ「ありがとう」
十「さぁ、みんな急ごう!」
トミと十、カヨと勉、ツタキと修、手を取って病院の敷地を出る。外はまだ夜で真っ暗。車一台走っていない。
全員、そのままノンストップで富士見駅までかけてゆく
富士見駅。一行、手を放して息を切らしている
一息ついて落ち着いたころに全員、顔を見合わす
全員「やったぁ!」
それぞれに喜びに抱き合う
紡紬「走ってきたけど…幽霊たちもここにいるの?」
千里「僕らには、瀬戸内先生しか見えないんだ」
十「全員いるよ!無事に地縛から解放されました!」
十と紡紬と千里、ハイタッチをしあう
紡紬「おぉ!やったじゃん!」
トミ「でも私達これからどうすれば…」
修「じゃあここで…この世から別れる前にもう一度だけ」
ツタキの手を取る
修「ツタキ…ずっと君に、もう一度だけ伝えたかった。僕は今も変わらず、そしてこれからも、何年たっても、君が好きだ。ツタキ…愛してる」
修、ツタキを抱きしめてツタキに口づけ。
ツタキ「私もよ…修さん」
勉、指笛を拭いてはやし立てる
勉「オー、ベイビー!」
カヨに近寄る
勉「では僕も…僕らのレクイエムと冥途の土産に」
カヨもうでを広げて勉を迎える。勉、カヨを抱きしめる
勉「カヨ…今まで言った事なかったけど、僕も世界一…今までだって、この先何年たってって君の事が大好きだ。カヨ、君を愛してる」
今度は修が指笛を鳴らしてはやし立てる
修「へー…トムならところかまわず言いそうなのに、初めてだなんて意外だね」
勉、顔を真っ赤にして修を見て声を荒げる
勉「う、うるさいよ!僕をそんな恥知らずの様な、プレイボーイの様に言うなよ!」
空が急に不思議に明るくなってオーロラが輝き出す。一行、全員震える
十「うわぁ…なんだか急に寒くなってきたなぁ」
紡紬「本当だ…あれ?」
紡紬、幽霊たちを指さす。
紡紬「あいつら…誰?」
千里「まさかあの人たちが…」
十「え、え!?」
十、動揺してきょろきょろ
十「え、おばあちゃん、勉さんにかよさんにトミさんの事…みんなに見えるの!?」
紡紬と千里、頷く
十「え、何で!?」
空を見上げる
十「うわぁぁ!どうりで寒いわけだ!富士見でオーロラが見れてる!」
千里・紡紬「have mercy…」
修はツタキ、勉はカヨの肩を抱く
修・勉「あれ?」
ツタキ・カヨ「あら?」
お互いに顔を見合わせる
4人「オー、ベイビー…」
十「どうしたの?」
ツタキ「修さんの…唇と手が暖かい」
修「君の心臓が…動いてる」
カヨ「勉さんの…手も暖かい」
勉「君の心臓も…動いてる」
トミ、急いで自分の胸に触ったり手を合わせたりしている
トミ「私もそうだわ。手が暖かい…心臓が動いてる」
十「という事は?」
トミ・カヨ・ツタキ・勉・修「生きてる人間になれた!?」
しばらく信じられずに黙って放心状態
トミ・カヨ・ツタキ・勉・修「やったぁ!」
十「わぁ!」
ツタキと修に抱き着く
十「おじいちゃん!おばあちゃん!」
ツタキ「十君!」
修「これからはずっと一緒に、僕ら暮らせるんだ」
三人も泣いて抱き合う。全員、富士見駅で夜が明けて太陽が昇るまで一晩中踊り続ける。
ー挿入曲ー
『ハフリンガーギャロップ』
全員、曲が終わるとともに一列に手を繋いでステップを踏みながらout
ー終わりー
富士見駅前・リリャースパスティーリャ亭。全員、乾杯をして飲み物を一気飲み。
十「じゃあ、みんな本当に人間に…戻ったって事?」
ツタキ「えぇ、だから何度も言っているでしょ」
お茶やケーキ、お酒におつまみで軽食をしながら話をしている
修「じゃあツタキ、70年ぶりに改めて夫婦になろうか」
修、ツタキの手を握って真剣に熱く目を見つめる
ツタキ「修さん、本当にいいの?まだ私の事を愛してくれているの?」
修「さっきも言っただろ!一度だって君を忘れた事がない。離れていたって、幽霊になったって変わらずに愛していたって…」
ツタキ「修さん…」
ツタキ、ポケットからオパールの水中花とオパールのリングを取り出す
修「それって…」
ツタキ「奇跡の指輪と奇跡の花ね…」
修、二つをとってツタキに指輪をはめ、ツタキは修にはめる。そして二人で熱く見つめ合いながらオパールの水中花を二人で持つ
勉「have mercy」
同じようにカヨの手を取る
勉「カヨ…今度は生きてる人間として、また改めて…この世界で夫婦になろう」
カヨ「勉さん…」
三人の息子たちを見つめる。三人の息子も赤い頬をして人間の子供らしくなっている
勉「この世界でも僕と…夫婦として生きてくれる?」
三人の子供、交互に二人を見て大きく頷く。
カヨ「はい、喜んで!」
全員、大きく拍手をして指笛ではやし立てる。二組の恋人、照れ笑いをしながらも嬉し泣きをする。修と勉も号泣にてカヨを強く抱きしめる。
十「そこで…」
言いにくそうに
十「瀬戸内ご夫妻と小河原ご夫妻に…ご無理を承知で頼みたい事があるのですけども…話だけでも聞いていただけないでしょうか」
全員、十に注目。
南諏訪高原病院・エントランス。1年後の春。昼間。多くの患者と医療従事者が集まっている。
十「あれから1年か…今日はいよいよ」
元気な姿の花岡、左手からin 花束を持って十の近くに来る
花岡「掛川君!」
全員「花岡さん!おめでとうございます!」
花岡「十君のお陰じゃよ。まさか本当に元気になって、退院できる日が来るだなんて思わなかった。しかも私の誕生日になんてな」
せりと歩未も右手からin 微笑んで元気そうにやって来る。
十「せり君に、歩未君!」
せりと歩未、とても嬉しそうにタキシード姿。手を繋いでいる。
せり「十君、僕とっても嬉しいよ!」
歩未「僕も!」
十、駆け寄る二人をかがんで抱き締める
十「良かった!せり君も歩未君も元気になったんだな!退院おめでとう!」
せり「うん!」
十「そしてせり君は、お誕生日おめでとう!」
せり「お礼を言うのは僕の方だよ!みんなで大きい誕生日会開いてくれて本当にありがとう!それと…あの事」
勉をちらりと見る。勉とカヨ、微笑んでせりに手を振る
せり「僕、本当に、本当に嬉しくて仕方ないんだ!今までで一番の、最高の誕生日プレゼントだ!」
歩未「僕も!誕生日じゃない野にこんなプレゼントがもらえるなんて思っていなかった!」
十「二人とも…」
歩未、修に手を振る。ツタキと修、微笑んで手を振り返す。
せり「十君のお陰で僕、入院も楽しかったし、十君のお友達の管理栄養士さんのお陰でごはんだってとってもおいしく食べられる様になったんだもん!だからこんなに元気になれたんだ!」
せり、花岡に目をやる
せり「それとね花岡のおじいちゃんはね、実はツタキ看護婦さんのお陰で元気に生きて戻ってこれたんだよ」
十「え…おばあちゃんの!?どういう事?」
せり「まだ幽霊さんの頃のね」
十、驚いて目をぱちぱちさせながらせりを二度見
十「幽霊って…何で君がその事を?」
せり「実は僕…ツタキさんが見えていたんだ。入院中ツタキさんといっぱいお話ししたよ。おじいちゃんが死んじゃった時にも十君が泣いてたから僕、ツタキさんに頼んだの。だって十君の泣いてるところ見たくないもん。そしたらツタキさん、僕の願いを聞いてくれておじいちゃんを元気にしてくれたんだ」
十「そう…だったんだ…」
せり「うん!十君…?」
十、泣きそうになる。せり、十を見て心配そうに顔をしかめる。
せり「泣いてるの?」
十「ごめん…大丈夫だよ」
十、イベントステージに登る
十「それでは改めまして、いよいよ病院式典を開始いたします。今年はいつもより少し少し規模を広げて盛大に執り行いたいと思います。それでは始めましょう!」
両手を挙げて合図
十「それではまずは、この病院に縁のある方の院内結婚式を始めたいと思います。新郎のご入場」
勉と修、タキシード姿で入場
丸山「あれ…誰?」
タミ恵「知らない。」
田苗「でもこの病院に関係のある人って言ってたね」
丸山「何してる人だろ?」
意味深に微笑みながら梅乃がやって来る
梅乃「瀬戸内ツタキさんと、小河原カヨさんとご結婚なさるから来ていらっしゃるのよ」
全員「柿澤さん!」
丸山「それ…誰です?」
梅乃「この病院で最も、人の命を救う事に全てをかけて貢献した素晴らしい看護婦さんよ」
全員「え?」
全員、分からないといった感じで顔を見合わせる
十「続いて新婦のご入場です」
ツタキとカヨ、入場してそれぞれ夫の隣に並ぶ。
式典は進んでいく。十、プロ並みのトークで司会を続ける。
丸山「流石は十…昔からトークのクオリティーは高いわ」
大声で
丸山「おい掛川十!人の結婚祝福するのもいいが、お前はいつ結婚するんだよ?」
会場、笑いに包まれる。十、マイクの音量を大にして大声で叫ぶ
十「まだ彼女がプロポーズに応じてくれなくてその気じゃないんだよ!」
丸山「うるさいよ!もうわかったからマイクの音量戻せ!」
十「わぁぁぁぁぁぁ!」
会場、マイクのキンキン音に耳をふさぎながら笑う
十「それでは新郎・小河原勉と瀬戸内修、新婦・瀬戸内ツタキと小河原カヨ、愛の口づけを」
修、緊張をしながらゆっくりツタキに口づけ。勉もカヨに口づけ。大きな拍手と歓声が起こる。
十「まだまだお祝いはこれで終わりではありませんよ!もう一つ、この病院で嬉しい事があるので発表いたしましょう」
大声で手招き
十「せり君、歩未君、どうぞ祭壇の上に上がって来て下さい」
二人の子供、ルンルンと祭壇に上がって来る。
十「この子たちは長い間、この病院に入院をしていた子供たちです。でもこの度、二人は退院が決まりました。しかもこちらの結城せり君の方は本日お誕生日です」
会場、大きな拍手
十「ありがとう。でももっともっと嬉しい事があります。二人にはご両親がなく、毎日とても悲しんで過ごしていました。でもこの度二人には新しい家族が出来ます。それがこの…」
歩未、瀬戸内夫妻のもとに行き、せり、小河原夫妻のもとに行く
十「瀬戸内夫妻と小河原夫妻です。彼らと一緒なら二人は絶対に幸せになれます!二人ともおめでとう!」
十もうれし涙で微笑み、涙声で話しかける
十「せり君に歩未君、本当におめでとう。小河原さんも瀬戸内さんもとってもいい方だから二人を悲しませたりはしないよ。きっと幸せに、立派に育ててくれる。元気でな。幸せになれよ」
せり・歩未「うん!」
せりと歩未も嬉し泣きをし出す。会場中が大拍手に包まれる
十「それでは最後は恒例の…」
大声で手招き
十「DerMusik!」
ー挿入歌ー
『早くしてね、さぁ皆さん』
(全員の合唱)
早くしてねさぁ皆さん 早く席について
他の誰もが 泣かされてしまうようなことも
幸せ者には何のその
こんな幸せ者には 嵐の様な困難や悲しみが舞い降りても
愛と勇気で乗り切ることが出来るのだ!
ーEndー
同病院・4階病棟。数か月後の2016年春。ツタキとカヨ、若手看護師を指揮している。
十N「こうしておばあちゃんとカヨさんは、生前の様に看護師として働きたいと、この病院に正式に入ってきた。今は超ベテランの婦長さんと副婦長さんとして活躍してる。二人とも厳しいけどとても人情に厚い人だ。カヨさんの方は助手さんたちの育成もしているみたいだよ」
富士見小学校・1年生教室。修、一年生の音楽の授業をしている。クラスのオルガンを弾きながら笑って一緒に歌っている。
修「♪Meet me in St. Louis Louis…」
十「修さんはというと、立派な小学校の音楽の先生だ。音楽の先生と言っても、クラス担任と掛け持ちしてる。今は歩未君とせり君の学年を受け持っているよ」
ピアノ制作会社マイネレントラー・工場部。勉、ピアノの試演と調律に力を入れている。社員はかなり働いていて、勉もとても慕われている。
十「勉さんはと言えば、ご自分で建てたピアノメーカーの会社で出来たピアノの調律と試演を主にする仕事をしている社長さんだ。実はこの会社、勉さんのご実家であるブルクハルトと並ぶ世界第二位のピアノ会社なんだ」
新網倉家。十、ツタキと修と勉にスマホやパソコンを教えている
十「そして僕はというと…」
三人とも真剣に画面とにらめっこをしている
十「そう、パソコンはこれからの仕事に必須だからなるべく早く覚えてくださいね」
修を見る
十「おじいちゃんもね」
修「はーい」
十「勉さんは…」
勉、覚えが早くかなり高度な作業をしている
十「うわ…スゲー」
ツタキ、時々肩を叩いたり伸びをする
ツタキ「使いにくいものね…手で書いちゃった方がずっと早いのに」
十、笑う
十「今時手書きの書類は歓迎されないよ。おばあちゃんだって慣れればこっちの方がずっと使いやすいって思うようになるんじゃない」
ツタキ「そんなものかしら。で、これは?」
ツタキ、スマホを手に取って不思議そうに眺める
十「これはスマホ。これも仕事やプライベートで必須だから少しずつ覚えて。 連絡とる時もこれを使えばディンディン、とても便利で速いからさ」
十、電話をかける真似
ツタキ「電話?」
十、グッドと親指を立てる
ツタキ「分かったわ」
数時間後。ツタキと修と勉、伸びをする
ツタキ「はぁ、肩凝っちゃったわ」
十「おじいちゃんもおばあちゃんもお疲れ様」
修「あーあ…僕なんだかお腹空いたな。ツタキ、なんか作ってくれる?」
ツタキ「野沢菜のお茶漬け、芋餅、すいとん汁でもいい?」
修「もちろん…あぁ、ツタキの味なんて懐かしいな」
ツタキ「分かった、いいわよ。すぐに作ってくるわ」
ツタキ、微笑んで立ち上がって割烹着をつける
ツタキ「十君もそれでいい?」
十「やったぁ!僕もいいの!?」
ツタキ「もちろんよ。教えてくれたお礼」
十「ヤッホー!おばあちゃんの手料理なんて初めてだからすごい楽しみ!」
ツタキ、 割烹着を着て台所に向かう。修、頬笑んで、居間のグランドピアノを弾き出す。勉も交じり連弾になる。ツタキ、鼻歌交じりに料理を始める。十、机やパソコンを片付けだす 。
修「ツタキの手料理は最高なんだ。こうご期待」
十「うん!」
ツタキ、料理をしながら笑う
ツタキ「嫌ね修さんったら、そんなに十君を期待させないで」
数十分後。全員、食事をしている。お茶漬け、すいとん汁、芋餅だけの質素なものだが、全員とても美味しそうに満足して食べている
十「うわぁ美味しい!」
修「だろ?」
十「うん!」
ツタキ「ありがとう」
ツタキ、淑やかにお茶をすすりながら十の方を向く
ツタキ「そういえば十君」
十「何?」
ツタキ「十君は、何処で産まれたの?」
十「僕?僕はね…おばあちゃんのご姉妹って人が住んでるお家。僕の大叔父さんと大叔母さん。ダディの家系なのかマムの家系なのかは分からないけどね」
ツタキ「なんてお家?」
十「網倉だよ」
ツタキ、驚いて箸でつかんでいたおかずを落とす
十「おばあちゃん、どうしたの?」
ツタキ「あなたは…網倉のお家で産まれたの!?」
十「うん」
ツタキ「そこはね…私の実家なのよ」
十「へー…おばあちゃんの実家かって…えぇ!?」
ツタキ「という事はまだ残っているのね!薫子と颯太はまだ生きているのね」
十「うん、薫子おばさんも颯太おじさんも元気で暮らしてるよ」
ツタキ「じゃあ今度のお休みにそこ、連れて行ってもらえる?」
修を見る
ツタキ「ねぇ、修さん」
修「僕もぜひ行って見たい」
勉「僕も」
かき餅あみくら。数日後、子供たちが学校に行っている昼間。ツタキと修と勉と十、バスを降りて歩いてやって来るin 町並みはかなり変わっているが、網倉家は何一つ変わりない。ツタキ、懐かしそうに涙ぐんで微笑む。
ツタキ「まぁ…」
修「わぁ…」
ツタキ「まさかあの頃のまま少しも変わらずに残っているだなんてね…」
微笑む
ツタキ「当時はねぇ、その名の通りかき餅せんべい屋をやってたの。ずっとそのあとが気がかりだったんだけど…」
店の中から年老いた老婆と老人が出てくるin
薫子「今もやっているよ。誰だい?」
十「薫子おばさん!」
薫子「おぉ十君かい!大きくなったねぇ」
十、子供の様に無邪気に薫子に抱き着く。薫子はすっかり年老いて腰は逆Uの字に曲がっている。
薫子「そちらの若い女性と男性は誰だい?」
十「あぁ、三人はね…」
ツタキをマジマジ見て驚く
薫子「ちょ…ひょっとしてツタキ姉さんじゃないかい!?」
ツタキ「えぇ?」
薫子、ツタキに近寄ってしょぼしょぼとした目でツタキを見ながら両手で頬に触れる
ツタキ「まさか…」
薫子「あぁ、こんなところでこんな形で再会できるとは。姉さんが死んだと聞いて、颯太も私もどれほど悲しんだか」
修と勉を見る
薫子「それに…修兄さんに勉さんまで!まさかあの日のまま生きて会えるだなんて」
ツタキ、薫子をまじまじ
ツタキ「本当に薫子なの?」
薫子、頷く
ツタキ「あぁ、まだ生きていたなんて!生きてこうして再会できるなんて!こんなに嬉しい事はない!あの空襲の日無事だったんだね。本当によかった!」
薫子を改めて強く抱きしめる
薫子「えぇ、おかげさまで私も颯太も無時に生き延びる事が出来たよ」
ツタキ「颯太は?」
薫子「分からない?隣にいるらに」
薫子の隣にすっかり禿げ上がって白髪の年老いた老人が、やはり腰を曲げて立っている。薫子、笑う
薫子「こんなに背も縮んじまったから姉さん気づかなんだとさ」
颯太、悪戯っぽい微笑みを浮かべる
颯太「姉さん!本当に姉さんかい?姉さんだ!」
颯太、ツタキに抱き着く。ツタキ、颯太を抱きしめる。
ツタキ「颯太…薫子…二人ともこんなに年を取ってしまって」
修も涙を拭って笑う。ツタキ、店を見る
ツタキ「この店もこのまま残っているんだわ。まだ続いているだなんて私…嬉しい」
薫子「姉さんの長年気に病んでたことだったんだもんね」
颯太「姉さんが作るほどおいしいかき餅は作れなかったけど、僕らなりに何とか頑張って続けてみたんだ」
颯太「でもやっぱり流石にかき餅だけではやっていけなかったから、駄菓子屋さんという形にしたけど…姉さんが生きて帰ってくれたってわかったら、ね」
薫子「後は姉さんの出番ね」
ツタキ「あぁ…」
感極まって泣きそうになる。そこに朝香、直里、覚美、睦子が店の奥から出てくるin
朝香「母様に父様?」
ツタキ「母様に…父様?」
朝香「新嫌ね、実の娘の顔が分からない?」
ツタキ「もしかして…」
朝香、十の肩を抱いて十と同じ笑顔をする
朝香「あなたの孫息子、十君の母親よ」
ツタキ「朝香…なの?」
朝香「正解。そして右から弟の直里と、妹の望みと睦子。みんな母様の子は立派に育ったわ」
悪戯っぽく
朝香「少なくとも私以外はみんな優秀ね」
全員、笑いながら家の中に入るout
家の中では囲炉裏のある、昔と少しも変らぬ居間でみんなで昔のアルバムを見ている
朝香「ね、父様ってとても美しい方でしょ?だから学生時代、クラスの女の子からも“朝香ちゃんの父様ってかっこいい”って凄く人気だったの」
勉「サムも無駄にイケメンってやつでモテたもんな」
修、勉を笑いながら小突く
修「無駄には一言余計だよ!」
ツタキ、くすくす笑う
ツタキ「そう言えばそうだったわね。私が妬くほどに修さんは女学生からもとても人気だった…」
十「はいはい…二人共のろけが強いな」
勉「ジェニーは昔からこんな感じだぜ」
勉、朝香の肩を抱く。朝香、少しドキリ
勉「蛙の子は蛙…母親が母親なら、娘も娘だな」
朝香「勉さん…手を放してください」
十、朝香をにやにや見つめる
十「あれれ?マムは何で勉さんに触られて赤くなってるのかな?」
修とツタキ、笑う。朝香、真っ赤になる
朝香「赤くなんかなってないわよ!」
ツタキ「そういうば勉さんもとても女性たちに人気者だったものね…ハンサムで、色気があって」
修、ツタキを睨む
修「君が心変わりをしてしまいそうになるくらいね」
ツタキ「嫌だわ、そんな事一度だってないわよ!」
セクシーに修の耳元に口をつける
ツタキ「私はずっとあなたに一途よ」
朝香「もう、母様ったら」
笑いながら朝香、十を抱きしめる
朝香「それもそのはずよね…」
照れていやがる十を強く抱きしめて何度も髪の毛に口づけ
朝香「この子がこんなにハンサムになる訳!だってこんなにハンサムな父様と美人な母様の血を継いでるんですものね」
十「マム!恥ずかしいからもうやめて!」
ツタキ、笑いながら大きく深呼吸
ツタキ「まさか全てがこんな形で繋がっていただなんてね…」
十「本当だ。なんか不思議…じゃあ僕たちの出会いも偶然なんかじゃなくて、運命だったのかもね」
ツタキ「そうね…」
薫子と颯太も微笑んでツタキの手を握る
薫子「姉さん、姉さんも生きている限りこれからが青春なんだ。兄さんと再婚したんだろ」
ツタキ「えぇ…今も昔と変わらずにとっても幸せよ」
颯太「姉さんが幸せなら僕らも嬉しいよ」
薫子「よかった。じゃあ今まで何も出来なかった分、何処にも行かれなかった分、兄さんと好きなところに行ったり好きなもの食べたり飲んだり、やりたいこともやってうんと幸せになってね」
三兄弟、強く抱き合う。
颯太「姉さんが一番苦労したもんな。一番幸せになって、今度こそ穏やかな生活をしてもらわなくちゃな」
ツタキ「そのつもりよ」
富士見駅。ツタキ、修、勉、十が空を見上げている。雲一つない晴れ渡った大空で風が強い。駅には人はほとんどいない。
ツタキ「ねぇ十君?」
十「ん?」
ツタキ「十君のこれからの夢って…何?」
十「僕の夢?」
ツタキ「そう…何かある?」
十、うっとり
十「僕の夢は真のナイチンゲールになる事かな」
ツタキ「どういう事?」
十「そのままの意味…」
ぼんわり
十「僕いつかは、かつてナイチンゲールが行ったみたいに戦場に行って、戦争で傷ついたりした兵士さんの看護をしたいんだ」
ジェスチャーを交えながらおっこーに喋る
十「それとか貧しい国に行って医療を受けられない人たちに無償で看護を提供したい。これがナイチンゲールが僕らに望んだことだろうし、僕自身の希望だから」
十、興奮してきてオペラでも演じるように話す
十「僕、死ぬ時は看護師として生まれた使命を持って看護師らしく死にたいんだ」
修、ツタキ、勉、笑う
ツタキ「あなたらしいわね。でもあなたはまだ若いんだから死ぬだなんてそんな縁起の悪い話はしないで頂戴。まだまだこれからよ」
十、正気に戻って落ち着く
十「そうだね…おじいちゃんとおばあちゃん、勉さんは?」
ツタキ「そうね。私もあなたと同じ考え…かしら?」
十「同じって?」
ツタキ「私も看護婦になったからには、看護婦として死にたい…」
十「本当にそれでいいの?」
ツタキ「え?」
十「かき餅あみくらは?僕はあのお店がなくなっちゃうだなんて嫌だよ!」
ツタキ「なくならないわ…」
十「じゃあこれから先の未来は誰が継ぐの?おじさんもおばさんももうよぼよぼなんだよ」
ツタキ「私の娘と息子たちが後を継いでいくって言っていたわ。だからこれからは6人でかき餅あみくらを経営するって。でもかき餅は私の作るやつが一番おいしいから調理だけはよろしくって頼まれたけどね」
十「よかった」
ツタキ「だから私はナースピアニストのあなたじゃないけど、かき餅ナースとして生涯を生きて行こうと思うわ。かき餅を作りつつ、看護師として生きる人生の使命を生涯を全うして死んでいくの」
修と勉、手を叩く
修「ブラーヴァ!」
勉「ホットドッグ!」
ツタキ、頬を赤らめて笑う
ツタキ「もう嫌ね。そういうお二人は?」
修「僕は、生前と同じく小学校の教師を目指す。ツタキと十君が生涯看護に生きて、使命を全うしたいって言うように、子供たちの成長と教育に人生をささげて使命を全うしたいと思ってるんだ」
修も十の真似をしてオペラでも演じるように話す
修「僕もいつかは途上国とかに教育支援に行きたい。教師として死んでいけるのならそれが本望だ」
勉も参戦してオペラの舞台のようになる
勉「僕はパティシエとピアノ作りに生涯をささげたい!音楽と菓子作りに生きて音楽と菓子作りに死んでいけるのならばそれが本望!途上国の子供たちに甘いお菓子を食べさせたい!音楽と楽器を提供したい!」
二人、肩を組んで自分の世界に入る
修・勉「デゥワー!」
ツタキと十、ポカーンとして二人を見つめる。
しばらくして十、咳払いをしてち、ち、ち、と指を振る
十「3人ともさぁ…じゃあ僕からも言わせてもらうけど?おじいちゃんとおばあちゃん、勉さんもね」
ツタキ・修「え?」
十「折角現代に生き返った命何だから、今度は3人にも長生きしてもらわなくっちゃ…かしら?」
修「確かにそうだね…かしら?」
勉「その通りね…かしら?」
ツタキ、笑って十と修と勉を小突く
富士見町内・小さな森の教会。ツタキと修、勉とカヨが結婚式を挙げている
ツタキ「修さん…私、改めて自分の気持ちに問いてみて分かったわ」
修「何が?」
ツタキ「私が本当に心から愛しているのはあなただけって事。この世の誰よりもあなたは私の側にいてほしい人で、私の一番大切な人って改めて感じた」
修「ツタキ…」
ツタキ「あなたは?」
修「僕だってもちろんそうだ。君から離れている時も、死んで地縛霊になった時も、一度だって君への思いを捨てた事はなかった」
ツタキ「修さん…」
修「だからこれからは、改めて二人で生涯一緒に生きて行こう」
ツタキ「えぇ…」
カヨ「勉さん…私もね、人間に戻って暖かなあなたに触れた時、改めて思った…私、やっぱりあなた以外の人は愛せない」
勉「カヨ…」
カヨ「これから先も、ずっとずっと側で生きててほしい人。あなたは本当に、男性として、夫として、父親として…世界一尊敬できる素晴らしい人だわ」
勉「ありがとう。僕も君に、全く同じことを言いたい。温かな君に触れた時、僕も君以外の女性は考えられないって思った。君以外愛せない。これから先も、ずっ
とずっと側で生きていて欲しい人。女性として、妻として、母親としてて。世界一
尊敬出来る素晴らしい人」
カヨ「勉さん…」
二組、強く抱き合って口づけをする。歩未とせり、バージンロードから歩いてきて、せりは勉とカヨの元、歩未は修とツタキの元に行く。
カヨ・勉・ツタキ・修「そしてこんなにかわいい息子たちもいる」
勉の3人の実子も微笑んで、一番下の子は長男に抱かれてやって来る。
勉「祝、傑、勲、お前たちの新しい兄弟だよ」
せり、緊張気味に頭を下げる
傑「そんなに硬くなるなよ。僕たちもう兄弟なんだからさ」
勲「仲良くしようぜ、弟よ」
せり「う、うん!」
二人、せりの頭を強く撫でてせりを両方から抱き締める。2組の夫婦、幸せそうに笑う
ーED credit and songー
『Don’t go breaking my heart』
ーENDー
0
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる